来訪
僕らは『ワンダーラビット』に戻ってきた。
今日の菓子はバイキングでよく見られる『ミニケーキ』だ。
イチゴからオレンジなどの様々なフルーツケーキから、チョコケーキ、チーズケーキまで。
届ける先は、勿論。
白と赤の薔薇の生垣に囲われ、『神隠し』イベントで入手した家具や装飾で飾った『不思議の国のアリス』をモチーフにした庭。
残念なことに、不釣り合いな青薔薇が育てられている箇所が浮いている。
レシピイベントのクリア報酬で、レオナルドは青薔薇の種を無限に所有している。
ただ、一日に植えられる数が限られていて。地道に植え、『青薔薇の株』を増やしているところだ。
増やした青薔薇は、夏エリアに建てる予定の第二店舗に移す。
庭では、兎の仮面を頭につけたジャバウォックが、生垣越しから周囲の様子を伺っている。
僕らと一緒に庭へ入ったキャロルが、ジャバウォックに駆け寄った。
すっかり、慣れた手つきで兎を抱えながら、どこか虚しそうな表情のジャバウォック。
レオナルドが「どうした?」と尋ねてみると。
元気のない声でジャバウォックは「ふぉんふぉんふぉん…」とぼやいた。
奴が真似しているのは、警備システムのサイレン音。
つい最近まで、頻繁に現れていた『面白いもの』がなくなって、つまらない。ジャバウォックの無垢な表情が訴えている。
そんなジャバウォックの傍らにいた半透明のロンロンが、上機嫌かつ皮肉るように喋る。
『近頃、声量と悪意だけが取り柄のお嬢様方はいらっしゃいませんね?』
僕は笑顔を貼り付けて、嫌味ったらしく答えた。
「彼女たちは悪い夢から醒めたようです。二度と姿を見せる事はないかと」
『おお! 何という……ジャバウォック兄さん、聞きましたか? 一体どうして人間の熱は冷めやすくなってしまったのでしょう!』
舞台役者のようなオーバーリアクションをかますロンロン。
ジャバウォックは、キャロルを撫でながら唸る。やや考えて「時代の変化は残酷だ」と姿に似合わない大人びた内容を口にした。
ロンロンも頭を抱え、悩むような表現をする。
『昔に比べ、頭は柔らかくなったようですが、精神が軟弱にもなってしまった……これはこれで嫌な変化です。甚振りがいが無いではありませんか』
全く、くだらない……
レオナルドはジャバウォックを背を押して「おやつの時間だぞ~」とテーブル席に誘導した。
肝心のテーブル席では
「あ~~~!」
そうメリーが絶叫すると、続けてボーデンも続けて
「あーーー!」
な具合に連続の絶叫に対して、苛立ったリジーが怒声を上げた。
「うっさい!! お陰で落としたじゃないの!」
「俺のせいじゃねー! メリーが叫んだから、俺も落としたんだよ!!」
ボーデンが難癖つけてくるのに、メリーは頬を膨らませる。
「なによ~! 思わず叫んじゃったのよ!! 仕方ないじゃない!」
妖怪達が夢中でやっているのは――
テーブルに置かれてある砂時計の砂が落ちるまでに、多く箸で豆を移動させた順にお菓子を選べる権利を得られる勝負事。
最初は、メリーたちが箸を使って食せる料理を食べて貰う特訓の一環でやっていたが。
今となっては、箸の上達は関係なくなっている。
クックロビン隊たちも、野太い人間の手で箸を使って豆の移動をしている。
バンダースナッチは、豆を三個移動させ、手を降ろし、彼らを見守っていた。
レオナルドがジャバウォックを席に座らせながら、バンダースナッチに話しかける。
「バンダー、お前さぁ……」
「俺はまだ、そんなに食えねぇよ。三個だけで腹一杯」
「希望数分だけ移動させる奴じゃないんだってば」
レオナルドが突っ込みする間、ジャバウォックは隣の席にキャロルを座らせた。
僕がテーブルに『ミニケーキ』が載せられたトレイを置き、人数分の食器を並べようとすると。
スティンクが声かけてくる。笑顔で。
「あ、私もお手伝いさせて頂きます。本日はお世話になりますので」
「………………うん、ありがとう」
バグってるのか、コイツ。
言っておくが、アップデート後からこんな感じじゃなかった。
今日に限って突然、こんな調子で僕らの手伝いを積極的にしてくれる。
今日になった途端だ。
昨日までは、眼光鋭い、眉間にしわ寄せた顔でクックロビン隊に言語を教えるレオナルドを監視していた。
あまりの変わりように、僕もレオナルドも反応に困る。
混乱している僕らにお構いなしに、名残惜しく「ふぉんふぉんふぉん…」とサイレン音の真似を口ずさむジャバウォックを見て、バンダースナッチが言う。
「今日は人間が来ねぇな」
勝負が終わって、僕が砂時計や箸を片付け始めた。
リジーも思い出したように、話へ触れる。
「そうね……とっても静かで変な気分」
サイレン音や警備システムで連行されるプレイヤーを楽しみにしていたボーデンも、聞いてくる。
「んだよぉ~。ふぉんふぉんふぉんってさ、面白かったってのに。来ねぇの?」
レオナルドは一息ついてキャロルの隣に座り、答えた。
「当分、来ないだろーな。他の奴が来るかも分からないけど」
何故かメリーも残念そうに「え~」と文句垂れている。
まあ、妖怪達は妖怪の習性を忠実に再現しているだけで、仕方ない反応と受け止めよう。
僕は飲み物の紅茶を注いで、全員へ告げた。
「さて、準備は整った。ケーキを取っていいよ」
各々、騒ぎながら好みの『ミニケーキ』を皿に載せていく。
楽し気な彼らを眺めつつ、レオナルドは小声で僕に話しかけた。
「ルイスも、あの記事のこと。知ってたんだな?」
「まあね」
「……ああいう記事って、信用していいもんなのかな」
「さあ」
「さあ、って……」
「信憑性はないよ。ひょっとしたら真実かもしれないけどね。一つだけ言えるのは、有名になればなるほど、マスコミに狙われるってことさ」
僕とレオナルドが会話する内容は、今朝、週刊雑誌に掲載されたスクープ記事。
[人気絶頂のアイドルグループ『クインテット・ローズ』のリーダー、いじめの首謀者だった!?]
