侵略者
ミナトの件は一段落済んだが、これで終わりじゃない。
出店枠で参加するメンバーは
料理人の僕。
ホールスタッフのレオナルドとミナト。
そして、店内で使用するテーブル席、レジカウンター、食器、テーブルクロス、カーテン、スタッフの制服、装飾品……挙げるだけでキリがない必須品を製作してくれる生産職たち。
いつも武器で世話になっている『鉄人』の茜にはテーブル席を。
無論、他の鍛冶師系のプレイヤーにも食器類、装飾品、レジカウンターなどを。
ミナトには制服、他の刺繡師系のプレイヤーにはテーブルクロスやナプキンなどを依頼している。
彼らは全員、『ワンダーラビット』の紹介制会員のメンバーだ。
人脈柄、信用できるプレイヤーたちにのみ依頼をしている。
ワンダーラビットに直接赴いた連中は、残念ではあるが全てお断りの対応をした。
中でも食器類……『茶碗』は重要だ。
この界隈のプレイヤーが茶道の心得があるか分からないが、茶道を知る僕にとっては生半可な茶碗で妥協したくない。
茜の知人に茶道を知る『鉄人』の男性プレイヤーがいたのが幸いだった。
彼に『茶碗』を依頼すると「若い人なのに茶道に関心があるなんて」と感動された。
こうして、西洋風の内装と雰囲気に似合った洒落た『茶碗』と『皿』が完成。
皿は『アリス』をモチーフにした模様の一種類のみ。
茶碗も同じく『アリス』をモチーフにした模様だが、トランプや薔薇、色違いなど様々な種類がある。
さて、問題は運営からの返答。
整理券の有無をハッキリしてくれないと次に進めない。
最悪、店の方針を急遽切り替える必要がある。
……と思った矢先。
『マギア・シーズン・オンライン』のマスコットキャラ、妖精の『しき』とは異なるが、似た雰囲気の妖精が試作品を作っている僕のもとに出現する。
これは、運営からの使い。
不具合等の報告を行った際、無機質な返信ではなく、ある程度の質疑応答が可能なAI搭載の妖精を寄越す。
「この度はお問い合わせ頂きありがとうございます。本イベントでの整理券の配布の有無ですが、可能となりました。のちほど、イベント概要にも追記いたします」
やはり、想定外の問い合わせだったのか、概要追記までときた。
僕以外のプレイヤーも整理券の配布が可能でなければ、不公平ではあるし、それを早急に記載しなければならない。
妖精が整理券の発行機のモデリングを表示しながら、説明する。
「こちらが整理券の発行機です。整理券の設定はチームの代表者……今回の場合は、ルイス様のみが設定可能となります」
「発行機はいくつまで設置可能ですか?」
「五機までとさせて頂きます」
「発行機と整理券のデザインは変更できますか?」
「はい。発行機は鍛冶師系のプレイヤーのみ改造可能。整理券のデザインはジョブ関係なくデザイン可能です。発行機の設定一覧にあります『整理券』の項目からデザイン設定を行えます」
などなど。
幾つか確認をして、妖精には帰って貰う。
僕は手の空いてそうな鍛冶師系に発行機のデザイン変更を依頼する。
整理券のデザインは後で考えるとして……
「よし。完成だ」
僕はコンテストで販売するセットの試作品を完成させた。
夏のマルチエリアで採取可能な『茶葉』。マルチエリアごとに風味が異なる『茶葉』をブレンドし、茶碗に茶を点てる。
今回は『生菓子』を出したいので濃茶だ。
『生菓子』は練り切りの白兎と白薔薇、赤薔薇の三種類。
調理場兼工房からセットを運び出す僕を、興味津々で追跡する影が一つ。
やれやれ。
僕は笑みを浮かべながら、それに呼び掛けた。
「君のご飯じゃないよ。キャロル」
足にすり寄る形で迫る白兎・キャロルは、鼻をヒクつかせながら、僕の持つお盆に何があるかと探っている。
飼い主がログインしていなくとも、飼い主のマイルームもしくは店舗にペットは留まる仕様のようだ。
キャロルは僕たちがログインしてない間も妖怪達に撫でられている。
僕はそのまま、キャロルと共に庭へ出る。
ようやく落ち着きを取り戻した外は、春の陽気に包まれた穏やかそのものが広がっていた。
更に、赤と白の薔薇の生垣に囲われた庭に置かれたテーブル席。
そこに座する真っ白な人物。否、人間に化けた妖怪――マザーグースの姿がある。
マザーグースの傍らに意気揚々とメイドっぽさを振る舞うブライド・スティンクに、不気味な人形のメリー、最後に顔を包帯で覆った女・リジー。
