オーエン
盗賊系の『鑑定』スキル。
識別不明なアイテムの判定や作製した武器や薬品の詳細情報の分析、ダンジョンのトラップの看破、妖怪の変化を見破るなど、用途は多彩だ。
何故、盗賊系がこのスキルを保有しているかと言うと――盗賊系のジョブ3は『怪盗』。
物を盗みつくしたからこそ、物の良し悪しが分かる。
そう考えれば納得できる理由。
しばらく、僕らがダンジョンを進んでいくと『アリス』の物語でいう『気違いのお茶会』をモチーフにした庭園を発見。
テーブルの上に無数にあるポットやカップの中には、イベントレシピが。
また、ケーキ類が置かれた皿に紅茶が入っているポットも用意されてあった。
レオナルドがテーブルの上に白兎を置いて、セットされたテーブルを観察している。
一つだけ大皿の上に『クロッシュ』という料理の上にかぶせられる銀製のカバーがあった。
彼は、念の為『ソウルサーチ』で周囲やテーブルを確認するが、妖怪の魂は感知できない。
ラザールが菓子を嫌々しく睨んでいた。
「んだよ。次は菓子食えって事か?」
僕は咄嗟にラザールを制した。
「違います。恐らく罠です。無暗に触らないで下さい」
ホノカも菓子の様子を見て、深い溜息一つ吐く。
「チッ。そういうことかよ……アイテム詳細も表示されねぇ。盗賊系の『鑑定』があったら一発で分かるんだけどな」
だが、今回に関しては分かりやすい。
僕は続けて、菓子類に対する考察を披露した。
「確かに詳細を明らかにするには『鑑定』が必須ですが、これが罠だとほとんどのプレイヤーには分かる前提で出しているのでしょう。今回のイベント、新薬の効力は無効となっています。ならばイベントの道中に新薬の一種である菓子類が登場するのは、不自然です」
レオナルドも関心して「なるほど」と納得した反応をみせる。
ホノカとラザールも僕の話を理解し、ラザールが憤った。
「糞罠じゃねぇか! 馬鹿は食ったりしちまうだろ、こんなん!!」
「ジョブ武器のように、捻くれた発想が通用すると運営も調子に乗っているかもしれませんね」
だが、ホノカも分かってきたようで冷静に考察する。
「全ジョブが役立つところはあるけど、特定のジョブがいなくても問題ないようになってる。ってことか?」
「はい。僕たちは比較的バランス良い配分になっていますが、ランダムにパーティを結成する今回の仕様ですと、偏りも出かねません」
「回りくどいな、ホント。詰まないだけマシか」
「取り敢えず、レシピは大丈夫だと思うので僕が回収してみます」
「ああ、ウチもレシピ取らないと。ウチのギルドメンバーの為にな」
僕がレシピを無事回収したのを見届け、ホノカもレシピに触れて回収した。
ふと疑問に思った事を、レオナルドが尋ねる。
「どうして今回、サクラ達はいないんだ? 皆、現実の都合でもあんのか??」
「お前……ったく。ウチのアカウント見てねぇんだな。お前も知ってるだろ。ウチのギルドに凪って魂食いがいるの。そのせいでアカ停止食らって、イベントに出たらアイドルファン共に絡まれるからウチだけ参加したんだよ」
「え。そうだったのか……」
申し訳なさそうなレオナルドにホノカも気乗りではない様子で「気にするな」と付け加える。
巻き込まれているのは、ムサシ以外にも。ホノカのような被害が大きい。
イベント参加者も、バトルロイヤルと似た状況で少ない筈。
どうでもいい、と言わんばかりに。
気づけば、僕らの背後を通り抜けてカタナを『クロッシュ』に突き立てるムサシ。
金属音に全員の顔が上がると『クロッシュ』の付近で伏せていた白兎が「ぶっ!?」と驚きの唸りを出す。
ムサシは冷酷に告げる。
「兎から目を離すな、レオナルド」
「え!?」
僕もレオナルドも漸く気付いた。
『クロッシュ』の下から服に袖通した腕が伸び、白兎を捉えようとしているのを。
警戒する白兎をレオナルドが抱きかかえようと構えれば、兎の方からレオナルドの胸に飛び込む。
