前座
赤の光が消失し、選ばれなかった白の光もいなくなった途端。
手持ちにアイテムが追加された。
『深紅のオーダーメイド』
効果:ダメージを受けない限り一定時間経過でAGIが上昇(最大100)
このゲームでは珍しい、スキル付与された衣服だった。
成程。こういうスキル付与ある衣服が入手できるならイベントに参加する価値はある。
すると、レオナルドも反応した。
「ルイス。俺にもアイテム届いたぞ」
どうやら、パーティ全員に配布される仕様らしい。パーティの一人だけが獲得するのも不公平。
これは当然か。
さて……次は最後の扉だ。
僕らより先にジャバウォックが扉の前に立っていて、僕らが近づくと彼が扉を開けて真っ先に入る。
広がっていた光景は――暖炉が置かれ、豪華な絨毯が敷かれ、豪華なシャンデリアがぶら下がっている壮大さを除けば『鏡の国のアリス』をモチーフにした最初のエリア。
トランプの暗号を解いた先にあった空間を大広間化したもの。
一際目立つのは大広間の中央。
大理石で生成されただろう太い柱があり、その天辺には豪勢な檻が置かれていた。
檻を守るようにジャバウォックの姿が……複数?
今、僕らを先導しているのとは別のジャバウォック達が檻の上で寝そべったり、脇で腰かけたりしていた。
僕らを先導していたジャバウォックが白兎を抱えたまま、宙に浮かび上がり。
白兎を檻の中に入れてしまった。
だが、僕らはどうすることもできなかった。兎係(?)だったレオナルドも身動き一つ取れない。所謂、イベント処理だ。
ジャバウォックに兎を奪われるのは回避できないらしい。
白兎以外にも他プレイヤーを案内していたらしい兎たちが檻に入れられていた。
少し間を開けた後
『最深部に到着しました。パーティを解散します。他プレイヤーの方々が到着するまでイベントは開始しません。もうしばらくお待ちください』
と眼前にメッセージが流れた。
イベントが終わった事で、レオナルドが少し遅れて声を出す。
「ちょ……ジャバウォック!」
レオナルドは逆刃鎌で浮遊移動して、檻に近づこうとしたが。
ジャバウォック達が無垢な瞳で見つめて来る謎の威圧感に躊躇している。
檻に閉じ込められた兎たちの「ぶぶぶ」や「う~」と言った音が僕らにも届いた。
改めて周囲を見渡せば、他にもそれなりのプレイヤーが到着していた。
恐らく、僕らのイベントが終わるまで、他プレイヤーも介入できなかったのだろう。
ジョブ2までレベルを上げているだろう。実力あるアイドルファン達が安堵と歓喜をあげた。
「竜司様よ!」
「良かった、ご無事で!!」
彼女達と共に『クインテット・ローズ』のリーダー・心の姿もあった。
心は学歴が良いと聞いたから、僕と同じ『アリス』の物語を復習したうえで、トランプの暗号を解き、『ライオンとユニコーン』を同士討ちさせ、チェス盤のところもフールズ・メイトで攻略できる筈。
奴と同じパーティになったらしいアイドルファンも、装備が万全ではないのに無傷なのが証拠だ。
もう一人、癖毛が特徴の深緑のセミロングヘアの青年・翔太。
奴も無事に切り抜けて来たんだろうが。どこか浮かない表情をしていた。
宇緑翔太はメンバーの中でも情報が乏しい。
あまり雑誌インタビューやテレビ出演がない故に、掴みどころない存在で、奴の心情はまるで読めない。
二人とアイドルファンに気づいて、竜司は僕らに告げる。
「すまない。俺は心達のところに向かいたい」
一旦、檻から離れ降りて来たレオナルドは「分かってるよ」と頷く。
改めて竜司は礼を言った。
「ここまで来れたのも、皆のお陰だ。本当にありがとう」
僕も挨拶代わりに「こちらこそありがとうございます」と返事をしてやった。
竜司が現れた事でどやどやとファンが集り始め。
僕らも女共の群れから追い出された。正確には「邪魔!」と突き飛ばされたと言ってもいい。
ふつふつと胸の内に秘めた苛立ちを隠す僕の腕を掴み、強引に連れまわすムサシ。
レオナルドもファンの群れに流されているのを、ムサシが確保してくれた。
どうにか僕達は大広間の隅に到着し、一段落つく。
ここからだと、中央で陣取るジャバウォック達と兎たちが閉じ込められた檻がよく見えた。
