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塀の上


 それからはレオナルドが白兎を先導させつつ、彼自身も先頭に位置取ることとなった。

 道中、ラザールは納得してないようで。

 カサブランカの件で、レオナルドに責めていた。


「てことはお前、あの女が俺に攻撃すんの分かってたのかよ!」


「そうだけど、ラザールに攻撃が当たりそうなら俺が鎌で羊を防いでたから」


「はぁあぁああ? んな事できんのかぁ??!」


「出来るって。だからカサブランカの邪魔はしなかったんだ」


 竜司は呑気に「凄いな」と関心して、ラザールを宥めているが、ホノカとカサブランカは違った。

 ホノカもレオナルドの実力が分かっている筈。

 なのに、不穏な様子で彼を眺めていた。カサブランカのMPKを見逃そうとしたのを快く思っていないのか。


 カサブランカは指を口元に当て続け、妙な形相でレオナルドに視線を注いでいる。

 周囲の警戒とラザールたちの対応に追われ、レオナルドは彼女に反応出来ないようだった。

 発言や動向から、カサブランカは自身の行動をレオナルドに読まれていた。

 彼に改めて関心を抱き始めているのは、僕の立場としては勘弁して欲しいところ。


 ムサシが沈黙を保っていると。

 小川を抜け、再び鏡の世界を再現したかのような森の奥から、子供の歌声が聞こえた。

 多分、男子のものだと分かる。

 僕らが白兎に付いて行き、到着した場所は横に延々と長く続く()


