アルセーヌ
僕どころか、妖怪達まで不審な視線を送っている。
中でもジャバウォックはキャロルを抱きかかえ、唐突に「ぷしゅ~」と効果音を口で鳴らす。
何事かと盗賊の男が様子を伺った。
「キャロルロケット、発射! どしゅ~~」
文字通り、キャロルをロケットに見立てて盗賊の男へ突撃するように持ち上げる。
キャロルも状況を理解しているか定かではないが、盗賊の男に向かい、激しく匂いを嗅ぐように顔を接近させていた。
ジャバウォックとキャロルのコンビ技(?)に目を丸くさせていた盗賊の男は、顔を近づけるキャロルを片手の掌で防ぐような動作をする。
庭との間には見えない壁に阻まれているので、キャロルが奴に突撃(?)する恐れはない。
ただ、男も「あ~~~~」と攻撃を受けている様なわざとらしい演技をした。
見かねたマザーグースが「ジャバウォック」と呼び掛ける。
ジャバウォックは不完全燃焼を意思表示しているが、キャロルを持ち上げるのに疲れたらしく、完全に地面へ降ろしている。
メリーは怪訝そうな表情を浮かべ、僕に尋ねた。
「誰なの? あいつ」
「レオナルドの知り合いだよ。無視して大丈夫。君たちは食事を続けて」
僕はジャバウォックをテーブル席に誘導する為、胡散臭い男に近づく。
じぃっと無垢な瞳で、僕の方を見つめるジャバウォック。
思わず、溜息ついた僕はジャバウォックに告げる。
「君の分もテーブル席に置いてあるよ」
「怒ってる」
「……ほら、向こうに行って」
ジャバウォックは、じろじろ僕に振り返りながら、マザーグースたちのいるテーブル席へ移動した。
一方、胡散臭い盗賊の男は一連の流れを観察し続けている。
僕がなるべく平静に「レオナルドはまだ来てません」と教えた。
奴は、真顔で話しかけて来る。
「ちょいとばかし、誤解してる? 相棒の奴、俺の事なんて説明した??」
「……友人だと話を聞いてますが」
「ははは! 友達じゃないって。さっきから言ってる通り、相棒だよ。俺としては、逆に君が相棒をどう思ってるか確認しておきたいんだけどな」
意味が分からない。
笑い事も忘れた僕に対し、盗賊の男は饒舌に語る。
「俺も長い事、相棒と付き合ってるから大体のパターンは分かるんだよ。相棒が関わる人間は、大体二種類だけ。一つは都合のいい奴として利用する。もう一つは知り合ったけど、適度な距離感取りたい。後者は相棒に付いて行けないパターンの奴な」
ああ、分かる気がするな。
共感できるのが腹立たしいこと、この上ないが、僕は鼻先で笑ってやる。
「そうでしょうか? ムサシさんは、どちらにも当てはまらないと思いますよ」
「いやぁ、宮本武蔵は一般人と一緒にしちゃ駄目だろ。頭のネジ、外れちまってるんだからさ。比喩とかじゃないぜ?」
面白い映画の感想を述べるような男は、改めて僕に尋ねる。
「それで君はどうなの」
「聞いてどうするんですか」
「警戒するか、しないかの判断材料? あー……うん。俺は相棒とは『お友達』の関係じゃない。自分の為に一緒にいるだけ」
「……」
「相棒と一緒にいると、平凡な人生じゃ起こりえない事ばっか巻き込まれる。トラブルメイカーとか疫病神っつー奴もいるけど、俺はそうは思わない。これから先の人生、気の遠くなるような平凡な日常を生き続けるより、刺激的な死に方する方が最高だろ?」
……成程。コイツは本気らしい。
付き合いが悪いとレオナルドの話を聞いて、僕は感じていたが、そこらの屑よりも面倒臭い奴に絡まれてるじゃないか。
僕は微笑を作って答えた。
「レオナルドとは『フレンド』ですよ。彼も僕の方針に賛同してくれています」
「ふーん?」
奴は、僕の本心を探ろうとしているようだ。赤色の瞳を細めてくる。
そんな時に、僕の背後からスティンクの苛立った声が聞こえた。
「随分と遅かったじゃないですか。アレ、貴方の知人と名乗っているのですが、事実なら目障りなので追い払ってくださいません?」
つられて僕は振り返る。
慌てた様子でログインしたレオナルドの姿が、そこにはあった。
唖然とする顔を作った彼に、キャロルが嬉しそうに駆け寄っていった。
生垣越しに盗賊の男が呑気に手を振ると、レオナルドはキャロルを無視して僕を盗賊の男から遠ざける。
何やら、ただならぬ様子だった。
レオナルドも我に返り、僕に話す。
「悪い! ルイス。ちょ、ちょっと、コイツとリアルの話すっから。待ってて!」
「ああ、うん」
僕以外のマザーグース達にキャロルも、レオナルドの動向を見守っている。
残念なことに、僕の距離からだとレオナルドの決死な小声は聞こえた。
「何やってんだよ、遠藤! 顔リアルのまんまじゃねーか!! 特定されんぞ!?」
「え~? 相棒もまんまじゃん」
「お前は目立つだろ!? なんか、こう……特徴的じゃん!」
