即興曲
僕は流石に呆れてしまった。無謀と言うべきか。思わず聞き返す。
「君、本気かい」
「でも……それで間違ってないと思う。それに」
チラリと心を見てレオナルドは続ける。
「俺だとこの数は相手できねーから。カサブランカ辺りにやって貰わねえと」
そう、一番の問題はこれだ。
ジョブ3『祓魔師』になればトムと同じ、ペットの能力を用いて、偽オーエンを相手に出来ただろうレオナルド。
しかし、ジョブ2『魂食い』は他ジョブのような広範囲攻撃や必殺技もない。
諦めざるを得ない状況ということ。
レオナルドが固執せず、素直に身を引く行為を他人がどう思おうが僕は正しいと感じる。
むしろ、意地張って、無謀で感情的に挑む方が愚かだ。
それでも……偽オーエンを全て殺そうなど、こっちの方こそ無謀に聞こえてしまう。
が、どうやら違った。
カサブランカは大鋏を分解し、二本の刃を振るって、次々と偽オーエンを倒していく。
接近する偽オーエンは攻撃スレスレで回避。
高熱エネルギーを発する炎系の特殊攻撃をする偽オーエンは、できる編み物で使用する金属製の『棒針』で槍のようなしなやかさで、薙ぎ払う。
使い魔を召喚する偽オーエンは、余裕で使い魔を避け、本体を攻撃。
偽オーエンが発動する異常状態は、レオナルドが『ソウルシールド』をカサブランカにも展開する事で問題ない。
……何故だろう、単調に感じる。
攻撃モーションから、攻撃範囲まで、あまりにもワンパターンだ。
まるで動作だけコピーペーストしたかのような。
普通はそうだ。
こういう動きをすれば、次はこう動く。
道中に現れる雑魚妖怪は、種類ごとに攻撃モーションが決められているものだ。
だが、高性能AIが搭載されているメインクエストボスは違う。
特定のパターン動作を行う事は多々あるが、それでも通常戦闘ではプレイヤーの挙動に対応し、臨機応変な攻撃を繰り出す。
しかし、あのオーエンは道中の雑魚妖怪と大差ない。
冷静になった僕は理解した。
すると、レオナルドが『ソウルサーチ』を発動する。
偽オーエンたちはどれも魂がないが、本物のオーエンにだけ魂が灯っていた。
カサブランカは「嗚呼」と微笑を浮かべて告げる。
「あそこですか。まあ、いけるでしょう」
僕には分かる。
カサブランカはこれで偽オーエンの行動パターンを読み切ったのだと。
レオナルドが僕に尋ねた。
「ルイス。『火炎瓶』、残ってるか?」
「……ざっと2000個くらいかな。最初の連中の防御を破壊するのと、奴らを片付けるのに結構、数を減らしてしまったよ」
周囲の偽オーエンを片付けた後、カサブランカが武器を降ろす。
それから手元に何かを出現。
あれは……ジョブ武器の一つに枠組みされている『刺繡道具セット』の箱。
彼女が無尽蔵に出現するボビンやルレットなどは普段、あそこに収納されている。
それと大鋏が輝きを放つ。
カサブランカの服装が瞬く間に変化を遂げる。
シンプルな出で立ちに似合わない煌びやかな純白のドレスになっていた。
また運営の悪趣味仕様か。少なくとも、それがジョブ3『手芸師』の能力だと分かる。
変身を遂げたカサブランカは恥ずかし気なく、淡々と僕に告げた。
「私が上空から一掃しますので、『火炎瓶』の爆風で私をオーエン本体に吹き飛ばしてください」
「は?」
僕の言葉に耳傾けず、カサブランカの奴は人外めいた跳躍で、偽オーエンの合間を抜け、上空に降臨した。
途中、彼女が着るドレスから煌びやかな針が出現し、偽オーエンを刺し殺している。
ジョブ武器全てがあの服になっているのか。
カサブランカが両腕を振るうだけで、ボビンや針が展開され、即座に射出。
奴の気色悪い挙動で、刺繡師系には不可能な広範囲攻撃をバトルロイヤルで実現したのを、更に凌駕する。
バンダースナッチ並の密度を誇る広範囲攻撃だ。
レオナルドが逆刃鎌を浮遊させた。無論、僕の逆刃鎌も。
『火炎瓶』を投げ入れる為に、僕はカサブランカに近づく必要になる。レオナルドが繊細なコントロール捌きを行い。
偽オーエン以外にも、カサブランカの攻撃も躱した。
