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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第2楽章 奏者の庭

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01

 部屋には、一人の初老の男が座り、前に立つ二人を見つめる。一人は、紫を基調とした制服を身にまとったスラリとした長身の男、もう一人は黒と赤の制服を身にまとい特徴的な石の髪飾りをつけた女。男は軍艦アネモネの艦長であるアネリア、女は軍艦キャメリアの艦長であるコンナだ。


「つまり、君たちはその二匹の砂竜が一緒にいたというのか?」

「姿を確認したわけではありませんが、砂の動きからしておそらく同じ場所にいたのだと思われます」


 アネリアの言葉に、初老の男は手を組み唸る。アネリアは艦長を長く続けているし、実績だってある。信用に足る男だ。コンナはまだ若いものの歴代の艦長でも特に戦闘力が高く、実績も着実に増やし、すでにウィンリア屈指の戦力に数えられるほど。

 そんな二人の意見を疑うわけではないが、鵜呑みにするわけにもいかない。


「調査隊の報告はまだ出てこないのですか?」

「いや、今朝方届いたよ」

「なにかわかりましたか?」

「……」


 黙って差し出されるそのページをアネリアが手に取り、コンナがのぞき込めば、巣の全貌だった。中央の奥、最も大きな空間。そこが、砂竜が本来いる場所である玉座だ。


「私にはその尺度が間違っているように見えるのだが……」


 紙に収めるために、その巣の大きさが書かれているのだが、一般的な巣の大きさの倍の大きさはある。


「いえ。間違いはないかと。尺度も問題ありません」


 アネリアが返せば、初老の男はなおさら唸る。


「“また”か」

「?」

「明日には、グラジオラスが討伐した巣の調査結果も出るだろう。アネリア艦長はしばらくウィンリアで待機。先の戦いについての詳しい報告を。コンナ艦長も同様に」

「「了解」」


 二人は敬礼すると、退出しようと扉に向かった時だ。


「あぁ。それから、コンナ君」


 艦長ではなく君と呼ぶ時は、命令ではない時だ。軍人にも、呼び分けることで公私を分けている人は多い。何かあっただろうかと、コンナが振り返ると、アネリアも不思議そうに足を止めていた。


「グラジオラスの艦長と整備長に、ちゃんと礼を言っておきなさい」


 その言葉だけで、コンナはなんのことか察し、もう一度敬礼して、アネリアと共に部屋を出た。


「なにしたのよ」


 廊下に出てから、しばらくして人気がないことを確認すると、呆れたようにアネリアに聞かれた。


「砂竜に取り付かれてたから、落とすために音量マックスで吹き飛ばした」

「あいかわらず、大胆なことするわねぇ……」


 笑うアネリアに文句有りげな目をやるコンナだった。



***



 薄暗い部屋の中、もそもそと布団から顔を出すと、時計を見た。すでに、九時を過ぎていた。本来であれば、大遅刻だが、今日は休暇だ。


「……起きないと」


 いくら休暇だとしても、さすがに起きないと、とだるい体を起こし、リビングに行けばすでに朝食が置かれていた。


「まだジー君たちとは違うなぁ……」


 昨日、帰投し、報告書を提出後、新人は一日休みをもらった。グラジオラスの船員も半分休みのようなものだが、補給や整備などの仕事が終わってからであり、それが当たり前であるため、いつも通りに出勤していた。