きゃあきゃあ騒がしい状況。
僕は一先ず「ありがとうございます」とムサシに礼を告げておいた。
レオナルドは残念そうな表情で群れの中を眺める。
「カサブランカと、はぐれちまった」
少し遅れて、ラザールが息苦しそうに罵倒吐きながら群衆から抜け出し。
ホノカも髪がぐしゃぐしゃになって現れた。
僕は薬品使用を確かめてみる。
全プレイヤー相手に使用可能らしいが、自分の周囲にいるプレイヤー十二人から選択可能という形式。
一応、レオナルド達全員に使用しておく。
さて……問題はここからだ。
僕はレオナルド達を隅に寄るよう合図を送る。
ホノカとラザールは何だと言わんばかりの表情を出し、ムサシは相変わらず仏頂面、レオナルドは兎の様な無表情で従ってくれた。
周囲を警戒しつつ、僕は皆に小声で話す。
「この現状。どう思いますか」
ラザールは理解できないようで顔をしかめた。
「どうもこうもねーだろ。なんかよぉ~アイツらのファンが邪魔してくるんじゃねぇか? はっ、全員まとめてぶっ飛ばしてやるけどな!」
「……他にも、僕達と同じアイドルとは無縁のプレイヤーもいますよね」
そう。
周囲を観察すると、勝手に盛り上がるファンとアイドル連中以外にもパーティ結成しているプレイヤーがちらほら。
ホノカもそれに気づいてから意見を述べる。
「ウチと同じ、イベントアイテム目当てとか……わざわざアイドル連中を潰す為に来る奴は、いねぇ。とは言い切れないけどよ」
「僕が思うに。彼等はカサブランカと同じMPKでアイドルファンを削っていた。ひょっとしたら、今も削っているかもしれません。頻繁にパーティ再結成があったのは、間違いなくそれが原因です」
ムサシが「だろうな」と短く同意した。
僕の話にレオナルドは疑問を抱いたようだ。こう尋ねて来る。
「ルイス。何を気にしてんだ? お前。腹いせとか恨みでMPK?ってのをしても、見ての通りファンの奴らは多い。現状、変わらないと思うぞ」
「問題は――運営の方さ。レオナルド」
「う、運営……?」
レオナルドが素っ頓狂な声で聞き返すように、ホノカとラザールも怪訝そうな表情をした。
僕は話を続ける。
「全プレイヤー協力型のイベントにも関わらず。アイドルファンの言動も問題だが、MPKの多発は絵面としては良くない。バトルロイヤルならともかく、協力イベントでコレだ。一般人寄りのアイドルファンがこれを無視しておく訳がない。更なる炎上案件だよ」
ホノカは僕の憶測を読み取ったらしく、溜息を漏らした。
「MPKやった連中はアク禁処理するって事か? 冗談じゃねぇな」
「幸いなことに、僕らはまだタブーには触れていません。なので安全に事なく終えるには、何もしないのが一番です。ホノカさんは気を付けた方がいいかと」
「……一々気にするかよ。アク禁されたら、マギシズ引退でいい。そんでもって別ゲーに流れる。ウチ以外の奴も、そうするだろうな」
僕の警告を無視している訳ではないが、ホノカの考えも一理ある。
運営も、ホノカの思考通りにプレイヤー離れさせたくないだろうが、それでも今回に限ってはバトルロイヤルのようなプレイヤーに対するお咎めなしで終わらない筈。
ムサシは無言で、心底どうでも良さそうだ。
ラザールも鼻先で笑った。
「俺は入院生活の暇つぶしでやってただけだからなぁ。バイク乗れるようになったら、もうやんねーから別に」
レオナルドは僕の話にどうしようかと悩んでいる様子。
僕は、彼に――あくまで可能性の話だが――僕の考えを伝えた。
「レオナルド。イベントクリア報酬についてだけど……ひょっとしたら、アレが貰えるんじゃないかと思ってね」
「あれ、って……」
僕が指さしたのは―――檻に閉じ込められている兎達。
レオナルドにすっかり懐いた白兎が、顔をこちらに向けているのが分かる。
「あの兎はレオナルドに懐いているみたいだし。レオナルドも随分、気に入っているようだからね」
あくまで可能性だけど。
僕がそう付け加えておいたが、レオナルドは助けを求めているような白兎と視線を交えていた。
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