協奏曲
一人の宣言により兎たちは一斉に浮遊移動を開始する。それぞれNPCの『祓魔師』が兎を通して操作しているとは言え、謎の壮大さがあった、
中でも、僕達を先導してくれた白兎は他の兎たちとは異なり、隊列からはぐれてでもレオナルドに近づこうとしている。
彼に懐いているのを察したのか、白兎の主『トム』は兎の首元にある装飾を通して言う。
『ぼ、僕達が先導しますので、付いて来てください! オーエンに接近するなんて、無謀に等しいですが……オーエンを弱らせれば神域に歪みが発生し、脱出できる可能性があります!! 行きましょう!』
レオナルドが木製の逆刃鎌を僕に差し向け、僕はレオナルドと同じように峰を足場に、柄を握り立ってバランスを保つ。
ホノカもAGIの高さを生かして、僕らと平行する速さで白兎を追跡。
すると、レオナルドは『ソウルサーチ』を発動した。
遠方にはプレイヤーも妖怪も含めた魂が、有象無象に蠢いている。
漸く、大広間から脱出をした僕達を待ち受けていたのは、またもやアイドルファン連中の群衆。
奴らはメリーの不気味な羊の毛から放たれる放電に苦戦している。
正確には、電流に侵入するメリー本体に翻弄されていた。
公衆電話越しから移動する原理と同じ。しかし、メインクエストでは披露しなかった攻撃パターン。
メリーが武器として用いているのはレース付きの洒落た日傘だった。
人間の体を日傘の先端から貫いて、傘を広げる事で人間の胴体を八つ裂きにする。
女共も必死に魔法などで大量に増殖する羊を処理するが、増殖していくスピードに対処できず。完全に羊たちに押しつぶされそうだ。
羊が発する電流に侵入し、攻撃をしかけてくるメリーに対し女共は苛立っていた。
「このキモ人形! メインクエの時と同じ、後ろにだけにいなさいよ!!」
すると、羊たちが一斉に高圧電流を発生させた。まるで一種の雷撃。
メリーの甲高い笑い声が響き渡った。
「バッカみたい! 妖怪は人間の恐怖だとかの負の感情エネルギーを吸収すれば強くなるのよ! キモイと思うほど私は強くなっちゃう訳! そんな事も知らないのぉ?」
彼女らの生理的嫌悪をパワーに変換している……という設定なのだろう。
しかし、あれはあまりにも僕達の手に負えない。
メリーが奴らに注意を向けている間、僕とレオナルドは逆刃鎌でそこの上空を通過。地上から伸びる雷撃もレオナルドが巧に躱す。ホノカも拳闘士のスキル『大気蹴』で空中を駆けていく。
足場のある道のりでは、他プレイヤーがリジーとボーデンに苦戦していた。
通常通り、リジーは40回、ボーデンは41回攻撃しなければ無敵状態が解除されない仕様に加え。彼らが受けたダメージを、プレイヤーを鉈で攻撃すると同時にプレイヤーに移しているのが分かる。
メインクエスト時は、こんな行動パターンはなく。
ダメージを移すのは建物や物体にのみ限定されていたのだ。
「くそ! コイツら、イベント仕様でAIとかも強化されてるんじゃねーか!?」
「や、やべぇ!! 避けろ!」
道のりにいるプレイヤーが焦り出したのと同時に、レオナルドも僕に呼び掛けた。
「ルイス! 鎌にしがみついててくれ!!」
僕も向こうより迫り来る攻撃を目にし「あ、ああ」と遅れて返事をする。
ロンロンの石橋からオルゴールの音色と共に金・銀製の大砲から石灰や泥といった援護射撃が放たれ。
クックロビン隊の弓矢も、メインクエストよりも多い……どころではない。にわか雨のような勢いで大量に降り注いでくる。
加えて、天井からブライド・スティンクの星レーザービーム。
攻撃の猛襲を精密な動きですり抜けて来るバンダースナッチの増産兵器……
一般プレイヤーすら諦めたくなる攻撃の嵐に、僕達は突っ込もうとしていた。
僕らと同行していた兎たちも身を震わせながら『ソウルオペレーション』による浮遊移動やトランプなどのスキルで切り抜けようとする。
ホノカも「マジかよ」と呟きAGIを急上昇させる『疾風迅雷』を発動。
「悪いけど、こっからは自力で避けな! ウチも手助けはできねぇ!!」
僕は移動中にセットしおえた『薬品一式』をホノカに使用し、礼を伝えた。
「ありがとうございました! MP回復とAGI上昇の薬品です!! つまらないものですが、どうぞ!」
ホノカが僕らに別れを告げたのかは分からない。
