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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第9楽章 巡り謳う

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エピローグ

 黒竜が現れてから二年の月日が経った。

 相変わらず地を這う者(レジスター)は現れるが、前ほど勢いはなくなった。ような気がする。

 無くなってしまった右腕には義手がつけられ、日常生活になんの支障もない。戦闘と言われると少し不安はあるが、軍をやめた今、そんな心配をするのもおかしな話だ。

 開店前の誰もいない店内で、テーブルを拭いていれば、カランと来客を知らせる鈴が鳴った。


「シリカ?」


 フードを被ったシリカは昔と変わらない笑顔を浮かべていたが、すぐに頬を膨らませる。


「やっと見つけた! 軍をやめたって聞いて、探してたんだよ!」

「え……あ、うん。ごめん」


 頬を膨らましているシリカに謝れば、またすぐに微笑んだ。


「今は、ここで働いてるの?」

「うん。軍をやめてから誘われて」


 軍をやめてからすぐのこと。よく通っていた喫茶店だからメニューについても詳しいだろうし、いい加減一人で店を切り盛りするには体力的に厳しいのだと、店長から勧誘を受けた。本当のところはわからないが、ジーニアスに全て任せてしまうのも悪いから、こうしてここで働いていた。


「それで、シリカは売り込み?」


 一応、商人であるシリカは時々ウィンリアに来て、珍しいものを売っているらしい。なんでも裏では相当、高額な取引を行なっているらしいが、全てランスロットが行なっているため、シリカも詳しくは知らないという。

 つまり、シリカは売り込みなんてものはしないのだが、売り込みという言葉に、なにか喫茶店で使えそうなものがあったか本気で考えていた。


「お客さん? あぁ。妹君。いらっしゃいませ」

「あ、おはようございます」


 裏から出てきた店長にシリカは慌てて挨拶をすると、店長はいつものようにカウンターに入り、コーヒーを煎れてテーブルに置く。


「立ち話もなんでしょうから、どうぞ。ミスズさんも」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 椅子に座り、そのコーヒーに口を付けると、ようやくシリカは本題を思い出したらしく、じっと見つめてくる。


「あのね、ミスズ。よかったら一緒に世界を見て回らない?」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 理解はしていたが、全く予想していなかった質問に何も返せないでいれば、シリカは私の手を取った。


「ほら! ミスズ、一緒に旅してた時、このままずっと一緒にいたいって、いろいろなところ一緒に見て回りたいって言ってたでしょ? でも、軍に入るからって…だから、軍をやめた今なら……ダメ、かな?」


 なんとなく飛び出した世界は知らないことも多くて、確かにいろいろな場所を見て回りたいとは思った。今だってそれは変わらない。そして、ウィンリアを護りたいとも。

 なら、ここから離れることはしてはいけない気がした。


「……それって、両方じゃダメなの?」


 不思議そうな顔で首をかしげるシリカは、続ける。


「アタシだってウィンリアが好きだし、護りたい。でも、世界だって見たい」


 二年前のあの日、ウィンリアを飛び出した妹君は世界を見て回り、ウィンリアと危機となればウィンリアを護るため戦った。

 考えてみれば目の前に、一緒に叶えられないと思っていた、ふたつの願いを叶えていた。

 今まで全く気付かなかったことに、自分でもおかしくなって笑えば、からかわれたのかと、シリカが頬を膨らませるのが見え、すぐに謝った。


「せっかく君たちが護った平和なんだから、君たちの願い、存分に叶えておいで」


 店長のその言葉にお礼を言って、シリカにも一緒に行くと伝えようとすれば、本日二度目の来客を知らせる鈴の音が言葉を遮るように、騒がしく元気な声と共に店の中に響いてきた。


「てんちょーー! 牛乳のお届けでーーすっ!」


 フレイヤだ。戦いが終わってから共鳴をすることができなくなり、王立騎士団をやめた。今は孤児院で働きつつ、朝はこうして何故か牛乳の配達を行なっている。

 共鳴ができなくなった原因は、おそらくミドナの死と関係した心因性のものだろうと言われており、時間が解決してくれるのを待つしかないそうだ。ただ、相変わらずのハイテンションで悲しむ様子は妹のフィーネすら見ていないという。そして、今日はなぜか片手にクロスが捕まえられていた。


