目論見
春エリアのメインクエスト一面。
陽気な空気と小川のせせらぎ、遠くにある桜並木……そういった光景をレオナルドは久方ぶりに見た。
足を運んだのは最初にパーティを組んで挑んだログイン初日以来。
今日はペットのキャロル、剣士の光樹が同行しているだけ、違う。
アルセーヌ(遠藤)から警告されたにも関わらず、レオナルドが光樹と共にパーティを組んだのには理由がある。
だが、今は戦闘に集中しなければならなかった。
脛をこすってくるだけのモルモットに近い小動物の妖怪『すねこすり』。
メジャーな傘の妖怪『化け傘』。
提灯の妖怪『提灯お化け』。
序盤なので、初心者が倒せる簡易な攻撃パターンをする妖怪ばかりが出現する。
光樹の動作は、演技とは思えない正真正銘、初心者のそれだった。
レオナルドが見ても無駄な振りが多い。
ただ、回避は上手かった。
機敏ではないが、ちゃんと攻撃を見抜いて回避できている。光樹は、何かスポーツをやっているかもしれない。
順調に妖怪を倒し続けると、光樹がふと動きを止めて言った。
「お、なんや。スキル覚えた出とるよ?」
ついにか。
レオナルドが剣士特有のスキルについて説明する。
「『コスモスラッシュ』って技ですよね。メニュー画面を開いて、ステータスのところ出したら確認できます」
「ふんふん……えー、何々? コンボフィニッシュが出来なくなる?? ん? 最後にドーンってのなくなってええんです?」
「最後のコンボフィニッシュって、硬直しますよね。アレが隙になってダメージを受けるデメリットもあるんです。そうじゃなくても、コンボが嫌いって人もいます。自由に動けた方が臨機応変に対応できますから」
「はぁ~~そうなんですなぁ」
「ちょっとスキルを使ってみて下さい」
「どうするんです? 漫画みたいに口に出すんです?? 恥ずかしいわぁ~」
「頭で思い浮かべるだけでも大丈夫ですよ」
「え~? ホンマに??」
冗談半分に光樹がやってみると、彼の持つ剣が独特の光に包まれる。
すると、光樹はオーバーリアクションで驚いた。
「うわっ! え、怖っ! ホンマにできたわ!! どうなっとるん?!」
彼の反応に、レオナルドが困惑気味に「大丈夫ですか?」と尋ねる。
バーチャル経験が少ないと自称していた光樹は、驚きつつ興奮気味に喋った。
「いやぁ、これ怖ない?! レオナルドさん! 自分ら頭ン中、覗き込まれてるんです? そないな情報、ゲーム会社如きが管理するの怖いわぁ。こんなん誰かに悪用されますやん!!」
と、ユニークな視点から恐怖を煽ってくる光樹。
レオナルドも、VR技術に詳しくないし、ひょっとしたら彼の言う通り、脳内を監視されてるのかもしれないが、彼なりの考えを真顔で告げる。
「そういうの実現できたら、世界はもっと平和になってるんじゃないですかね」
むしろ。現実で運用できるのならVRMMOではなく、監視システムに搭載している筈だろう。
レオナルドの意見をジョークと受け止めたのか。
光樹は細目をいつになく見開いて、ケラケラ笑う。
「そらそうや! まーそないな監視社会、自分らの国は受け入れないでしょうけど」
「……えっと。光樹さんの視点で、変なゲージが出てますよね」
「ん? ああ、なんか出とるなぁ」
「スキルが発動してる時、妖怪に攻撃するとゲージが溜まっていって。満タンになったら必殺技が発動できるんです」
「ふんふん……せやから、攻撃しまくる必要あるんやな」
「必殺技はスキル発動中なら任意で発動できます」
『コスモスラッシュ』の場合は、プレイヤーを中心に星の濁流が駆け回る範囲攻撃『ミルキーウェイ』が発動する。
必殺技に無邪気な子供っぽい反応する光樹に、レオナルドが確認した。
「武器の耐久度、大丈夫ですか?」
「どうやろ。……あ! 残り10しかあらへん!! 夢中になってたら分からんもんやな」
「取り合えず、武器変えた方が良いです」
「そうするわぁ」
という具合にメインクエストを順調にこなしていく二人と一匹。
光樹が防御貫通のスキル技『メープルテンペスト』を覚えた頃、レオナルドはいよいよ本題を切り出す。
周囲に妖怪がいないのを『ソウルサーチ』で把握した後、レオナルドは光樹に聞いた。
「光樹さん。いい店は見つかったんですか?」
光樹は残念そうな表情で答える。
