全員参戦
レオナルドが白兎とじっと見つめ合っているのに、僕は周囲に聞き取れられない小声で耳打ちする。
「僕に考えがある」
それを聞いて、レオナルドは怪訝そうな表情で振り返った。
悩ましく頭をかいている彼の様子から、白兎を入手できるなら入手したい思いがあるんだろう。
すると、僕らの会話に割り込んできたのはムサシ。
「ペナルティを急に設ければ暴動ものだな。たかがゲームで抗議運動の時代か」
たかがゲーム。されどゲームといったところか。
僕も同意はしておく。
「そうですね。イベントの概要にはペナルティの有無は書かれていません。ですが、最悪の想定をしておいても損ではないでしょう」
こればっかりは運営の人柄次第だ。僕は含みある話を広げた。
「少なくとも、早急にこれから発生する最終イベントを変更することはできない筈です。全プレイヤーがクリア可能な難易度。もしくは他プレイヤーとの協力あってクリア可能な難易度でしょう」
最低でも二人以上のプレイヤーと同行が必須。
「協力ねぇ」と気に食わなそうなホノカは、周囲を警戒し始めた。
ふと、僕も他プレイヤーの動向――……とくにアイドルファン連中の動向を観察してみると。
奴らは僕らを捕捉するなり、一定の距離を保って囲っている。
前列にいるのは盾兵ばかりだ。
なるほど……防御スキルの壁で僕らの身動きを封じる作戦なんだろう。
防御スキルの壁は、一定時間だけ耐久度が設けられた壁を展開。攻撃を防ぐ仕様が多い。無論、味方の攻撃も防げるし、プレイヤーが壁をすり抜ける事が不可能。
盾兵系のジョブスキルで『吹き飛び防止』があるので『火炎瓶』の爆発やレオナルドの大鎌による吹き飛ばしを無効化している。
立派な邪魔だ。
そういう立ち回りのヘイト役を買って出るのが基本だが、僕ら相手のヘイト役をするなんて腹立たしいにもほどがある。
多分、弱体耐性のスキルも装備に付与しているだろう。
僕ら以外のプレイヤーに関しては除外している訳ではないが。
ヘイトを買っている僕とレオナルド、ムサシやホノカの存在を優先して潰そうと目論んでいる。
恐らく、最後の最後まで居残る魂胆だ。
厄介なムサシの存在を食い止めてくれるなら、構わないとアイドルファン以外の他プレイヤーは無視している状況だ。
どいつもこいつも糞ばかり。
だが、それも想定済みだ。
糞女共には聞こえないように、僕が作戦をレオナルド達に伝える。
ムサシは特別反応せず。ラザールに関しては「なんだそりゃ!」と面白半分に笑う。
ホノカはドン引きして、レオナルドだけは真面目に「それ、いけんのか?」と心配する。
心配も何も――僕は笑って答えた。
「これは君の努力の賜物だよ。君のお陰で出来る事さ。今日まで僕らが培って来たものを、このイベントで全て出しきろう」
「……おお」
なんだか良い響きの言葉に、レオナルドの表情も自然と和らぐ。
同時に、レオナルドに対し僕は告げた。
「僕の事は気にしないで、君は脱出することだけを考えるんだよ。いいね」
「………ああ」
僕の言葉に、レオナルドは意味深に頷いた。
まあ、こうでも言わないと彼は自分でどうすることも出来ない。レオナルドは無欲が過ぎる。
やる気がないんじゃない。
気力が無い。
執着心やしみったれた意地すらない。誰もが持つ情念というのが欠如していた。
強いて挙げるなら、彼を揺れ動かせるのはカサブランカの存在だけだろう。
改めて周囲を見渡すが、カサブランカはどこにも姿が見当たらない。
恐らく、女性という性別柄、アイドルファンと大差ないので警戒されておらず、女共に紛れ込んでいる。
その忌々しい女共は、甲高い声のせいで耳をすませば自然と会話が聞こえる。
「いい!? 練習した通りにやるのよ」
「分かってるってば!」
「とくに黒髪野郎は一番ヤバい奴だから、絶対よ」
