決断と覚悟。
俺は今病院の一室にいる。
生命維持装置で繋がれた楓花の手を握りしめながら、俺はじっと彼女の寝顔を見つめていた。
医者の話では、脳挫傷に脳内出血を起こしているらしいが、それ自体はそれほど難しくは無いのだそうだが…
ただ、発見が遅れたのが致命的であった。
このままでは一生植物人間状態であろうと宣告されたのであった。
永らく天涯孤独に慣れ切っていた俺の元にポッと現れた光…
眩いばかりに光り輝いて、突然消えた。
こういう事には、慣れているつもりであったが…
それは幻想の様であった。
そんな時、この宇宙軍病院の院長である反町博士からある提案を持ちかけられたのであった。
例の捕虜たちの遺伝子情報から、不老についてのプログラムを発見したこと。
我々と彼らは、遺伝子情報がほぼ99%位の割合で合致しているのだが、その不老のプログラム故に拒絶反応が強いらしく、受精はするのだがすぐに死んでしまうこと。
ただ、受精卵のDNA内の遺伝子のその部分を移植することは、様々な動物実験においても成功を果たしていること。
それとは別に、受精卵が成長し、脳が形成される段階でその脳に「記憶」を埋め込む事が可能であること。
本来であれば、記憶操作的な方法は…遺伝子操作的な事も十分に倫理上の問題があるのだが、生への冒涜として長い間タブー視されてきたことであること。
それらの方法を用いても、現在の彼女は助けることはできないが、彼女の分身を残すことは可能である。
しかも、不老の存在として。
今現在、この計画に賛同し、協力を約束してくれている人間が8名いること。
大統領府を始め政府の認可を受けて行っている事業であること。
俺は、この横たわる彼女を見守る覚悟であった。
しかし、彼女の分身…
形的には、彼女の子供となる。
もう迷うことは無い、俺は全てを受け入れてやる。
今日が、その返事をする日となっていた。
俺は、昨日付けで軍の役職を降り退役してきたのであった。
あの会戦の後、宇宙艦隊総司令部は多大なる被害を出した責任をとり、藤原元帥と服部大将、そして艦隊司令の高橋大将が辞職したのである。
その後、俺が大将に昇進して宇宙艦隊司令長官に異例の昇進をしたのである。
佐藤、佐竹、内山の3名は中将へ昇進し、秋山は、これまた異例の大出世で宇宙艦隊司令部の推薦もあり中将に昇進の上、宇宙艦隊実働部隊の司令として抜擢されたのであった。
そんな中、この話が舞い込んできたことで、俺は秋山と相談の上で国に宇宙艦隊司令長官の位を返上するに至ったのである。
以降は、秋山が宇宙艦隊司令長官と艦隊司令を兼任する形で中将でありながら実質元帥として扱われることになった。
俺は、院長室に呼ばれ反町博士と対面した。
「和泉さん、本日はお返事がいただけるとのことですが…?もちろんお断りになってもそれはそれで自由ですのでお気楽になさって下さいね。」
研究一筋で、いろいろな感性にかけていると思われるこの先生であったが、裏表のないとこだけは感じ取れる。この研究が悪用されることは無いであろう。
少なくとも俺は、そう確信した。
「はい、お願いいたします。楓花は、私の家族も同然。当然、出来た子供は私が引き取らせていただきます。が、一つお願いがあるのです。」
「なんでしょうか?」
少し怪訝そうに反町は訊ねた。
「私もその実験に協力させていただけないでしょうか?そして共に育てていきたいのです。」
「なるほど、いいでしょう。ただし、子供たちには月に一度の受診が義務付けとなりますが…よろしいでしょうか?」
必要な書類にサインをしながら確認していると、大統領府の判も押されていた。
どうやら、公の機関と言うのはまんざら嘘ではないらしい。
俺たちの場合は、共に楓花の卵子と俺の精子を使って行われる。
他のケースは、被験者の精子もしくは卵子を任意の提供卵子もしくは精子と受精させるのだそうだ。
後で知った話ではあるが、これらはある意味、人類の英知の保管の一環であったらしい。
被験者は、科学者や技術者、その他もろもろの優秀な人材であるらしい。
楓花は、ああ見えてとても優秀なプログラマーだったそうだ。
―そこまでとは思わなかったぞ。
コンピューターによって、各種データは保存され受け継がれていく。
書籍などにより、活字としても記録を残していく。
そして、この計画により「記憶」によっても遺していくのであった。
数か月後、人工授精によって誕生した双子を俺は抱きしめていた。
―楓花、お前の意思を継ぐものだぞ。
男の子と女の子の双子だが、二卵性なのでまったく似ていない。
男の子には、俺と同じ名前。フユキと名付けた。漢字は後で自分で付けてもらおう。
女の子には…これには俺も少し考えた。
楓花…カエデの花と書く。花言葉は「大切な思い出」「美しい変化」「遠慮」
楓花とそのまま名づけてもよいのだが、違う漢字があてられると意味も違ってくる。
楓を「ふう」と読む。
ふうを「風」と置き換える。
風の花…なんだこりゃ。
「風」で連想されるもの…風紀・風景・風水・風格…
風格か、なんだかいいな。
それから俺は、花屋でも始めるのかと思うくらいの花に関連する本を買い読み漁った。
あった。これだ!イメージも俺的にはあっていると思う。
「風格」「富貴」「恥じらい」「人見知り」「高貴」「壮麗」
なんとも花言葉は豪華であるな…
でも、花のイメージと「風格」…ふうかく、ふうかく、ふうかく、ふうか?
あまり冗談を言うと怒られそうである。
今日からお前は「牡丹」だ。
俺はその女の赤ん坊を抱き上げそう言った。
牡丹も嬉しそうに笑っていた。
これからは、俺が楓花と牡丹とフユキの保護者だ。
今度こそ守り抜いてみせる。