黒うさぎ
少々長めです
春エリアの広場に期間限定で設置されたイベント用の特設装置。
前回のバトルロイヤル同様、中央に運営関係者が座る実況席、そこを取り囲むように観客席があり、巨大なモニターが宇宙に浮かび上がっている。
NPCがバーチャル飲食や限定グッズを販売しに、観客席を巡回している。
「さて! 始まりました!! 全プレイヤー協力型ダンジョンイベント『不思議の春の神隠し』!! 実況解説役として私、キャサリンと開発部ディレクターの中田に来ていただきました。本日はよろしくお願いしま~す!」
「はい、お願いします」
前回と同じ、キャサリンと中田の実況も始まっている。
観客席はある意味で満員状態。
ほとんどが女性プレイヤーばかりで、彼女たち自作の応援グッズを手に喋りまくっていた。
というのも――今、画面には『クインテット・ローズ』が映し出されていないからだ。
「えー」と中田は動じる事無く、今回のイベントに関しての報告をする。
「今回からユーザーのご意見を参考にし、実況中継は各プレイヤーのマイルーム、ギルド、経営店でも視聴可能となっております。気になるプレイヤーだけを視聴できるよう切り替えもできるようになりました」
キャサリンもアイドルファンの会話の音量にかき消されないよう、大声で喋る。
「お~! それはありがたいですね!! 今回のように、観客席は満員状態でも各々視聴できると!」
「はい。また、現在この中継はネット生配信中です。SNSでも宣伝表示されており、注目されていること間違いなしです」
彼らが解説し続けている間にも、モニターは幾度も切り替わっている。
ほとんとが、アイドルファンの女性プレイヤーばかり。
最初の部屋から脱出後に進む森に登場する、体の模様が人の顔に見える不気味で巨大な芋虫に苦戦している様子が多い。
だが、女性プレイヤーばかりじゃない。
普通に男性プレイヤーの姿もある。
彼らは彼らでパーティを結成しており、着実に兎を追跡しながらダンジョンを攻略していく。
アイドルに関心がない意味で場違いなプレイヤー達の中、ギルド単位でパーティを結成している『騎射』の少年の姿があった。
彼もまた、レオナルド目当てというべきか。
以前、PKKされた逆恨みもあり、レオナルドがイベント参加をする噂を聞きつけた。
そして、中継モニターにレオナルド達のパーティが映し出される。
ムサシとホノカが巨大芋虫の相手をしている。
ルイス達は邪魔にならないよう、離れた位置で見守っていた。
中でも、可愛らしい仕草をし、ちょこちょこと自らレオナルドに近づく白兎の姿は、他の兎達とは全く異なる。
兎に触れようとするプレイヤーはいるが、誰もレオナルドのように撫でる事ができない。
重要な特徴を、キャサリンは露骨に触れた。
「わ~! あの兎ちゃん、随分と人懐っこいですね!!」
中田が合わせるように言う。
「いえいえ。どの兎も個体差はありません。あの兎だけが特別、人懐っこい訳じゃないんですね」
「むむ? という事は、兎ちゃんに接してあげてる彼に何か……」
折角、他プレイヤーにも向けた情報を出している最中。
観客席から酷いブーイングが始まった。
「早く画面切り替えてよ!」
「そいつ、ブサイクだし嫌い! 視界に入って気分最悪なんだけど!!」
「あのプレイヤー、チート使ってるのに何でアク禁になってないんですかー!」
動物園染みた広場で、中田が咳払いする。
「皆様、お静かにお願いします。この際、触れますが先日より問い合わせが殺到しております、妖怪の件に関しては隠し要素であり、チート行為ではありません。詳細はイベント終了後に――」
ギャーギャー騒がしい中、挑発的に「全然聞こえませ~ん!」と糞ったれな罵倒が飛ぶ。
はぁ、と溜息をついて。
中田は耳鳴りするほど音声の最大まで上げ、話す。
「詳細に関しましては後程、公式ホームページで載せます。問い合わせがありました件に関しては、隠し要素であって不正行為ではありません!」
あまりの大きさに、誰もが耳を塞ぐ。
またも不満が爆発するかと思った矢先、観客席から歓声が上がった。
モニターに『クインテット・ローズ』が映し出されたからだ。
しかし、歓声は直ぐに落ち着いてしまう。それは……
◆
『クインテット・ローズ』は元から五人でパーティを結成してイベント会場に現れた事もあり、無事、五人一緒に落ちる事に成功した。