「あ~、それなぁ。あれから全然や。初心者はお断りって店ばっかなんです」
単に彼の舌に合う味が見つからなかっただけか、或いは本当に初心者お断りの店か。
嘘であっても、レオナルドは頭をかいて正直に尋ねた。
「光樹さんって……ひょっとして、店のパトロン的なもの目指してるんですか?」
ルイスやアルセーヌが警戒している目論見、そのままを率直に問いかけるのは心象悪いかもしれない。
それでも、レオナルドは尚更不安があった。
一方、光樹は苦笑しながら返事をする。
「そうそう! 自分が食材集めて、それで料理作って貰えれば万々歳です。あれ? 何か問題あります?? 自分以外も似たような事やっとる奴おるでしょ?」
「うーん、色々問題があるんです。大体の素材って、メインクエストよりも難易度高いマルチエリアの方にあるんです。んで、物によっては妖怪が強くなる夜の時間にしか取れないもんがあったりして……一人でやってくのは大変です。あとPKで死んだら集めた素材も全部なくなるんです」
最近、レオナルドはルイスとムサシを合わせた三人でパーティを組んで、夜のマルチエリアを巡っているが。妖怪の強さは、昼間とは天と地ほど差があり。
そして何より、PKが問題だ。
初心者装備の光樹なんて、場違い過ぎて狙われやすい。
すると、光樹は先程までの態度が嘘のように真剣な顔つきで話を聞いている。
念の為か、こんな事を質問する光樹。
「PKって頻繁にあるもんなんです?」
「ここにいるプレイヤーの目的って、大体PKです。他のVRMMOでPKできる奴がないから、らしいです」
片手の人差し指で頭をトントン叩く光樹。
それから、光樹の動向は不思議だった。
改めて、メニュー画面からステータスや武器の性能を確認し直す。
レオナルドにも色々質問をする。具体的な内容はダメージ計算についてだ。
妖怪にも種類別に防御や耐久補正があったり、それらとの差し引きでダメージの数値や、武器の耐久度が削られる。
ダメージ計算を全く知らなかったレオナルドは、攻略サイトを参考に、しどろもどろな説明をした。
そんなものでも、理解しましたと礼を告げる光樹。
光樹が行う一連の流れに、レオナルドはどこか既視感を覚える。
以降、光樹の動きに迷いはなくなった。
とくに剣の耐久度が切れる寸前に、一々確認しないで武器を切り替え、幾つ攻撃を命中させれば敵が倒せるかも分かっているように、切り返す機敏さ。
『塗壁』や『子泣き爺』のような固い妖怪を前にすれば、光樹は素直にキャロルを頼った。
成長したキャロルは特殊攻撃を物にしていた。
『Drink me』のラベルが貼られた大瓶を出現させ、中に入った液体で水系の特殊攻撃をする。
妖怪を倒し終えたキャロルを、レオナルドが撫でてやろうと手を伸ばせば。
キャロルは、その手へ嬉しそうに飛び込む。
光樹の方は露骨な褒め言葉をかけた。
「いやぁ、流石です~キャロルさん!」
キャロルも自慢げに「ぶっ!ぶっ!!」と音鳴らす。
突然、光樹が覚醒したというより、彼なりのコツを掴んだのだと理解するレオナルド。
レオナルドは参考までに、それを聞いてみた。
「光樹さんも凄い戦いに慣れてきたと思いますよ」
「自分なりの戦い方出来るようになったんかなぁ」
「スポーツとかやってて、その技術を応用してる感じですか?」
「あ~……コレやってるんです、自分」
「?」
独特な手の動き、いや、指の構えをしながら言う光樹。
レオナルドは何だろうと首を傾げ、光樹も「あ、分かりません?」と挑発気味に言う。
「将棋得意なんです、自分。でも、今やってますのは暗算です。レオナルドさんが教えてくれはったダメージ計算の暗算やってるだけです」
「え」
「あ、ダメージ計算以外も武器の耐久度も。スキル発動時間も体感で測ってます。自分の特技、有効活用できるとは思ってませんでしたわ」
ゲームの世界を数値化しているような光樹の言動。
それを聞いたレオナルドは、彼の思考はカサブランカと同じなのだと理解した。
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いよいよ、夏のメインクエスト攻略が始まります!
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