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遠藤


 ここは、とある大学の食堂。

 昼時を過ぎたからか、学生の姿は比較的少ない。

 遅れて昼食を取っている者や講義の復習、読書や携帯端末でアプリに熱中したり、友人同士で会話を繰り広げたりなどなど、各々が個人の目的に勤しんでいた。


「はぁ~~~……インターン、かったりぃ」


「こんな時期から就職しなきゃやってらんない世の中って、糞だわ。まだ遊びてぇ~」


「サークルどうする?」


 重い将来を語り合っている学生たちの傍ら。

 小鳥遊(たかなし)怜雄(レオ)は、『うさぎの飼い方』に関する本を読んでいた。

 茶色アップバングショートの髪型。

 眉間にしわ寄せた細目が不良っぽさを感じさせる顔立ち。

 怜雄の容姿は、じぃっと『兎の本』を読んでる彼の行動とは、不釣り合いだった。


 怜雄自身は真剣に内容を読み込んでいるが、他人から見れば不思議な光景。

 世間一般的に、彼の様な人間を『不思議ちゃん』と呼ぶが。

 突然変なこと言い出すタイプではない、何を考えているか分からないタイプの『不思議』だった。


 そんな怜雄の手元から『兎の本』を取り上げたのは、ある四年の男子学生。

 怜雄が受けている講義の教授の研究室にいる人物。

 以前、教授の研究室に足運んだ時に会ったのを記憶していた怜雄は「どうも」と頭下げて挨拶する。

 一方で、先輩にあたる男子学生は気に食わない顔で『兎の本』を流し見てから


「お前そっくりだな」


 と、本を怜雄に突き返す。

 開かれていたページには、すました顔の兎をアップで撮った写真が。

 それを自分そっくりと言われ首を傾げる怜雄に対し、男子学生はぶっきらぼうな口調で告げる。


「さっさと、あのハゲに課題提出しろ。出してないのは、お前だけだ」


「えっ。あ~……すみません。()()()()()()()()()()。今日中には出します」


「はぁ?」


 怜雄は慌てて『兎の本』をしまって、鞄から提出()()をいくつもテーブルに並べ始まる。

 異様な光景に、男子学生の表情は歪と化していた。

 普通、課題文一つ作り上げるのに苦労するのを、どれにしようか悩んでいるなんて、馬鹿げた話があるだろうか。


 彼らを不敵に笑う声が聞こえる。

 いつの間にか、男子学生の背後に回っていた短髪黒髪の青年が調子よく話しかけた。


「すいませんねぇ、先輩。ちょ~っとズレちゃってる残念な奴なんですよ。大目に見てやって下さい」


 青年に驚きつつも「誰だ、お前は」と睨む学生。飄々とした態度で青年は言う。


「あれれ? こいつと一緒に浜田教授の講義受けてる一年ですよ。やだなぁ、前に教授の研究室に顔出しましたじゃないですか。忘れちゃいました?」


 記憶力悪いと煽られている雰囲気に耐えられなかった男子学生は、舌打ちして退散する。

 青年がニヤニヤ笑み浮かべて、手を振って見届けるのを。

 怜雄はジト目で眺め、男子学生が去ったのを確認してから青年に話しかけた。


「息吐くように嘘つくんじゃねーよ。()()


