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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第1楽章 討伐作戦
6/36

05

 音が響き始めると、巣の穴や、砂の中から地を這う者(レジスター)がどんどん飛び出してくる。


「あまり地上には近づかないように注意しろ」


 ユーリの言葉に頷き、剣を握る手に力を入れる。今作戦では、ライルたちが巣内部にて、黒玉を破壊する必要があり、残響領域を広げるためウィンリアの防衛をしていた時よりも音は小さくなり、共鳴も難しくなる。

 音は船、つまり奏者に近づくほど大きくなるため、離れれば離れるほど共鳴は小さくなる。まだ慣れていないミスズたちには地上付近は危険だった。


「うわっ!」

「フィーネ!」


 死角から飛んでくる地を這う者を切る。普段であれば、胴体のどこかに当てれば砂の塊と化すが、ここではそうはいかない。頭を確実に貫くか、二つに切る必要があった。ヒレを切ったところで、バランスを崩すだけだ。


「蚊みたいに飛びやがって……!!」


 ズルダがボヤきながらも、また一匹切った。


「一人で先行しない。フォローが効かなくなるぞ」

「フォローなんて必要ねぇよ!!」


 ユーリが眉をひそめるが、その手はしっかりと剣を握り、地を這う者の攻撃を防いでいた。

 ミスズは他の四人の様子も見ながら、自分の元に飛んでくるのはかわすか、余裕があれば切っていた。自分の身を守りながら、戦うのは嫌というほど体に染み付いてしまっていた。


『最悪、他人なんて心配なんてしてたらダメっすよ。敵を見て、行動を読む。敵さんも俺らと姿形こそ違っても、やってることはそう変わらないっすから』


 旅商人の一人であった男が、船が襲われた時ミスズに向かってそんなことを言っていた。そもそも、あの場で、ミスズ以上に弱い共鳴者はいなかったため、他人の心配なんてできない状況だったが。

 ボスである砂竜がいないとはいえ、完全に指揮系統がないわけではない。大雑把な動きは本能で決められているようで、まず最初に奏者を狙おうとする。しかし、雑兵である最も下の奴らは、奏者に近づくだけで砂に還ってしまう。そのため、奏者に向かうのは共鳴者と同じように、地を這う者の中でも強い部類のやつらだ。


「ねぇ、ミスズ。なんか、ノイズみたいのしない?」


 フィーネが背中越しにそんなことを聞いてくる。それは先程からミスズも疑問に思っていたことだ。カルラの発する音の中に、なにかノイズが混じっているような気がするのだ。羽音ではなく、別の何か。

 奏者に対抗し得るのは、砂竜であり、砂竜の咆哮こそが奏者の謡と同じなのだ。


「する気がするけど……」


 それは、砂竜がいるということだが、ここにはそんなものはいないし、そのノイズのようなものは、グルグルと反響していて、場所はつかめていなかった。



***



 ジーニアスも戦況を見て、難しい顔をしていた。


「まずいかも」

「なんだ?」

「指揮系統が妙に高いレベルのモノな気がする」


 指揮系統が高い理由としては、三つ考えられた。ひとつは、砂竜の存在だ。これは目視で確認できる限り存在せず、可能性はまずない。もう一つは、黒玉内で砂竜が生まれかけているということだ。


「ライルに通信を」


 ギリクも先に後者である可能性を考え、ライルに通信をつなぎ、


「黒玉内で砂竜がすでに形成されてる可能性がある」

≪ 了解。警戒して進む。だが、巣の内部の防御は少ないようだ ≫

「少ない?」


 地を這う者にとって、最も重要な黒玉の護りは厳重のはずだ。


「何が起きてやがる……」

「数少ない事例だけど、砂竜が生まれた直後ではなく、巣を形成、成長した後にその巣を捨てたって事例もあるよ」


 それが最後の可能性だ。その場合、厄介なのは指揮系統が通常よりも発達している。そして、今だに新たなボスが誕生していない場合、巣を捨てた砂竜がに戻ってくる可能性がある。


「……あいつら次第、か」


 併行作戦として、もうひとつ行われている作戦を思い出しては、力を抜く。それを行なっている人たちを信用していた。砂竜を討ち漏らすはずがない。



***



 ユーリとミスズは、ある集団を見ていた。


「あの集団……崩れないな」

「あの中央の奴が、上位の指揮官かも」

「可能性はあるな」

「どれの話だよ!!」


 ズルダが周りを見るが、その集団は見つからない。それどころか、どれも似ていて、傷が付いていないでもない限りわからない。


「上位指揮であれば、ミスズとフィーネが近づければわかるか?」


 共鳴者は微かだが聖なる音を発生させることができる。それは、響かせられる純度、大きさは人によって優劣があり、この中ではミスズとフィーネが特に高い数値を出していた。高い数値であればあるほど、共鳴率が上がり必然的に討伐数も増える。

