支配者
さて、ここからの予定を確認しよう。
6/29(本日) 提出料理の構想をまとめる
6/30~7/1 夏エリアメインクエスト六面ボスまでクリア
7/2~7/5 秋エリアの探索、素材集め
7/5 23:59に出店枠の参加申請と料理提出、従業員登録が締め切り
7/6~7/8 全店舗の配置図発表日。仮設店舗の改装が解禁される
改装期間は7/8 23:59まで
7/9、7/10 一次予選開始
夏エリアメインクエストは、僕ら以外にも小雪と茜を引き連れて挑む予定だ。
というのも。それぞれの層にいるボスは、各季節の効果と同じテーマで統一されている。
春は『増加』。秋は『変化』。冬は『硬化』。
そして、夏は『強化』。
単純な強さだ。
ある意味厄介なエリアになる。
夏エリアは、春エリアのマザーグース達のような面倒な手順を踏む戦闘とは違う。
戦闘の出来るプレイヤーを複数人で構成したパーティで挑めば、案外、大して難しくない。
が、ソロ討伐。もしくは僕とレオナルドのような、サポートと主力の最低限構成で挑むと難易度が格段と上がる……
所謂『火力でゴリ押せば何とかなる』パターンだ。
故に、遠距離型や戦闘が苦手で生産職になったプレイヤーは苦戦を強いられる。
レオナルドから聞くに、人見知りのソロプレイヤーである小雪は夏エリアのメインクエストはクリア不可の詰み状態。茜も未だに攻略を躊躇しているようだ。
この際、世話になっている二人に支援などして貰いながら、クリアしてしまおう。となった。
尚更、今日中に料理の構想はまとめなくては。
『雪厳石』を採取にし向かったアルセーヌを除いて、僕らはワンダーラビットに戻り、お互いに意見を出し合う。
マザーグースの意見も参考にして『不思議の国セット』の練り切りの数を減らすか。
減らすとしたら、一個か二個か。
最終的にレオナルドが選んだ『白兎の練り切り』を残した。
レオナルドが色々不安に思ってか、いつになく確認をしてきた。
「これ、目標ポイントは達成できるのか?」
「ふむ……全ての客が注文のみ、料理を完食せず、評価もせず。という最悪を考慮すると、二日間で1500人。一日750人を対応しなければならないね」
「なな……」
気が遠くなりそうなレオナルドの反応に対し、僕は話を続ける。
「堅苦しく考えなくていい。その為の整理券配布だよ。人数制限以外に、店内の滞在時間も制限させて貰うからね」
「店の回転率を上げるってことだよな。そこまではいいんだけどさ……お茶はどうするんだ? 時間かかっちまうんだろ?」
「お客に茶を点てて貰うよ」
「それ大丈夫なのか?」
「運営にも確認してあるから大丈夫だよ。実際に、そういう体験が出来るのを売りにする店も現実にあるくらいだ」
「へ~」
実際に提供するセットをレオナルドにも見せる。
皿に『白兎の練り切り』。
既にブレンドされた『お抹茶』が入った茶碗と茶筅。
小さなお湯の入った釜。
それと、ここには実在しないが当日店内に飾られる予定の『茶の点て方』のイラスト。
イラストは可愛らしい兎をモデルにしている。
レオナルドは納得した様子だが、僕も気を引き締めて言う。
「お抹茶のブレンドだけは分量を間違えないようにしないとね」
「そこは俺もフォローしてやれない。ごめん」
「うん。ここらは僕の責任になるからね。気にしなくていいよ……そろそろ準備しようか」
僕は改めて用意した『不思議の国セット』をマザーグースたちのいる庭に運ぶ。
庭のテーブル席に並べたが、これは妖怪達に試食させる為のものではない。
僕らの行動を伺うジャバウォックの視線を無視して、僕はレオナルドに尋ねる。
「そろそろ、ムサシが来る頃かな?」
「なんだかんだ、ちょうどに来るぞ」
時刻を確認すると、待ち合わせ時間五分前だった。
普通なら早めに来てもいいだろうが、そうしないのがムサシだ。僕は仕方ないと割り切っている。