周囲を取り囲んでいたファンも、空気を読んで、兎が現れた時『クインテット・ローズ』から離れ。
彼らだけが落ちるよう気使ってくれた。
不思議な国を再現した道中。ベリーショートのオレンジ髪の青年・直人が恐る恐る言う。
「むっちゃん。落ち着きなって~」
「これが落ち着けるかよ!」
苛立った末、感情を爆発させている薄紫髪のミディアムヘアに中性的な顔立ちの少年・睦の怒声が、イベントダンジョン内で響き渡る。
リーダーである、赤髪のショートカットヘアの心も表情に嫌気を浮かべ、溜息つく。
最初から気だるい態度をする深緑のセミロングの青年・翔太は、何とも言わない。
一人、場違いなほど穏やかな様子の金髪の二枚目・竜司が睦に告げる。
「イベントが終わった後に、握手しに行こうじゃないか。睦。さっきは仕方なかったさ」
「ムサシは俺らみたいなファンサービスとかしないんだよ! あああ~~~~もおぉおぉ! あの糞マネージャー!! 混雑になるからってギリギリに会場行けとか変な指示しやがって!!」
ファンが抱く睦のキャラ像とは別人レベルの崩壊っぷりに、心が指摘した。
「実況に映ってたらどうする! 個人の趣味を仕事に持ち込むなとマネージャーからも注意されているのが、まだ分からないのか」
「映ったって音声はカットされてるから平気だ! バーカ!!」
「っ……この………!」
餓鬼臭い睦の態度に心もキレそうだったが、直人が「どうどう」と彼を抑える。
そう。
あのムサシがイベントに参加していたのだ。
実の所、今までの傾向からムサシがストーリー重視のイベントに参加する事は少ない。
今回が初めてじゃないかと思われる。
何であれ、彼のファンたる睦にとってムサシに近づけるチャンスだったのに。
ファンの相手を少ししている内に、イベントは開始。
真っ先にムサシを含めた、彼の周囲にいたプレイヤー達と共にダンジョンに送り込まれてしまった。
これもマネージャーの指示だとか、空気を読めないファンのせいだとか。
根の葉も無い責任転嫁を口ずさんでいる睦。
直人が話題を逸らそうと、全員に呼び掛けた。
「あ! ホラ、この辺で写真撮ろう!! SNS用の写真、楽しんでる感じでって頼まれたじゃん?」
心が気持ちを改めて「そうだな」と同意する。
流石、この日の為に用意された限定ダンジョンだけあって、『不思議の国のアリス』らしいセットが要所に散りばめられている。
運営側もSNSで載せられるのを前提に設計したのだろう。
露骨な媚び売りが好きではない翔太は、一人気乗りではなかった。
ふと、周囲を見渡すと『クインテット・ローズ』たちを案内してくれている黒兎が、鼻をヒクつかせながら真っ直ぐ翔太を捉え、大小さまざまなキノコが生える森の奥へ駆ける。
流石に翔太は、他のメンバーに言った。
「おい、兎がいっちまうぞ」
対して、ゲーマーの睦が馬鹿馬鹿しく答える。
「先に行ってるだけで途中で止まるに決まってんだろ。少しは考えてみろよ」
折角教えてたのを馬鹿にされ、翔太も舌打ちした。
再度、振り返ると黒兎が最後のチャンスとばかりに奥の手前で立ち止まっている。
気分が悪くなったのも要因の一つだが、翔太は黒兎の動向に不穏を感じたので逆刃鎌に乗って、兎と距離を縮めようとした。
心はそれに気づいて、怒声を上げる。
「先に行くな! 翔太!!」
うざったらしい彼らから離れられ、スッキリした様子で翔太は笑う。
「先に行ってるだけだ。SNS映え狙った媚び売り写真撮ったら、追って来いよ」
翔太が近づいてきたのを確認し、黒兎が改めて奥へ駆けていく。
その光景を目にし、竜司は思案してから心たちに問う。
「どうする? 俺は翔太を一人にするのは危険だと思うが……」
心が苛立ったように頭をかいて答えた。
「写真を取ってからだ! どうせ、パーティを結成している状態だ。チャットでやり取りが出来る」
「ああ、そうか。チャットがあるなら問題ないな」
竜司は納得したうえで安堵しているが。
心はとにかくファンサービスの為、マネージャーの注文に応える為に写真を優先した。
他にも、睦が指摘した通り。
兎を追い続けなければ不利となる理不尽さはないと考えた結果の判断であった。
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次回も深夜帯の投稿です。