ホワイト・レディ
少々長めとなっております。
改めて、白と赤の女王が駆けていった小川に向かう僕ら。
彼女たちの姿は、すっかり見えなくなるのが普通なのだが、小川の向かい側に荷車に腰かけている白ドレスを着た白のショートボブヘアの女性――白の女王と思しき存在が待ち構えていた。
走りを争う気、満々のラザールが、白の女王がやんわりとした微笑を浮かべたままなので、それを挑発と受け止めたラザールは吠えた。
「上等だ! ぶっ飛ばしてやんぞ!!」
しかし、あれは明らか様に怪しい。
罠だと僕が警告する寸前、白の女王の霧立ち込める背後から、暖かそうなモコモコの毛が生えた骸骨羊の群れが、どやどやと雪崩れて来る。
羊はまるで、僕らの進路を邪魔するような陣形を取っていた。
更に、羊の毛から放電されているエフェクトまで見える。
あの羊……春エリア四面ボス・メリーの羊だ。彼女から借りてきたのだろうか。
メリーの羊も警戒するべきだが、最も異常なのは地面から生えて来る無数の腕と足。
あれを使って荷車を動かしていたのだ。
厄介な能力を、どう対処するか。
僕の考える間なく、白の女王の傍ら側から腕が一本生える。
その腕から腕が生え、どんどんと生え繋がり、相当の長さまで繋がったものは、鞭の如く僕らに振るわれた。
攻撃を回避しようと僕は動く。
だが、不思議な事に体がビクともしない。レオナルドたちも微動だにしなかった。
これはまさか……イベントだ。
白の女王による腕の鞭は、僕らの脇をかすめるように振るい続け。
最終的に攻撃が僕らに衝突する寸前。
「うー!」
白兎が鳴く。
突如、白兎がレオナルドの腕から飛び出したかと思えば、そのまま宙を浮いた。自在に浮遊移動をしている。
そして――白兎の体が変化した。
赤と白を基調とした大刃に柄、小さなトランプとシルクハットの装飾が柄込みから付けられてある――大鎌。
大鎌に変貌を遂げた白兎は、弧を描いて腕の鞭を両断。
再び、大鎌から可愛らしい白兎に戻りながら、白兎の首元にある装飾から青年の声が聞こえる。
『大丈夫ですか!? すみません! 神隠しの神域内なので僕と兎のリンクが途切れてしまって!! ああっ、他の方とも合流したんですね!』
そのまま、浮遊移動し続ける白兎は相変わらず澄ました顔だが。
成程……白兎の動き。これは『ソウルオペレーション』に違いない。
鎌に魂を付与させ遠隔操作する能力だが、これはプレイヤーの魂をペットに付与している。
そして、ペットを通して遠隔サポートを行える訳だ。
『祓魔師』のトムが、白兎を通して、カサブランカと竜司が合流したのを確認したように。
やんわり微笑む白の女王を捕捉し、僕らに伝わるように喋り出す。
『あれは「ホワイト・レディ」……相手にするのは危険です! 皆様、今は脱出を優先してください!! 僕とこの子が先導しますので、付いて来て下さい!!』
白兎も同意を示すように、再び「う~!」と音を鳴らした。
『「荒魂」!』
トムがスキルを発動したようで、地面の砂利がトランプに変化していき道を作り上げる。
『飛べない皆様はこちらを使ってください!』
すると、漸く僕らは動き出せるようになり、ラザールが真っ先に複数の魔石を魔力の線で繋ぎ合わせ、鳥のような形状を作り出す。
魔石攻撃を躊躇なく、向かい側で佇む白の女王へぶつけた。
「ヘラヘラしてんじゃねえぞ! くらえやぁ!!」
大規模攻撃に有効打はないようで白の女王は、荷車に腕足を生やして、勢いよく跳躍。
攻撃を回避しつつ、小川の水面に着水。上手くカーブしながら、水面を駆けると蓄電状態の羊たちも進軍を開始。
白の女王は、羊から伝わった電気が帯びる水面を、荷車のカーブで波立たせ、僕らに攻撃してくる。
竜司は逆刃鎌に乗りながら「早く飛ぶんだ!」と僕らを促す。
レオナルドは既に『ソウルオペレーション』で逆刃鎌を浮遊させ、僕も彼が操作する木製の逆刃鎌に足をかけた。
最初の頃とは違い、僕も座らずに立ってバランスを取れるように練習し終えている。こういう時に、練習の成果が発揮できるのは、気分がいい。
ホノカとムサシはスキルを使わず、無難にトランプの道に足を踏み入れる。
だが、レオナルドはカサブランカの様子を観察している。
地面から離れつつも、まだ動かない為、僕もレオナルドの傍らで彼らの様子を伺うハメになった。
ラザールは、機敏な挙動で白の女王を追いかけようとするが、何か見えない壁に阻まれ、彼女を追い越せない。
「くそ! ざけんな、おい!! 逃げんじゃねぇ! テメェより俺の方が速いんだからよぉ~! 追い越させろやぁ!!」