今日、訪問しているメンバーは、常時いるジャバウォックを除いて、これだけだ。
いつも通り、兎の仮面を頭に装備したジャバウォックは、キャロルと戯れながら歌っている。
彼らを傍らに、僕は彼らの前にセットを置く。
「お待たせしました。こちら『不思議の国セット』になります」
メリーは「かわいい~!」と早速、兎の練り切りに手をかけようとした。
その様子にスティンクが愚痴る。
「いきなりお菓子から手を出すなんて、見ているこっちが恥ずかしい」
またコイツは。
メリーが躊躇してしまい、リジーも途方に暮れているので、僕は咳払いする。
「いえ、今回に限ってはお菓子から先に食べて下さい。お菓子を切る時はこれを使って」
僕がメリーとリジーに、備え付けてある『和菓子切り』を教えた。
メリーがどこか自慢げに「なによ、あってたじゃない!」と結果論でスティンクにマウントを取っている。
凄まじい形相でスティンクは僕を睨んでいるが、それが基本なんだ。メリーの味方になった訳じゃない。
もどかしく、不安げなリジーは僕に尋ねる。
「お茶は一緒に飲まなくていいの?」
「ああ、今回の主役はお茶なんだ。お菓子はお茶の味を引き立てる役割がある」
「紅茶の時とは違うのね? 変な感じ」
「ふふ、そうだね」
とは言え。
コンテスト当日にお客様であるプレイヤー全員にマナーを強制させる訳にはいかない。
どうせ、彼らは美味い味を求めちゃいない。
僕やレオナルド、ムサシの応援目的だ。真っ当な味の良し悪しを判断するつもりはないだろう。
僕がメリーとリジーに説明する間、マザーグースは手順よく食べ終えてくれている。
一応、スティンクにも味見して貰おうとしたが「私は仕事中なので」と嫌味ったらしく断られた。
……まあ、一番重要なのはマザーグースの意見だ。
味が分からない連中を相手するとは言え、味に妥協はしない。
しかし、真っ当な味の評価をしてくれる存在は、この界隈では居るか怪しいもの。
AIの判断であっても、マザーグースなら真っ当な評価を下してくれるだろう。
リジーと同じ耳まで裂けた口を隠す為、金属製のマスクを付け直したマザーグースが、感想を述べる。
「まずは良い点から挙げる。菓子から濃茶の味の引き立てに違和感がない。この茶碗も職人を選んでいると見える。素晴らしい出来だ」
「ありがとうございます」
「ただ……菓子は三種類もいらない。人間によっては甘味の濃さに意識を取られる」
「……やはり、そこですか」
マザーグースの指摘通り、基本的に生菓子は一つで十分だ。
だが、茶道の心得ない人間にとっては、生菓子一つだけと感じてしまうだろう。
難しいな。
菓子ごとにセットを分けてもいいが、それならお茶の味も変化させたい。
手間がかかってしまうな。
「ふぉんふぉんふぉん」
と、珍しくジャバウォックのサイレン音が聞こえた。
僕が顔をあげて、ジャバウォックを探すと。奴はキャロルと一緒に薔薇の生垣越しに、他プレイヤーと面合わせている。
ジャバウォックにちょっかい出してるプレイヤーは、黒髪短髪に栄える赤い瞳の男性アバター。不敵な笑みをニヤニヤ浮かべる人相は、典型的な『女が騙される男』を彷彿させた。
服装はタンクトップと、ポケットが沢山ついている『カーゴパンツ』と呼ばれるズボン。
所謂、『盗賊』の初期衣装だった。
初見で関わりたくないと思わせる輩に、僕は話しかける気力すら湧かない。
だが、盗賊の男は僕に気づいて声かける。
「あ。どーもどーも、ルイス君。俺の『相棒』が世話になってます。大変だろ? 相棒とやっていくのは」
「……………」
「うっははは! そんな怖い顔すんなって! ん? あれ、相棒から俺の話聞いてない??」
「…………聞いてますよ」
「なーんだ。すんごい形相してたもんだから、ビックリしちまったよ」
ヘラヘラ笑って、人を小馬鹿にしているつもりなのか。
それとも、生粋の煽り補正でも効いているのか。
一体どうして、こんな奴とレオナルドが一緒にいるのか。僕には理解できなかった。
ハッキリしているのは、コイツが僕らの日常を侵しに来た侵略者である事だった。
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いきなり、知らない人と仲良くなれって抵抗ありますよね、という話になります。
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