マングル
僕らが『ライオンとユニコーン』の討伐に成功し、七色のバリアが解かれた。その奥で広がっていたのはチェス盤を模した空間。
『鏡の国のアリス』でいう物語の終盤に到達する。
黒ではなく赤と白の等身大の駒が、既に動かされた状態で配置されていた。
白兎を抱えて先導していたジャバウォックは、一旦立ち止まり、周囲を見渡した後に。
チェス盤のタイルに白兎をちょこんと置く。
普通に置かれた白兎は、鼻をヒクつかせながら後ろ足で立ち上がってみせた。
ジャバウォックは「立った!」と驚くリアクションをする。
僕達もジャバウォックに続いてチェス盤へ移動したが、これいって何も起きない。
確か……物語では。癇癪を起したアリスが赤の女王を……
すると、ラザールが妙なリアクションをする。
「あぁ? んだよ、一体…………なぁっ!? お、お前!!?」
つられて僕が振り返ってみると、ラザールが叫んだ先に白の女王『ホワイト・レディ』が佇んでいて。
僕らに対し、笑みを浮かべて手を振っていた。
攻撃する様子はないが、ラザールの反応から『ホワイト・レディ』は彼の肩を叩いて、わざわざ存在を知らせたようだ。
単に、妖怪の本能で驚かせたかっただけかもしれないが……
ホノカも『ホワイト・レディ』が駒に紛れ込んで、普通に存在するのに気づかず、慌てて身構えていたが。
ムサシとカサブランカは、既に『ホワイト・レディ』の様子を伺っている。
なのに、攻撃しない。
と思いきや。既にカサブランカが攻撃したらしく、針が数本『ホワイト・レディ』の周辺に落ちている。
どうやら、攻撃しても無意味。
つまり……ジャバウォックが言う『マングル』とは、赤の女王だ。
……レオナルドは?
僕は完全に出遅れたようだ。レオナルドは既に赤の女王――『マングル』を捉えている。
正確には、チェス盤から降りたところ。脇に停車するバイクの上で、不機嫌そうに踏ん反り返る赤の女王を観察していた。
ジャバウォックも、二人の睨み合いを見守っていた。
竜司は、赤と白、双方の女王に気づいたようだが、冷静な判断をしているレオナルドに尋ねた。
「レオナルド。これはどうすればいいんだ? 白の女性には攻撃できないようだが……」
「ああ、ルイスが何とかしてくれるさ」
レオナルドは、僕にアイコンタクトをする。
一見、人任せに感じてしまうが。物語を把握している僕が、活路を導き出すと関心している信頼だ。
場合によってはプレッシャーだが、レオナルドのアイコンタクトに僕は笑った。
チェスの盤を挟んで向かい合うように台が二つ、設置されている。
僕が台に近づくと、ミニチュアサイズのチェス盤とボタンが一つあるのが分かった。
ミニチュアサイズのチェス盤の駒は、等身大サイズのチェス盤のと同じ配置。
……ああ、そういうことか。
ジャバウォックが白兎が置かれている場所。あそこには『赤のクイーン』……赤の女王がいるべきだ。
駒の配置とここまでの流れを推測するに、次の手で『赤のクイーン』は取られる。
赤の女王はそれに機嫌を損ねた、と。
僕が台に設置されたボタンを押す。
すると、チェスの駒は全て最初の駒配置に戻った。取られたポーンなども綺麗に並べられ。
『ホワイト・レディ』も、徒歩で白のクイーンのポジションに戻った。
シュールな光景に、いがみ合っていたラザールは呆然としている。
一方、赤の女王は戻る気配がない。
代わりに白兎が、ちょこちょこと赤のクイーンの代役として移動、待機する。
僕の側は赤の陣営。白の駒は動かせなかった。
……念には念だ。警戒として僕は全員の配置を考えて、まずこう切り出す。
「ホノカさん。レオナルドと一緒に赤の女王を見張っててくれませんか?」
「……いいけどさ」
「それと、竜司さんにお願いしたいのですが。僕の向かい側にある台で、僕がチャットで送る通りにチェスの駒を動かして貰えませんか?」
「わかった」
忘れないように、僕はラザールにも声かける。
「ラザールさん。戦闘になるかもしれないので、チェス盤から離れておいてください」
「戦闘ぅ? ………」
ニコニコ笑って見せるホワイト・レディから嫌味を感じながら、渋々ラザールはチェス盤から降りる。
僕の考えを汲み取ってくれたらしく。
ムサシとカサブランカも、ホワイト・レディの方を警戒してくれ、武器を構えた。
さて、どうなるか……
竜司が向かい側の台についたのを確認し、僕はチャットでメッセージを送信。
白のポーンが動く。
僕が次の指示を送信する中、ホノカがレオナルドの動向を変に思い、声かけたのがハッキリ聞こえた。
「さっきから、何ジロジロ見てんだよ。お前」
「いやさぁ……なーんか。変じゃね?」
僕はふと顔を上げる。レオナルドが変と示したものは――赤の女王そのもの。
ジロジロ眺められても、赤の女王は態度を崩さない。
だが、ホノカは首を傾げていた。
