chapter1
私はいわゆる、推理小説をキャラ読みできる人間だ。
というよりは、キャラ読みできるほど人物の描写が素晴らしく、
魅力的なキャラクターが登場する推理小説しか読まないと言った方が、正しいかもしれない。
トリックに重点を置いた物は、どうも数学の問題を解いているようで好きになれない。
仮にとはいえ自分は小説を書いている人間だ、思考回路は完璧に文系寄りで、数学のテストにはいつも苦戦していた。
ある日そんな私が、推理小説を書いてみようと思い立ったとしよう。
私ならまずこう考える。
「読者があっと驚く、素晴らしいトリックを考え出さなくては!」
しかし、三日三晩考えても、これだ!というものは思いつかない。
それもそのはず、推理小説のトリックは、ほぼ開発され尽くしたと言っていい。
書店でひら積みにされているベストセラーの推理小説でさえ、新しいトリックを使っているとは言い難い。既出のトリックを組み合わせたり、引いたりして、新しい推理小説として世の中に出回ってゆく。
それ自体を悪く言うつもりはない。私だってその推理小説を読み、楽しんでいるからだ。そして充分に面白い内容になっているとも思う。
芸術は模倣に始まり......と言った先人の意見に、私は賛同の意を示そう。
ベストセラーでさえ、真新しいトリックを使っているとは言い難い。
なら、推理小説を書くにあたり、トリックは二の次で良いのでは?
では、トリック以外で、何に重点を置いて書くべきなのか。
推理小説では必ず、犯人が事件を起こす。
犯人が事件を起こすには動機がいる。
動機を描くには、血の通った人間の心理描写が必要になる。
こう考えてみると、推理小説ほど、キャラクターの人間性について描きやすいジャンルもない。
トリックに注目されがちだが、ヒューマンドラマを描くことにも適しているのだ。
<推理小説>と聞くだけで、嫌気がさす人もいるだろう。
「読者を小馬鹿にしたような、難解な文章のアレでしょ?」と。
その気持ちは痛いほどわかる。
だから私は宣言しよう。
「推理小説はキャラ読みしていい。いや、むしろキャラ読みが推奨されるべきだ」と。
え?時間が押してる?まだ説明してるのに......。わかったわかった、言う通りにするよ......。いや、こっちの話だ、気にしないでくれ。
さて、そろそろ、この物語のコンセプトを発表しよう。
【キャラ読み推奨の推理小説を作ってみた件】
気楽に読んで、楽しんでもらえたら私も嬉しい。
それじゃあ、そろそろ主人公に語り部を交代してもらおう。
物語の幕が上がる。
エロ本を学校に持ってくるなんて、正気の沙汰じゃない。僕だって健全なる男子中学生の一人、そういうことに興味はあるけれど、それでもエロ本を学校に持ってくるのいうのは......。
「お前は頭が固い。もっと気楽に生きんと、いずれ処理オーバーで狂ってしまうで?」
名前、凱旋 ら門。男子生徒。僕の友達。大阪弁。短髪。エロ本を学校に持ってくるところ以外は、まあいい奴だ。
「エロ本を持ってきているのがばれて、人生が狂うよりマシだな」
「つれない奴やなー。一回貸したるって言うてるやん。ほら」
「通学途中の電車の中でエロ本を出すな!」
「声が大きいで、盾」
盾。僕の名前。本名、無意味 盾。語り部。
ら門がしーっと指を口に当てる仕草をする。
「あ、ほら、あそこにいる女子に聞こえたかもしれん、人生終わったわ......」
ら門が指差す方を見る。クラスメイトだ。名前はたしか......間宮間愛。女子生徒。人見知り。ショートヘアー。無表情。本当に無表情。でもかわいい(ら門談)。
通学の時、同じ電車になった記憶がない。珍しいこともあるものだ。そしてら門、ドンマイ。
「クラスメイトに知られた程度で大げさな......教師ならともかく」
