偽客
暖炉の前に置かれたソファでくつろぎながら、アルセーヌが僕らに問いかける。
「今回のイベントで狙ってるのは、アレだろ? 『浅葱色の薄衣』」
レオナルドが高価な大鎌をしまいつつ「ああ、うん」と肯定する。
僕はアルセーヌの様子を伺いながら、レオナルドはキャロルを抱きかかえながらソファに腰かけた。
あの衣装は、僕ら以外のプレイヤーも狙っている代物。
ただ、物が物だけに交換ポイントは……
~イベント限定アイテム一覧~
★イチオシ交換商品★
『浅葱色の薄衣』 必要ポイント:150,000
このポイント数は審査枠で獲得するには無謀だ。
ただ料理を完食、店に評価をつけて合計900。簡単な作業とは言え、審査枠の場合、店の移動や料理ができるまでの時間などなど考慮すると、到底10万どころか1万稼げるか怪しい。
これが露店のように簡素な一品――例えば、かき氷やチョコバナナ――を提供するならともかく。
料理店で料理を提供しなければならない。
アルセーヌは面白そうに、それでいて真剣に語った。
「真面目な話。厳しいかもな」
僕は渋々口を開く。
「そうでもありませんよ? 確かに、ギルド関係者はレオナルドの『浅葱色の薄衣』獲得を阻止したいでしょうね。次のバトルロイヤルで、ギルドに所属していない、一個人プレイヤーに上位を取られるのは快くありません」
当のレオナルドは自分如きで、と言いたげな表情を浮かべ。
彼に抱きかかえられているキャロルは、すました顔で鼻をヒクつかせていた。
話を聞き流しているのか定かではないアルセーヌが、キャロルを撫でようと手を伸ばしている。
僕は、淡々と話を続けた。
「ムサシとカサブランカ、両名共にMP依存のジョブではありません。自然とレオナルドがターゲットになる。ギルド関係者が整理券を取り占めて、料理も注文しないで営業妨害だけ行い、他プレイヤーの客足を遠ざける……残念ですが、そのシナリオは愚かが過ぎますね」
レオナルドの戦力を欠けさせる。
一見、嫌らしい作戦に思えるが意味はない。
何故なら、ギルド連中もまた『浅葱色の薄衣』を獲得しなければならないからだ。
「ギルド側も『浅葱色の薄衣』の獲得を狙っている筈です。ある程度、営業妨害に人員をさく余裕があるギルドは限られています。最悪、起こりえる営業妨害を加味しても、その都度、対応は考えてあります」
「そう! それ!!」
キャロルに掌を舐め回されているアルセーヌが、間髪を入れずに割り込む。
まるで、そのくだりを待ち構えていたよう。僕からすれば、話を中断されて気分が良くない。
アルセーヌは、キャロルに舐め尽くされた掌を観察し「うっわ」と声漏らす。
改めて、奴が語った。
「ギルド関係なく、大体のプレイヤーが『浅葱色の薄衣』を狙ってる。必然的に、審査枠より出店枠の参加が圧倒的に多いワケ。さてさて? だったら、どうするよ??」
レオナルドはサッパリなようで首を傾げている。
僕が、少し間を開けて返事をした。
「…………審査枠の水増し。『偽客』でも用意するんでしょうか」
「ただの偽客じゃないかもしれないんだな、これが」
上機嫌に不敵な笑み浮かべるアルセーヌが、ある画像を僕とレオナルドに見せる。
複数のSNSのスクリーンショットだ。
内容は『本日からマギシズ始めます! 楽しみ!!』等、よく見る、流行に便乗しようとするアピールに見えるが、評価コメントやポイントが自棄に多い。
いや……どこかで見覚えがあると思ったら、テレビに良く出る有名人のSNSばかりだ。
レオナルドも不思議そうに「これがどうした?」とアルセーヌに問いかける。
奴は笑いを溢しながら、答えた。
「コイツら全員、料理番組とかグルメ雑誌に出る連中ばっかりなんだよ。このタイミングでこれって、ちょ~~っと怪しくない?」
「……彼らが覆面審査の為にマギシズを始めていると?」
「ん~。つっても、一次予選じゃなくて二次予選とか決勝戦で登場するかもな? 他にも有名な料理店のシェフに審査員の依頼が来たとか。あくまで噂は噂。でも、他の連中はここらの動きを不審がって、料理に精通してる連中が偽客で来るんじゃないかって焦ってるぜ」
「…………」
「流石に生身の偽客を用意しまくるのは無理があるから、NPCも混じるだろうけど……とにかく、他の連中はガチの審査がされる想定で挑むみたいだぜ。ギルドランキング一位の『太古の揺り籠』さんは、プロ雇ったってよ」
レオナルドは素っ頓狂な声で「プロォ!?」と叫ぶ。
『太古の揺り籠』……異常な信念でギルドランキング一位に君臨し続ける異様集団、か。
奴らがプロを雇おうが、どうしようが構わない。
むしろ……もし本当に料理の良し悪しで白熱する展開なら、僕の方が有利だ。
思わず、僕は笑っていた。
「最初から味に関して妥協せずにいて正解だった。厳しい? 勝ち戦の間違いだね」
アルセーヌは目を丸くさせている。
奴に対し、レオナルドが教えてやっていた。
「ルイスは、本気で料理作ってるからさ」
レオナルドは僕の調理を目で見て理解しているので、いいとして。アルセーヌは僕の実力を知る由もない。
奴の「ふうん?」と期待半分な反応は、僕にも分かる。
状況を教えたアルセーヌは、本題というか、レオナルドに協力したいが為に話を持ち出す。
「じゃあ~……秋エリアの食材は俺が取って来てやろうか? 『鑑定』ないと判別つかない食材ばっかりだろ??」
確かに、秋エリアは『変化』が特徴の妖怪や素材の宝庫だ。
盗賊系の鑑定スキルを重宝する。
言い分は理解できるが……秋エリアはもうすぐ、ジョブ3になるレオナルドが攻略してくれるからいい。
僕は、それより重要なものを要求してみることにした。
「食材ではなく、冬エリアにあるという『雪厳石』の採取をお願いしてもよろしいでしょうか」
「ん~? それって重要??」
「夏エリアなので重要です。一応、運営に問い合わせたところ、仮設店舗に雪厳石は設置されないみたいです。各自設置するよう言われました」
「あー……一応、夏エリアでNPCが売ってるけど、クッソ高い設定だもんな。幾ついる?」
「小規模なので十個……いえ。十五個必要ですね」
話に置いてきぼりになったレオナルドが尋ねてくる。
「ルイス。雪厳石って何?」
「夏エリアで、販売店とかでクーラー代わりに使ってる冷たい石が置いてあるだろう? あれだよ」
「おお、あれか。……え。あれなかったら、店内もクソ暑い?」
「うん」
レオナルドが「マジかよ」と絶句しているのを、アルセーヌが笑う。
だが、雪厳石もなかなか採取が難しいと聞く。
冷気がどの程度、長持ちするか『鑑定』が必須。これはムサシではなくアルセーヌに頼むべきではある。
最後に僕は付け加えておく。
「仮に間に合わなくても、最悪、足りない分を夏エリアで購入すればいいだけだからね」
アルセーヌも面白おかしく笑いながら「言ってくれるじゃないの」と茶化す。
僕がレオナルドに敵意があるか否か。
それを気にしているようだが、僕からすれば奴は他人へ依存する鬱陶しい小蠅だ。
美しい関係には、到底見えなかった。
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どうやら、まともな(?)コンテストになりそうです……?
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