狂詩曲
僕らの後方から轟音が響き渡った。
喧しく奏でていたロンロンの石橋オルゴールが崩壊。僕らの方向へ落下してくる。
運がいい事に空間が左に傾いた事で石橋もそちらに引っ張られ、僕達は事なきを得る。
ブライド・スティンクの攻撃は収まった。
後方の水面に留まった石橋オルゴールは再び不協和音を響かせ、新たな呪いを帯びた産物を産み出そうとしている。
他にも、ロンロンの呪いに感染したプレイヤーたち、もしくは呪いで固められたプレイヤーの塊が更に肥大化した産物の姿形が見えた。
それを打ち消す救世主は、突如降臨する。
長い黒髪を靡かせるムサシだ。
あの猛襲を切り抜けた彼が、ロンロンの呪いの産物に接近してからカタナを引き抜き、告げた。
「『無季―――三千世界・昇華』」
すると、瞬く間にプレイヤーの塊から石橋オルゴールまで、ムサシを中心とした一定の範囲内にある異物が白の粒子化。
呪いを受けたプレイヤー達も、ムサシの刃で刻まれる部分から粒子化。
本来、ロンロンの呪いを受けたプレイヤーに接触すれば、呪いは伝染する。
武器で受けたとしてもだ。
どうやら無季特有のスキルなのは分かるが……待てよ? 僕は自然と口にした。
「『季節』……? 妖怪の能力は『季節』の――いや、違う。それなら幾つか矛盾がある……」
憶測に過ぎない話はいい。
今は、オーエンの討伐を目指さなければ――。
ムサシは瞬く間にロンロンの遺物を処理してしまうと、段々上空の僕らと距離を詰めた。
前方を確認すると、忌まわしいアイドルが二人。生き残った心と翔太の姿がある。
そこで気絶状態だった白兎が覚醒。
レオナルドの腕で蠢き、鼻をヒクつかせ、お礼を告げるようにレオナルドの顔を舐めようとしていた。
困り半分ながら「んだよぉ」と満更でもない態度で、レオナルドが言う。
白兎からトムの声が聞こえた。
『す、すみません! 助けて貰って……僕の方から兎に「ソウルシールド」を付与します!! あと』
話の途中でレオナルドは、彼が乗る青薔薇の逆刃鎌を180度近く傾け、なにかを回避。
僕は間近だったから何かの正体を知っている。
矢だ。僕らの背後から怒声が聞こえた。
「レオナルドォオォォォッ!!」
僕は思わず振り返る。あれは弓兵のジョブ2『騎射』の馬。
それに騎乗している少年は弓矢を構えている。
すると、僕の逆刃鎌が傾き出す。レオナルドが真剣な表情で告げた。
「ルイス! 頭を鞄でガードしろ! あいつ、本気で当てて来るから!!」
レオナルドが注意を呼び掛けた通り、騎乗状態で体が揺れる状態ながら少年は的確に僕やレオナルドを狙う。
そういえば……
以前、サクラを助けた際に、どこかのギルドと鉢合わせたとレオナルドが告白した。
件のギルドの一員に、腕のいい『騎射』がいると。
アレが例の『騎射』。わざわざ、レオナルドに借りを返す為にイベント参加したのか。厄介な。
だから、不用意に敵を増やすなと忠告したのに。
状況を理解できないトムが話しかけた。
『う、兎を離してください! 僕の方で兎を操作するので!!』
集中しているレオナルドの代わりに、僕が答える。
「今、敵の集中攻撃を受けています! オーエンに近づくまで兎に『ソウルシールド』を付与しているだけにしててください!!」
『え、ええっ!?』
トムが動揺している最中、再びレオナルドが僕に注意をかける。
「やっぱり来た。ルイス! 気を付けろ!!」
今度はなんだ。前方に注目すると薄っすら細かい光が漂っている。
最初、僕は何か分からなかった。
レオナルドが「フード被って口元塞げ」と短く言う。彼もまた、イベント中で初めてフードを被る。
段々と細かい光に近づくと、それがエフェクト的なものではなく。『ソウルサーチ』で感知した細かい魂の光だと理解した。
意図的にレオナルドは、極小の魂の海を避ける為に逆刃鎌を操作する。
