捜索
翌日、6月30日。この日は木曜日である。
木曜日はレオナルドの休日。
彼の現実では、午前中から何も予定は入っていないが家事・買い物などやっておくことは色々ある。
本格的にログインした時刻は、午後一時。
ルイス達と夏エリアメインクエストの攻略に挑むのは、午後八時以降になる。
時間に余裕がある中、レオナルドもやっておく事が幾つかあった。
ワンダーラビットの店内で、ジャバウォックがカウンター越しから顔を覗かせ、言う。
「いらっしゃいませ~いらっしゃいませ~」
お店ごっこを始めようとする彼に、レオナルドは申し訳なく頼んだ。
「ジャバウォック。今日はお客さん役をやって欲しいんだ」
「……いらっしゃいませ~」
「頑なだな……じゃあ」
レオナルドは、ちょこちょこと付いてくる白兎・キャロルを抱きかかえた。
店内には、イベントで使用するテーブル席が幾つか配置されており。
リジーとボーデン、バンダースナッチが各々、席についていた。
クックロビン隊たちも、体格故、席に座る事はできないが、椅子の辺りで裂け目から顔を出す。
ジャバウォックの代理として、レオナルドは適当な席にキャロルを座らせた。
当のキャロルは「なんだ?」と言わんばかりの顔で鼻をヒクヒクさせる。
今日は珍しく、メリーの姿がない。
昨日拗ねたのを引きずっているのだろうか。
最後にレオナルドは、常に突っ立っているスティンクに頼む。
「悪い。練習に付き合ってくれるか?」
相変わらずの鋭い眼光だが、彼女は素直に引き下がった態度をする。
「お父様から頼まれましたので、貴方のお遊戯にお付き合いします。感謝して下さい」
「あ、ありがとう……」
「私ではなくお父様に、です」
「今度伝えるよ。えっと、好きな席に座っていいぞ」
ズガズガと移動するスティンクの姿を、心配で見届けているのはレオナルドではなくバンダースナッチだった。
店内だろうとお構いなしに、頭に被った中折れ帽と前髪の隙間から、彼女を目で追っている。
気を改めて、レオナルドが倉庫から移動させて来たのは『ワゴン』。
鍛冶師のプレイヤーに作製して貰った代物だ。
『不思議の国セット』の手間を極限まで省いたその次は、運搬方法。
いきなり、両手以外の腕や頭に載せて、一気に運ぶような真似は……レオナルドなら練習すれば、出来るかもしれない。なんて、ルイスは言うが冒険はしない。
安全かつ確実に多く運ぶには『ワゴン』と導き出された。
茶碗などの高さを考慮した三段式で、一度に六つ運べる。
ワゴン台の試運転も兼ねた予行練習が始まった。
頑なに従業員役を譲らなかったジャバウォックは早速、ワゴンに『不思議の国セット』を載せて動かそうとしている。
あれはあれで良しとするレオナルド。
何故なら、ワゴンはもう一台ある。
ホールスタッフのレオナルドとミナト、それぞれ一台使うのだ。
「ぎゅい~ん」
ジャバウォックは独特の効果音を口で鳴らしながら、勢いよくワゴンを押そうとする。
が、『不思議の国セット』が六つ載せられているだけあって、重い。
子供体型のジャバウォックは押すのも苦労する……ことは無かった。
効果音通りに、なかなかのスピードでワゴンを押す。
ガタガタと『不思議の国セット』が音鳴らし、席の合間を掻い潜るジャバウォック。
レオナルドも驚いて「ジャバウォック!?」と呼び掛けるが、彼の勢いは止まらない。
「見よ! このハンドル捌き」
ノリノリなジャバウォックが華麗にカーブを成功させ、最終的にキャロルの席に停車した。
ワゴンは無事だが『不思議の国セット』は当然、ぐちゃぐちゃ状態。
お構いなしに「ど~ぞ」とジャバウォックがキャロルの前に、セットを置いた。
呆然とするレオナルドの傍ら、バンダースナッチが呆れながらぼやく。
「遊んでるだけだろうな。ありゃ」
ジャバウォックの運転(?)を見たボーデンが面白そうに「俺にもやらせろ」と言ってきたり。
案の定、ボーデンがワゴンを横転させ、リジーが怒声をまき散らす。
という件がありつつ、レオナルドは普通に運ぶ練習を行った。
ちなみにワゴンや食器類は無事。破損などはしない。
