002:この人、大丈夫かな?
多分誰も読んでない。
何故なら何処にもリンクを張っていないから。
窓も無い部屋で、何故か偉そうな人の話を聞いている。
私の意識は、”拉致監禁状態の犯人一味なのに、偉そうに話すオジサン”の、無駄に力強い、
「では、各自、死なないように、帰れるように、頑張るように!」
という、非常に無責任で他人事のようなシメの台詞で動き出した。
どうやら質疑応答は、次に控えた女性が行うようだ。
「まず、”記録”と発声してください。人によって使い方に多少の違いはありますが、備忘録として使用出来る何かが使えるはずです。」
という、何とも、つかみ所が無い、でも他に出来る事も無い指示を受けて、自分を含めた日本人っぽい一同が、
「記録」
と、任意に発声した。
私の”記録”は、目の前に半透明のノートが出てきて、勝手にページがめくられ、人差し指で直接筆記するモノのよう。
とりあえず、言われたとおりの備忘録として使う事にしよう。
周りを見ると、”腕を組んで「何も見逃さない」という感じに凝視する人”や、”目を瞑って手を耳に当て「何も聞き逃さない」という感じに構える人”が居るので、それが”記録”の”多少の違い”なのだろうと思う。きっと彼らの”記録”は、”映像”や”音声”として”記録”出来るのだろう。私の他にも筆記タイプは居るようだけど、キーボードを叩いている風の人も居るので、”多少じゃないだろ!”というツッコミが頭をよぎった。
「私は、貴方方の世界で”巫女”の役目を負う者です。
今は私達も、現状把握が出来て居ませんが、貴方方が能動的にこの国へやってきたとは思えません。
つまり”何処かから誘拐してしまった”と判断するべきであり、この件につきましては、先にお詫びを申し上げます。
私達の国の事情に巻き込んでしまって申し訳ありません。」
おお。
詫びから入ったよ。
ちょっと驚いた。
どうやら”こちら側”でも不測の事態のようで、これは”犯人が人間では無い誘拐”だと、この場では納得する事にした。
少なくとも、彼女からは、悪意や企みを前提にしたような不快さは感じない。むしろ現状に対しては困惑しているように見える。
これが演技なら、私は騙されやすい人なのかも知れない。
「昨今、国家周辺の魔獣の数が多くなり、被害数増加に対して自衛手段が足りませんでした。
そこで先程”神託”を求めた際、”自衛手段の一時補強”という”神託”と共に、貴方方が集団で現れました。
衣服や化粧、視力補強用の道具などを拝見した上での判断ですが、
この世界とは違う文化や技術を持つ世界の方々が、何らかの法則か基準かは判断出来ませんが、
貴方方は同じ世界からこの世界へ、強制的に拉致された形になっていると思われます。
これは我が国の歴史上、”召喚”と呼ばれる現象だと判断し、貴方方を一時保護します。
何故なら、この世界の常識を持たずに放逐する事は”貴方方に対して無責任”であり、
また常識が無いままでは、この国の治安悪化の原因になる可能性も有るため、双方の利益になると思われます。」
私は自分の”記録”に、
・手段は不明だが、日本語では無い彼女の話す言語を、自分達は理解出来る。
・少なくとも中世程度の文化は存在し、”神託”という言葉から”神の存在が日本より身近な世界”と推論出来る。
・意図的では無い召喚に巻き込まれた。
・期間は不明だが衣食住はしばらく提供される。
・この世界についてのレクチャーを受ける事が予定されている。
と書き込んだ。
「ここから先は、”神託”と推論を元にした話になります。」
さて、さっきまでお話しは前提。ここからが本題というか、”召喚”関連の主題になるのだろう。
「”自衛手段の一時的補強”という”神託”には”一時的”という部分が存在します。
故に”時期及び手段は不明ですが、帰還出来る事が前提だと思われます。
それが”ある程度の期間”例えば”自衛手段が国家内で賄える状態”になるか、
”単純に時が過ぎて期限が来る”のかは、現在不明です。
ですが、少なくとも何らかの条件が満たされた時、”帰還”が行われる可能性が高いと考えられます。」
・どうやって帰還条件を満たすのかは、現状では不明。
と追記する。
「しかし、”自衛手段の一時的補強”である以上、貴方たちに期待されるのは、我が国の自衛手段、つまりは戦力です。
これは本来、貴方方には秘密にするべきなのかも知れませんが、
貴方方に対して秘密を作っても、悪い印象を与えるだけ不安定な要素が増えると私が判断し、貴方方に伝える事にします。」
・戦力として期待。しかも、多分”帰還条件”を満たすには必須の可能性高し。
と追記する。
「以上で、お互いの”現状認識の摺合せ”を終了します。
その前に、ここまでの話で、何か質問はありますか?」
すっごく真面目っぽい感じな人だし、人前で話し慣れているように見えるし、レジュメ(講義資料)も無しに長文を話しきったよ、この人。
正直、”物凄い胆力を持った人”という私の印象は、概ね間違っていないと思う。
”巫女”ってのは、このレベルの胆力が無いと務まらないのかも知れない。
・少なくとも、この”巫女”さんは信用しておこう。
ここまでの話で、私は最後にこう追記した。
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「それでは引き続き、”私達の世界の、文化や常識について”に移りたいと思います。」
・・・これ、”他文明との接触”と考えた方が良いのかな?