「離せ! 百合女!」

「いーじゃん! アタシの視界に入った時点で負けなんだよ」


 なんとも理不尽な理由だ。しかし、クロスはシリカに気づくと、珍しそうに声を漏らした。


「いいと思うよ! やりたいことをやるのが、一番だよ!」


 フレイヤたちに先程までの話をすると、フレイヤはすぐにそう笑顔で答えた。しかし、言ってからすぐに何か引っかかったのか、口元に手をやると、


「あれ……? ねぇ、ミスズちゃんって、極秘で保護対象になってなかった?」


 ミスズは正式な王族ではないが保護対象にはなっているという噂を聞いたことがあった。ミスズ自身、実感したことはないが、おそらくウィンリアから出ようとすれば、何か理由を付けて止められるはずだ。


「極秘の話、こんな場所でして大丈夫なの……?」


 シリカの心配は最もだが、本来、一番慌てるべき、現在正式な軍人、しかも参謀であるクロスが全く気にしていないのだから、ここで気にしたら負けなのだろう。


「何を言ってるんだ? ミスズは珍しく王族と似た聖音の性質で、その能力が異様に高いだけの“ただの”共鳴者だろ」


 それどころか、肯定している。不安になっているのはシリカくらいで、フレイヤも納得した様子で何度も頷いている。


「ねぇねぇ! 店長! お土産って何がいいと思う? ミスズちゃん! フィーネだけじゃなくて、アタシにもちょうだいね!」

「そうだね……海の水、とかじゃないかな?」


 店長の言った懐かしい土産に、シリカと一緒に驚いて、笑いが漏れてしまう。


「ところで、いつ出発するの?」


 一番重要なことを聞けば、シリカは明日の朝だという。


「結構、急だね」

「まだほとぼりが冷めてないって、あんまり長居できないんだってさ」


 一応、死んだはずの姫に、それを殺害したはずの大犯罪者だ。その二人が、あれだけの大きな作戦に関わったため、生きていることを隠しきれていなかった。ただ、生きていることがバレて不利益を被るのは、ランスロットも軍も同じで、そこの利害は一致しているらしい。

 そのため噂程度で収めるため、確信をもたれないよう、本来ならまだウィンリアに訪れないのが一番だが、ミスズを誘うために来たのだ。


「……うん。その時間ならいける」


 フレイヤがなにか真剣な表情で頷いていたが、時計を見て慌てたように残りの配達に向かっていった。


***


 翌朝、ジーニアスはまだ帰ってこないため手紙を書いて、シリカに言われた場所へ向かえば、カサブランカがあった。船の上ではアーチが手を振っていた。


「どーも。お久しぶりです」

「ミスズ! おはよー!」

「おはようございます」


 手を振るシリカはすぐに降りてくると、アーチも続いて降りてきたが、どこかをじっと見ていた。


「どうかしたんですか?」

「いえ……なにやら、お嬢さんが熱い視線をこっちに向けてるもので」

「?」


 二人でアーチの指す場所を見るが、建物があるだけで誰も見当たらない。シリカと二人で首をかしげているしかなかった。


 しかし、アーチに指を指されたエリザは「うげっ…」と声を漏らし、バレていることを隣のコンナに伝える。


「お見事」

「どうするんだい? ランスロットを捕まえろって言ってる奴らもいるけど……」

「『空気読め。糖分補給が終わってない』」


 そのまま伝えてくると、ジルが部屋を出ていき、残ったスレイとクロスに目を向ける。


「お前らはー?」

「あいつに関わるとろくなことがねェ」

「これからがおもしろいんじゃないか」


 笑っているクロスに、心底嫌そうな顔をしたスレイがいた。


 薄暗い入り組んだ道を少女の手を引き、全速力で走り、ようやくその道の先に光が見えた。


「がんばって! シルヴィ!」


 フレイヤの元気な声に、ウィンリアの姫君であるシルヴィアは息を切らしながらも頷いた。その後ろには、フィーネとナギがいた。二人の服は白い王立騎士団のもの。


「本当にこの道で下層に出られるのですか?」

「最短でも、1時間くらい掛かるよね!?」


 昨夜、どうやって警備をくぐり抜けてきたかはわからないが、フレイヤがシルヴィアの部屋に現れると、ミスズがシリカと共に旅に出ることをフィーネに伝えると、すぐにシルヴィアに目を向け、