敵の攻撃音のせいで聞き取れなかった。僕はレオナルドを信じ、逆刃鎌の柄を掴み続けるだけ。脇を弓矢や砲撃、銃弾、泥やレーザービーム……
目まぐるしいスピードで上下左右、あちこちから飛び交う。
レオナルドと僕は、一回転したり急斜をつけたカーブ。
急上昇から急降下まで。ジェットコースターを体感しているに近い状態だった。
ホノカの姿もすっかり見えなくなって。周囲を飛んでいた兎たちも減っている。
トムが僕らに見せてくれたトランプを操作するものから、水を操作する兎、体を小さくして攻撃を躱す兎など様々。
しかし、限界もある。茶色の兎の装飾品から女性の絶望的な声が聞こえた。
『ま、間に合わな……ごめんなさい!』
無論、彼女も兎をコントロールし攻撃を躱し、受け流してきたが、長くは続かないものだ。
正面から攻撃を受けた兎は、甲高い絶叫と共に一体化していた大鎌ごと消滅。
やはり、体の小さな動物だ。体力や耐久度は無い。
機敏な動きと回避能力で生き延びる型なんだろう。
これを目にしたレオナルドも息を飲んだ。
僕らを先導する白兎は、危うい動きをしている。
白兎の主・トムも新入りだからと名乗っていた。こんな猛攻を切り抜けられる保証はない。
案の定、トランプで防ぎきれなかった攻撃が白兎に衝突しそうになる。
レオナルドが咄嗟にジョブ武器の『死霊の鎌』をソウルオペレーションで浮遊操作。
『死霊の鎌』を高速回転することで白兎に迫った弾丸などを防ぐ。
だが、瞬く間に『死霊の鎌』の耐久度がなくなり、一時的にだが消滅・レオナルドの手持ちからも消えた。
これにはトムも声を上げてしまう。
『ぶ、武器が! 僕達のことは気にしないで下さい!! この子も覚悟して、ここに来てますから!』
レオナルドに庇われても、白兎は真っ直ぐ前進しながら攻撃をどうにか躱したり、受け流したりする。
まあ、そうだろう。
妖怪相手の潜入捜査は危険が付き物。
従える動物たちも決意を胸に、ここへ来たに違いない。
レオナルドは素直に言う。
「ここまで来れた礼みたいなもんだよ。兎がいなかったら、詰んでたところが幾つかあったもんな」
最初の部屋やジャバウォック相手の場面。
他にも、兎に道中案内されていなかったら、何かあったかもしれない。
レオナルドの言葉に返事したらしく、白兎が「う~」と体から音を鳴らした。
遠距離攻撃の嵐を切り抜けた先。
そこでは、イベント内で出くわした『マングル』と『ホワイト・レディ』が道のりや水面を、それぞれ深紅のバイクと荷車で疾走。
彼女……じゃなかった。彼らを追跡し攻撃しかけているのはラザールだった。
ラザールは、星座のように魔力の線で繋ぎ合わせたブースト用の魔石を箒に繋ぎ合わせ、魔力の線を介して魔石の位置を自在に変える事で、カーブを描きながら方向転換を実現させていた。
流石、奴がブースト用で温存していた魔石。
吹き飛ばされそうな風圧が、遠方にいる僕らにも襲い掛かる。
すると、マングルはバイクの一部を変形させる。
そこから砲弾・マシンガンが出現、バイクの運転機能を保ったまま。距離を詰めて来たラザールに攻撃しかける。
思わぬ攻撃に、ラザールは緊急回避を行ったため。再びマングルとの距離が開いて、代わりにホワイト・レディが地面に生えた腕たちによって荷車ごと遠心力つけて、投げ飛んだ。
ラザールだけではなく、魔法使い系の箒は、速度が出るがコントロールに安定感はない。
対して、墓守系の逆刃鎌は安定感がある代わりに、速度は出ない。一応の差別化が出来ている。
レオナルドは、ラザールが二人の妖怪に苦戦しているのを気にかけている。
僕は彼に告げた。
「レオナルド。僕達でオーエンを攻撃しないと駄目だ。今、他のプレイヤーが妖怪達を足止めしている。イベント用に強化された妖怪達について行けるプレイヤーも、ほんの一握りだ。時間稼ぎも長続きしない。今は行くしかないんだよ」
だが、彼の視線はラザールではなく、遠方から迫る白き影。
真っ白なロングウェーブに、灰色のレギンスと長袖の白シャツという、シンプル過ぎるが故に際立った風貌の女性。
そう、カサブランカだ。
カサブランカが、複数の糸を一気に放出するとマングルのバイクに攻撃を仕掛けた。
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