アップデート
最後、と宣言しましたが、長くなり過ぎたので分割しました……
こうして情勢と対立と悪意に満ち溢れた『不思議の春の神隠し』は幕を閉じた。
イベント終了後日、緊急生放送と題した運営からの発表が行われた。
まず、ボスキャラである妖怪のAIが僕とレオナルドに有利な行動を取ってしまった事……記憶管理を怠った件の謝罪、イベント参加プレイヤーにはクリア報酬を配布する旨について。
あくまで運営側は、僕とレオナルドという特定ユーザー名を口には出さなかったが、実況視聴者や参加プレイヤーには周知の事実だろう。
それと、今後の協力型イベントで悪意ある妨害行為をしたプレイヤーは強制退場とペナルティを設けると宣言する。
……まぁ。今回のように貢献度を設けなければ、利敵は俄然減少する。
『クインテット・ローズ』と同じ宣伝活動する有名人が、二番煎じで現れないとは限らない。
次に今後のイベント情報も明らかになった。
これから世間は夏休み期間に入る。オンラインゲーム全体が稼ぎ時だ。
『マギア・シーズン・オンライン』では、七月から八月にかけて三つのイベントが行われる。
一つ目は『真夏の料理店コンテスト』。
注目するべきは料理コンテスト、じゃなく料理店コンテストである事。
詳細は明らかになっていないが……
料理を薬剤師系が、
店で使用する家具・装飾を鍛冶師系が、
店員が着用する衣装やカーテンなどを刺繡師系が担う。
といった具合。
生産職中心のイベントだが、料理店の審査に当たり全プレイヤーが会場に出入り可能。
戦闘やダンジョンはない、別の形での全プレイヤー協力型イベント。
早ければ、七月中旬に予選が行われる。
それに向けて生産職が忙しなく。
素材集め、メニュー開発、タッグを組む別生産職を探したりしている。
二つ目はイベント名が伏せられているが、夏エリアでのサバイバルバトル。
VRMMO特有の通常世界よりも時間を加速させる『加速世界』を使った長時間イベント。
現実では一時間。加速世界では一週間を体感するとのこと。
ネットでは、今回の『神隠し』同様、シナリオイベントではないかと噂されている。
開催予定時期は八月中旬。
三つ目は『夏季バトルロイヤル』。
これに関して詳細な説明は必要ないだろう。
貢献度やプレイヤーの獲得ポイント制は前回の反省から大きく変更した。
ギルドから代表一名しか参加できない。
これは大幅に参加プレイヤー数を減らす事になるが、貢献度を狙った連携などを防げる。
プレイヤーの獲得ポイントは、倒したプレイヤー数以外にも。
生存時間、戦闘回数、戦闘時間、武器とスキルの使用数なども加味されるようだ。
開催予定時期は八月下旬。
最後に、大規模なアップデートがされた。
各ジョブのスキル調整。新たな素材の追加。新マルチエリアの追加。
近々、生産職イベントが行われる為、NPCによる食材販売店も追加された。
夏エリアでは漁師のNPCに依頼する事で、海の幸を取ってきてくれる『漁港』も解禁。
また、船を所有することでプレイヤー自身も海に出航できるようになった。
更に――薬剤師系の『新薬』取得条件の緩和。
これが最も注目されただろう。
ジョブ3に到達していないプレイヤーが多い為、緩和したにしても……いっそジョブ3の昇格条件を発表すればいいんじゃないかとすら思ってしまう。
運営も、頑なに明らかにはしなかった。
そうだ。
ジョブ3に関して、一つ運営が明らかにした事がある。
昇格条件を達成すると、プレイヤー自身に特有の現象が発生するという……
◆
大規模アップデートが行われてから、数日後のことだった。
僕達は自分たちの店にいない。ここはミナトの店内。
彼に青薔薇の染料作製を依頼した。
だが、作製したところ、詳細情報が不明になっていて、盗賊系の鑑定スキルが必要だった。
信頼できるプレイヤーに鑑定を頼むと、一時店を離れたミナトを待っている状況。
青薔薇の入手条件は特殊。
故に何等かの特別スキル付与効果があるかもしれない。
僕の隣で椅子に腰かけているレオナルドの太ももには、クリア報酬で獲得した白兎・キャロルが鼻をヒクヒク小刻みに動かし、レオナルドの両手に収まる形で撫でられていた。
心地よく撫でられているキャロルを見つめていると、レオナルドは気まずそうに聞いてくる。
「やっぱり、ルイスも特別報酬欲しかったか?」