「変って。コイツか? この状況のことか??」
「うーん。多分、コイツの見た目っていうか。違和感あるっていうか。上手く言えないんだよなぁ。ホノカは何か感じねーか?」
すると、赤の女王は不思議な事に奇妙な眼差しでレオナルドに対し、目を見開いた。
ホノカも「んん?」と違和感を覚えたのか。
レオナルドと同じように、赤の女王へ視線を注ぐ。
僕からは何も分からないが……竜司が僕の指示通りに駒を動かしたので、僕は最後の一手を取る。
赤のクイーンを動かし、宣言した。
「チェックメイト」
白兎が赤のクイーン代行として、僕が動かした赤のクイーンの位置に移動する。
これは『フールズ・メイト』。
最短の手数で詰みにいたる手順だ。チェスの雑学がある人間には思いつく発想。
今回のように、白側をプレイヤーが動かせるなら容易に実現可能。
『ライオンとユニコーン』を互いに戦い合わせるのと同じく、簡易的な手段だ。
しかし、これでは白陣営が勝つ事となり、赤の女王は機嫌を良くしても白の女王が機嫌を損ねるかもしれない。
こんな最短勝利を向こうが受け入れるかどうか次第でもある。
故に警戒が必要だった。
僕達の警戒を他所に、動き出したのは赤の女王だった。
軽やかなステップで上機嫌に僕の方へ駆け寄る。
ここまで近距離になって気づかされるが、案外高身長だ。
赤の女王がハイヒールを履いているのを込みに考えても素で180は越えてる。
派手な赤いドレスと赤の長髪を靡かせた、深紅の彼女が口を開いて――
「最高だ! わざわざ女王でチェックメイトをするなど、随分と粋な事をするじゃあないか、人間」
と、男の声で告げた。
コイツ、男だ!!?
黙っていれば全然分からないが、喋ったり、不用意に不敵な笑みを浮かべれば一発で男だと分かる位に男だ!
自棄に響いた良質な声色に、ホノカやラザールがギョッとする。
僕が見間違えたより、悪質なまで分かりにくかっただけだ。
現に、レオナルドは違和感の正体を知って、納得したようにぼやいている。
「あ……男だったから、何か変な気がしたのか」
確かに、間近で見れば多少の違和感を感じるかもしれない。
だが、上機嫌に僕へ触れて来る赤の女王……いや、マングルはレオナルドに対し、しかめっ面で台のチェス駒を投げつけた。
「こうも良い反応をする人間に比べて、お前はつまらん」
「な、なんか……悪りぃ」
反射的に謝罪するレオナルドをケラケラ笑う男の声がもう一つ。
ポーンの駒の裏側で隠れていたホワイト・レディから聞こえて来るのに、この場は再び絶句する。
「ホント、全季の奴ってノリが悪いよなぁ~! 他の人間はすぐ乗ってくれるのにさぁ~~」
今の今まで敵意剝き出しだったラザールが一番驚いて声上げた。
「お前も男!!?」
「あはは~! ほらほら、普通はこうなるんだよ。俺達がこういう姿ってだけで、大体の人間は反応してくれるのにねー!!」
ホワイト・レディの言葉に対し、マングルは満更でもない態度で鼻を鳴らす。
双方がチェス盤の中央に移動すると、赤と白の光となって姿を消失させた。
光は浮遊し続け。
ジャバウォックは事を終えたのを期に、白兎を回収、レオナルドに教えて貰った通りに抱きかかえた。
竜司は一連の出来事に脱帽しながら呑気なコメントを残す。
「言葉が出て来ないほど驚いたのは、産まれて初めてだ……」
ラザールも色々な意味合いで、ホワイトレディが男だったのにショック受けたらしい。
カサブランカが不満を垂れるかと思いきや。
「最後に向けて温存できたので、よしとします」
そう言い、次の……恐らく最後の場所へ通じる扉が出現したのを目にしていた。
最後。
モチーフになっている『アリス』では、これで夢から覚めるが。ここはあくまでオーエンの神域。ここからの脱出というクライマックスが待ち受けている。
レオナルドがマングルに駒をぶつけられたからか、浮かない表情のまま。
ムサシが僕に促す。
「さっさとアレを回収しろ」
アレとは中央にある光。
僕が近づいてみると『どちらかを選択してください』とメッセージが表示される。
どうやら、アイテムか何からしい。ホノカが僕に告げる。
「今回はお前が解いたんだから、お前が取れよ」
これに竜司も「そうだな」と同意。ラザールは「アイテムに興味ない」と答える。
ムサシとカサブランカは、さっさとしろと訴えているようだ。これを選ばないと次に進めない仕様らしい。
レオナルドがジャバウォックを連れて、僕の元に来た。
「どうする? ルイス」
「……そうだね」
僕は無難というか、何となく赤の方を選択。光に触れてみた。
今回、非常に長めとなり申し訳ございません。
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また誤字報告して下さった方も、ありがとうございます!!