『ちゃんとシリカに会って話をしてきなよ』


 そういったのだ。あの事件以降、喧嘩別れのようになったことを悔やみ続けていたシルヴィアと同じように、シリカもそのことを後悔していた。だから、ちゃんと会って話をするべきだと、無断で連れ出した。

 しかし、王宮から無断で抜け出してきたというのに、シルヴィアの表情はまだ踏ん切りがつかないのか暗い。


「姉妹喧嘩なんてよくあることでしょ! 大丈夫! 弟たちが大事にとっておいたお菓子、間違って食べることなんてよくあるから!」

「それ励ましてるの……!?」

「それに! 姉妹が会っちゃいけない理由なんてないんだから! 喧嘩なんてなんのその!」


 兄弟喧嘩なんてものは日常茶飯事だ。たった一度の喧嘩で長い間、引きずり続けるのはよくない。フィーネも、シルヴィアにはっきりと言った。


「あの、シリカさんもずっと気にしてたみたいなんです! シルヴィアさん同じで」

「なら、最初に一歩踏み出すのは、お姉ちゃんの役目だね! シルヴィ、ファイトッ!」


 路地を抜けた先は、見晴らしのいい場所だった。カサブランカも見えた。しかし、まだ遠い。

 だが、フレイヤはまるでここまでだというように、シルヴィアの手を離した。


「フレイ?」

「よしっ! フィーネ! あとは任せた!!」

「え゛」


 まさかとは思うが、フレイヤの表情に嘘も偽りも何もなかった。ただカサブランカを指している。


「だって、走ったところで間に合わないんだもん。ここからなら、一直線で向かえるよ!」

「やっぱり!!」

「まぁ、無断で王宮を抜け出した時点で、めちゃくちゃ怒られるのは決まってるわけだし、今はそんなこと考えてる場合じゃないでしょ! ほら! 早く!」


 ナギが予想通りすぎる答えに呆れていると、ドックの方から手を振る人影が見えた。


「……まったく、参謀に筒抜けじゃないですか」

「だって、クロス同じ場所にいたし」


 全く反省してない様子で頭に手をやるフレイヤに、大きくため息をついた。


「あーもう! シルヴィアさん、失礼します!」

「え!? ふぃ、フィーネ!?」


 フィーネはシルヴィアを横抱きにすると、浮遊装置を共鳴させ、カサブランカに向かって飛んだ。


「あの……なんか、未確認の不審人物が下層にいるため、補足せよって、連絡が入ったんすけど……」


 歯切れ悪くアネリアに伝えるズルダに、アネリアは頬に手をやるとため息をついた。


「放っときなさい」

「いいんすか?」

「アンタも見たんでしょ? 未確認の不審人物」


 ズルダも同じく、その未確認と称される不審人物を見たソフィアはなんとも微妙な顔をした。


「不審人物、よね……一応」

「そうっすね。確認はしてますけど」

「そうねぇ……補給が間に合わなくて、取り逃しちゃったとでもいいましょうか。どうせ、アタシたちだけじゃないわよ。間に合わないのは。アンタたちも飲む?」


 そういって、優雅にコーヒーをいれるアネリアだった。


 最初に気がついたのはアーチだった。その姿に気がつくと、一瞬にして頬をひきつらせた。

 そして、次に気がついたミスズとシリカが見上げるのと、二人が降りてくるのはほぼ同時だった。


「フィーネ!?」

「お姉ちゃん!?」


 お互いに予想外すぎる人物に驚き声を上げるが、現れた二人もなんとも言えない表情をしていた。


「なんで上から……? というか、姫君まで……」

「えーっと……出発までに間に合わないから、その……飛んでいけば間に合うって……勢いでやっちゃったけど、絶対怒られるよね……コレ」


 なんとなく、それを言った人物がわかってしまい、ミスズもそれ以上、何も言えず、頷くしか出来なかった。

 シルヴィアとシリカはお互いに顔を合わせると、自然と視線は下を向いてしまう。しかし、意を決したように顔を上げると


