トリスタン
夏エリア、メインクエスト一面ボス『トリスタン』……に挑戦する前。
念の為、レオナルドと光樹の武器の耐久度を茜に回復させて貰いに、彼女の店内に移動した。
『トリスタン』戦での作戦を話し合っている中、僕は告げる。
「今後、先程フラグを回収したイベントは、無視して行きましょう」
わざとらしい残念そうな声で「え~?」と光樹が不満を述べた。
「面白そうやったのに、勿体無い」
「すみません。イベントに関わっていると今日中に『ガウェイン』まで到達できません。イベントは後からでも回収できますので」
「ん~? なんや。そな急がなアカン奴なんです??」
「ええ、ちょっと」
何と言えばいいのか。
ムサシの件も理由の一つだが、僕個人の理由として明日もコイツに付き合わされたくない。
僕が愛想笑いを浮かべているのに気づいてくれたのか、レオナルドが割り込む。
「八月にバトルロイヤルってプレイヤー同士で戦い合うイベントが開催されるんですけど、俺も参加します。それに向けて、少しでも早くジョブ3を獲得したいんです」
「へ~」
一応納得したらしい光樹と、最終調整を終えた僕らはいよいよ夏エリア、メインクエスト一面ボス『トリスタン』に挑む。
僕らがクエスト開始と共に転移されたのは、古びたコンサート会場。の前。
会場自体が錆びついて、外壁も崩れ、周辺の草木は手入れされておらず伸び放題。
そして、誰も居ない筈のコンサート会場から、豊かな音色が響いている。
僕らの前に、久方ぶりの妖精『しき』が現れた。
「貴方達には近頃、妖怪達の動きが活発になって来た原因を調査して貰うヨン」
夏エリアのメインストーリーを喋る『しき』。
コンサート会場から聞こえる音色に反応する『しき』は一旦、振り返ってから僕らに言う。
「自我のある上級妖怪が『百鬼夜行』を作っているヨン。ここにも群れの一つが留まっているらしいヨン。気を付けるヨン!」
七色の粒子となって消え去る『しき』。
同時に、まだイベントは終わらない。
春エリアと違って、夏エリア以降のメインクエストボスには余韻が一切無い。
古びた会場が壮大に揺れる。
ガタガタと屋根やら窓が外れたかと思えば、楽器用のアンプなどの音を発生させる巨大オーディオ機器に変形するのだった。
そして、優雅に会場の出入り口から登場するのは、厳格な指揮者の服装を着た、淡い青色の短髪の男。
奴こそが『トリスタン』。
指揮棒を振るいながら、ある程度、距離を取った僕らにも聞こえる声量で喋る。
「ここより先はアーサー様の領土となる。通す訳にはいかない」
トリスタンの一言が合図だ。ここから僕達プレイヤーは自由に動ける。
事前に打ち合わせた通り、僕らは行動する。
僕は即座に薬品を使用。
小雪は会場から距離を取った。
レオナルドは『ソウルオペレーション』で浮遊させた逆刃鎌に騎乗し、僕から離れる。
僕と共に会場前で留まっているのは、接近型の光樹と茜……ついでにキャロル。
トリスタンが指揮棒を振るえば、オーディオ機器から衝撃波が放たれた。
衝撃波はエメラルドのエフェクトで視覚化されているので、まだ回避可能。
ただ、これを連続で放ってくるうえ、トリスタンに近いプレイヤーに追尾する。
僕は回避特訓の経験を活かし、キャロルは体の小ささと足の速さを活かし、衝撃波から逃れた。
茜は鍛冶師系のスキル『ラハールインパクト』を使用。
一定時間、ハンマーを主軸に地面を流れていく移動スキルだ。
ただし、発動中は攻撃ができない仕様になっている。
光樹は最初はトリスタンの猛攻を回避したが、途中で派手に衝撃波を食らい「あ、いたぁ!」と叫び、吹き飛ぶ。
まあ、こうなる事は分かっている。
僕は光樹の体力を回復しながら呼び掛けた。
「光樹さん! 事前の打ち合わせ通りにお願いします!!」
「いたたぁ~……! これホンマに倒せるんです?!」
相手の猛攻は留まる事を知らない。
『挑発香水』を使用して、僕がヘイト役になれればいいが、トリスタンには『挑発』が通用しない。
そもそも、トリスタンのこの遠距離攻撃は無差別だ。
距離を取っている小雪も「にゃぁああぁぁ!」と猫キャラでもないのに、猫っぽい奇声を上げて駆け回っている。
茜も回避に手一杯で「ひ~!」と悲鳴を上げている。
「やっぱり、あたしらじゃ近づけないよ! 年寄りにはきついねぇ!!」
となると……
レオナルドが加速機能が追加された『ソウルターゲット』を併用しながら、衝撃波を縫うように掻い潜る。
僕らよりも距離の近いレオナルドに気づいたトリスタン。
更に、衝撃波の密度を上げるが、逆刃鎌の騎乗で機敏な回避をするレオナルドには通用しない。
いよいよ、レオナルドとトリスタンの距離が詰められた瞬間。