武器とは違って家具類も衣服と同じ耐久度はないので、拘る人にとっては安心設定だろう。
レオナルドは実際にワゴンを動かしたジャバウォック達にも、感想を聞き。
ワゴンの性能に関しては問題ないと、レオナルドはメッセージでルイスに報告する。
だが、ワゴンを動かすにはスペースを確保しなければならない。
その辺りの感想も、レオナルドは事細かに送った。
一段落済んだところで、片付けを始めるレオナルド。
ふと、いつになく落ち着かない様子の『クックロビン隊』達に「どうした?」とレオナルドは尋ねる。
単語程度は喋れる彼らも、上手く言語化できない事態のようで、返事に戸惑う様子が分かる。
リジー達も気まずい雰囲気で誰も喋ろうとはしない。
彼らの代わりに、スティンクが喋った。
「早く話してください」
彼女が告げた相手はバンダースナッチ。
深々と溜息を吐いてから、彼はレオナルドに告げる。
「……しばらく、俺はこっちに顔出さない。それだけだ」
突然の話に驚きもあったが、バンダースナッチの性格を考えて理由があるんだろうと、レオナルドも察する。
だから、レオナルドは深く追求せず返事をした。
「そっか。ルイスにも伝えておく」
そんなレオナルドの態度に舌打ちするのがスティンク。彼女は嫌々、バンダースナッチへ促した。
「ちゃんと理由を話しなさい。貴方のそういうところを、お父様が散々注意したでしょう」
「人間に話していい内容じゃないだろ」
「お父様が許可してますが」
「はぁ~……ったく。アレだよ、スパロウの奴を探しに行く」
以前、そんな事をバンダースナッチ自身が述べていたとレオナルドは思い出す。
スパロウ。
クックロビン隊の生みの親で、マザーグースの子供の一人。
どこかで出現した噂も、レオナルドは聞かないが、こうして話題が挙がったということは、出現する条件があるかもしれない。
レオナルドは、ただ自然に尋ねる。
「探すって、アテはあるのか?」
「ねーよ。悪いが、俺が春から居なくなったって話。広めるんじゃねえぞ。調子乗った連中が攻撃しかけるだろうからな」
強大な妖怪の一角、バンダースナッチがいなくなったと聞けば、一部の人間が調子に乗る。
典型的だが、彼が不安抱き警戒心を見せるのは仕方ない。
結局、父親が死ねばいいと宣っても、心配してしまう。
妖怪には似合わない良心があるバンダースナッチの心情を理解して、レオナルドは真っ直ぐ見つめ頷いた。
「おう。わかった」
そんな彼の視線に見届けられながら、満更でもない様子でバンダースナッチが消えると。
メッセージの着信音がレオナルドに届く。
どうやら、レシピイベント同様、新たなイベントが発生した。
内容は『スパロウはどこに消えた?』。
今回のバンダースナッチの件がイベント開始になるものだったのだろう。
リジーが不安そうに言う。
「大丈夫かしら……バンダー兄さんはともかく、スパロウ。あの子……おっちょこちょいなところあるから……無事だといいのだけど」
クックロビン隊たちも、不安そうなのは仕方ない事だった。
ボーデンも何とも思っていない訳ではない。
不安を煽るようなリジー達が嫌で「んな事、一々言うなよ!」と威勢控えめに吠える。
スティンクはバンダースナッチが立ち去ったのを見届け、マザーグースへ報告するのか時空間の通り道を作って姿を消す。
暇な時期であれば、レオナルドも協力してやりたい。
しかし……残念だが、今は料理店コンテストに集中しなくてはならなかった。
席に留まっていたキャロルを抱きかかえながら、レオナルドが気合を入れて言う。
「よし。俺達もジョブ3目指さないとな」
レオナルドの想いに応じるようにキャロルも「う~」と体から音を鳴らして返事をした。
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産まれた順番ですが
バンダースナッチ→スティンク→ジャバウォック→オーエン→リジー→スパロウ→ロンロンです。
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