『だ、駄目です! 近づかないで下さい!!』
トムがラザールに警告しているが――『ホワイト・レディ』と呼ばれた白の女王が危険というよりもイベント上、これ以上の追跡ができない仕様なんだろう。
彼の様子と飛び交う放電羊を眺め、カサブランカは飛んでくる羊をゴム紐で縛り上げ、動きと電気を封じる。
毛玉状態の羊の塊をゴム紐で回し始める。
あっとレオナルドが声を漏らす。
彼もカサブランカの狙いが分かったらしい。そう、コイツはこういう腐った人間だ。
『MPK』……『モンスタープレイヤーキル』という行為がある。
モンスターを他プレイヤーに誘導し間接的にダメージを与え、殺す行為。
奴が殺した、と表現したのはコレだ。同じパーティのプレイヤーに妖怪を衝突させたり、巧に誘導したりで、間接的に殺害。
恐らく、コイツは二度くらい同じ事をやっている。
最初のパーティと、次のパーティで二度。そして、他プレイヤーも同じ事をしている。
だが、MPKはアイドルファン連中を始末する目的で使われているだろう。
僕はレオナルドが彼女を止めに入るかと、彼の表情を伺ったが。
レオナルドは普通に、カサブランカの動向を見守って、周囲に集ってくる羊を『死霊の鎌』を浮遊操作して倒している。
不穏に思って「レオナルド」と僕が声かける。
そしたら、彼は「大丈夫だ」と即座に返事をしてから頼む。
「ルイスもラザールを説得して欲しい」
散々振り回した羊の塊を解き放った相手は――白の女王を追跡し続けるラザールだった。
相当の速度ながら、上手く羊を回避するラザールだが。
カサブランカが間接的に攻撃してきたのを見過ごす訳がない。
白の女王の追跡を中断し、僕らの元に急速度で駆けつけるラザールは、カサブランカを睨む。
「あぁ!? てめぇ、今なにしたか分かってんだろうなぁ!」
すると、カサブランカは初対面のラザール相手に平然と言い放つ。
「貴方、馬鹿なんですか? ああいえ。馬鹿でしたか、馬鹿ですね、馬鹿でしたね。すみませんでした」
「はぁ!!?」
「アレは倒せない仕様なんですから、無駄な労力を使わないで下さい。それとも私達が貴方の気が済むまで待たなければならないんですか? 冗談はやめて下さい」
途中からカサブランカは、ラザールに見向きもしないで手元に視線を逸らし、爪を弄っている。
ああ……てっきり殺すかと思えば。
単純にラザールを止める為だったのか……
穏便な方法はないのかと突っ込みたいが、頭に血が昇ったラザールを強引に止めるにはこんな方法ぐらいしかないか。
僕が理解した上で、ラザールに言う。
「これでも彼女は悪い気はないんです。やり方は良くないとは思いますが……」
「おいおいおい! マジで言ってんのか!?」
続けるようにレオナルドが割り込んで、ラザールに促す。
「今回のイベント、皆と離れ離れになっちまったら、最後まで進めなくなっちまう感じだろ? 気持ちは分かるけど、ほら。皆もう向こうに行って、待ってるんだ」
レオナルドが指示した先、小川の向かい側では白兎と一緒に竜司とホノカ、ムサシが待つ姿があった。
彼らの姿に、ラザールもうんともすんとも反論できずに。
「ったく!」と悔し文句を吐き捨てながら、白の女王を無視して箒で飛んでいく。
一段落済んで、僕らもようやく移動できる。
レオナルドがカサブランカの様子をまだ見守っているが、彼女は電流が帯びる小川の水面に平然と立つ。
原理は不明だが……奴はレベル100越えの刺繡師系のジョブ3『手芸師』だ。
そのスキルで、水面に立てるし、電流も無力化しているんだろう。
時間をかけ到着した僕らに竜司は安堵した様子で「全員無事だな」と間の抜けた反応を示す。
ホノカは頭かかえて言う。
「見てるコッチは冷や冷やしたからな」
レオナルドが「悪い」と謝罪するのに白兎を通してトムも述べた。
『で、出口まであともう少しです。……ん………』
装飾から聞こえるトムの声にノイズが混じり、再び聞こえなくなると白兎の耳がシュンと垂れる。
レオナルドが再び白兎を抱え、撫でてやる。
ムサシは前々から思っていたんだろう。レオナルドに告げる。
「レオナルド。飼育委員じゃなく学級委員をやれ」
「学級委員って……どういう?」
「小学生レベルの連中をまとめろ。お前がやれ」
「え、ええ……」
僕も含めて小学生呼ばわりは心外だが……困惑するレオナルドの様子を、カサブランカはじっと観察していた。
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