水中パニック
少々長めです
それにしても色々と情報が得られた。
神隠しをしたのがマザーグースの子供が一人『オーエン』
オーエン……
彼のアガサ・クリスティーを連想するが、もしかしなくても、間違いないだろう。
クローズドサークル兼見立て殺人の推理小説の代名詞『そして誰もいなくなった』。
登場人物であり謎めいた主犯者と思しき、オーエン夫妻。
見立て殺人で用いられる『十人のインディアン』はマザーグースの童謡。
『誰もいなくなる』を『神隠し』と結びつけるなんて、随分と捻くれている。
やがて、どこからともなく女性的な機械音声が響き渡る。
『これより「不思議の春の神隠し」スタートです。現時点でこちらにいらっしゃいますプレイヤーの皆様、強制的にパーティを結成させて頂きました。パーティは最深部に到達するまで解除されません。ご注意下さい』
漸く自由に動けるようになった瞬間、暴走族の怒声が放たれた。
「勝手にやってんじゃねー! パーティ組んだら勝負になんねーだろうが!!」
レオナルドが落ち着いた様子で宥める。
「協力型のイベントだから勝負できないんだって。今度、あそこで決着つけようぜ」
「あぁ? やる気あんのか、テメェ」
暴走族がレオナルドに睨みを利かせている間。
僕はある薬品を使う。
今日まで使用する機会すらなかったものだ。他プレイヤーが上手く活用している噂も聞かない。
ホノカが尋ねて来た。
「なにやってんだ?」
「『マーキング液』だよ。一定時間、振りかけた対象の位置が分かるんだ」
一見、便利そうだが長時間追跡し続ける必要がある妖怪などがいない。
需要があるとすれば、今回のようなイベントだろうと用意しておいて正解だった。
僕が薬品を、テーブルに陣取る白兎に振りかければ、白兎は目をつむってプルプル体を震わせる。
すると、体を伏せたままの白兎から「ぶっ」「ぶぶぶっ」と聞こえる。
現実基準で考えると、兎には声帯がない。
これは鳴き声ではなく、鼻や喉を使って音を鳴らしているのだ。
無知な暴走族が、白兎に対し顔をしかめる。
「んだぁ? こいつ。屁でもこいてんのか??」
下品な発言にホノカも「あのさ……」と呆れた表情だ。
レオナルドは兎の音に興味津々で、膝を曲げて兎と視線を合わせて観察する。
最初、僕は『マーキング液』をかけられて不機嫌になったから音を鳴らしていると予想していたが。
全くの見当違いだった。
「ぶっ!」と大きめに音を鳴らすと、白兎の前に扇子が出現。
どうやら、扇子を出す為にやっていたらしい。
白兎が器用に扇子を持ち上げると、僕らに対して扇ぎ始めた。
元ネタの『アリス』で登場した扇子の効果を思い出し、僕は全員に呼び掛ける。
「皆さん、テーブルに寄りかかってください!」
僕らの体は瞬く間に縮む。
何とか、兎が陣取るテーブルに乗る事に成功した僕ら。相当の小ささになっていて、白兎の方が馬鹿でかく感じるくらいだ。
レオナルドは状況に興奮気味で。大きくみえる兎に触れようと近づく。
冷静にムサシが言った。
「それで?」
ムサシは冷淡に告げ、僕に尋ねた。言葉通り、次の指示を急かしている。
しかし……これからどうするか分からない。
確か『アリス』の話では……僕が思案していると、暴走族が下を見て叫んだ。
「水!! 水が入って来てんぞ!!?」
耳を澄ますと、ハッキリ水の音が聞こえる。どこからともなく、空間に水が侵入。
徐々に嵩が増えていくのが分かった。
レオナルドは周囲を見回し、素朴に疑問をぶつける。
「え? これどうすんだ。本当に。逃げ場ねぇぞ??」
逃げ場――僕がふと頭上を見上げると、いつの間にか天井が設けられていた。
イベントに意識を奪われている中、この空間に閉じ込められてしまったという訳か。
考え無しで「空間を破壊しよう」な発想をしかねないが………簡単にいかないだろう。
暴走族が一人、自棄に騒ぎ始めた。
「おいおいおいおいおい! 冗談じゃねぇ。泳げねぇんだよ、俺!! こっから泳ぐとか無理だからな!?」