中学生なのに通学に電車を使っている時点で、気づいた人もいるかもしれないけれど、僕達が通う中学校は私立だ。名前は、七七六中学校。超難関......とまではいかないけれど、お高くとまった校風、厳しい校則で有名。
もしも教師にエロ本が見つかれば、退学以外のありとあらゆる恐ろしい罰が、フルコースで味わえるはずだ。
「なんでお前みたいな奴がこの中学受けたんだよ......公立の方がお前向きだろ」
「俺だって公立に行こうとしたんやで?だから受験の時、わざと間違えた回答書いたり、名前空白で出したりしたんや......。それで合格やで?大人の汚い世界の実在を、中学生で実感するとは思ってなかったわ......」
「さすが、お父さんが理事長だとコネも効くな」
ら門の父親は七七六中学校の理事長でありながら、教壇にも立つパワフルな人だ。
授業もわかりやすく、人気がある。名前、凱旋 亜門。長身痩躯。眼鏡。数学担当。格好よくはない(ら門談)。ちなみに、一般的な価値観から見ればかなり格好いい方に入ると思う。
ら門は、実際にはかなり勉強ができる。普通に回答していたら合格だったろうから、お父さんの気持ちもわからないではない。
「今日、体育の授業あるぞ、体操服忘れてないだろうな」
「お前は俺のオカンか......この中に入っとるよ」
ら門が学生鞄を叩く。デザインはいたって普通、黒の手提げ鞄だ。軽くて丈夫、たくさん入るし、付属のチェーンを付ければリュックのようにも背負える。
校風は気に入らないけれど、この学生鞄は僕も気に入っている。ただ、それでも文句をつけるとすれば、開け閉めするときに大きな音が出るところだ。
マジックテープで開けたり閉めたり出来るようになっていて、チャックみたいに詰まることもないし、素早く開け閉めはできるが、そのぶん、「バリッ」という音がうるさい。
「数学、宿題あるぞ」
「わかっとる」
「国語のプリント─」
「わかっとるよ」
「社会のレポート─」
「わかっ......え?そんなんあった?」
やっぱりな。ら門なら、何かしら忘れていると思った。
「<持続可能な社会について>っていうテーマで出されてただろ......原稿用紙3枚以上が条件な」
「ああ、思い出したわ......。でも、そもそも原稿用紙持ってないし、諦め─」
「はい」
鞄から原稿用紙を出して、ら門に渡す。ついでに自分のレポートも渡す。
「丸写しはばれるだろうから、多少は変化つけるなり、持論交えるなりしろよ。お前なら、簡単にできるだろ」
「盾......お前、俺のこと好きすぎるで......」
「恩を売っているだけだ」
「はいはい。何はともあれ助かるで」
筆箱を取り出して、レポートを書きはじめるら門。
......話し相手がいなくなって、暇になった。学校はもう二つ向こうの駅だ。窓の外に目をやるが、曇っていて何も見えない。電車の中と外との温度差で、結露が生じているのだろう。ニュースでは、寒波が来ていると報じていた。
寒くなりすぎないといいが。ポケットの中のカイロを握りしめる。
その時、間宮間愛と目があった。思いっきり、パチッって感じで。そして、速攻で目を逸らされた。
うわ。傷つく......。
クラスメイトで面識はあるし、喋ったこともあるけれど、友達とは言えない関係性の人間。しかも異性。
距離感が微妙だから、目があったとき対応に困るのはわかる。
でも、速攻で逸らさなくても......。
地味にダメージ入るな......。
「ら門......僕も、人生終わった......」
「......?」
ガタンゴトン。ガタンゴトン。電車の揺れに合わせて体も動く。
通学途中の電車の中。今日も普通で平和な一日になりそうだ。
と、思っていた時期が僕にもありました!