「ごめんなさい!」

「ごめんっ!!」


 同時に頭を下げた。自分の言葉に重なって聞こえた相手の言葉に、二人は慌てて顔を上げると、手をばたつかせた。


「あ、アタシの方がお姉ちゃんのことわかってなくて、ひどいこと言ったし……!」

「わ、私だって規律だからってシリカに当たって……あなたの自由を奪う権利はなかったのに」


 今度は先ほどとは別の気まずさに、顔を伏せる二人に、フィーネが頬をかいた。


「まぁ、兄弟喧嘩って、いざ謝るとこうだよね……」

「そうなの?」

「だって、いつの間にか仲直りしてること多いもん」


 笑っているフィーネにつられ、そっと顔を上げれば、お互いを見れば目が合う。それが妙におかしくて二人共はようやく笑った。その様子にフィーネが「ほらね」とミスズに言えば、頷き返された。


「でも、ごめんね。お姉ちゃんに、全部押し付けたみたいで……」

「いいのよ。元から、私がやるべきことだったのだから。シリカが幸せなら、それでいいわ」


 まだ複雑そうな表情をしているシリカに、船の上から、からかうような言葉が聞こえてきた。


「平気ですよ。第二王女が、王妃が即位されたその日に、ウィンリアを出ていったことがありますし」

「う゛……母が迷惑かけました」

「ちょっと会ってみたくなるよね。そこまで言われると」


 怒らせるとすごく怖いとシリカに教えられると、フィーネは少し会いたく無くなったが、でもやはり少し会ってみたかった。


「ふふっ……時間がないのが惜しいわ。もっとシリカの話、聞きたかったのに」

「じゃあ、今度はお土産も持ってくるから! アタシもお姉ちゃんに話したいこと、いっぱいあるんだ!」

「えぇ。楽しみにしてるわ。シリカが戻ってくるまで、私がここを護るから」


 微笑むシルヴィアにシリカは笑顔で頷き返した。


「あ、お土産は食べ物がいいです!!」

「腐らないものがあったらね」

「手紙も出すから!」

「それは届かないんじゃないかな……」

「あ……」

「私が出すよ。フィーネに」

「うん!」


 アーチが辺りを見ながら、そろそろ限界かと声をかければランスロットも頷いた。警備隊が、さすがに姫君とランスロットたちに気がつき始めていた。


「えっと……えと、他には……ご飯はちゃんと食べないとダメで、歯磨きもちゃんと……!」

「フィーネ、お母さんみたい……」

「世話好きなのよね。フィーネは」


 顔を赤くして、ミスズの手を握ると、


「私、ずっとここにいるから……」


 ミスズも、その手を握り返す。


「私、フィーネと友達になれてよかった」

「わ、私も!」


 親友は互いの手を強く握り合うと、いつもと変わらない挨拶を交わした。


「じゃあ、またね」

「うん。また」


 ウィンリアに帰還しようとするグラジオラスの艦橋に、ウィンリアから不審船についての連絡が入っていた。すぐ近くということで、その画像が映し出され、ギリクは眉をひそめた。


「不審船……か」


 ライルがその船を見ながら、隣で心底嫌そうな顔をしているギリクの様子を盗み見れば、大きく妙に力強いため息をつく。


「どこが不審だ。乗ってる奴らもはっきりわかってるじゃねェか」


 ライルも全くだと、乾いた笑いをこぼすしかなかった。

 甲板から、その船はよく見えた。その船の上にいる見慣れたいとこの姿も。


「不審船カサブランカ、ね……まぁ、信用されてないか」


 一人笑うジーニアスは、ミスズの新たな旅立ちに、


「いってらっしゃい」


 いつもと変わらないごくありきたりな言葉で送り出した。


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