「平気平気。それより、フレンド登録しようぜ。あ、そーだ。ルイス君も一緒にさ」
「フレンド登録は駄目っていっただろ!」
「違うって。俺のマイルームに来て欲しいんだよ。マイルームのコード、二人に送るから」
レオナルドの制止を聞かず、盗賊の男が僕らにマイルームへの招待コードを送り付けてきた。
が……
僕も、レオナルドもあまりの事に言葉を失い。
ふと顔をあげれば、レオナルドは僕の顔を伺っている。僕もレオナルドの様子を伺おうとしていた。
これは、どうもこうもない。
盗賊の男――招待コードに記載されたプレイヤーネームは『アルセーヌ』とある奴は、面白おかしく僕らに促す。
「なあ、どうよ? 少しだけでも遊びに来ない??」
コイツは相当の愉快犯だと分かる。
そして、呆然とするレオナルドもまた、ある意味でアルセーヌに翻弄させられているようだ。
悪い意味で、罠じゃない。
罠ではないのだが……僕の代わりにレオナルドが困惑気味な声色で言う。
「お前、これ……」
僕らの反応に満足したアルセーヌは上機嫌に呼び掛けた。
「ほら。詳しい話は向こうでしようぜ」
◆
僕とレオナルド、それとキャロルがアルセーヌのマイルームに転移して目にした最初の光景は――暖炉。爛々と炎が薪を燃やしている。
暖色系の絨毯が敷かれ、豪勢なシャンデリアがぶら下がる、煉瓦造りの一軒家に僕らはいる。
暖かい熱気が立ち込める室内。
これが春や夏の気候なら、暑苦しいだろう。そうは感じない。
何故なら、ここは春でも夏でもない。
窓の景色は一面の白銀世界。
その一部に、クリスマスツリーが幾つも植わる森があった。
家周囲は似たような煉瓦造りで寒さを防ぐ一軒家や、NPCの販売店が立ち並んでいる。
紛れもない――ここは『冬エリア』なのだ。
僕とレオナルド――加えてキャロル――が光景に圧巻されている傍ら、アルセーヌは意気揚々と喋る。
「外で雪合戦でもする? つっても、雪合戦しかできねぇけどな。相棒たちは、俺の敷地内にはいられるけど、冬エリアに入る資格取ってないから、店とか探索は無理だぜ」
まあ、それは分かってる。
基本的にプレイヤーは条件を満たされない限り、春エリア以降の層に移動、施設の利用は不可能。
しかし。
例えば……秋エリアに建てたマイルームにまだジョブ1のプレイヤーを招待できるという。
条件が満たされてなくても、先のエリアの光景が見られるちょっとした裏技だ。
ただし、敷地内から出る事は叶わない。敷地から景色を眺めるだけ。
それでも、だ。
アルセーヌが目論んでいた僕達に対するサプライズは、こうして実現したのだろう。
レオナルドはようやく突っ込む。
「お前、ゲームやってたのかよ!?」
「そこ突っ込むの遅いって、相棒。いや~、ほんと参っちまったぜ? 最初は俺が最速でジョブ3になって、秋エリアの景色見せてビックリさせようと思ったら。相棒、すぐジョブ2になったもん」
アルセーヌは画面を開いて、何か操作する。
どうやら倉庫から何か取り出そうとしているようだ。
操作しつつ話し続けるアルセーヌ。
「だったらジョブ3になるのも速いだろ? ビックリさせるんだったら冬エリアの景色、見せる事からな~って。あそこのクリスマスツリーん所。『サンタクロース』が住んでるぜ」
「え、妖怪のサンタ?」
レオナルドが素っ頓狂な声で聞き返すのを、アルセーヌは面白そうに「そうそう」と言う。
「それで、相棒の季節が全季だろ? これ完成させるの苦労したぜ、ホント」
「なんだこれ!?」
季節石……いや、違う素材か?
とにかく恐ろしいまでの七色の光沢を放つ大鎌を手元に出現させるアルセーヌは、その高価そうな代物を平然とレオナルドに渡す。
戸惑いながら受け取るレオナルドを他所に、アルセーヌはもう一つ取り出す。
レオナルドの大鎌と同じ素材で作られたスーツケースだ。
「これ、ルイス君の分な。スキル内容が気に入らなかったら、自分でいじって全然いいぜ」
「―――」
この時の僕は、どんな表情をしていたか。
もののついでに扱われた事ではなく。
コイツ……アルセーヌの腹立つ無償は、レオナルドの無償と何が違うのだろうと真剣に思ってしまう。
どちらも同じ事をしているのに、レオナルドで感じた温かみは一切ない。
ただ、腹が立つ。
辛うじて「ありがとうございます」と僕は礼を告げる。
現実でも繰り広げているであろう他愛ない会話を交わすレオナルドとアルセーヌを、僕は黙って見ていた。
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無償の愛にもいろんな形があると思います。そういう話でした。
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