メリーは我慢できずに聞いてきた。
「これ食べちゃ駄目なの?」
「今度、開かれるコンテストの宣伝撮影用で使うんだ。練り切りが食べたいなら、他のものを用意しようか」
練り切りの件には触れずメリーは「コンテスト?」と首を傾げる。
ジャバウォックが、撮影の意味を理解したのか。『不思議の国セット』の傍らにキャロルを置いて見せた。
レオナルドはキャロルが練り切りを食べないかとハラハラしていたが、キャロルは匂いを嗅いで、練り切りに対し「何だこれは」と訴える不思議な顔をする。
仕様上、ペットは料理を食べたりしないだろう。
ジャバウォックの眼差しによる圧を受けて、レオナルドはキャロルを押さえつけるだけにして、テーブル席に乗せたままにする。
マザーグースは、レオナルドを興味深く観察しつつ尋ねる。
「何かの催しでこれを提供するのか」
レオナルドは明るい表情で「ああ」と話す。
「夏エリア、じゃなかった。夏の層で、どこが一番美味い店かって大会をやるんだ。えっと、まあ、人間が開いてる大会だから。ダウリスは来れないよな」
「いや……夏の層で行われる以上、私は足を運べない」
「そうなのか? 暑いの苦手なんだな」
絶対、そんな理由じゃないだろうに。
僕以外の妖怪達も、そんな顔をしている。
とくにスティンクが酷い形相でレオナルドを睨んでいるのを、レオナルド自身は気づいていない。
マザーグースは平静に答えた。
「夏の層は私のような下級妖怪を管理する支配者がいない。お前が想像するより曖昧で緊迫している情勢下にある」
「うん? いない……??」
「私が夏の層に現れたと噂になれば、私が夏の層まで支配領域を伸ばしたと誤解が拡散するのは目に見える」
「……そっか。難しいな」
「レオナルド、何か引っかかっているようだが」
支配者がいない。
それは僕らプレイヤーにとっては想定外の事実だった。
マザーグースが虚偽を述べているようには思えない。一応、僕は彼に聞いた。
「すみません。『アーサー』という『ぬらりひょん』はご存知でしょうか」
◆
夏エリアのメインクエストボスにもマザーグース同様に、ラスボスとなる存在がいる。
いる、にも関わらず。
サービス開始から一ヶ月弱。
今日に至るまで、夏エリアメインクエスト最終ボス『アーサー』は、姿形すら捕捉されていない異例のものだった。
最低限、公開されているのは『アーサー』は『ぬらりひょん』である事だけ。
ぬらりひょん。
百鬼夜行を率いる妖怪の総大将というイメージが強い近年。
如何にもな存在を、全く捕捉できない異様さに、全プレイヤーは頭をかかえていた。
最終ボスのステージ自体が特殊だからも理由の一つに含まれるだろうが。
それ以前の指摘をスティンクがする。
「俄かに信じ難いですね。『ぬらりひょん』は群衆に紛れ、支配する妖怪です。人間に噂されるほど目立つ。その時点で『ぬらりひょん』であるか怪しいです」
さっき、僕も近年はそういうイメージが強いと言ったが、本来の妖怪として『ぬらりひょん』の性質は不明なのだ。
少なくとも、道中の雑魚妖怪として登場する『ぬらりひょん』は、スティンクが説明する通り。
周囲の妖怪を引き寄せ、盾にする。
『ぬらりひょん』本体は大した力もない、化け傘以下の弱さ。
だが、マザーグースは言う。
「理性のある妖怪であるなら逸脱した行為をするだろうな。だが……私の耳には『アーサー』という妖怪の名は届いていない」
それもまた、妙な話でもあった。
ブクマ数355突破しました!
また、新たに評価ボタンを押して下さった皆様、ありがとうございます!!
ちょっとだけ、夏エリアのラスボスの存在に触れました。
アーサーとかガウェインとか、ひょっとして……と思ったなら、その通りです。
続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。