報酬
一段落済んだところで、レオナルドは改めて周囲を見渡す。
『秋の層』……秋エリアに足を踏み入れたこと無い彼は、右も左も分からない。
レオナルドが言う。
「ここ、どこだ……?」
トムが「あっ」と声を上げた。
『良かった! ここ、「本山」の近くです!!』
レオナルドが素っ頓狂な声で「本山?」と聞き返したのを、トムは元気よく答える。
『はい! 僕が所属している「祓魔師機関」。その中でも、秋の層にある「祓魔師潜入捜査本山」です』
レオナルドの足元で休憩していた白兎が再び先導する。
イベント当初と同じ、レオナルド達が付いて来ているのを確認。一定の距離を取って、まずは下山を目指す。
少し開けた場所に出る。
「いつもの街が見えるな」ムサシは左側に広がる芸術性溢れた造形群を顎で示した。
そう、あれは今後多くのプレイヤーが訪れる居住区。
ムサシのようなジョブ3に昇格した者だけが、足を運べる場所。
レオナルド達が向かっているのは、その反対側。
麓に近づくにつれ、木々の合間からトムが言う『祓魔師潜入捜査本山』が見える。
広大な敷地に、石造りの重厚な壁、小さな窓に半円アーチが特徴のシンプルな修道院があった。
一方で、厳格さ漂う修道院には似つかわしくない、生き物が飼育されているスペースが敷地内の七、八割を占めている。
和むような羊や山羊の鳴き声。馬や牛、犬が動いているのが見える。
動物園以上に、動物に溢れている光景を目にしレオナルドは感心していた。
道中、ラザールは気になった事を言う。
「じゃあよぉ。本物はどうなった? えーと、カサブランカってぇ奴」
憶測に過ぎないがレオナルドは、カサブランカがただで死ぬ訳ないと信じている。
確信を持って、話す。
「外に出たと思う。この辺りにいるかは分からねーけど」
「あぁ!? 何か方法あって、外に出られたって事かよ!」
「いや。カサブランカを追い出したのは、バンダースナッチだよ」
実際に相手した経験あるムサシは「あれか」と納得していた。
バンダースナッチの第三段階で、プレイヤーを強制的に別空間へ送り込む能力を発動させた。
カサブランカが相手した敵が、バンダースナッチなのを踏まえると納得しかない。
だが、ラザールは怪訝そうな表情で言う。
「……誰だよ」
「え。あ、あー……ラザールも少し見てなかったか? カサブランカがマングル達の次に相手してた……」
「クッソ速い動きしてたアレか! アレなんだよ?!」
「妖怪だけど、無茶苦茶速いから止めた方が――ん? 煙??」
敷地の一角から、長閑な風景と対照的な黒煙が立ち上っている。
白兎を通してトムが話した。
『動物たちが暴れていると先輩たちが仰っていました。あはは……よくあるんです。山羊や熊などが暴れると大変ですよ……』
彼も苦労している風な口ぶりで語っている内に、レオナルド達はついに敷地の正門を目にする。
女性が一人、出迎えで待ち構えており。
レオナルド達の到着と共に、軽快なBGMが鳴り響いた。
厳格な衣装を身に纏ったウェーブのかかった金髪の女性がのんびりと告げる。
「皆様、お疲れ様でしたぁ~! 私、間宮と申しますぅ。これにて、全プレイヤー協力型ダンジョンイベント『不思議の春の神隠し』クリアとなりまぁ~す!!」
はっきり宣言されると、レオナルドとラザールは緊張感が解けて、盛大な溜息と共に体がだらける。
心配そうに、白兎がレオナルドに鼻ヒクつかせ、すり寄って来た。
間宮がマイペースで三人を見渡す。
「クリアされた方は、う~ん。これだけなんて……あ、ちょっと待っててくださいねぇ~。もう一人、いらっしゃいますからぁ」
まさか。
レオナルド達全員が予想した通り、敷地内から誰かの怒声が近づいてくる。
「どういう神経してるんですか! 動物を敵と勘違いしたなら、まだ分かりますけど。ペットの一種と理解したうえで攻撃するなんて!!」
