モルドレッド
夏エリアメインクエスト、三面の道中は急斜面が多い山道。
ここでもガレスとトリスタン……は登場することは無かった。
変わりに、ランスロットと思しき存在を捕捉し、回避し続けている。
断定はしていない。
道中にある小さな池や川岸を避けて迂回し続けているだけで、確証はなかった。
先行したレオナルドが池や川岸に、魂一つだけあったのを不自然に感じたからである。
その池や川岸があった場所は、ひらけた所では他にも妖怪が湧く。
何が出現するかは基本ランダムだが平均、数体の雑魚妖怪は徘徊しているものだ。
レオナルドの疑ったルートには、不自然なほど妖怪の数が少なかった。
ただ、それだけ。
少し考えれば怪しい。
しかし、想定外を考慮しない人間は多いもので「お、なんだ。妖怪、全然いないじゃん!」と間抜けにも引っ掛かる奴は、一人二人、必ず現れるだろう。
道中に登場するのは『山姥』『さとり』『子泣き爺』……山に生息するとされるメジャーな妖怪達が多く出現。
当然、川沿いや池からは『河童』が襲い掛かってくる。
『河童』と同じ水辺に出現する妖怪『蟹坊主』という巨大な蟹の妖怪は、厄介な耐久度と体力がある。
『蟹坊主』の装甲を打ち砕ける茜がハンマーで片付ける。
巨大なだけあり、得られる経験値も多い。
レベリングをしにくい茜や小雪は、着実にレベルアップしていた。
次で『ギャラハッド』戦となる道中ステージ。
先行していたレオナルドが戻れば、今度はランスロットとは違う類を警戒してルート変更を求めてきた。
実際に、録画機能で記録したものを流しながら、彼は言う。
「なんかさ。変な音が聞こえるんだよ。キャロルも何かいるっぽい反応してる」
レオナルドに抱えられていたキャロルはすました無表情で「ぶぶ!」と体から音鳴らして、同意の姿勢を表す。
映像には何も映っていないが、ひゅるひゅると奇妙な風の音が耳に付く。
まあ、念には念を。
……ここを回避するには、迂回ルートに向かわなければならない。
最早、故意としか考えられなかった。
僕の気乗りしない態度を見てか、レオナルドは申し訳なく頼み込む。
「まあ、心配し過ぎかもしれねぇけどさ。俺も今日は余計なイベントに関わりたくないってか……早くジョブ3になりてぇんだ」
そもそも、イベント発生する切っ掛けを作ったのは、レオナルドのペット・キャロルなのだが。
あれは事故のようなもので、キャロルとレオナルドが悪いという話ではない。
僕が深く一息ついて、答える。
「大丈夫だよ。今回は光樹さんもいるから、一応予定よりは早くクリアしているのさ」
「あ、そうなのか」
レオナルドも安心した様子で、パッと顔を上げた。
一応、予定よりは早い。ボス戦の討伐時間短縮は大きい。
迂回する事で、マイナスされているが、一応プラスの結果となっている。
僕らの会話に、光樹は面白おかしく、からかっているような態度で割り込んだ。
「あの~……これ、回避してもいいんです?」
……僕は皆に、身体強化の薬品を使用しながら「何故、そのようにお考えで?」と光樹に聞き返す。
人差し指で頭を叩きながら、光樹は細目を薄っすら開き語った。
「ん~~、これレオナルドさんが他でも体験した通り、お話が成立しとるイベントになりますよね? 尚更、出くわした方がええと思うて」
夏エリアのメインストーリーは『しき』が説明した通りだ。
近頃、街に近い森を縄張りにし始めた『ぬらりひょん』の『アーサー』の討伐。
ボスの順番通りに紹介すると
トリスタン
ランスロット
ギャラハッド
ケイ
ベディヴィア
ガウェイン
隠し要素で登場した『ガレス』も含めて、奴に仕える妖怪達は『アーサー王伝説』に登場する円卓の騎士が由来となっている。
事前に把握した大雑把なストーリーを考察するに、妖怪達の反応を踏まえても一目瞭然。
アーサーは、どうやら部下の妖怪達に暴力を振るっている。春にいたマザーグースと、彼の子供たちとは対照的だ。
妖怪達が奴に逆らえないのは、アーサーの『ぬらりひょん』としての能力故か。
定かではない。
最終的にアーサーと部下もろとも一網打尽にするシナリオではないか、と想像できるが……
光樹はこう考えているようだ。
「これ、あの子らと自分ら仲良くしましょ、って話やないと思うんです。自分らを追い返そうと待ち伏せしてるんと違います?」
……ああ、成程。
確かに、春エリアのような交流イベントなら、何度も出現するのは妙だ。
僕も違和感を覚えた。
実際、奴らと接触したら始まるのは交流イベントではなく、戦闘。
ひょっとして、最終的に奴らが全員揃って待ち伏せする可能性もある訳か……だから、倒して戦力を削った方が良い。
