生配信
『マギア・シーズン・オンライン』現在のプレイヤー進行度。
最近、運営サイドから公式の進行度発表が行われた。
ジョブ3到達者は六十名。
その内、冬エリアに到達したプレイヤーは四名。
四名の内、一人はアルセーヌ。
残り三人の内訳にカサブランカの存在が挙げられているが、詳細は不明。
ただ一人だけ。
今日も動画サイトで生配信を行っているプレイヤー、宮本武蔵ことムサシが冬エリアに到達したのは周知の事実である。
アイドル騒動も落ち着きを取り戻し、無事に彼のアカウント停止が解除されてからは、アカウント停止中に撮りためていた分からイベントの録画映像まで、一挙に動画が投稿。
動画のランキング上位は、全て彼の動画で占領される異例事態が発生していた。
そして、現在。
生配信中でムサシが攻略しているのは、冬エリアのメインクエスト。
周囲に身を隠せる木々など、障害物が一切ない、氷の張った湖の脇を通る道中ステージだ。
道を駆けるムサシへ歩み寄る、白の毛に覆われた三メートルクラスの巨体である『雪男』。
攻撃動作は遅い……訳ではない。
ムサシクラスのプロプレイヤーからすれば遅い、余裕で躱せる。
だが、彼が長く愛用していたカタナで、雪男の腕を切り落とそうと振り終えた瞬間。
キレの良い音を立てて、刃が折れてしまった。
ムサシがそれで動じる訳がない。淡白に「スナック菓子のように折れた」と呟く。
視聴者による動画コメントの方は
[ぎゃああああああああ]
[ハイハイ! もう撤退!!]
[折れたぁ!?]
[メインクエで武器壊れるとかやってられね~~~~~]
[ムサシ節のコメントすこ]
という具合に阿鼻叫喚。
次のカタナで『雪男』を斬るが、幾度かダメージを与えただけで、また折れてしまう。
仕方なく、ムサシは武器ではなく拳で雪男を攻撃。
本来、格闘家系の戦術だが、武器がなくなった時の保険で、全てのジョブは拳や足での攻撃判定がある。
ムサシの季節は『無季』。
季節が使えない代わりにステータスが急上昇する属性だ。そのステータスの暴力で、解決できるパターンも度々ある。
ただ、冬の季節の特性『硬化』がメインとなっているだけあり、雪男自体が硬い。
ムサシの拳で巨体が壮大に吹き飛ぶ代わりに、ムサシ自身に反動ダメージも来る。
雪男の体力ゲージは……カタナによるダメージの方が削っている。
拳によるダメージの方は減っているか怪しい位だ。
流石にムサシも「駄目だな」という独り言と共に、離脱を選択した。
彼がステージを離脱するのは珍しいので、動画コメントが驚きの反応で埋め尽くされる。
基本的にメインクエストは、バックストーリーを楽しむ要素の一つでもある為、総じて難易度は低く設定されている。
しかし、冬エリアは違った。
秋エリア到達は、大多数のプレイヤーが突破できるが。
冬エリアは上級者向けのステージであり、そこに到達するには『冬の層入場資格試験』に合格する必要がある。
故に、メインクエストでも難易度は夜間のマルチエリアに匹敵する。
妖怪の強さもさることながら、並の装備で誤魔化せない場面に幾つも巡り合う。
ムサシの場合は、彼自身のプレイスキルでもステータスでもなく、装備が問題という事。
ムサシが戻って来た場所は、秋エリアに建てたマイルーム。
壊れてしまった武器を戻す術はない。ジョブ武器のカタナだけは耐久度1の状態で復活している。
倉庫を確認しながらムサシが言う。
「スナック菓子を三十本用意しても無理だな。ツケが回って来たか」
倉庫の中身を種類別に表示。
それで確認していたのは今日まで使い込んだムサシの武器。
当然、カタナだけしかないのだが、内容を見た視聴者たちは各々コメントを書き込んでいく。
[武器をスナック菓子に見立てるなwwwwww]
[これは酷いwwww]
[武器縛りかな?]
[草]
[低レア武器ばっかりやんけ!!!!!!!!]