他にもメンバーに関する話題も交わし合っているようだ。
「ねえ、睦くんが脱落したって本当なの!?」
「私、翔太くんと一緒のパーティで翔太くんが無茶苦茶強かったのよ!」
「やっぱり、一番凄いのは心くん! 翔太くんより先に、ここに到着したんだから!!」
……成程。
僕の予想通り、一番警戒しておくべきはリーダーの心だ。
竜司は問題ないが、戦闘スキルの高い翔太が厄介な障害物になりえそうだ。
喧しいざわめきをかき消すように、声が一つ大広間全体に響き渡る。
「おやおや。これほど生き残ってしまったのか。これは残念だ、とてもとても残念だ」
歌うように。
あるいは舞台男優のように立ち振る舞う口調で語るオーエンの声。
姿を隠す素振りなく、空中にポツンと頭部だけが現れる。
チェシャ猫をモチーフにしているだけあって、ニタニタと笑いながら一方的に語り尽くす様は人によってはもどかしい。
何故なら、オーエンが演説する間はイベント扱い。プレイヤーの僕らは口出しも妨害も不可能。
アイドルファンも、誰も彼も静まり返っていく中。
頭部だけが浮遊、揺れ動くオーエンは、笑みを途絶えずに語り続けた。
「吾輩は、お前たちがどうなろうとも知ったこっちゃないのさ。お前たちが面白い事をしてくれないかなと観察してただけだよ。ははは、これっぽっちも期待しちゃいなかったが、ほんの一握りだけは面白かったとも」
クルクルと頭部が一回転し終えてから、裁判官の法服を着たオーエンの体が現れ、頭部と繋がった。
唐突にオーエンは、法服の上着を脱いで見せる。
質素なワイシャツとズボンの格好になって、オーエンが優雅な動作で手元に大鎌を出現した。
「さて。何も吾輩はお前たちを観察してただけではない。どうしようかと考えたが、こうすることにした。お前たちの誰かが吾輩に傷一つ負わせれば、ここから出られる。どうかね?」
如何にも自分を攻撃しろとアピールするオーエン。
奴が指を鳴らすと、大広間全体が大きく振動し始めた。
豪勢なシャンデリアが落下、西洋式の壁紙が崩落し、壁自体が倒れ消えてしまう。
大広間の外は壮大な空間が広がっていた。
恐らく、大広間から足場として繋がってる地面は、今まで僕らが通って来たダンジョンを使ったものだ。それらしい残骸や要素が見られる。
足場が真っ直ぐ続いている突き当りに向かって、オーエンはバッグで浮遊移動していく。
足場の両脇は水面があり、そこに生息している妖怪たちは、道中僕らが倒した雑魚妖怪たち。
それ以外の天井や周囲は漆黒が広がり、奥がないように錯覚する。
いよいよ、イベントが始まるかと思った時。
兎の檻に屯していたジャバウォックたちがオーエンの後を追うように、浮遊移動していく。
だが、他にも異常な光景があった。
何もなかったオーエンが向かう深淵から裂け目が発生する。
ジャバウォックたちはそこへ向かっていた。
裂け目から現れるもの――最初の一面で散々苦戦強いられた『クックロビン隊(隊長不在)』の面々。まともに喋れなかった筈の奴らが、耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴を上げる。
続くように『リジー・ボーデン』の二人が鉈を鳴らしながら、登場し。
喧しいオルゴールを鳴り響かせ道なりの脇にある水面から『ロンド・トゥ・ロンロン・ヌルヌドゥソン』の石橋が一部現れ。
裂け目から霊体のロンロンが姿を見せ、更には『メリー・E・ソーヤー』に『ブライド・スティンク』、更には『バンダースナッチ』まで。
春エリアのメインクエストボスが全員集結した壮観な図だった。
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
ちょうどいい(?)111話になりました。
クライマックスに向けて頑張っていきます。