 特に、艦長、参謀ともなれば船員から上がってくる報告などの確認業務もあるため、帰投翌日は休んでいる様子はない。

 支度を済ませると、ミスズはとある場所に向かう。階段を上りきると見慣れた金髪の少女の姿があった。


「! ミスズ!」


 ミスズに気がつくと、フィーネは笑顔で手を振り、ミスズもそれに返す。


「やっぱり、フィーネもきたんだ」

「うん……もうこれくらいしか、できないしね」


 そこは慰霊碑だった。殉職した軍人たちの名前が刻まれた。毎日、誰かが花を供えるため、ここから花が消えることはない。

 ミスズも持ってきた花を供え、手を合わせた。


「あ、そうだ!」


 階段を下りていると、突然フィーネが手を打ち、何かと振り返ればフィーネは笑顔で、


「カルラちゃんとの約束! どうせなら、今日ってどうかな? カルラちゃんも結構忙しいし」


 グラジオラスの奏者であるカルラは、グラジオラスに出撃命令が出てしまえば呼ばれる。今回のような討伐であれば帰りも早いが、警備となれば長期にもなりえる。


「でも、庭園って」

「大丈夫! 場所知ってるから!」


 隠されているわけではないが、基本的に探さなければわからないし、道も複雑になっていると聞くが、フィーネは自信満々に告げた。

 フィーネの案内で庭園、つまり奏者たちが住む建物に向かっていれば、その途中のカフェのテラスで、その姿を見ると足を止めた。


「どうしたの?」

「コンナ艦長だ……」


 ずいぶん最近あった彼女に、フィーネがそう呟く。コンナは昼食なのか、パンケーキを隣にいる男と食べていた。一緒に食べていた男は、二人に気がつくと笑顔で手を振り、おいでおいでと、手をやってくる。

 その男は知らなかったが、コンナは知っている相手だ。そもそも、二人共軍服を着ているのだから、少なくとも上官であることに間違いはない。素直に、テラスに上がればようやくコンナも気がついたように顔を上げた。


「いらっしゃい。どう? 一杯飲む?」

「あ、いえ……」

「緊張しなくていいわよ。もっとリラックスして、ねっ? せっかくの休日じゃない」


 ミスズたちは制服を着ていなかったため、すぐに休暇中ということはわかる。しかし、二人は休暇というわけではない。もちろん、こんな場所でのんびりとしているのだから、休憩中であることには変わりないだろうが。

 もぐもぐとパンケーキを食べ、何も言葉を発さないコンナにそっと目を向けると、男は何か察したようにコンナに目を向けると、


「もぅ……! アンタ、もうちょっと愛想良くしなさいよ。怖がってるじゃない」


 注意されたコンナは、ゆっくりとコーヒーを一口すすると、


「いや、お前の口調だよ」


 はっきりと、ミスズとフィーネが驚いていたことを言い当てたのだった。


「あら……ごめんなさい。アンタ、よく怖がられてるから、特に女の子に」


 否定できないため、黙っていればフィーネは単刀直入に聞いた。


「つまり、オネェ……?」


 あまりにストレートな聞き方にミスズが慌てるが、アネリアは笑うだけだった。


「あら、いいのよ。別に。自覚してるから。二人共、一杯どうかしら? 奢るわよ」

「え……あ……」

「何か用事か?」


 言いよどむ二人に、コンナが尋ねればミスズがカルラとの約束のことを答えれば、難しい顔をした。


「それ、申請したか?」

「え……」

「奏者は外出規制があって、ウィンリアの中でも申請しないと許可は降りないぞ。許可自体は一日で降りるが……当日は無理だ」

「そうなんですか!?」

「知らなかったみたいね……まぁ、奏者とショッピングなんてしようと思う人いないものねぇ……」

「まぁ、こっちから遊びに行く分には別に平気だから……私もいこうかな」

「アンタは仕事あるでしょうが」


 アネリアに注意され、今度はすこし寂しそうな表情をして、残りのパンケーキを口に運ぶ。拗ねてしまったコンナに、アネリアは頬に手を当て、ため息をつくと、


「道はわかるの? あそこ、複雑よ」

「あ、はい! 大丈夫です!」

「それならよかった」

「結局この前も、保護者に邪魔されるし……今回も仕事って……」


 その保護者がギリクのことだとは容易に想像がついたが、今回の仕事というのは仕方のないことだ。


「ほら、拗ねてないの」

「だって、船に戻ってもいるのクソガキだよ!?」

「自分の参謀をクソガキっていわない」

「あれがクソガキじゃなかったら、何がクソガキだよ!?」

「わかったから、落ち着きなさい。もぅ……」

「あ、そうだ。二人共、カルラに会いに行くんだっけ?」


 突然話題が変わり、驚きながらも頷けば、コンナは立ち上がり、店の中に入っていく。


「ミドナの分もお願いね」

「わかった」


 コンナたちの行動に首をかしげていれば、アネリアは笑いながら教えてくれた。


「どうせなら、ここのケーキ持っていってあげて。三人の分と、ミドナとカシオ君の分も買ってくるだろうから、一緒に」

「え!? あ、すみません!」

「あの、値段は……」


 せめて自分の分は、と思ったのだが、断られた。


「気にしなくていいわよ。これくらい」

「ありがとうございます」


 コンナにもしっかりとお礼を言ってから、二人はケーキの入った箱を持ってテラスから出た。


「あの子達よね? 前にいた子」

「ミスズとフィーネ。二人共、見どころはあるな」


 その言葉に驚きつつも、確かにと静かに同意した。

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