[むしろ、強い武器使わないで冬エリアまで行けたのか……(困惑)]
[なんや! カタナぶっ壊れ性能じゃん!! 下方修正はよ]
[↑なお使い方]
低レアと呼んでいたりするが、他のジョブと比較すれば金銀鉱石で作製されていないものばかりで。
鍛冶師系のジョブ2『鉄人』クラスで十分に作製できるカタナばかり。
決して、ムサシも武器を疎かにしてない。
信頼できる茜が、未だにジョブ2なので、この質のカタナで挑む他なかったのだ。
無論、作製難易度が高いカタナを満足できる質で完成させる茜の実力は、確かなものである。
画面を開き、時刻を見たムサシは、マイルームで大人しく寝そべっていた犬を横目にやる。
犬は『シベリアン・ハスキー』で、凛々しい顔立ちをしていた。
ペットの項目を選択するムサシ。
「詩織」
詩織と呼ばれた犬は体を起こして、尾を振りながらムサシに駆け寄る。
この犬は『神隠し』イベントのクリア報酬で貰ったものだ。
一人と一匹が転移したのは、妖怪が溢れるバトルフィールドではなく、長閑な春エリアの一角。
赤と白の薔薇の生垣越しに囲われた庭がある店『ワンダーラビット』。
庭には、店主のルイス以外にレオナルドと、妖怪達の姿もある。
動画コメントが湧き上がる中、ムサシの姿に気づいたルイスが「今日は宣伝なので入って来てください」と庭の門を特別に解放した。
レオナルドが詩織に「元気だったか?」と呼び掛け、手を伸ばすが、何故か詩織は鼻を鳴らしてレオナルドを無視する。
困惑気味にレオナルドは言う。
「なんで詩織は懐いてくれないんだろ……」
代わりに、キャロルが詩織と戯れている光景に『癒される』『もふもふ』など動画コメントが流れる中。ムサシは素っ気なく答えた。
「属性が無季だからぐらいしか覚えがない」
「やっぱ、それかぁ」
ペットにも季節が備わっており、詩織は『無季』。
キャロルは『冬春』の二季持ちだ。
折角なのでと、ルイスはムサシに誘導する。
「今日はマザーグーズさんがいらっしゃってますので、一緒に映るように宣伝用の映像をお願いしてもよろしいでしょうか」
「どれがマザーグースだ」
突拍子もないムサシの質問に、全員が停止する中。
レオナルドは冷静に教える。
「ここにいるのがダウリス。こっちにいるのがスティンクで……えーと、ジャバウォックとメリー、それとリジーだ」
それぞれ手で示してやりながら、レオナルドが説明する光景は異様だった。
ムサシは「そうか」と一言だけ。
カメラ位置を調整しながら、動画のコメントを確認するムサシ。
[スティンクさんが変な顔してるの草]
[ジャバちゃん出現率あげてくだしあ]
[俺も早くジャバウォックちゃんと遭遇するんだ……]
[スティンク攻略むず過ぎぃ!]
[ロンロンで何度も死んでるわ俺]
[ロンロンで死ぬ奴、間抜け過ぎんよ~]
[マザーグースさんが困ってるぞwwwww]
[ルイスニキのペットおらんの?]
大体が妖怪たちに関するコメントばかりだったので、ムサシは別の話題を口にする。
「お前のペットはまだかと聞かれてるが」
ルイスが自分のことだと察して、普通に受け答えした。
「まだ、どうしようか悩んでるんです。皆さん、竜をオススメしてくれますが、食費が大変だと聞いて、別の物にしようかと」
[牛か鶏にしちゃえば?(ヤクザ感)]
[牛はいいぞ(ヤクザ感)]
[マジレスすると犬が便利ゾ]
[ギルド建てれば食費は無問題なんですが]
[ルイスニキ、ギルド建てて★]
レオナルドも「交換期限までには決めた方がいいぜ?」と心配する中。
いよいよ、ワンダーラビットが料理店コンテストで提供する『不思議の国セット』の宣伝が開始した。
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前回の内容、一部変更しましたので少し目を通して頂けると幸いです。
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