焦る奴にムサシが「知らん」と一蹴する。
ホノカも黙ってはいない。彼女が白兎に「元に戻せって!」と訴えると、兎の方は広げた扇子をテーブルに置き、そこの上に箱座りする。
扇子が白兎を乗せたまま、浮遊を始めた。僕は咄嗟に叫ぶ。
「ホノカさんは扇子に乗ってください!」
「あ、ああ?!」
彼女も咄嗟に扇子の端を掴んだ。
兎とホノカを乗せた扇子はぐんぐん浮上し、天井の隅に到着する。
レオナルドも察して、逆刃鎌の二本を『ソウルオペレーション』で装備。
彼自身はジョブ武器の『死霊の鎌』の檻の装飾を足場にして浮遊した。
迫り来る水に恐怖する暴走族に、レオナルドは落ち着いて話す。
「あそこから外に出られるみたいだ。箒で乗って行けば余裕だろ?」
「な、何で分かるんだよ」
「多分だけど……ジョブによっちゃ空飛べない奴もいるだろ? 飛べないジョブは水嵩増えるのを利用して、あそこから出る。ってことだよな?」
レオナルドが僕に話を振る。
自然と笑みを溢し、僕は頷いた。
「そうだろうね。ムサシさん、逆刃鎌使ってください」
「いらない」
また、こいつ……と思ったが。レオナルドが『ソウルシールド』を発動させる。
水中から鳥獣の形をした妖怪が飛び出し攻撃を仕掛けた。
ムサシは問答無用に、次々飛び出す妖怪を斬っていく。
一筋縄ではいかないようだ。
先に脱出場所へ向かったホノカと白兎の方へ、妖怪が飛んでいくのが見える。
僕は逆刃鎌に乗ったが、レオナルドはムサシ同様に妖怪の処理に追われた。
水嵩が増すごとに敵も増えていく。
ここで痺れを切らしたのは暴走族の方で。
木製じゃない歪な柄に、煌びやかに光る穂、気合の入った造形の箒に立ち乗りしながら、水中に何かを放り投げ込む。
ムサシとレオナルドは、一旦手を止めた。
瞬間。
水中で激しい電流と共に、渦が複数発生。水中の妖怪共を一網打尽にしたようだ。
レオナルドが驚いて聞いてみる。
「今の、魔法か?」
「魔法っつーか魔石に決まってんだろ。雑魚の掃除終わったからさっさと行くぞ、オラ!」
魔石?
いや、魔石は素材の一種で攻撃用ではない筈……最早指摘する時間も惜しいか。
僕はいつも通り逆刃鎌に腰かけ、ムサシは柄にぶら下がった形で浮遊する。
全員が無事に白兎が潜り込んだ天井隅にある穴から脱出。
外に出れば、不思議な形状をした木々、大小様々なキノコや薔薇が咲いたダンジョンが広がっていた。
僕らが通って来た穴は、建物の天井というより兎の穴に見える。
奇妙な状況だが、これも『アリス』らしいと言えばらしい。
一段落したところでレオナルドが白兎に触れようと手を伸ばせば、白兎の方から鼻をヒクつかせ、嬉しそうに寄って来たのだ。
驚きながらも、レオナルドが撫でてやると心地よさそうに目を伏せる兎。
流れを無駄にしない為に、僕は暴走族に礼を告げる。
「助けて頂いて、ありがとうございます。えっと、自己紹介がまだでしたね。僕はルイスです」
「ん? ああ」
僕が丁寧に喋ったのに押されたのか、向こうも名乗ってくれる。
「俺は……ラザール」
「ラザールさんですか。偶然かもしれませんが、父が乗っているバイクと同じ名前ですね」
ちょっとした賭けだ。
普通、バイクと一緒にされたくないと文句垂れる輩がいるだろう。
だが……伊達に暴走族の外見はしてなかったらしい。僕の言葉にラザールは目の色を変えた。
「え、お前『ラザール』知ってる? つーか『ラザール』持ってんのか!? あのクッソ高いの!」
「僕は父のものを乗らせて貰っているだけですが……父がアレを買った時は、母に怒られていましたよ」
「そりゃそーだろ! てか、お前ツーリングとかしてんのか! んだよ、早く言えよな、そういうの!!」
人が変わったようにベラベラ喋り出すラザールに。
「バイクの話はわかんねー」とホノカは呆然としていた。
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次回も深夜帯に投稿予定です。