 遠藤と呼ばれた青年は、自然な流れで怜雄と同じテーブルに座りながら喋る。


「大丈夫だって。俺が無断で講義受けてても、教授に気づかれなかっただろ?」


「バレたらヤバイだろ。もう止めろよな」


「なあ()()、兎でも飼うのか? 育てるの糞大変だぜ??」


 そう語る遠藤の手元に例の『兎の本』があった。

 怜雄はギョッとし、自分の鞄を確認したら、いつの間にか『兎の本』は抜き取られている。

 遠藤の手にあるのは、正真正銘、怜雄の『兎の本』という訳だ。

 先程、男子学生が開いていたページにある、アップで撮られた兎の顔と怜雄の顔を比較し、遠藤は吹き出す。


「ヤッバ、超似てる! ぶっはははは!! 笑い死ぬ!」


「はぁ……返してくれよ」


「悪い悪い! 提出分は『どれにしようかな』で決めちまおうぜ、相棒。帰ったら『マギシズ』潜りに行くんだろ?」


「その前にバイトな」


「バイト? まだバイトやってんの?? 今の相棒なら動画で稼げるだろ」


 周囲に他の学生がいるのを見て、怜雄は小声で話す。


「俺は動画投稿する気ねぇし、ムサシの動画の広告料とか貰ってねーからな?」


「えぇ~。相棒、律儀過ぎ」


「俺は……ちゃんとした仕事に就きたいんだ。将来、結婚したいから」


「ぶふっ!? 冗談よしてくれ、相棒! 俺達、生涯独身の童貞貫こうって約束しただろ!!」


「してねーよ」


 他愛ない会話を繰り広げつつ、怜雄は提出するものを考える。

 遠藤が勝手に『どれにしようかな』を歌い始めて、適当に一つを選び「これでいいじゃん」と勧めた。

 あまりに適当で、怜雄も気が進まない。

 渋々、その提出用紙だけ残し、残りの提出候補と『兎の本』をしまう怜雄に、遠藤がふと告げる。


「あ、そうだ。相棒、俺も今日からマギシズにログインすっから」


 唐突な切り出しに怜雄も困惑していた。

 彼の反応を見て、遠藤は「おいおい」と苦笑いする。


「俺が相棒を誘ったんだぜ、当然だろ?」


「いや……お前、やらないと思ってた」


「ひっでぇな~。言ったじゃん。俺は現実(リアル)が忙しいだけで、ログインする気はあるって」


「大学サボって遊び惚けてたからな」


 呆れた怜雄が言う。

 そう、怜雄に『マギア・シーズン・オンライン』を勧めたのは、彼の前にいる胡散臭い雰囲気漂う青年・遠藤だった。

 裏がありそうな人物だが、これでも怜雄とは中学・高校と同じ進路を辿る同級生。

 長い付き合いあるからこそ、怜雄は遠藤の破天荒な行動を受け入れている。

 

