幻想曲
臨戦態勢に入ったオーエンは、大鎌の刃を分離させた。
意思を持ったように柄から離れた刃は、プレイヤーに襲い掛かってくる。
刃のみの為、意外と攻撃を当てて弾くのは難しい。
そうでなくとも、柄のみとなったオーエンが接近攻撃を仕掛けた。
奴が接近してきたのは、僕達。厳密にはカサブランカ。あれほど挑発されたのだから、当然。
僕も白兎の動向を伺う。兎はレオナルドの方へ真っ直ぐ接近。
他プレイヤー全員、僕らの方へ向かう。誰もが快くない表情をしていた。
厳密には余計な挑発をしたカサブランカが原因。まあ、僕らも奴に加担した形にはなる。
恨まれても仕方ないか。
ただ、レオナルドは浮かない表情をしていた。
「急にどうしたんだ? アイツ」
僕は妙に感じ、レオナルドに問う。
「レオナルド?」
「俺、アイツが挑発に乗る性格には感じなかったんだよ」
「それは……オーエンのことをかい?」
僕らが会話を繰り広げる最中。
カサブランカがドレスを靡かせるごとに、ドレスと同化した刺繡道具がオーエンを襲う。
針やボビンなど細かな遠距離攻撃を、蜂やニシンなどの使い魔で防ぎ。
柄をバトンのように回転させ、カサブランカと渡り合う。
そうこうしているうちに、白兎が待ってましたと言わんばかりにレオナルドへ衝突。
鼻を激しくひつくかせ。撫でて欲しいようで。わざわざ、レオナルドの手元に収まる形で浮遊移動する。
白兎の装飾にから『すみません』と申し訳ないトムの声が聞こえた。
レオナルドが白兎を片手で収まる形に撫でつつ、話を戻す。
「あんま会話してねぇし、確証ある訳でもねぇけど。変だよな」
「僕は変に感じなかったかな」
「そうか?」
「大体、マザーグースの血縁には二種類の性格がいる。一つはお人好し。良くも悪くも『善良』な精神の持ち主。君と似てる部分だね」
僕に指摘され、レオナルドは気恥ずかしそうに頭をかいた。僕は話を続ける。
「もう一つは『邪悪』な精神。分かりやすく言えば『独善的』な部分。ロンロンやジャバウォックが分かりやすいかな。自身の利益を優先する。ただ、ああいう性格は自身の思い通りにならないと、不快で苛立つ」
「……利益?」
「なっ、なんで、突っ立ってるんだ!? お前!」
僕らの行動に動揺を隠せず、指摘してきたのは僕らに攻撃しかけた『騎射』の少年だ。
オーエンを狙わず、喋っている僕らに。
弓矢を引くことも忘れた様子。奴が騎乗した馬の鼻息や匂いが漂う。
レオナルドは「久しぶり」と普通に挨拶するものだから、怒りや困惑のせいで言葉を失う少年。
その脇を、生き残った心が通過。
不愉快そうな視線で僕らを一瞥したが、レオナルドは眼中にもない。
他にもホノカが「ウチは先に行くぞ!」と先行。ラザールは魔力が尽きたようで「回復してくれ!」と僕を頼って来た。
結局、もどかしい様子で『騎射』の少年はオーエンの討伐へ駆けた。
カサブランカ以外にも、二人の死闘にムサシが割り込む。
彼は、邪魔と言わんばかりにカサブランカが腕を振るい、ドレスの袖から伸びる糸を目に見えぬ速さで両断していき。距離を詰める。あれでは、カサブランカの攻撃でムサシがオーエンに近づけない。
カサブランカも、自分がオーエンを殺さんと言わんばかりに。
聴覚を頼り、背からボビンやボタンなどの遠距離攻撃を他プレイヤーに与える。
完全な妨害行為でしかない。
単純に、カサブランカやムサシにオーエンを任せれば問題ないが。簡単にはいかない。
心も、ホノカたちも、全員がオーエンを狙っている。流れを止めることは出来ない。
ラザールが魔石を精製しながら、未だに動かないレオナルドに文句を言う。
「ボケーっと突っ立ってるんじゃねぇ! あの生首野郎ぶっ倒すぞ!!」
「うーん……」
「なにが。うーん、だ!」
「悪りぃ、ちょっと……ルイス。運営がどうたらって話、してたよな」
運営? ペナルティ云々の話か。それとイベント内容は関係ないと思うが……
オーエンが召喚した熊を相手していたホノカが、熊の腹から飛び出してきた偽オーエンにやられた。
蜂の大群が個々で爆発を起こす。
先程と異なる攻撃パターンに対処できないプレイヤーがちらほら。
『騎射』の少年も、爆発に驚いた馬が前足をかかげて急停止したせいで、落馬していた。
そんな最中。
レオナルドは冷静に考察し続ける。
「あれが適応されたらさ。俺達全員利敵行為で脱落。オーエンが宣言していた通り、全員死ぬって訳だ」
それは……確かにそうだが。穿ち過ぎる発想ではないかと思う。
ラザールは顔をしかめて、鼻先で笑う。
「あ~~~そういうことかよぉ~~~ ルイスを止めなかったとかで、俺達も脱落するし。大体、他プレイヤーの邪魔してんだろ?」
心は、続々と倒れるプレイヤーを他所にカサブランカとムサシ、オーエンの三すくみを離れた距離から見守っている。
隙をついてオーエンを倒そうと試みているのか。
最早、カサブランカとムサシ相手に挑もうとはしていない。
レオナルドは考察を述べる。
「大体さ。アイドルのファンって初心者が多そうってくらい、運営も予想できてた筈だろ? それなのに相手にするのが難しいロンロンとか、スティンクとか。バンダースナッチも、普通出さないよな」
「………」
「色々考えたんだけどさ。多分、俺達を全員殺すか。カサブランカとムサシが生き残っても、他プレイヤーを妨害したとかで脱落させる」
ああ、漸く分かってきた。成程。
確かにバンダースナッチが出てきたのは度肝を抜いたが。説明を裏付ける証拠でもあった。
僕はレオナルドに賛同した。
「今回のイベント。状況が状況だ。MPKをやったプレイヤーに制裁を与えなければならない。だが、アイドルファンの民度だ。これで処罰が下れば、迷惑行為の通報が通用すると調子に乗る。故に奴らの満足する結果にはしてはならない」
なら、どうするか?