敷地内にいた他の祓魔師たち(NPC)も、快くない表情で怒声をかけられている相手を視線向け、ひそひそ何かを喋っている。
澄ました表情と早歩きで、レオナルド達に向かっていた女性――カサブランカが感情なく返事した。
「何度も言ってるじゃないですか。どういう性能か把握したかったんですよ。一応、彼らにも許可貰いました」
カサブランカが目で示した方には、気まずい表情の祓魔師たちの姿が。
彼らは、きっと悪ノリもなく。カサブランカにペットに関する知識を教えたのだ。
こんな結果になるとは、想像つかずに。
先程から、カサブランカに注意している黒髪ツインテールの女性は、間宮と同じ、NPCではない運営側の人間だろう。
ツインテールの女性が、現実ならツバ吐く勢いで喋る。
「いいですか!? もし、貴方がペットの性能だとか、ペットに攻撃をしかけずに、NPCへ事情を説明していたら! 偽物の貴方の存在を彼らに伝えられたんですよ!!? 協力型イベントなんですから、自分中心の行動は控えて下さい!」
「不都合なら、強制的にプレイヤーを誘導するなりすればいいじゃないですか」
「そ、そういう水差すようなことを、運営側がするのはね……!」
憤り抑えようと必死なツインテールの女性を差し置いて、正門に到着したカサブランカはレオナルド達に視線を向ける。
レオナルドは自然に、満足気な笑みを浮かべて彼女に声かけた。
「無事でよかった、カサブランカ」
だが、彼女は微笑みや退屈さでもない、不機嫌そうな表情を貼り付けている。
ラザールが「怒ってねえか?」とレオナルドに耳打ちした。
レオナルドは否定し「バンダースナッチを倒せなかったからだと思う」と彼なりの考察を言う。
恐らく、バンダースナッチは厄介なカサブランカを追い出すだけ。
彼女と本気で渡り合わなかったのだろう、と。
一応、脱出クリアを遂げた全プレイヤー……たった四人だけが揃ったところで。
間宮から、にこやかに話をされる。
「早速、クリア報酬を~……と行きたいですがぁ。皆さんに重要なお知らせがあります」
「!」
やっぱり。
レオナルドは覚悟をしていたが、ルイスの考え通りかと見構える。
ラザールは率直に「ペナルティの話かぁ」と口に漏らし、面倒な態度を取っていた。
すると、間宮はクスクス笑って答えた。
「違いますよぉ。罰則なんて今更、つけられませんってばぁ。イベント概要に記載されてない事、やったらやったで批判殺到しちゃいますよぉ? むしろ、不備ですよ、不備。ペナルティを設けなかった方が駄目なんです。ね?」
なんて答えたから、レオナルドとラザールはポカンとしてしまい。
運営関係者のツインテールの女性が「ちょっと、間宮さん!」と小声で呼び掛けていた。
彼女にお構いなしに、間宮は続けた。
「今回、ボスキャラのAIに不具合があり、プレイヤー側が有利になってしまう仕様になってたことですねぇ。プレイヤー全員に平等なイベントではなくなってました。なので、参加いただいたプレイヤー全員にクリア報酬を配布することにしました! クリアした皆様は、他の方々と違う補填を配布いたしますぅ」
だが、間宮は「今回は、ですからね?」と付け加える。
取り合えず、今回ばかりは罰則なし。普通に報酬が貰えると聞いて、レオナルドは複雑だった。
変に深読みしたせいで、ルイスは無駄死に。ルイスも、特別な報酬だって貰えたかもしれない。
お構いなしに、間宮は全員に呼び掛けた。
「ではでは、クリア報酬配布タイムです~。皆さん、こちらにどうぞ~」
ゾロゾロと間宮の後をついて行くレオナルド達。
道中、ムサシが珍しく口を開いた。
「付いて来てるが」
彼が言うのは、レオナルド達にピッタリ付いて来ている白兎のこと。
レオナルドも気づいていたようで、どうしようかと間宮を伺う。
間宮は「あらあら」とニコニコ笑っているだけ。白兎をどうこうせず、案内を優先させた。
クリア報酬はルイスが予想した通り、ペットだった。