あまりにもファンタジー的な要素が少なすぎて、感覚的に”第一次接近遭遇”的な何かに近い気がする。
「まず、私達の世界では、歴史上、”召喚”が行われており、多少の知識が有ります。」
居たよ、やっぱり居たよ。”前任者”というか”前の誘拐被害者”が居たよ。
”意図していない”けど”召喚”だろうと判断された理由は、既に事実が存在したからなんだね。
私は改ページを行い、
・過去に召喚事例有り。
と追記する。
「過去の”召喚者”の言によれば、”工業と医療技術が魔法に置き換わった世界”だとの事です。
生活の中に”無属性魔法”が行き渡っている関係上、
技術者を志望する人材が、工業や医療方面では無く、概ね魔法方面に進んでしまう事が、文明全般が停滞している原因であり、
”神が身近な世界”である故に”神の存在を疑う異端が存在しない世界”とも言えるそうです。
・・・”巫女”である私には、記録を伝える事は出来ても実感出来ないお話しですが。」
ああ、やっぱり。
文明とか発明って奴は”人間に厳しい環境”が無いと伸びないし、”神の奇跡”や”魔法”が有るなら、
本来、理系の中でも工学系を志望するような人達が、全て魔法方面に進むのも無理は無いと思う。
所謂、”人材の需要と供給”が”工学”ではなく”魔法”に寄っているんだろうな。
・何処まで”工学”が発達しているかは、要確認。
と追記する。
例えば、さっきから”巫女”さんが飲んでいる水。
使っている硝子っぽいコップの透明度が低そうなので、”硝子工芸”のレベルが低いのかと思ったけど、実は”魔法で一発生成”とかなら事情が変わるし、そもそも”飲める水”すら”上水道の整備”なのか”魔法で一発生成”なのかで、同じく事情が変わってしまう。
「細かい文明の差異は、実際に生活していただく事で納得していただけると思いますが、
過去の召喚者曰く”建築と被服と家具から類推出来る文明レベルで正しい”という事と、
”水車、風車、車輪は有り、和紙っぽい紙とペンとインクは残したが、内燃機関は魔法の方が効率が良い”と伝えれば、
概ね、どのような世界かは把握出来るだろうと伝えられています。
・・・私には”内燃機関”という物がよく解らないのですが。」
そもそもこの世界、石炭や石油等の内燃期間用の燃料が入手出来るか解らないよね?