 そして、聖なる音を響かせられる者は全員、地を這う者の発する音も感じることができるが、数値が高い共鳴者であれば、その認識能力も高くなる。


「わかるかもしれないけど、どれのこと言ってるの!?」


 この中で分かっているのはミスズとユーリだけで、ほかの三人は困ったように周りを見るだけ。しかし、教えようにも動き続けているし、外見的な特徴もなく、ただ単純に動きが妙に規則正しいのを見つけているだけなのだ。


「とにかく、上位指揮を倒せば少しはこの状況を打破できるってことですか?」

「これよりはマシになるだろうな」


 思っていた以上の統制の取れた攻撃に、防戦一方であり、地表を見れば倒れている人もいる。


「っ」


 それを見てしまい、フィーネの体が一瞬震えるが、すぐに前を向く。周りには仲間もいる。


「私だって……強くなるんだ」


 言い聞かせるように呟くと、集中して意識を周りに向けた時だ。


 大きなノイズを響いた。


「逃げて!!! 下から来る!!」


 最早、本能的な叫びだった。フィーネの叫びに、全員下を見た瞬間、巣の入口よりも離れた場所の砂が煙を上げて盛り上がり、傷ついた大きな翼を広げた。


「砂竜!? か、回避!!!」


 砂竜は羽ばたくと、一直線にグラジオラスに向かう。その途中に仲間がいようと、敵がいようと、全てを翼が起こす風と突進に巻き込んでいく。

 自由が利かない風の中、最も恐れていた集団がこちらに向かってきているのが見えた。まるで、最初から砂竜が巻き起こした風に捕まった共鳴者たちを、食らうつもりだったかのように。


「フィーネ……!!」


 浮遊装置の共鳴率を上げ、体制を立て直すとフィーネの腕をつかみ、その集団から逃れる。ユーリもなんとか逃げ切り、ズルダとチフスが波に飲み込まれ、飛行不可能の状態になりながら波から放り出される。


「うわぁぁあああああ!!!」


 放り出され地表に落ちるチフスを追いかける地を這う者は、口を開け細かい牙を覗かせながら、一緒に地表に落ちていく。


「チフス!!」


 ズルダも同じように、腕を噛み付かれていたが、噛み付いた地を這う者の頭にはナイフが刺さっていた。だが、まだ動いている。


「クソっ!!」


 もう一度、ナイフを抜き、突き刺そうとした時、地を這う者の頭から先が消えた。すぐに、噛み付いていた頭も砂に変わり、襟を掴まれる。


「ユーリ……」

「飛行はできるか?」

「問題ねェよ! 離せ!」


 襟をつかまれている姿が恥ずかしかったのか、ユーリを振り払うと、浮遊装置を共鳴させ飛行する。右肩からは血が流れ、武器もナイフ以外無かった。これで戦ったところで、死ぬのは目に見えている。


「チフスは!? 助けないと!」


 フィーネが助けに向かおうとするが、ミスズに止められる。


「もう間に合わない」

「!! わからないじゃん!! まだ間に合うかも!」

「そんなことをしたら、今度はお前の番だぞ」


 ユーリが剣を構え、ミスズとフィーネの死角を補うように構えていた。周りには、すでに地を這う者が集まってこちらを見ている。


「チームが崩れたところから狙うらしい……ズルダを中心に、陣組め」


 この状況で、負傷し戦えないズルダを守りながら戦うのは難しいが、やるしかない。フィーネも砂の上に増えた、青を見てぎ強く目をつぶる。

 そして、ゆっくりと目を開けるとレイピアを構えた。



***



 グラジオラスの甲板には、砂竜が乗っていた。艦橋の目の前には、顔。咆哮による揺れが船を揺らすが、傷のせいもあるのだろう。グラジオラスに響く聖なる音のバリアには、まだ触れられないようだ。


「とはいっても……」


 残響領域を減らせばバリアの出力に回す量が増え、砂竜を甲板から落とすことはできるが、それではライル達が危険であり、甲板に乗っているため、音響弾を撃つにしても、効果的ではなく、多くの流れ弾が出る可能性もある。