ただし、普通のペットではない。
動物の飼育エリアに入ったところで様々な動物たちが柵越しに、レオナルド達――正確にはレオナルドを注目する形で集結。
彼らに囲われている状況で、間宮が説明する。
「今回、皆さんに配布しますのはイベント仕様のペットちゃん達です~。通常では入手できない個体ですので、後悔ないよう慎重に選んでくださいねぇ」
のほほん口調かつ丁寧に案内してくれた間宮。
彼女の対応とは裏腹に、ムサシとカサブランカは即答した。
「いらない」 「私も邪魔に感じるので、貰わなくていいですか」
同行していたツインテールの女性が「こいつら……」と呟いた。
間宮は態度を変えず、穏やかに告げる。
「適当でもいいですので、報酬はちゃんと受け取ってくださいねぇ」
レオナルドは、柵越しに集まっている動物たちを見て困っていた。
種類が豊富で迷ってしまう。飼育エリアを散策すると、予想外な生物にレオナルドが驚く。
「うわ!? ペンギンだ! ペンギン!! ムサシ、ペンギンがいる!!」
興奮気味のレオナルドに、ムサシが「はしゃぐな」と言う。
柵にトコトコ近づいてくるペンギン以外にも、水槽から亀やイルカの姿を確認できた。
ペンギンという見慣れない生物に興味津々のレオナルド。
カサブランカは相変わらずの姿勢で言う。
「別にいいんじゃないですか。ペンギンでも」
レオナルドは意外に感じつつ「なんで?」と聞いた。カサブランカは平静に答える。
「強いからですよ。その、ペンギンの翼。人間の腕足を骨折させるほど威力ありますから」
えっ。
レオナルド以外にも、ラザールとツインテールの女性までも驚愕を隠せずにいた。
間宮は「そうですよ~」と解説する。
「ペンギンちゃんは、陸での移動がしにくいですが、そこはジョブ3になって『ソウルオペレーション』でサポートしてあげれば、相当戦えちゃいますよぉ。下級妖怪なら一撃で倒してくれちゃいます! どおしましょう? ペンギンちゃんにします??」
気まずそうにレオナルドは「ほ、保留で」と答えた。
次に訪れた建物内で、ラザールがある生き物に反応する。
「猫じゃねぇか。実家に猫いるんだよ、俺。コイツでいいか」
仲間同士じゃれ合っている幼い獣にラザールは決めたが、ツインテールの女性が「それ虎です」と突っ込む。
他にも小屋にいた動物を見ていくレオナルド。
猫でも、犬でも、レオナルドに寄ってくるので困り果てている。それを「ぶぶ!」と音鳴らして蹴散らすのは白兎だった。
とは言え。
一体どれにしようか決められないレオナルド。小屋にいる最後の生物を目にする。
「お! 兎だ」
ちょうど、白兎並に成長している様々な色や模様の兎たちがいる。
レオナルドが関心あるのを感じ取ったのか。
同行していた白兎が、他の兎たちが近づく前に「ぶ、ぶぶぶ!」と激しく暴れ、レオナルドから遠ざけてしまう。
それを注意する青年の声が聞こえた。
「こら! 駄目じゃないか!!」
暴れ回る白兎を『ソウルオペレーション』で無理矢理引き寄せ、抱きかかえた、こげ茶色のショートヘアの青年の声にレオナルドは聞き覚えあった。
思わず、尋ねるレオナルド。
「もしかして……トム?」
「はっ、はい! この子を通して案内させて貰ったトムです!! 挨拶が遅れて申し訳ございません。あ、もしかして、兎をお選びに?」
「うーん……そうしようかなって」
レオナルドが遠くに逃げてしまった兎たちを眺め、唸っている。それに対し。
「止めて下さい。攻撃型じゃない生物を選ぶのは」
と、注意かけてきたカサブランカ。
失礼な物言いだが、レオナルドは困惑にカサブランカの様子を伺う。
彼女は相変わらずの不機嫌な表情のまま、腑抜けたレオナルドに告げた。
「本当……貴方のそういうところが、腹立つんです。いい加減にしてくれませんか」
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