ハツカネズミ
一方、先走った翔太を除いた『クインテット・ローズ』の面々もルイス達と同じ『気違いのお茶会』のセットがある庭園に到着。
アピールとしてレシピも回収。
用意されてある菓子と紅茶を見て、直人は提案する。
「お! ここでも写真取っておこうよ。あとこれで回復も出来そうじゃない?」
単純に、菓子類を休憩兼回復アイテムと解釈しているのは、他のメンバーも同じだった。
直人が席付いたので、睦も仕方なく座る。
竜司はまだ座っておらず、チャットで翔太とやり取りしていた。
どうやら、翔太は既に庭園を通り過ぎ、その先に向かったらしい。
直人が竜司に気づいて頼む。
「しろっち、俺達の写真撮ってくれる?」
「ん? ああ、わかった」
睦と直人は菓子を食しながらポーズを取り、心は紅茶を飲む。
竜司が撮り終えた事を伝えると、直人が「じゃあ次、俺がしろっち撮るね」と撮影機能を立ち上げる。
その様子を見かね、心が「翔太がいれば……」と呟く。
こういった撮影はほとんど、翔太が担当していた。
彼は決してファンが少ない訳ではないが、メンバーの中ではファンが少ない。
だから、テレビ出演や雑誌撮影も翔太以外のメンバーが選ばれる。
翔太の芸能界入りが難しい雰囲気が、確かにあった。
竜司以外は、自然と彼にそういう役回りを押し付けている。
尤も、翔太本人の気持ちなど考えもしないで……
するとテーブルにあった『クロッシュ』が持ち上がり、黒の長髪が溢れ、オーエンの頭部が露わとなる。
完全に油断していた心達は、瞳孔開きニタニタ笑み作るオーエンに恐怖の声を漏らす。
唯一、視線を逸らしてオーエンに気づくのが遅れた竜司は、冷静だった。
「『ソウルサーチ』で魂を感知できない。作り物じゃないか?」
声を震わせながら睦が言う。
「あ、あああ、そ、そそ、そうみたいだな!? へ、変なところでホラー要素入れてくんなよ……」
だが、ギョロリと瞳が動いて、粘っこい声色でオーエンが喋った。
「さぁ。それはどうかな?」
再度、気味悪さを感じた睦は叫び。
心と直人は、顔面蒼白にしつつ自然とオーエンから距離を取る為、後ずさる。
竜司は何故『ソウルサーチ』が感知しないのか不思議で、ある意味驚いていた。
ゴロゴロとテーブルの上を回り移動するオーエンの頭は、いつの間にか席の一つに座っているオーエンの体の手元に収まった。
オーエンは移動する最中、真面に返事をしてくれそうな竜司に、囁くように尋ねた。
「吾輩が作った一品は頂いてくれたかね?」
「お前が作ってくれたのか。残念だが、これから頂くところだ。すまない」
「んふふふ。それはそれは良かったじゃないか」
心はハッとする。
普通にプレイヤーが喋れるなら、今はイベントのように行動は制限されていないのだ。
『ソウルオペレーション』で鎌をオーエンに飛ばす。
心が攻撃を仕掛けたのを見て、直人と睦も『ソウルオペレーション』で鎌を複数飛ばし追撃。
竜司は悪寒を感じ、周囲を見渡す。
木の枝で自らの頭部をボールのように持て遊ぶオーエンの体を発見し。
竜司が鎌を構えようとしたが、遮るようにオーエンが語る。
「そぉら、ハツカネズミがやって来るぞ。お前たちの最期を告げる為にやって来るのさ。これは慈悲ではないよ。残酷な運命だ。マッチ売りの少女が燃え尽きるのと同じね」
異変が起きたのは睦だった。
「うぐっ」と、くぐもった声と共に胸を抑える。
彼の異変に他のメンバーが気づくや否や、彼の胸からホログラム状に変化・変換、段々と頭部が真っ白なネズミに変化し、やがて肉体も人並みのでかさを誇るネズミと化してしまった。
服を着用し、二足歩行のネズミと化した睦だったものは、テーブル席に座ってケーキを貪り出す。
次に、直人も異変が起きる。彼は辛うじて言葉を発した。
「かっ……は、ヤバ、い。は……く、に」
逃げろと訴えているのが聞こえる。
彼の末路を見届ける前に、心は恐怖を隠せないまま絶叫しながら逃げていった。
竜司は必死に心を呼ぶ。
「待て! 心!!」
ゲラゲラとオーエンの笑い声だけが庭園内に響き渡り、オーエンの姿はない。
すっかり、直人も白ネズミに変貌を遂げ、ケーキを貪るのに夢中。
パーティ表記で二人は『消息不明』の状態だった。
いくら、グロデスク表現が抑えられているとは言え、エグい光景である。
心は、自分も同じ目に合うと恐怖したのだろう。
竜司は不味いと判断し、心を追いかけつつ翔太にメッセージを送った。
◆
アイドルファンにも様々いる。