大雑把に把握したところ。
『クインテット・ローズ』のリーダー・心の小学生時代に同級生かつ同じクラスメイトがいじめを受け。その首謀者が彼だという、マスコミの飛びつきそうな話題だ。
真実なら、最大の汚点。
偽造なら、最悪な不運。
有名人になるなれば、ありもしない噂を勝手に持ち上げられる。
実際に、彼自身が犯したなら自業自得。
そんな汚点を抱えて、有名人になる方がとんだ慢心。
知能は優れても、人格に難ありだった訳か。
ともあれ、あんな報道をされたものだから、アイドルファンは軒並みログインしていない。
自分達の立場が悪くなった途端、これか。
最後まで醜態まみれの連中だ。
ただ……アップデート後も、嫌がらせ行為をし続けた連中だったが、向こうも厭きたようで、人は減り。
ギャーギャー騒ぐ事なく、遠くからジロジロ眺めたり、僕らの店に通じる道で立ち往生する程度に落ち着いていた。
ネットでもイベントを通して、ゲーマーに喧嘩を売ったから、こんな結果になったとマナーの悪さを反省しようムードが広がっている。
無論、全員が全員ではないが。
妖怪達からレオナルドまで全員がケーキを取ったのを確認。
僕も席につく。さて、頂こうな雰囲気の中。
突如、女性の悲鳴が響き渡った。
◆
ルイスも触れていたが、アイドルファン全員が反省したり、例の報道でリーダーの心に失望した訳ではない。
心の報道は、マスコミの陰謀だとか考えているなら、ともかく。
結局、アイドルファンをタコ殴りにしたルイスや逆刃鎌を我がもの顔で使うレオナルドは、反省も糞もない訳だ。
例の報道に対し、ネチネチ嫌味や陰口叩かれる以上に、二人へ理不尽な恨みをぶつけたい一心でアイドルファンの女性が一人。店に近づこうとしている。
彼女が、遠くから聞こえる楽しそうな声に苛立ちを覚えると。
真っ白な髪に真っ白なマントを靡かせている男性の後ろ姿が、彼女より前を進んでいた。
あの先には『ワンダーラビット』と個人プレイヤーの一軒家(小雪の家)しかない。
どう考えても、あの店に行こうとしている。
咄嗟に女性は声をかけた。
「ちょっと! そこの白髪!!」
振り返った男性は黄金色の瞳をした、若くて二十代後半の男性のようだが。
口元は金の装飾がある金属製の白マスクで覆っている。
なりふり構わず、女性は話しかけた。
「あんた、犯罪者の関係者なワケ!? ネットに顔晒すわよ!」
「犯罪者」
僅かに店の方角に顔を振り向かせ、納得した様子で男は言う。
「私が犯罪者の関係者で晒し者にされようと問題ない」
「はあ? 口に変なの付けているから、聞こえないんだけど~」
嫌味ったらしい女性に対し、男はマスクを外し、耳元までバックリ裂け、肉が剝き出しの、ボロボロの唇で告げた。
「私は人間ではないからな」
余裕こいていた女性は大絶叫して、一目散に逃げ出してしまった。
悲鳴を聞いたレオナルドとルイスが様子を伺いに来る。
真っ白な男に対し、レオナルドは晴れやかな表情で歓喜した。
「ダウリス!」
彼の反応を見て、待ってましたと言わんばかりにブライド・スティンクが言う。
「お父様がいらっしゃったわ。全員、ちゃんとするのよ」
彼女が熱心に店の手伝いをしていたのは、父親が訪ねて来るからだった。
マザーグースの関係者が戸惑いと緊張感を抱く中、現れたマザーグース――ダウリスは昔のように穏やかだったと云う……
ブクマ数286突破しました!
評価して下さった方も、感想をくれた方もありがとうございます!!
これにて春エリア編は完結です。
もう少し早く、完結する予定でしたが……ボリュームたっぷりになったのでご了承ください。
次回は番外編を投稿し、夏エリア編を開始したいと思います。
次章の夏エリア編が読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。