「ら門、お前!少しは手加減しろよ!」
3時間目、体育の授業。
男女混合ドッジボールという、わけのわからない種目のせいで、僕は苦境に立たされていた。
「社会のレポート見せてやったろ!」
「ソレとコレとは話が別や!」
ら門の剛速球が次々飛んで来る。俺は逃げ惑うしかない。スポーツは苦手だ。球技は特に。
このクソ寒い日に外での授業だ、動かないと余計に寒いからか、皆テンションがいつもより高い。
つまり、やけくそなのだ。
「死ね、ら門!」
物騒なセリフをはきながら、ボールを投げる女子生徒。
名前、我我 六子。男勝り。馬鹿。黒髪ロング。陸上部。美人(ら門談)。
スポーツ系女子とは言え、やはり女子。六子の投げたボールは、いとも簡単に、ら門に受け止められた。
ら門がまた僕を狙ってボールを投げる。
「そろそろ観念せえ!」
「するかあ!」
顔目掛けて、一直線に飛んできたボールを、僕は見事にしゃがんで回避し─そのまま直進したボールは、間宮間愛の顔に直撃した。メリッという効果音が聞こえそうなほどに。
「......」
その場にいた全員のリアクションが、3点リーダーで統一されていた。
想像してほしい。
ら門は、クラスでは賑やかしの男子という位置づけだ。そいつが、クラスでおとなしい印象の、女子の顔に、思いっきりボールをぶつけた。なんというか、その......微妙な雰囲気になることを理解してもらえるだろうか。
「お、おい大丈夫か......」
一応声をかける。間宮は顔を押さえてうずまっていたが、すぐに立ち上がった。
「ごめん、間宮......わざとやなくて......」
ら門が神妙な顔で謝る。
「うん、わかってる。大丈夫。き、気にしないで、ら門君」
エヘヘ、と照れた様な表情で、ら門に笑いかける間宮。おお!?と男子がどよめく。間宮間愛といえば無表情、無表情といえば間宮間愛。そんな彼女が、笑うなんて......。初めて見る光景だ。
「当たっちゃったから、外野行くね」
「いや、間宮、顔面セーフやから外野に行かんでもええで」
「ら門!顔面セーフは無しって、お前が決めたんだろ!」
「あ、そっか」
顔面セーフ。ドッジボールでは割とありがちなルールだが、僕達の中学校、僕達の学年においてはその限りではない。
顔面ならセーフなんだろ?よしわかった、とばかりに、わざと頭からボールにぶつかりに行き、体を張ってボールを受け止める奴が出てきたのだ。誰が始めたのか誰も覚えていないが、気づけばみんながやっていた。
当然、それを見たボールを投げる側は、頭に当てないように、足元を狙ってボールを投げるのだが、それでもみんな、果敢に頭でボールを取りに行く。
その結果、ドッジボールというよりは、スライディング・ヘディングシュートの練習の様な光景が、ドッジボールのコートで繰り広げられることになった。
その光景を見た六子が、「男子って本当に本当に、馬鹿だよね」と吐き捨てるように言っていた。
......弁解の余地もございません。
そして、余りにカオスな状況だったので、顔面セーフはなしにしよう、ということになったのだ。
その後は、ら門に執拗に狙われることもなく(女子の顔面にボールを当てた後に、本気ではしゃげる様な人間じゃないのだ、彼は)、無事に体育の授業は終わった。
嫌な言い方になるけれど、間宮が顔面に喰らってくれたおかげだ。ありがたや。心の中で間宮に手を合わせる。
「間宮、さっきは本当にごめんな」
ら門が間宮に話しかける。
「え?あ、全然、全然、全然、大丈夫だから。あ、あんなところに突っ立てた、私が悪いんだよ」
間宮はかなり、動揺しているように見える。心なしか、顔も赤い。
あの、鉄壁の無表情を誇る、間宮間愛がだ。
これはもしかすると、あれじゃないのか?さっきの、ら門に向けた笑顔のこともあるし。
よかったな、ら門、お前の人生は終わらない!いや、それどころか始まるんだ!
運動場から教室へ戻る帰り道、ら門の肩を勢いよく叩く。
「良かったな、ら門!」
「痛いわ!......何が?」
「え?」
気づいてないのか......この鈍感さんめ!
先は長いな、間宮......。
教室で、俺の席は間宮の後ろ、ら門の前だ。何かサポートしてやれないかなあ......と、さすがに、お節介が過ぎるか。小さな親切、大きなお世話だ。自重しないと。
「あ、そうや、盾、レポートのお礼、お前の机に入れといたでー」
「お礼?」
「今朝のエロ本」
「おいこら!」
「はーはっはっはー!」
殴る様な素振りを見せると、ら門は、走って逃げていってしまった。
たくもう......。
体操服から制服に着替えて、人心地ついた後は4時間目、数学の授業。つまり、
「うわー。次、親父の授業やんかー」
そういうことだ。
「わかりやすくて好きだけどな」
「100歩譲ってそれは認めるにしても、自分の父親っていう時点で憂鬱やねん」
カララララ。扉を開けて、ら門の父親、凱旋 亜門先生が教室に入って来る。
授業開始のチャイムが鳴る。
先生が口を開く。
「起立」
全員が立ち上がる。
「礼」
全員が礼をする。
「着席」
全員が席につく。
......いや、僕もクラスの授業の始めかたとか、こと細かに描写しても、つまらないとは思ってる。
でも、授業の始め方は学校それぞれで違うらしいから、うちの学校はこんな感じだよっていう紹介の為に、一応......。
笑顔で、亜門先生が口を開く。
「じゃあ、持ち物検査をします......全員、そのまま動くな」
......え?
ドッジボールのくだりは、私の学校で本当にありました。
楽しかった......様な気がします。