一先ず、僕は光樹に言う。
「光樹さんの考えは一理あります。ですが、今回に限っては、最後のアーサー戦までは行かないので無視してもいいでしょう」
「……ああ、そう」
光樹の反応は実につまらなそうだった。
それから、レオナルドが警戒したルートを無視し、迂回ルートで妖怪を倒し、駆け足で山道を走っていく僕ら。
何事もなく道中ステージが終わろうとしてた頃だった。
後方で警戒していた小雪は「え? なんか」と疑念を呟いている。
レオナルドが逆刃鎌に騎乗したまま、僕に接近。キャロルを僕に渡しながら真剣な眼差しで伝えた。
「変な音が近づいている。ルイスはキャロルを頼む」
彼が見せてくれた映像に録音されていた「ひゅるひゅる」という独特な風の音。
僕にも、ハッキリ耳に聞こえるそれは生理的なもどかしさを感じる。
キャロルを受け取りながら、僕は頷いた。
僕は、茜たちにも聞こえるように大声を張り上げた。
「このまま、ゴール地点まで走り抜けて下さい!」
レオナルドが『ソウルオペレーション』で逆刃鎌をバック移動させて、僕らから離れて行く。
彼は恐らく、謎の音を響かせる主に攻撃仕掛ける算段だ。
風の音は更に近づき、僕らの真後ろに張りついているよう。
『ソウルサーチ』のお陰で、風に同化して姿を完全に隠した妖怪の魂が捕捉された。
間違いない。僕は確信を得て叫ぶ。
「『鎌鼬』です!」
僕らの背後でガキンガキンと火花散らしてるだろう金属音が響く。
茜が『ラハールインパクト』で加速、小雪には加速スキルはないので自前のステータスで全力疾走していた。
小雪は自棄気味に喋った。
「これバグですか!? 『鎌鼬』って五面以降にしか出ませんよね!!?」
夏エリアに『鎌鼬』は出現する。
だが、出現するのは夏エリアのメインクエストでは五面以降の道中のみだ。
三面道中に出現する話は聞かない。
チラリと背後を振り返れば、レオナルドと空中戦繰り広げる大鎌握っている『鎌鼬』がいる。
ただ、大鎌を持つイタチではなく。
上半身は裸。袖が完全に千切れた布ズボンを穿き、右目を包帯で巻いて、手入れされてない長い金髪を靡かせる、男性の『鎌鼬』の姿があった。
『鎌鼬』特有の風の刃は無色透明で、見切るのはプロプレイヤークラスしかいない。
それを、逆刃鎌でスケボーの空中ターンに似た切り返しをし、回避するレオナルド。
厄介極まりない動きで翻弄する相手に人型の『鎌鼬』は、困惑した様子。
「んだ、テメェ! 避けるじゃねえ!! 当たって死ね!」
「悪い。死んでる暇ねぇんだ」
申し訳なさそうなレオナルドは五本の大鎌を足場として利用しながら『ソウルターゲット』で攪乱させる動きをする。
『鎌鼬』による攻めの姿勢から一転。
レオナルドが風の刃をすり抜け、『鎌鼬』の周囲、上下左右から大鎌が直進や回転、軌道に合わせて再び戻ってくるなど、予測不能な攻撃を仕掛けた合間から、手に掴んでいた青薔薇の逆刃鎌で『鎌鼬』に一撃食らわせた。
これで流れを崩された『鎌鼬』がレオナルドの五本の大鎌による猛攻を受け。
自らの周囲に爆風を発生させて、大鎌とレオナルドを吹き飛ばそうとする。
だが、レオナルドは『ソウルオペレーション』を解除し、『ソウルターゲット』の魂に引っ張られる原理を利用して、強引に『鎌鼬』の近くに留まる。
ダメージが受けるが、体力を減らす『ソウルオペレーション』は解除してあるので問題ない訳だ。
これには『鎌鼬』もやられると確信して喚き出す。
「じょっ、冗談じゃねぇ!! このままじゃ、俺が殴られる! 今日も殴られる!! くそ、くそくそ、くそっ! もう嫌だ、何で俺ばっかり――」
すると、派手な効果音が聞こえた。
驚いたことに『鎌鼬』に攻撃が命中した音だった。
レオナルドが奴に攻撃した訳ではない。無様に奴を地面に叩き落したのは、僕らの誰でもない。
「また、アーサー様に反感を抱くか。モルドレッド」
その声は記憶に新しい。トリスタンのものだった。
プレイヤーが侵入できないエリア外に、トリスタンと狛犬のガレスの姿がある。
倒れて動けなくなった『鎌鼬』……モルドレッドを、ガレスが背に乗っけて立ち去ってしまった。
ブクマ数407件突破ありがとうございます。
少し触れましたが、春エリアというかマザーグース辺りの話はまだ優しいもので、普通の妖怪ならこうなるって話になっていくと思います。
ただし、我々人間が妖怪の価値観に共感できるかは保証できません。
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