物を与える
ふと、レオナルドがどうしているか気になり、顔をあげると僕の隣にはいなかった。
別の所――固まって談笑中の女性三人組から声が聞こえる。
「盗賊の武器拾ったから、やるよ。俺、装備できねーし」
「マジ? ありがと~!」
まさかと僕が振り向くと、レオナルドが彼女達に拾った武器やらアイテムを渡しまくっている。
彼が拾ったものだから、彼の好き勝手にすればいいが。
弓兵の女性に木を切ってドロップした矢を。銃使いの女性に銃弾を渡すのはともかく。
他の連中相手にも、欲しいものがないかとアイテム欄を公開して聞きまわるのは異様だった。
レオナルドはブレなく格闘家の少女にも聞こうとしたが、彼女は聞かれる前に「いらない」と即答した。
最後に、刺繡師の女性に尋ね。彼女が糸を貰いたいと申し出たのに受け答え、アイテムを渡し終えたレオナルドが、僕の所に戻って来る。
「君……何してるのかな?」
思わず僕は問いかけた。
実は親切心ある人格者にレオナルドが見えなかったからだ。
彼の方は、そう問われた事を不思議みたいで、音立てながら雑に腰かけつつ言う。
「アイテム渡してきただけ。持ってても使わねえじゃん。装備できない奴とか」
「売ろうとは考えない?」
「売る? あー……売るってのも………忘れてた」
レオナルドがアイテム欄を確認する。薬草とモンスターからドロップした低レアの素材だけ。
彼は迷わず「いるか?」と尋ねる。
一連の光景を眺め、僕はレオナルドの本質が垣間見えた。
「君、人に物をあげるのが好きなんだね」
レオナルドは眉間にしわ寄せる。
「好き? それはねえよ。何でもかんでも渡さねーし」
「見返りが欲しいのかな」
「お礼とかしたくねー奴だっていんだろ。だから、一応聞いてるよ。いるか、いらねぇかって。いらねーなら自分で捨てる」
「じゃあ、やっぱり君は物をあげるのが好きなんだよ」
彼は自覚がないようで、眉をひそめていた。
「物をあげたがるのは、物で他者との溝を埋めたり、優位に立とうとする自己満足な行為だよ。相手の気持ちなんて考えない。物をあげるから、相手は必ず喜ぶと思い込んでいる」
「……」
「でも、君は違うよね。物で他人をコントロールしたい意思を感じない。物に頼らなくても、君は人と接することが出来る。だからそう、君は――欲しいものがない人間だよ」
愛だとか絆が欲しいから物で釣るのと違って、欲しいものが彼には何一つないから。
「誰かに物を与え、満足させれば。君は満たされた気分を得るんだよ」
「…………気持ち悪い事いうんじゃねえ」
レオナルドが僕から視線を逸らす。
僕も我に返って、彼を不愉快にさせてしまったと後悔した。
「ごめんよ。僕は君に興味があるんだ。君みたいな人は初めてだ」
警戒心を強めている、のではない。レオナルドは困惑しつつ、探っているようだった。
僕という人間を理解しようと必死なのか。
僕が一体どういう目的で自分と接して来ているのか。
不愉快な相手との縁を即切る潔さは、物を捨てるのと同等だ。
なのに変だ。彼はお人好しじゃないのに、僕を毛嫌ってそっぽ向こうともしない。
優柔不断ではないのに、一体どうして?
彼も僕に興味があるのだろうか。
「あの、すみません」
唐突に女性の声が一つ。
僕たちへかけられたのかと振り向いたが、勘違いだった。
声の主は、念入りに武器を調べ、戦闘に参加していなかった刺繡師の女性。
先ほどまでステータスをいじっていた彼女は、リーダーの剣士を含んだ前線部隊に話しかける為、席を離れていた。彼らも少々驚いた様子で視線を向けている。
「次のボス戦。私も前線で戦ってもよろしいでしょうか?」
刺繡師の女性――カサブランカは微笑を浮かべながら、そう告げたのだった。