完全に謎の腕を警戒していた。
スウッと腕は透明になって消え、ムサシがカタナで突き立てた『クロッシュ』をどかすと。
何か黒い塊が皿の上にある。
人間の頭。
カタナに突き刺さっていても可笑しくなかったのに、無事な人間の頭は。
顔立ちは青年で、ニタニタと笑みを描く表情。ボサボサで癖の付いた黒の長髪。
前髪が長いせいで目が見えにくいが、髪の隙間から瞳孔開いた黄金色の瞳がギョロギョロ動いている。
悠長で間延びした声色で、頭が喋る。
「せっかちだねぇ。生き急いだって何も変わりやしないのに、人間は全く以て話を聞かない」
笑みを絶えないままゴロゴロと回って移動する頭に、ラザールが「気持ち悪りぃ!」と叫ぶ。
即座に、ホノカも攻撃をしかけるが。
テーブルを派手に割っただけで、ゲラゲラと笑い声が庭園に響き渡る。
「喧嘩は御免だね。私はただただ、退屈で仕方ないのだよ。だからこうして、誰かを連れてきて遊んで貰うのさ」
声がする方向に視線を動かせば、木の枝に頭部のない体が横になっている。
服装は、僕の記憶が正しければ裁判官の法服に似通っている。刺繡や装飾で多少アレンジされているが、多分そうだ。
そんな法服を着用した体の傍らに、さっきの頭が移動していた。
「ルールは簡単。吾輩の用意した迷路を無事に脱出できれば、お前たちは元の世界に戻れる。どうだね。不満はあるかな」
瞳孔開いてニタニタ笑う頭を、体の方が持て余している光景が繰り広げられる。
チェシャ猫をモデルにしたらしい妖怪を、ホノカは差して言う。
「コイツが『オーエン』か。ここでぶっ飛ばせればいいけど、無理なんだろうな」
嗚呼、間違いなくそうだ。
よく観察すれば、顔立ちや瞳の色合い。ジャバウォック達の顔立ちと酷似する部分が多々ある。
つまり……マザーグースの血縁者。
ホノカの言う通り、イベントの仕様上ここで倒せないだろう。
プルプル身を震わせている白兎を抱えるレオナルドが、オーエンの名を聞いて反応した。
「えっと、ダウリスの……子供だっけ?」
即座にムサシが動く。
今度はレオナルドの前にカタナを突いた。
いつの間にか、レオナルドの目の前に移動したオーエンの頭にカタナが刺さる。
だが、オーエンは「ほぉ」と感嘆の声をあげ、囁くように喋った。
「どこで我が父上の名を聞いた?」
「えっ!? だ、ダウリスから聞いた」
「ふむ。嘘はついていないね。そうかそうか」
ベラベラ語りつつ、オーエンの頭は再び薄っすら消えていき。
ふと、周囲を見回せば、体の方もいなくなっている。
なのに、オーエンの声は庭園内に響く。
「面白そうな子が来たようだ。面白そうなだけの子が来たのかな。まあでもどうせ。最後まで生き残れなければ、価値は無いね。くっくっくっ」
それきりオーエンの姿も声も、何も起きなくなった。
ムサシは仕方なくカタナを収めて、ホノカは手応えどころかカタナが刺さっても平然としていたオーエンに困惑しているよう。
完全に注目され複雑なレオナルドを他所に、ラザールが混乱気味だった。
「おい!? アレどうやって倒すんだよ! 体か!? 弱点、体の方か!!?」
僕も何とも言えない。
レオナルドは先程、スキルを発動したからこそ知った異様さを伝えた。
「『ソウルサーチ』でもアイツを見つけられなかったぞ。見つけるどころか、魂が感知できなかった」
それだ、違和感があったのは。
レオナルドも『ソウルサーチ』以外にも五感頼りに周囲を警戒しているのに。
オーエンを捕捉できず、珍しく翻弄されていた。
僕は唯一、対処したムサシに尋ねる。
「ムサシさん。どうやってオーエンを捕捉したのですか?」
奴はたった一言、口にした。
「勘」
駄目だ、僕はムサシと相性が悪すぎる。
なんでレオナルドはコイツと付き合い続けられるんだ……
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