剣士
何故、僕があえて挑発的とも思える動画宣伝を行ったのか。
理由は幾つもあるが、一つは『不思議の国セット』の自分で茶を点てる――点前の手法にいちゃもんを付けられたくない。
運営にも確認済みであり、了承された事。
こういう手もあるんだと認知されて欲しいからだ。
ジャバウォックの隠しイベントで、チートだと何だの荒れ放題な通報で運営が迷惑被ったのは、つい最近のことだ。
アイドルファンとムサシファンが、僕らにヘイトを向けて騒ぎ立てていたのも原因の一つ。
だが、奴らに便乗して、本来のゲームユーザーも僕らにヘイトを向けていた筈。
じゃなければ、あれほど馬鹿騒ぎにならない。
要するに、僕は『マギア・シーズン・オンライン』の民度を信頼していない。
これはいいのか。
ズルではないのか。
あーだこーだと騒がれ客足が遠のいては、折角の準備が全て台無しになる。
流石に『神隠し』イベントの二の舞を踏みたくない。
だったら先に情報を公開するまでだ。
炎上被害はあれど、イベント当日に騒がれるより、今から騒がれてイベント当日には落ち着き出す方が大分マシだ。
僕は、イベント当日でも、店内等で繰り返し説明するであろうものを述べていく。
珍しい『全季』の料理を提供する為に、従業員全てが全季のプレイヤーのみ。その為、どうしても人数制限を設けないと、対応しきれない事。
滞在時間を制限するのは、店の回転率を重視しているので、食事を終えたら、なるべく早く退出して欲しい事。
『不思議の国セット』の季節は調理場の状態で固定されるので、プレイヤーが茶を点てることで季節の混じりは発生しない事。
一通り、宣伝を終えてから僕はムサシに確認する。
「反応はどうですか」
「自分で見ろ」
ムサシが生配信中の動画サイトのページを開き、コメントを僕に見せてくれる。
[了解です!楽しみにしてます!!]
[ルイスニキ心配性過ぎだろwwwwww]
[把握しました~]
[冷静に考えると、全店舗制覇とか無理だよな]
[こんなんで荒れたらマギシズの民度が疑われるわ]
という。
騒動が鎮火したのもあってか、好意的な反応が多い。
いや、視聴者の大半がムサシファンなので、否定的な意見を書き込んだりしないだけだろう。
残念そうにメリーが言う。
「沢山、おいしいものが食べられるお祭りってことでしょ? いいなぁ~」
鋭くスティンクが睨みを利かせ、彼女を叱る。
「お父様の話を聞いていなかったのですか。私達が夏の層に踏み込んではならないと」
「分かってるわよ! 言っただけじゃない!!」
眼球の無い瞼を怒りの形に変化させ、拗ねたメリーは、別れも告げずに電流と化して、消えてしまう。
マザーグースもマスクで口元を覆い、目元だけしか見えないが、どこか申し訳ない様子なのは僕にも感じられた。
恐らくこれは、春エリアしか出現できない制限を設けられたゲームの仕様上の問題だ。
残念だが、仕方ない。
すると、リジーが僕の服のすそを引っ張り、教えてくれる。
「あそこ。誰か来てるわ……レオナルドが話しているけど」
僕は宣伝に集中していたから気づけなかった。
レオナルドがジャバウォック(ついでにキャロル)と共に生垣越しから、一人のプレイヤーと対話している。
これまた見覚えないプレイヤー、どころじゃない。
質素な薄茶の長袖に、厚めの生地で作られたズボン……それと腰にぶら下げた剣。剣士の初期装備状態だった。
今時、新規のプレイヤーか。
容姿は癖毛ある茶色のセミロングヘア、細目で瞳の色が分からない陽気な男性が、僕の視線に気づいて声かけた。
「あ、すんません! お取込み中かと思うて、声かけませんでしたわ」
彼と話をしていたレオナルドは、僕に振り返ると少々興奮気味に話す。
「ルイス! この人、全季なんだよ。店の手伝いしてもいいかもって」
「……え」
突然の話に、僕も変な声を出してしまう。
全季? コイツが全季だって? そんな都合のいい話……僕が疑念を向ける細目の男は「いやぁ」とケラケラ笑いながら答えた。
「違います。自分、この店の味が良かったら協力しますって言うたんです。料理の基礎もなってない味なら論外ですわ」
「………」
さらっと、ムサシの生配信が続く中、平然と言って置けるこの態度。
人によっては何様と言わんばかりな言葉。
レオナルドが「あ、すみません」と謝罪するが、コイツの方が謝罪するべきだろう状況。
嗚呼、なんだろうか。
カサブランカと似た系統の全季か、コイツは。
脳波で判別している噂を信じる訳ではないが、こればっかりは合っている気がしてならない。
とは言え。僕が咳払いして、細目の剣士に告げた。
「申し訳ございません。ここは紹介制なんです。貴方だけ例外という訳にはいかないんです」
「なんや。味、自信ない?」
わざと挑発して来てるな、コイツ。
美味かろうか不味かろうか、どうだっていい。一先ず料理だけ。
変に探り入れる訳ではないが……覆面審査のプレイヤー? いや、こんな目立つ真似はしないか。
僕は無理に笑顔を作り「すみません」と謝罪から話を展開させる。
「料理目的でゲームを始めた方、でよろしいでしょうか」
「まあまあ、そんなところです。いやぁ、ビックリしましたわぁ。適当なもんを高値で売り付けてくるもんだから。自分、笑いが止まりません」
「……ええ。そうなんですよ。ここでは味ではなく、料理の効果が重視されるんです。いい効果の組み合わせを重視した結果、大した味にならないケースが多いんです」
それを聞いて、細目の剣士の笑みも消えた。
残念そうに奴は尋ねる。
「ホンマに?」
「だってゲームですから、料理を楽しめますが、あくまで主軸は戦闘です。戦闘に有益な効力を求めるのが普通ですよ」
「……メニューにも効力の一覧強調してましたし、そんな気ぃしましたけど。そんな味はどうでもいいんです?」
「流石に不味い料理は不評を受けるので、最低限食べられるものを作るのがマナーになってますね」
「ははぁ、マナーねえ」
しばし間を取ってから細目の剣士は「参考になりましたわ」とそそくさ立ち去る。
希少な全季の人間を逃すなんて、と他プレイヤーは思うだろう。
レオナルドも不思議そうに僕へ聞いた。
「いいのか? 確かに紹介制のルールを捻じ曲げのは良くないけど、人手が増えた方がいいんじゃ……」
「奴は……恐らく、誰かに寄生する魂胆だろうね」
「寄生って」
マシな表現しろと嫌悪の表情浮かべるレオナルドを、僕は笑う。
「聞こえ良く言えば『パトロン』。素材集めをする代わりに、自分に料理を提供して貰う。そんなところかな。でも、僕達は現状で一杯一杯だろう?」
「うーん、まあ」
「それに生配信中だよ」
僕の指摘に「あっ」とレオナルドも口を噤んだ。
ムサシの動画を通して、さっきの剣士の申し出を承諾した場面を見せれば、だったら自分もと誰かが押しかけて来るのが目に見える。
レオナルドは「悪い」と謝罪するが、今回は生配信中なので穏便に済ませておく。
さて、これでどんな影響が出るか……
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マギシズ界隈はアイドル騒動が収まって以降、落ち着きを取り戻している感じです。
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