 厳重な作りで簡単に崩されない塀の強固さは、破壊不可を風貌で体現され。

 塀の上にある支離滅裂に編み込まれた鉄線が、乗り越えられない雰囲気を漂わす。

 そんな塀の一部だけ、ご丁寧に少し崩れ、登れる形になっていた。

 塀の上では一人の少年が腰かけ、足を揺らしながら歌をうたう。


 僕らは薄水色髪と黄金色の瞳を持つ、真っ白な貴族服の少年に見覚えしかない。

 レオナルドは声ですぐに分かったのだろう。

 迷いなく、少年の名を呼ぶ。


「ジャバウォック!」


 名を呼ばれた少年――ジャバウォックは歌うのを中断。僕らの方へ振り返る。

 マザーグース関連のイベントとは言え、こういう形で戦う事になるとは。

 だが……

 僕たちはある意味、幸運だ。ジャバウォックのキャラをある程度、把握している。


 ジャバウォックを妖怪の一種と判断したうえで、竜司は気まずそうに訴えた。


「あれも妖怪なのか? 流石に子供と戦うのは……」


 アイドルとしての心象が悪くなるよりか、竜司本人の良心が抵抗感を覚えているんだろう。

 僕は「大丈夫です」と彼に告げ。レオナルドに白兎を差して言う。


「白兎を使おう」


「ああ、そうだよな」


 ジャバウォックは兎が好きだ。

 僕らがやったレシピイベントを経験してなくとも、ここまで無事に兎を連れて来ればジャバウォックが反応を示す。そんな形式だ。

 レオナルドが兎に手を差し伸べると、すっかり懐いた白兎は自ら進んで、彼の手に収まる。

 楽に事を済ませようとした矢先、カサブランカが割り込んできた。


()()は強いんですか」


 ジョブ武器の大鋏を取り出す奴の臨戦態勢を、ジャバウォックはマジマジと観察していた。

 僕は咳払いして答える。


「体を変化させる能力を持っています。性格も貴方と違って好戦的ではありません」


 半ば皮肉込めて伝えたものを、カサブランカはどう受け止めているのか。

 カサブランカの視線と、ジャバウォックの眼光は双方睨み合っている風に感じる。

 そこに、レオナルドがフォローの言葉を付け加えた。


「体小さくして、人間の腹の中入ってぶち破るとかやるらしいぜ。図鑑の情報だけどさ」


 なんでここで嘘をつかないんだ。

 いや、付かなくていいのか? 混乱する僕を差し置いて、ラザールは「ヤベー奴じゃねえか!」と突っ込んでいる。ホノカも驚き混じりに聞き返す。


「あれ、座敷童子じゃねえのかよ!?」


 レオナルドも目を丸くさせて「座敷童子だけど」と告げ、困惑気味に話を続ける。


「ホノカは妖怪図鑑みてなかったんだな」


「ウチとマーティンの図鑑は更新されてねー。イベント条件満たしてるお前とルイスだけが、アイツの情報手に入るんだよ」


「ああ、そうなんだ」


 竜司も話を聞いて不安になったのか「本当に大丈夫か?」と僕に尋ねた。

 僕は落ち着いて「危害を食わなければ平気ですよ」と答える。

 今まで、そういう傾向だった。

 野次馬たちを恐怖させた時も、連中が攻撃的だったのが要因。害をなさない相手には何もしない。


 カサブランカは納得したよりかは、張り詰めた空気から退屈な態度に変化させた。


「ああ、やっぱり()()()()はそういう傾向ですか。特殊系統と言いますか、純粋な真っ向勝負をしないだろうとは『オーエン』で薄々感じていましたが」


 確かに……

 奴の指摘通り、春エリアはバンダースナッチ以外は妖怪ごとの特殊能力に苦戦させられる。

 戦闘狂のカサブランカからすれば、面倒でまどろっこしい相手なんだろう。


 改めて、レオナルドが白兎を抱えてジャバウォックに見せると。

 ジャバウォックは無垢な表情でハッと息を飲む。

 ひょいっと効果音が聞こえそうな降り方。無事に着地をして謎の圧を放ちながらレオナルド、が抱える兎に向かう。


「うさうさ!」


「ほら、撫でるか?」


 レオナルドが兎の小さな頭を指で撫でてやる。

 ジャバウォックは黄金色の瞳でじろじろ白兎を観察しているが、撫でる動作ではない動作をするものだから、兎も「ぶっ!」と音を鳴らす。

 ジャバウォックは「わっ」と一旦、手を引っ込めて無垢な瞳で鼻を小刻みにヒクヒクさせる兎と睨み合う。

 竜司も気づいて「持ってみたいんじゃないか?」とレオナルドに言う。


 多分、レオナルドのように抱きかかえてみたいんだろうが。

 それもそれで、白兎をどこかに持っていかれる可能性が高い。否、確実そうなる。

 レオナルドもジャバウォックの動向から、意図を探っているようだが、恐らくイベントの形式上、ジャバウォックに兎を持っていかれる展開は避けられない。


 すると、ジャバウォックは無垢な表情で訴えるのが常だったが、珍しく喋った。


「レオナルドだけ持ってて、ずるい」


「……ん!?」


 これにはレオナルドも驚いている。

 イベント用の個体と、特別訪問する個体は全くの別種かと思ったが同じだったのか?

 少なくとも、この場に来てから()()()()()()()()()()()()()()()()()


 レオナルドは意を決して、ジャバウォックに尋ねる。


「持ち方、わかるか? こうするんだ」


 簡潔に持ち方を教えたレオナルドは、白兎をジャバウォックに託す。

 「おお~」とジャバウォックは本物の生きた兎に感動している様子で、両腕で白兎を持って満足気だった。


 ………………………………。


 何も、起きない?

 ジャバウォックが兎を持ち出す素振りもなければ、立ち去る気配もない。

 僕らが全員困惑する中、ムサシは無言で塀を越えてしまっていた。

 ラザールも躊躇して「行っていいのか?」と僕らに聞く。ホノカが提案する。


「試しに行ってみるしかねーだろ」


 レオナルドも同意して「そうだな」と呟き、念の為、ジャバウォックに尋ねた。


「一緒に行くか?」


「あっちで、マングルが駄々こねてるんだ」


 唐突に喋るジャバウォックは、塀の先を顎で示していた。

 マングルという妖怪は初出の存在だが、どうやらジャバウォックを煩わせるものらしい。

 レオナルドが「わかった」と納得してから、カサブランカに頼む。


「カサブランカ。その、ジャバウォックなんだけど――」


「ああ、はい」


 レオナルドが説明する前に、彼の心を読んだようにカサブランカは、ジャバウォックを白兎をごと太い紐で巻きつけ、それを塀の向こう側へ移動した。

 僕らもそれに続いて、全員が塀を無事に越えていき。

 紐が解かれたジャバウォックは、兎を抱えたまま、先走り出した。

 ラザールが「駄目じゃねーか!」と早とちりするところ。僕は冷静に指摘する。


「見てください。ちゃんと僕達を待ってくれてますよ」


 ジャバウォックは兎を撫でるついでに、僕らの方に振り返っている様子が遠目で分かった。 

 最悪、レオナルドや竜司の『ソウルサーチ』で捕捉する手もある。

 取り合えずのところ、ジャバウォックは問題ない筈だ。


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