一方で、僕らの前方を陣取っていた心と翔太も、協力型の為、レオナルドの『ソウルサーチ』の影響下にある。
前方のアレが危険だと察知し、奴らも回避行動を取った。
ふんわり漂っている極小の魂の海は、何故か心と翔太の後を追跡し始める。
奴らが一番に近づいたのが理由だろう。
極小の魂の海に後方まで下がるしかない奴らに対しレオナルドは、一か八か大声で呼び掛ける。
「魔法使い系の奴に倒して貰わないと駄目だぞ!!!」
聞こえているか定かではない。
流石に、墓守系の自分たちには対処できないとは悟っているようで、無理に攻撃を仕掛けなかった。
心はレオナルドに矢を射る『騎射』にヘイトを擦り付けるべく、移動を開始。
それだったら構わない。僕はレオナルドと自分に身体強化の薬品を使用。レオナルドにはMP回復も怠らない。
レオナルドも『騎射』の少年による射撃が中断したのを見計らい。
抱えていた白兎を解放。トムに「もう大丈夫だ」と言う。
しかし……あれは、ひょっとして。僕が念の為、レオナルドに確認しようとしたところで。
「ルイス~」
聞き覚えないの声で僕の名前が呼ばれた。
周囲を見回すと、小さな魂の粒が突如巨大化――いや、人間の子供ほどに変化。
真っ白な貴族服を着る、薄水色髪の少年・ジャバウォックだ。
やはり、あれはジャバウォックの一部。
妖怪図鑑の説明通り、ああやって体を小さくさせ、人間の体内に潜り込む……なかなかエグい仕様だ。
「ルイス~~」
……にしても、ふよふよ漂って僕らの周囲を飛ぶのはなんなんだ。
攻撃を……してないだろう。これは。
僕とレオナルドも困惑する中、トムがジャバウォックの姿に悲鳴を上げていた。
『ち、「血塗れジャバウォック」……!? は、早く逃げて下さい! でないと―――』
物騒な異名が聞こえたが、レオナルドが冷静に言う。
「いいや、攻撃して来ないって」
「びゅ~ん」
ジャバウォックは独特な効果音を口で鳴らし、白兎の周りを巡回し始めた。
トムが自棄に早口で喋りまくる。
『そ、その、座敷童子は基本攻撃的ではありませんが、ジャバウォックは違います! 野生の妖怪と異なり自我がありますから!! 攻撃的になった事例があるんです!』
「知ってるよ」
「ぶぅ~ん」
呑気に飛行しているジャバウォックを見守りながら、レオナルドはオーエンと思しき姿を捉えていた。
ああ、やっぱり。
薄々勘付いていたが、そうなのか。僕は胸中に留めていた考察を明かした。
「僕達を攻撃していなかったのか……」
トムは『え!?』と驚愕の反応をする。
普通はありえない。
だが、運営のシステムミスと判断すれば大体の合点がつく。
「最初のメリーとリジー、ボーデンは僕らの存在に気づかなかったと思っていたよ。妙に感じたのはクックロビン隊の辺りだ。あれほど至近距離にいたのに、僕らを攻撃しなかった。さっきの、スティンクの攻撃も。プレイヤーの集合体を僕らにぶつけないようにしてたようだった」
一つ疑問があるとすれば……僕はレオナルドに尋ねた。
「レオナルド。あの遠距離攻撃はどう思う?」
すると、レオナルドは申し訳なさそうに「ごめん」と謝罪から入る。
「コイツが心配だったから、付いて行ってただけなんだ。俺達に攻撃を当てないようにしてたかは、ちょっと分からない」
コイツ。即ち、白兎だ。
あの猛襲をNPCの操作が対応できるか不安に思ったから。
逆に、僕としては合点がいった。笑いを溢して僕が返事をした。
「そんな事だろうと思った。多分、運営がAIの記憶処理をしなかったせいだろうね」
『い、一体どういうことなんです……?』
困惑しているトムに対し、レオナルドは素直に答えた。
「俺達は皆と友達になったんだ」
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