純白の存在が見えて来た所。僕は躊躇なく『火炎瓶』をカサブランカに投げ入れる。
味方同士攻撃し合っているように見える場面。
カサブランカに『火炎瓶』が炸裂すると同時に、爆風を受け、異常な速度でカサブランカが吹き飛ぶ。
僕らもすぐさま、彼女を追跡するが、レオナルドが『ソウルターゲット』を併用しても、全く追い付けなかった。
吹き飛びから体勢を整え、おぞましい速度で周囲の偽オーエンを倒すカサブランカ。
向こう側に、白兎に先導されるプレイヤーたちが見えた。
白兎が倒されないよう、他プレイヤーが攻防しているのにレオナルドは「よし」と安堵した様子。
他プレイヤーが白兎を守ってくれるのは、大体予想がつくものの。
万が一もありえる訳だ。彼は一安心なんだろう。
さて、正攻法で挑んでいる奴らよりも、僕らの方だ。
再び増殖する偽オーエンを回避しようとレオナルドが集中して逆刃鎌をコントロールする。
僕は後方に『火炎瓶』を投擲。
少しでも時間稼ぎする為の、冴えない手段だ。
――突如、ばっさりと偽オーエンが片付けられていく。
カサブランカよりも討伐数は控えめながらも、両断していく人物はムサシ。
奴以外存在しないが、僕らに接近してきたムサシに思わず尋ねる。
「ムサシさん!? 皆さんと一緒に白兎を追いかけなかったんですか!!?」
「遠回りしている。まどろっこしい。こちらの方が速い」
ああ、向こうは向こうで安全な分、時間がかかると。
集中していたレオナルドは、少し気を緩めムサシに「悪い! ありがとう」と礼を告げた。
これから、という状況で、またもや出鼻を挫かれる。
偽オーエンが全て消え去ったのだ。同時に、イベントが発生したらしく、僕らが全員停止する形。
本物のオーエンの様子が奇妙で。
ニタニタ笑わず、気味悪いほど瞳孔開き切った瞳に歪んだ口元、そんな顔を傾けて尋ねる。
「どういうことかな」
奴は、ただただ不機嫌そうだった。不機嫌そうにカサブランカを見つめる。
救いようがない戦闘狂は、不敵に笑い答えた。
「どうもこうもありません。私は貴方を殺しに来たんですよ。貴方は人間の知能が浅はかで、自分は優れていると思っているでしょうが。もう大体わかりましたよ」
「ほお? 何が分かったのかね」
「貴方、自力で戦えないんですね」
背筋が震えるような間が広がる。
カサブランカはお構いなく、喋り続けた。
「貴方の能力。多分ですが、この空間であった事象を再現するとか、そんなところでしょう? 今までの攻撃は、貴方がそれっぽい動作をした事象を何十も複製したもの。しかも『事象の再現』を出現できても、それを動かせる数は限られています。百もいきませんね」
「…………………」
「ああ、次は貴方の兄弟や人間の攻撃でも再現しますか? 別に構いませんけど。一つだけ言っておきましょうか。それは所詮、他人の複製に過ぎません。貴方の実力ではない」
「………………………………………………………」
「貴方が、とんでもなく弱いと分かりましたので、殺します」
論文を一通り読み終えたようなカサブランカは、最後まで微笑を浮かべていた。
そうして、オーエンの表情は憤りに変貌を遂げた。
猟奇的な笑みを浮かべ、されど素人目でも分かるような憤りを隠しきれない威圧。
呪文のように言葉を繰り返すオーエン。
「弱い、弱い弱い弱い。弱い、ねえ。お前の言う弱いとは、対等に渡り合う意味かね。それとも勝負に負ける敗者の意味? まあ、どちらでも――」
狂った劇を中断させるように、我に返った心が叫ぶ。
「お前! 何、余計な事をしてくれたんだ!!」
ムサシが静かに「もう動ける」と呟く。
レオナルドが即座に逆刃鎌を浮遊移動し始めた。僕は悪寒を覚え、彼に伝えた。
「兎だ。レオナルド、カサブランカは問題ない。白兎を保護した方が良い」
これが想定外の隠し要素だったのかは、分からないが。
突如、全体が変化した。
オーエンは、偽オーエンも何も出現させずに、大鎌を構える。冷酷に奴は告げた。
「全員死ぬがね」
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