 しかし……怜雄は気まずい。

 申し訳なさそうに、遠藤に話した。


「えーとさ。ちょっと無理、じゃないけど。店には来ないで欲しいんだ。俺の、じゃない。俺が働いてる『ワンダーラビット』に」


「うわ。彼女だ。彼女できたから、他人に介入されたくないパターン。あれか? 噂のカサブランカ……」


「ちげーよ!」


 むしろ、カサブランカとはフレンド登録すら至っていない。

 怜雄にとっては、まさしく高嶺の花。

 ケラケラ笑い、遠藤は「わかってるって」とからかったのを認めた。


「ムサシか、相棒と店経営してるルイスって奴のどっちかがワケあり?」


「ムサシは大丈夫だけど。ルイスの方がな……」


 怜雄は口に出すのを躊躇していたが、思い切って断言した。


「多分だけど………ルイス。遠藤みたいな奴、嫌いなんだよ」


 これには遠藤も真顔になる。

 怜雄は確信があった。

 良くも悪くも天真爛漫なサクラや、下手な気遣いをしてくれたホノカといったグイグイ迫るタイプは、ルイスは嫌い。

 一緒に行動していたからこそ、微細な変化を『レオナルド』として感じ取ってきた怜雄。


 一方、遠藤は引き下がれない様子で食い下がってくる。


「ホントに無理臭い? どうせ俺と相棒、フレンド登録するんだし挨拶ぐらい良くねぇ??」


「ん~~~……普通に話すだけな。アイツにフレンド登録希望したり、パーティ誘ったりは駄目」


「えー、残念。相棒が気に入った奴だから、絶対面白い奴じゃん」


「面白いって……そーいう話、ルイスの前ですんなよ?」





 忌々しいアイドル騒動が終わって、僕の高校は期末テストが迫っていた。


 無情にも『マギア・シーズン・オンライン』で開催される夏イベント第一弾『真夏の料理店コンテスト』の予選前は、テスト勉強に集中しなければならない時期。

 しかも、高校二年生は、ニュースにも取り上げられるセンター試験が迫り来る。

 僕は別に焦る必要はないが、クラスメイトは阿鼻叫喚だ。


「もう、どうしよ~。勉強もだけど、コンテストに出す料理のアイディア浮かばな~い!」


「分かる! 私の店でもメニュー開発してるけど、ポンって浮かぶ訳ないじゃん!!」


 アイドル騒動のお陰か、元々ゲームを始めていたのか。

 女子生徒から、そんな会話が聞こえた。

 イベントに関する話題……とくに新メニュー開発に苦戦している旨が耳に入ってくる。


 僕は携帯端末で放置製造を見る。アップデートによって放置製造も改善された。

 以前より薬品作製に必要な素材量や時間が短縮。

 さらにループ製造機能が追加された。完成したら倉庫にある素材を使って、自動的に作製してくれる。

 僕の様な学生や社会人にとっては便利過ぎる機能だ。


 僕が製造状況を確認していると、レオナルドからメッセージが届く。


[ルイス。今日、店に俺のダチが来ることになった]


[覚えてると思うけど、俺にマギシズ誘って来たダチな]


[付き合い長いダチだから変な心配しなくていいけど、店の中には入れさせないから]


 ………………………

 一瞬、何の話かと思ってしまった。

 ああ……確か、そんな理由を話していたような気がする。


 僕は、生涯で初めて明確な胸騒ぎを覚えていた。慢心。油断か。実感が湧かない。

 レオナルドを利用する以上、彼の友人は邪魔。障害になる。

 奴が現れた時、どう対処しようかと少し前までは考えていた。


 今は……利用だとか、やましい理由でレオナルドと組んでいる訳じゃない。


「お~い、レンレン~~!」


 こんな時に、鬱陶しい奴が来た。

 心中が荒波立っているせいで、不機嫌を隠せない僕は、携帯端末だけは隠しておく。

 アイドル擁護派だった例の男子が、何事もなかったかのように話しかけて来る。


「レンレンのギルドって今度のイベント参加するでしょ? 参加するだけで貢献度貰えるもんね」


 そう、今度の生産職イベント。

 貢献度は絡んでいるが、出店しなくても参加するだけで貢献度が一人に付き1000ポイント貰えるだけ。

 人によっては、1000ポイントでもいいから欲しいギルドもいるだろう。

 僕は一息ついて、気を落ち着かせてから答えた。


「今だから正直に話せるけど……例のアイドル騒動で、ちょっと嫌な目に合ってね。ログインしなくなってたんだ」


 意気揚々と話しかけてきた男子は、ポカンとしている。

 僕は語り続けた。


「アイドルファンが軒並み居なくなったと聞いて、久しぶりにログインしたらギルドから解雇されてたよ。まあ、仕方ないよね。僕個人の身勝手でログインしなかったんだ」


「えー……? ちょっとぉ。レンレン、そーいうの俺に相談してよ! 前にも言ったじゃん。俺、ギルド作ったって。俺のところで匿ってあげたのに~」


「匿われようがログインする気分にならなかったんだ。とても楽しい気分になれないよ、あんな状況じゃ」


 嫌味をぶつけまくって、僕はこう締めくくった。


「それに。期末テストが近いから、親にゲームを取り上げられてしまったんだ。どっちにしろ、イベントには参加できない」


「……じゃあさ、ゲーム解禁されたら俺のギルド入らない?」


「遠慮しておくよ。ソロで細々やっていくから」


 本当。今はそれどころじゃないんだ。

 僕は適当に男子をあしらって、次の授業の準備を始めた。





「あんな鬱陶しい奴と一緒にいる方がいいの? 意味分かんないなぁ、レンレン」




遂にブクマ数300突破しました!

評価して下さった方も、感想をくれた方もありがとうございます!!

誤字報告等のご指摘もして頂き、ありがとうございます。

今回から、本格的に夏エリア編が開始します!

続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。

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