過去の召喚者に”石炭”を見分けたり、”油田”を掘り起こすような知識や、そもそもやる気が無いと無理。
・内燃機関の概念自体が一般的では無い。
と追記する。
「さらに、過去の召喚者曰く”召喚者による文明及び文化侵略は、出来そうな物は済んでいる”という事だそうです。
これも曰く”上下水道と風呂、魔法で可能な土木系知識は残した”との事です。
色々やりたい事は有ったようですが、”飛行機は知っていても作れないし、飛ぶだけなら魔法に手段が有る”との言が伝わっています。
・・・”魔法も無しに人間が空を飛ぶ”という”工学”は、工作用機械の開発段階で諦めたらしいです。」
・・・そりゃ、過去の召喚者に航空力学の知識や、所謂”マザーマシン”を作る知識は無かったんだろうなぁ。
私も「旋盤」とか「グラインダー」とかは、名前は知っているけど、それを作る知識は無い。現代の一般的な日本人には無理。
”土木系知識”ってのも、精々”石積みの橋”とか”人工河川”程度だろう。常設の必要が無いなら、多分”魔法で一発”の方が効率が良さそうだし。
つまり、”中世の各種問題の一部が魔法で解決された世界”で間違いなさそうだ。
・中世をベースに、魔法で底上げして、一部知識として現代日本チート有り。
と追記する。
「さて、次は”ギフト”の話に移ります。」
来るべき物が来ました。
多分、”召喚”した方が何某かの効率が良いとか、そういう話だろう。
「既に貴方方は、2つの”ギフト”を使用しています。
”言語理解”と”記録”です。
”言語理解”は”自動アクティブギフト”であり、
”記録”は”発声起動パッシブギフト”になる、
と記録されています。
・・・申し訳ありませんが、私には同様の”ギフト”は無いので、情報だけをお伝えします。」
そりゃそうだ。
”巫女”さんの唇の動きは間違い無く日本語では無いし、耳に入ってくる言葉も日本語では無いけど、何故か私は理解出来ている。ここに魔法なり奇跡なり”ギフト”なりが介在していない訳が無い。
・ギフトの種類
・「言語理解」は”自動アクティブ”。
・「記録」は”発声パッシブ”。
と追記する。
これは、既に使用しているので、付加情報は条件だけ”記録”しておけば良いと思う。
「他には、”収納”、”地図”、”移動”が使えるはずですが、今は使用しないでください。
”収納”は”容量制限が無い無限収納”であり、
”地図”は”自分を中心に位置が解る事”であり、
”移動”は”行った経験が有る場所の目立つ目印に移動する事”である、
と伝わっています。
・・・私には一切使えないので、皆さんには情報を伝えるだけになってしまいますが、
基本は”発声”で使用出来るそうなので、応用は各自で試してください。
私は”犯罪的な使用方法には制限がかかっている”という情報しか持っていません。」
試すしか無いかぁ・・・
・”収納”の”容量制限が無い”事と”一回に入れられる最大サイズ”は別なので要確認。
・”地図”の見え方、使用の仕方は要確認。
・”移動”は多分、”ランドマークへの移動”なので、条件が確定した段階で要確認。
と追記する。
「これらの”ギフト”は”無属性ライブラリ”に属します。」
・・・いや、ちょっと待とうよ?
何、その”ライブラリ”って。”分類”って事で良いのかな?
さっき”第一次接近遭遇”とかSF的な何かを想像したけど、何よ、”ライブラリ”って。現代日本風過ぎて、上手く飲み込める自信が無いよ。
・以上、”無属性ライブラリ”。
と追記する。
きっとこれは改ページするタイミングだ。
「次に”アクセス属性ライブラリ”の説明に移ります。」
・・・待って、待って。何だろう、この”コレジャナイ感”は。
”アクセス”って、あんた、それは片仮名表記なら、随分最近に一般化した概念だよね?(少々壊れ気味)
「貴方方が戦力として”召喚”された理由は、多分、この”アクセス属性ライブラリ”に有ります。
属性魔法である”風火地水光闇”の属性魔法は、”アクセス属性”毎に違った”ライブラリ”経由で使用されます。
”アクセス属性”とは”流派”のような物で、過去それぞれに開祖が存在しました。
つまり”ファイヤーボール”は”J式ファイヤーボール”や”C式ファイヤーボール”が有る、
と覚えておいてください。
何式が向いているのかは、各個人で判断していただくしか有りません。
”無属性ライブラリ”以外の”ギフト”が目安になります。」
おーい。
中世ベースの魔法が有るファンタジー世界じゃ無いの?私の流派は何だろう?
