世代間宇宙船「にほん」その3
宇宙軍居住区に宇宙軍病院があり、その敷地内に様々なウイルスや細菌、そして医薬品などを研究する施設があり、そこに数名の捕虜が連行され精密検査が行われていた。
残りの捕虜たちは、宇宙港の一画にある多目的ドームに収容されていた。
鹵獲した艦船から押収された食料品から、我々とほぼ変わらない栄養素が取られている事実から、食糧事情的には不安が無くなっていた。
その場所にて、捕虜たちとの接見を続けながら言語の解析を行っていた。
精密検査の結果、我々とほぼ同一の遺伝子を有する種族と判明したのであった。
ただ、我々と違って細胞のアポトーシスが認められず、体内で生成される抗酸化物質の安定供給が実現されており、活性酸素の増加を抑え込めるような作りになっている。いわゆる「老化」という概念が無いものと推測される。
ただ、不死ではなく毒物や外傷などにより「死亡」はするものとも推測される。
「いや~、驚きですな~。」
精密検査の結果データとにらめっこしながら、反町博士は驚きを隠せない様子であった。
反町博士は、宇宙軍病院の院長であり、宇宙軍大学医学部の教授でもある。
そして、この研究施設の所長も兼任する、医学界の権威であった。
「この種族の体の仕組みを更に調べて、我々人類に応用できれば…なかなか興味深いとは思わんかね?」
結果データの書かれたファイルを助手に渡しながら言った。
この検査データを元に、様々な実験が行われていくことになる。
人類の保管とはまた別の意味をもつ記憶の保管としての実験と検証のプロジェクトが…
広さ約5ヘクタールのドーム状の造りをした多目的ドームは、宇宙港のほぼ中央、いわゆる宇宙線「にほん」の艦首部分のほぼ中央に位置していた。
何か競技をするためとかの目的ではなく、大きな公園のようなものと思えば、そちらの方が違和感はないかもしれない。
そこに、仮設住宅を人数分建てて捕虜を収容している。
収容と言っても、特に枷の類は付いておらず、ドーム内は自由に行きき可能としていた。
いわゆる「ゲスト」として扱われているのであった。
そこに宇宙軍の総務部や衛生部などから、手の空いているものを手当たり次第集めて、コミュニケーションを図りつつ言語の解析に当たらせていた。
そこで朝から晩まで、手にしたイラスト付きのスケッチブックで、コミュニケーションを図っているこの女性は、麻生 楓花。今年総務部に配属されたばかりの新人である。
「えーっと、これは「木」って言うの。あなたの国の言葉ではなんていうの?」
「…?」
「「き」、「き」です!…って、分かるかな~??」
一生懸命、スケッチブックに書かれた木のイラストを指さしながら捕虜の一人に訴えかけていた。
「うーん、見た目は私達とたいして変わらないのに…言葉ってホント大切よねー。」
ため息をつきながら独り言も挟む。
そんなこんなで時間は過ぎて行く。
「はぁーっ。何だかんだ言って「水」って言葉は理解してもらえたようです…」
ロッカールームで着替えながらため息交じりに同僚に話している。
「楓花、頑張ってるもんねー。私も頑張らなくちゃ!」
同僚の立花 結月が言った。
結月は、楓花と同期の総務部の新人である。
「でも、なにか、マニュアルみたいなものないのかしらね…」
「ホント、ホント!インコに言葉教えるより難しいかもね!」
我々人類としても未知の経験なので、そんな都合の良いものなど存在しないのである。
ただ、彼女たちはまだ気付いていないようであったが、徐々に捕虜たちから警戒心が薄れてきていたのであった。
数週間の後には、簡単な挨拶から固有名詞、幼稚園児程度の会話まで出来るようになるのであった。
それらをまとめて後に辞書が作られていくのであった。