「うん? いいや。イベントに関しては気にしてないし、アレで良かったと思うよ。結果的にあのアイドルが生き残っていたら、クリア後の空気が不味かっただろうね」
僕がキャロルを撫でようとすると、敏感に顔を上げて、僕の掌を嗅いでくる。
警戒するキャロルに微笑み、僕は言った。
「それよりも、君がこの子を『キャロル』と名付けたのに苦笑してしまったよ」
「わ、悪い……ペットの名前、変えられねぇんだ」
「ふふふ。悪い意味で受け止めてないさ。いい名前だよ」
僕は指でキャロルの小さな頭を撫でる。
暇を持て余すように、僕はレオナルドの頼みに関する話題を出す。
「夏エリアのメインクエストに関してだけど、アップデートで追加された『蒸留水』の合成薬品をある程度、完成したら挑もうか」
「そういやさ。薬品が追加された以外に、下方修正?されたって聞いたけど」
「ああ……前回のイベントを通して、僕の『火炎瓶』が問題視されたんだろうね。守護騎士クラスの防御スキルを一撃で破壊する威力まで合成できる仕様は、運営もバランス崩壊だと気づいたのさ」
僕も念の為、アップデート概要の画面を宙に出現させ、レオナルドと一緒に内容確認する。
まず、追加された新薬品『蒸留水』は『火炎瓶』の水系バージョンと考えて欲しい。
夏エリアには人魂のような、炎系の妖怪が多く生息する。
とくに……夏エリア・メインクエストボスの一人『ガウェイン』では必須になる。
水系統に弱い為、そこを攻めれば苦戦しない相手だ。
次に薬剤師系が下方修正を受けたのは、合成。
以前は、合成した薬品を更に合成することで強力な薬品を作製。
DEX極振りすれば、僕が作製した規格外な高威力の『火炎瓶』も容易だ。
だからこそ、問題視されたようで。
下方修正の結果、合成する薬品は三つまで。合成薬品は合成不可、となってしまった。
代わりに、新薬取得条件が緩和したのでプラマイ0、だろうか。
レオナルドの墓守系もスキル調整が入っている。
内容に関して、キャロルを撫でながらレオナルドは複雑な表情をしていた。
「運営も隠す気ない感じだよなぁ。逆刃鎌やっていいぞな内容じゃん」
『ソウルターゲット』の強化は、先導する魂がプレイヤーの肉体に触れると強制終了する仕様がなくなった事。
それと魔力消費量で『ソウルターゲット』の速度を上昇するというもの。
次に『ソウルオペレーション』の調整。
浮遊する鎌のバランスを調整したと説明には書かれているが、他プレイヤーが検証したところ、以前より逆刃鎌のバランスが良くなったようだ。
そんな具合に、全てのジョブに追加や強化、調整が入った。
ここで「お待たせしました」と整いながらも痩せこけた顔立ちに、金のショートヘアの男性・ミナトが戻って来たので、僕達は自然と背筋を伸ばす。
キャロルもテーブルの縁に前足を乗っけて、ミナトがテーブルに置いた青薔薇の染料が入った瓶を嗅ぐ。
ミナトは、キャロルにお構いなく話を進める。
「私の信頼するプレイヤーに鑑定して貰いました。ああ、効果が効果なので、欲しがっていましたが丁重に断りましたので、ご安心を」
などと言うものだから、何事かと僕も眉をひそめたが。
これは……
[青薔薇の染料]
効果:使用した衣服にアイテムドロップ率上昇を付与(最大50%)
概要を確認したレオナルドは目を丸くしながらも、こう指摘した。
「え? でも、普通は衣服にスキル付与はできないんじゃ??」
ミナトは冷静に分析する。
「通常のスキル付与とは鍛冶師系のように自身の能力で付与する事でしょう。特殊なアイテムで付与が可能となる……こちらの染料は使用する青薔薇の量で効果量が変動します」
ちなみに最大50%のスキル付与をするには、ミナトが計算したのを表示すると。
……5000だ。桁一つ間違っていない。
だが、破壊不可の衣服に付与可能な有益スキルだ。えげつない素材量を求められるのは当然か。
一先ず、僕は素材量のえぐさを誤魔化すように笑みを浮かべ「ありがとうございます」と礼を告げた。
ブクマ数275突破しました! 突然の増加にビックリしました!
評価して下さった方も、感想をくれた方もありがとうございます!!
次回で本当の本当に春エリア編終了となります。
次章の夏エリア編が読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。