とりあえず、
・”アクセス属性ライブラリ”流派有り。
と追記する。
「”召喚”された貴方方は、”アクセス属性ライブラリ”を使用する事により、魔法が使えるようになります。
所謂”魔法の詠唱”とは、即ち”自分が使用するライブラリの詠唱”になります。
”召喚”された人達は、
”ライブラリの必要な情報の意味を理解しやすい”
”ライブラリへのアクセス待ち時間が短い”
”ライブラリの改変を行える”
”起動待ち”状態を多く保持出来る等々、
この世界へ召喚された時点で、既に”ギフト”寸前の優位性を持っています。
・・・これは、過去の召喚者が確認し、記録されている事実です。」
原因は分からないけど、”召喚”即ち”戦力”って流れに納得出来た。
・”召喚”された人達には優位性が存在する。
・ライブラリの必要な情報の意味を理解しやすい・・・現状、意味が解らない。
・ライブラリへのアクセス待ち時間が短い・・・発動までの時間の事か、連射の事かは不明。
・ライブラリの改変を行える・・・”曲げる”とか”単発”を”範囲化”とか出来そう。
・”起動待ち”状態を多く保持出来る・・・”詠唱済み発動待ち”を保持出来るという事なら、”疑似連射”が出来そう。
と追記する。
解っている情報だけでも、これはチート系だと思う。しかもタチが悪い事に、”最低でも確実に上回る”チート系だよ。
”自分より詠唱が速い魔法使いが、カーブするファイヤーボールを連射してくる”とか悪夢じゃない?
でも、ここで疑問が。
私達全員後衛の魔法使いか回復役?
「”アクセス属性ライブラリ”には、”身体強化”や”加速”、”加重”等の物理系が存在します。
故に、貴方方の中には”自己魔法強化の前衛系”の方々が含まれます。」
あー・・・「自分を魔法で強化して物理で殴る」って有りなんだ。そりゃ”召喚”された人は、間違い無く”戦力”だよ。
確実な魔法の才能を持った物理特化とか、”戦力”以外に何と表現すれば良いのかな?
これで”念話”的な”距離を無視した通信方法”が有れば、指揮官次第で、”人間でイージスシステムもどき”が出来ると思う。
「今はまず、自分の”アクセス属性ライブラリ”を確認してください。
”無属性ライブラリ”以外の魔法は、”色”が感じられると思います。
その”色”が即ち貴方の”アクセス属性ライブラリの種類”になります。
赤なら”カーニハン式”、
橙なら”ヘルスバーグ式”、
黄なら”ストロヴストルップ式”、
緑なら”ゴスリン式”、
青なら”ヴィルト式”、
藍なら”バッカス式”、
紫なら”ダイクストラ式”、
混ざった色の場合、”マルチアクセス属性”となりますので、
”違う詠唱で同じ魔法”が使えます。」
この世界に”プリズム”は有るのかな?いきなり虹色の話をされるとは、この世界は色覚障害者に厳しいと思う。
私は”ギフト”の中に、赤い文字で”ヒール”と書かれている事で、自分が”カーニハン式”の”回復役”だと確認して、
これも”記録”に追記した。
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「ここまでの話でも、多分、情報量が多すぎると思います。
情報の整理や、話し合いの為の時間を設けたいと思いますが、いかがでしょうか?」
うん。一人じゃ無理。
「それでは、時間の単位が不明ですが、夕食前に一度お邪魔する事にして、
私達は席を外しますので、しばらくの間、”召喚”されたと思われる方々のみでご歓談ください。」
この言葉を残し、”巫女”さんとその一味っぽい人達が退席していったけど、これは結構”投げっぱなし”だと思う。
そもそもこの集団、何を基準に集められたのかがイマイチ解らない。
でも、とりあえず、”異国における同郷の人達”程度の何かは感じるので、ちょっとリラックスしながら自己紹介でも始めようかと思う。
「私は高柳拓人と申します。
皆さん、どうやら私には、皆さんのように、彼らの話す言語が理解出来ないみたいです。
先程までの彼らの話、私には宇宙人が話しているようにしか聞こえませんでした。
申し訳ありませんが、彼らの話を私に日本語で教えていただけませんか?」
え?
この人、大丈夫かな?
多分修正が多く入ると思います。