トリスタンが指揮棒を地面に向け、衝撃波で自ら空中へ吹き飛んだ。
奴がレオナルドに意識を集中させている為、オーディオ機器からの衝撃波が止む。
待ってましたと言わんばかりに、急停止に体勢整えた小雪が叫ぶ。
「はい! 十連射しまーす!!」
ライフル銃を両手に持ち掲げ、空中に舞ったトリスタンに宣言通り十発撃ち込む。
見事に全弾命中したかは不明ながら、トリスタンに攻撃が当たったエフェクトが見える。
「おお!」と驚く光樹を他所に。
レオナルドは身動きできないトリスタンに『ソウルターゲット』で急接近。
連続攻撃を繰り出すレオナルドが、空中のコンボフィニッシュでトリスタンを吹き飛ばす。
そこに、キャロルによるトランプの濁流が追撃。
トリスタンが体勢を整えるべく、自らの周囲に音符の守りを展開。
守りの解除と共に、音符を周囲に吹き飛ばす。地上にいる僕らにも音符は降り注ぐので、避ける。
それから、レオナルドがトリスタンと空中戦を繰り広げた。
バンダースナッチとは違い、衝撃波などの遠距離攻撃が止むが、トリスタンは自らに音速強化を付与して、指揮棒による接近戦をしかけてくる。
音速、とは言うが。
ゲーム上の設定なだけで実際に、それほどの速度になってはいない。
レオナルドは『ソウルオペレーション』で操作可能な五本、全ての鎌を操る。
接近戦の技量は良いトリスタンだが、変則的な大鎌の動きに対処できずに、レオナルドが体重かけ『ソウルターゲット』で加速し押し出した逆刃鎌を体で受ける。
一連の動作から、レオナルドの動きを読んだ僕は光樹に伝える。
「光樹さん、トリスタンが地面に落ちてから、八秒経ったら教えてください! 茜さん、行ってください!」
茜が「はいよ!」とハンマーを引っ張り、レオナルドの足元目掛け走る。
光樹は返事しないが、黒曜石の剣を手に向かっていった。
流れを読んだらしくキャロルも、ちょこちょこと駆けだす。
レオナルドは回転攻撃のコンボフィニッシュをトリスタンに与え、地面に叩きつける。
地面に落ちたトリスタンは、しばらく硬直する。
そこが叩きどころだが。十秒弱で持ち直し、全体攻撃を放ち、プレイヤーを吹き飛ばす。
邪魔になるレオナルドは、一旦空中移動で離れて行く。
ただ、唯一。
光樹だけは『コスモスラッシュ』を発動してトリスタンに向かいながら、一言。
「このペースなら必殺技ぶち込めば倒せますね」
僕が頼んだ八秒間の内に、光樹の必殺技ゲージは貯め終えたらしく、剣に纏っているオーラが輝いている。
光樹と茜、あとキャロルの接近攻撃が少しの間続き。光樹は至って普通に「八秒です」と宣言。
トリスタンの持ち直しを回避する。
再び衝撃波の猛攻と、レオナルドの接近戦を繰り返すところだったが、光樹が唐突にレオナルドが操作する大鎌の柄を掴んできたのだ。
小雪も「あれ、ちょっと!?」と驚いている。
僕がまさかと思ったが、光樹に気づいたレオナルドが、光樹から何かを言われていた。
内容は分かる。
必殺技をトリスタンにぶつければ、確実に倒せると。
確かに、必殺技の威力は高いが――無謀で余計な事を……!
レオナルドが再度、トリスタンに接近しながら光樹が掴んでいる大鎌を上手く、トリスタンに近づけようと目論む。
仕方なく、僕はレオナルドにメッセージを送る。
『必殺技はスキルの持続時間中にしか発動できないよ』
『早く叩き込んでくれ』
軽くレオナルドは僕に振り返って頷いた。
レオナルドと光樹が空中にいるので、小雪にも指示メッセージを送る。
『援護射撃よろしくお願いします』
それと茜にも呼び掛けた。
「茜さん。レオナルドたちは空中にいるので、スキルでトリスタンを攻撃して構いません」
「ああ、そうなのかい!? 取り合えず、動き封じる奴でいいかね」
「はい、お願いします」
レオナルドが接近戦を始め、衝撃波が止んだ瞬間。
茜が発動したのは『ドリーネシンクホール』。
地面にハンマーを叩きつけ、対象一体を選択し、足元を陥没させ動きを怯ませる。
だが、スキル発動よりも先に、トリスタンが再度衝撃波の反動で宙に逃れた。
そこを小雪がライフルで撃ち抜き。トリスタンの動きを怯ませる。
レオナルドの大鎌を掴んで接近した光樹が、必殺技『ミルキーウェイ』を叩き込むと。
静かにステージクリアのメッセージが表示された、が。
トリスタンは倒されたにも関わらず、消滅することなく浮遊移動したまま、どこかへ立ち去って行った。
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やっぱりチーム戦で連携がうまくいくと楽しいですね。
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