バーチャルゲームに興味ないファンが大多数を占めるが、中にはイベントで『クインテット・ローズ』のフォローをする気満々でゲームを熟知する者もいた。
その辺りのプレイヤーは、同士でパーティを結成して、着実にイベントを進んでいる。
だが、予期せぬ『気違いのお茶会』でのトラップを含めた苦戦する場所では、脱落者が見られていた。
ただアイドルに会いたいが為にイベント参加したファンもいる。
彼女達は場合によっては、足を引っ張りかねないのだが、彼女ら自身は迷惑になるとも想像していない。
悠々と推しアイドルを語り合いながら、ダンジョンを進むファンのパーティがここにも一組。
彼女達が何ら努力をせずに、ここまで到達できた理由は……
「ねえ、ちょっと。貴方……さっきから黙ってるけど」
唐突に、ファングループの一人が、同じパーティを組む事になった女性に声かけた。
問題の女性は、純白のロングウェーブに銀目。
服装も灰色のレギンス、長袖の白シャツと際立った白さを醸し出している。
そう――問題の女性こそ、カサブランカである。
カサブランカは、周囲の警戒ばかりで話しかけられても無視していた。
「ちょっと!」とファンが彼女の肩を掴もうとしたが、寸前にカサブランカから針を顔に突きつけられる。
殺気を剝き出しに不敵な笑みを浮かべているカサブランカ。
だが、ファンは悲鳴を上げて呆然とするので、我に返って退屈そうに溜息漏らす。
「ああ、すみません。パーティを組んでいたの忘れてました」
「は、はぁ!? アンタ馬鹿じゃないの! さっきパーティ組んだってアナウンス流れてたでしょ!?」
「ええ。ですから忘れてました。申し訳ございません」
「本気で謝ってんの? 全然誠意が伝わって来ないんだけど」
「バーチャルゲームのアバター越しなんですから、表情も感情も、現実の臨場感を完全に再現できません。誠意が伝わらないのは、仕方ない事だと思いますよ」
と。
適当に喋って、カサブランカ達を案内する茶色の兎を追跡し続ける。
彼女の倫理観欠ける態度に、ファン達も不愉快な気分になった。
「なんなの、ちょームカつく!」
「敵、倒してばっかりだしゲーマーじゃない?」
「女でゲーマーとかキッモ!!」
「ねえ……どうにか。アイツ、引き離せないかな。一緒にいるだけで嫌だし………」
コソコソ話も、カサブランカの耳には届いている。
感度設定を高めにしている彼女は、僅かな物音も聞き逃さないよう神経を研ぎ澄ませている。
会話を盗み聞きする程度、造作もなかった。
「パーティって解除できないんだっけ」
「パーティ解除しても、協力型だから攻撃とかもできないよ」
「はぁ!? 何それ最悪!」
「じゃあ、上手く誤魔化して置いてくとか……」
カサブランカはジョブ武器の大鋏を出現させ、分解し、二刀流状態と化した。
回転タックルをかまそうと草むらから飛び出すハリネズミを叩き切る。
だが、彼女は退屈そうだった。
次々と出て来る速度あるハリネズミのタックルを、順序良く対処していく。
先導している茶色の兎に被害が及ばないよう、兎に向かうハリネズミを優先して倒す。
それでも、彼女は退屈で溜息漏らしている。
あまりに生温い攻撃、生温い環境。
面白みのない協力戦。
せめて骨のあるボスがいれば妥協点だと彼女は判断していた。
敵の強さも他プレイヤー基準に合わせた弱いものばかり、他プレイヤー同士争えない仕様は緊迫感を台無しにしている。人間が分かり合える訳でもないのに、赤の他人と協力戦。
実に馬鹿げていて、愚かしい。
件のファン達はカサブランカの戦いっぷりを目の当たりにし、一人がこう切り出す。
「嫌な奴だけど、勝手に敵倒してくれるんだから我慢しようよ……」
「は? 冗談じゃないんだけど」
「わ、私だって正直嫌よ。でも私、戦えないし、レベル低いもん」
「うっわ、あいつレベル100越えてるじゃん! マジキモ……」
「ウチもぶっちゃけ無理。竜司様を守る為だけに盾兵のスキル使うつもりだから」
彼女達は結局、戦えないしカサブランカは放っておくしかないと判断。
それでも嫌味な陰口を叩き続け。
わざとカサブランカに聞こえるように喋っているようだった。
しかし、彼女は無視ではなく興味を持たない。
強いていうなら、参加していると判明したムサシにしか意識がなかった。
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イベント編も中盤に差し掛かりました。これからも応援よろしくお願いします。