 ひどく乱れた隊列に加え、砂竜がこれほどまでに近くにいるため、ノイズで通信ができず、連絡なしで大量の弾をかわすことは困難だ。

 最終判断はギリクに託されており、どちらを選択しても、相応の犠牲はでるだろう。


「……」


 ギリクが舵に取り付けられた宝石のようなモノに手を触れれば、呼応するように光出す。



***



 画面には、砂竜に取り付かれている軍艦が映っていた。


「照合結果、グラジオラスです!」

「グラジオラス? って、まさか」


 その結果に、嫌な予感を感じたオペレーターの一人が艦長に振り返れば、口端を上げ、手を挙げている艦長に当たり前のように立ち上がり、砲台や残響領域を決めるスピーカーを操作することができる装置に手を触れる参謀がいた。


「……本気ですか?」

「艦長命令だ。仕方ない」


 全く悪びれていない参謀は、スピーカーを操作する。


「全共鳴スピーカーをグラジオラスへ」

「放て」


 一瞬の迷いもなく言い放った。

 最早、音というよりも衝撃波だ。共鳴者ですら、その衝撃にバランスを崩すのだから、それが苦手である砂竜や地を這う者はバランスを崩すどころではない。吹き飛び、数匹が砂になった。

 大きな重荷が離れたグラジオラスは、砂竜から離れ、間には護衛部隊が入る。


「な、何!? 今の!?」


 慌てるオペレーターの声がするが、ギリクとジーニアスには、こんなことをする相手に心当たりがあった。


「通信入りました! キャメリアです!!」

「やっぱり……」

「繋げ」


 苦笑いのジーニアスと感情を押し殺したギリクの声に、小さく悲鳴を上げ通信を繋ぐ。


≪ やーみんな生きてる? ≫


 繋がった瞬間に、黒い制服に包まれニヒルに笑う女が言った。


「残念だったな。生きてるよ」

≪ 完全にキレてる……助けたんだから、ありがとうの一言くらい――≫

「そもそも、てめぇが砂竜を逃がしてなきゃな!!」

≪ こっちにも事情があったんだって……とりあえず、そっちに増援送ったから ≫


 その通信が入ったのとほぼ同時に、艦橋の前を通り過ぎる六人の影があった。


≪ 砂竜のことは気にしないで、守りに専念してよ ≫


 その影は、勢いよく砂竜に向かうと、ワイヤーで首を絡め取り、そのまま下に引きずり下ろしていく。


「ようやく捕まえた」


 素早くワイヤーを持つ二人以外が暴れる砂竜の翼を切り落とすと、一人の女が砂竜の喉元に降り立ち、そして、首を槍が突き抜けた。


「さ、お帰り」


 刃が震えると、槍を薙いだ。

 ボロボロと溢れるように砂になる砂竜だったものを、唖然と眺めてしまっていれば、


「今だ!!」


 ボスがいなくなったからか、動きが鈍くなっている。ユーリの言葉に、ミスズがある一点に向かえば、フィーネも遅れながらついて行く。


「あの集団! 前のやつ抑えるから、奥のあいつを」

「わかった!」


 ミスズたちが近づいた時、慌てたように上位指揮の前で、護衛するかのように離れなかった奴らがミスズに牙を剥くが、一番近い奴を剣で抑え、中心部までの小さな道を作る。

 ここまでくれば、一番ノイズが大きな奴は分かっていた。わずかな隙間をフィーネはすり抜けると、その勢いのまま上位指揮の首筋を突き刺した。


「消えろぉぉおお!!!」


 そのまま切り上げれば、そいつはあっさりと砂に代わり崩れ落ちていく。

 だが、周りにいる牙を向いた奴らは、そのままミスズとフィーネに向かってくる。


「ッ」


 もう間に合わないと痛みを覚悟した時だ。左右に一仭の強烈な風が吹いた。


「お手柄だぜ! 嬢ちゃんたち!」


 紅色の槍を構えた男は、笑顔を見せると、すぐにフラフラとする地を這う者を薙ぎ払う。


「砂竜の完全崩壊を確認。次の命令を」


 淡々と告げる黒髪の日本刀を構えた女が、無線を飛ばす。そして、すぐに、


「了解。殲滅作戦へ移行します」


 統一性のなくなった地を這う者は、黒玉を破壊したライルの部隊とキャメリアからの強力な増援によってあっさりと姿を消した。

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