未知との邂逅。その1
ブォーン…ブォーン…ブォーン…
けたたましい警告音と共に管内各所の赤色の警告灯が激しく点滅しだした。
『前方空域に未確認飛翔体多数確認!進路はまっすぐこちらに向かっている!総員直ちに第一種臨戦態勢に入れ!繰り返す…』
各所慌ただしく動いていた。
俺は、自室にて惰眠を貪って…いや鋭気を養っていたのだが、警告音に飛び起き訳の分からぬままに、いつもの順路を通り大きな扉の前に立った。
「中央管制室」と銘打たれたこの部屋は、この船の司令塔であった。
『網膜認識…完了。ID確認…完了』
抑揚のない淡々とした電子音声ののち、大きな扉が開いた。
中に入ると、各所怒号が飛び交っていた。
「飛翔体の画像はまだ出ないのか!?」
「こちらとの相対距離は!?」
「こちらの応答に反応ありません!」
そんなやり取りを眼下に聞きながら、俺はいつもの席についた。
「艦長、艦隊司令より入電です。」
そう報告するこの男は、秋山大尉。
背が高く、髪の毛を後ろへすきあげるオールバックヘアの実直な人物である。
いかなる時も冷静で、常に的を得た助言をくれる切れ者であり、俺の参謀でもある。
「よし、回線を開いてくれ。」
我が艦隊は、哨戒任務に就いていたため通信の封鎖を行っていた。
『未確認飛翔体は、我が艦隊の11時の方向、約6光秒の距離にあり、その数およそ2000!動きから予測するに小惑星群に非ず!左右方向に展開しつつ、尚も接近中の模様!』
「ふぅ…秋山大尉、我ら人類が宇宙に逃れて1世紀と半。これは初の未知との遭遇になるのかな?」
そう言う俺は、和泉 冬希。
士官学校を出て以来、何故か偶然にもいくつかの功績を挙げることができ、30歳を迎える前に大佐に任命され、縦二本線に星三つの階級章を賜ってる。
巡洋戦艦大淀の艦長として、この艦隊に配属され旗下に100隻の艦隊を率いる身である。
「はい、あれらが他星系の文明圏のものとするならば、そうなりますな。」
秋山大尉は、まっすぐ前を向きながら答えた。
「よし、総員に伝達。各々持ち場にて臨戦態勢を整えつつ次の指令を待つように。」
そう指示をだし、秋山の方を向いた。
「大尉、我が軍のレーザーの最大有効射程はどの程度だったかな?」
「公式には30万キロと発表されております。」
「もし、あれが我々と交戦するつもりの他星系の文明圏の艦隊だとして、我々より優れている武装を持っていた場合、どう対処すべきかな?」
「はぁ、交戦ですか…?私なら本部に報告ののちに直ちに後方に転進させますが…」
「俺でもそうするさ。相手の戦力が分からない上に数はこちらの4倍だしね。ただ、この艦隊の総司令が問題なんだよ。」
「高橋中将閣下でありますな?確かに野心家で好奇心旺盛の方と聞き及んでおりますが…交戦しますかね?」
怪訝そうに秋山は訊いてきた。
「物事は、やはり最悪を想定しておいてもいいと思うんだよ。」
ため息交じりに俺は言った。
「念のために艦隊総旗艦に意見具申いたしますか?」
ちょっと困り顔で秋山が訊いてきた。
「ああ、そうだな。そうしておいてくれるかい?もっとも逆効果にならないことを祈るがね…」
黒い宇宙空間に無数に散らばる星々のきらめきを背に巨大な戦艦が進んでいた。
全長が500メートルを超える、我が軍最大の旗艦型戦艦。長門型戦艦の4番艦である戦艦日向である。
今回の哨戒任務を担当している第四艦隊の旗艦である。
「司令閣下、第二分艦隊旗艦より電文が届きました。」
通信手の目線の先には、白髪交じりの短髪の眼光鋭い偉丈夫がいた。
「ほう、和泉大佐か。読んでみたまえ。」
男は低いが非常に通る声で言った。
この男は、高橋中将。まさにたたき上げの老練な軍略家気質の人物であった。
士官学校時代からこれまでに戦闘シミュレーションや模擬戦において常勝無敗を誇った天才である。
「はっ!未確認飛翔体群、正体及び戦力不明につき、無人偵察機を投入し本隊に報告した後、転進して本隊と合流されますよう具申致します。…とのことであります!」
高橋中将は、しばし目を閉じ思案しているように顎を手で擦っていたが、
「敵の正体が不明な以上、本隊及び母船の位置を知らせる訳にはいかない。こちらの判断にて相手を吟味し、必要とあらば一戦も辞さない。…そう返信せよ。」
「艦長、艦隊司令からの返信がきました。」
秋山は、電文を差し出してきた。
「やれやれ…我々からの電文が藪蛇になっての結果じゃない事を祈るよ。」
俺は肩をすくめて言った。
「で、大尉。先ほどの話だが…」
「まずは相手のミサイルなどの物理攻撃に対するジャミング及び迎撃準備と接近を許した際のレーザー機銃の準備、レーザー攻撃に対する防御シールドの準備ですな。いずれにしても、こういう状況になってると言う事は、後手に回っているので戦闘になりませんがね。」
俺の言葉を先読みするように秋山は言った。
「では、我が隊はもっぱら撤退準備を優先して置いた方が良さそうだな。せめて相手の機動性能さえ分かっていれば、少しは考えも違ってくるのだがね…」
我が艦隊は、旗艦を中心に「V字」の形に陣形を整え、飛翔体群の真正面に対峙した。
飛翔体群は、左右に広がる横一文字の隊形をとっていた。
「映像出ます!」
スクリーンに、細長い棒状の艦影が多数映し出された。
漆黒のその艦隊は、我が艦隊のそれとは違い砲塔らしきものなど確認されず全体的にのっぺりとした印象であった。
「敵艦隊との相対距離、2光秒、およそ60万キロ!敵艦表面に異常!変化を確認!」
敵艦の艦首部分にいくつもの青く光る点のようなものが現れた。
「いかん!全艦、対ビームシールド全開にせよ!!」
俺が叫ぶと同時にモニターの敵艦の艦首から青い光線の帯が放たれた。
2秒遅れで衝撃が走った。
辺りは激しい閃光に包まれていた。
「我が部隊の3割の艦識別信号が消失しました!」
オペレーターが叫んだ。
「散開し右舷後方に後退せよ!対ビームシールド全開を維持せよ!次が来るぞ!!」
俺は立ち上がりながら指示を出した。