協力型イベントにも関わらず、協力しなかったことでイベントクリアどころか。
誰か生き残って得する結果にしない事。
「最終的に誰もいなくなる、か」
笑えるくらい滑稽な話だ。
運営は全プレイヤーの平均レベル想定のイベントで、高難易度になってしまった謝罪と詫び品を配布すればいいだけのこと。
二度と協力型イベントは開催しないと抱負を掲げる事だろう。
しかし、これには一つ難点が。
僕はレオナルドとラザールに伝えた。
「恐らく……心は利敵行為をしていないだろうね。アイドルだからこそ、やましい行為を避けて来ている筈。ほら、オーエンが奴に近づいている」
カサブランカとムサシのおぞましい速度の斬撃と攻撃を、体を透かしたり、バラバラになったり、空中で漂うなど。
挑発に乗った割に、呑気に翻弄させる動きをするオーエンは、バックステップと共に心へ接近していた。
やる事は一つ。
僕は逆刃鎌から降りた。
レオナルドとラザール、僕自身に身体強化の薬品を使用。
僕は最後にレオナルドへ告げた。
「あとは任せるよ。レオナルド、重量を少しでも軽くするなら僕の逆刃鎌は捨てた方がいい」
「ルイス」
レオナルドが僕の名を呼び、真っ直ぐな瞳で駆け出す僕を見届けてくれる。
「どこ行くんだよ!?」とラザールの声が聞こえるが関係ない。
二人から大分距離を取った。僕はまず所持してある『火炎瓶』を捨てていく。
捨てるといっても、瓶に入れられた『火炎瓶』だ。
地面にバラまかれても、しばらくは消滅しない。
だが、これは捨てた『火炎瓶』が消滅するまでの時間との勝負。失敗は許されない。
僕は広範囲に『火炎瓶』を捨てながら、オーエンから遠ざかろうとする心が見えた所で、捨てるの中断。少ない動作で『火炎瓶』を捨てた一帯の反対側に回り込み。
その位置から、上空にいる心へ目掛け跳躍。
これだけでは到底届かない。『火炎瓶』の爆風を使って奴を捉えた。
馬鹿に体力がある自分のステータスを信じ、自爆上等で『薬品一式』で準備した『火炎瓶』のコンボを後方に放ち。
爆風により僕は心へ急接近。逆刃鎌の刃を掴むハメになったが捕まえた。
奴は苛立った口調で叫ぶ。
「邪魔をするな! お前たちの行動を運営が無視すると思うか!? 最悪、法で訴えてやるぞ!」
「へえ。じゃあ、先に僕の方が訴えてあげるよ。父親の知り合いに裁判長がいるんだ。いい判決を下してくれる」
「この―――」
心が僕を振り払おうと逆刃鎌を大きく揺らす。
僕は片手で必死に刃を掴み、ダメージを受けながら背負った鞄で心の足を狙った。
バランスを崩した隙に。
ありったけの『火炎瓶』をぶつけた。絶え間なく、僕の体力が尽きるまで。
心を逃がさない為、地面に向けて『火炎瓶』を放り投げる。
当然、地面に捨てられた『火炎瓶』が連鎖的に大爆発を起こしていく。
全てを捨てきれる余裕はなかった。累計500個近い『火炎瓶』を使用しただけだろう。
それでも、空前絶後の大爆発を巻き起こした。
僕の前に初めて『ゲームオーバー』のメッセージが流れる。よりもよって、自爆という形だった。
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執筆意欲の糧にさせて貰います!
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