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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第7楽章 大凶鳴

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05

 その軍艦の筆頭騎士は、艦長が日に日にやつれていくのをはっきりと感じていた。原因ははっきりわかっている。参謀の死。

 しかも、戦闘によるものではなく自殺。軍艦は参謀がいないという理由で、討伐は行なっていないが、共鳴者は助っ人として駆り出されていた。

 筆頭騎士も討伐の報告書を提出し終えると、自らの艦長を探しに向かった。執務室にはいない。となれば外だ。人気の少ない路地裏、積み上げられた箱の上に座り、その男はタバコを吸っていた。


「ちゃんと飯食ってんのか? アネリアも心配してたぞ」

「おや……帰ってきてたんですか。わざわざ討伐に行く必要もないっていうのに、物好きですね」


 一度決壊してしまったものはそう簡単には治らない。艦長が心を病んで軍をやめることは多々あることだ。最悪、参謀と同じ最期を迎えることもある。

 だが、艦長は筆頭騎士にほほ笑みかけると、


「スレイ。戦いに行くのはやめませんか?」

「ハ……? 何言ってんだ」

「必要でもない戦いに赴く必要なんてないでしょう? どうしても戦わなければいけない理由もない」


 その目は、少し前までのように何も写していないわけではなかった。だが、それはどこか今までとは全く違った何かを写している。

 どうしようもなく嫌な予感がする中、スレイはじっと次の言葉を待った。


「逃げるんですよ」


 その言葉を聞いた瞬間に、全身が震えそうになった。毛という毛が逆立ち、すぐ喉のところまで言葉がせり上がってくる。何かが彼の身に起きた。しかも、とても大きく、重すぎることが。


「一緒に逃げますか?」

「……どういう意味だ」


 感情を押し殺し問う。様子を伺うその雰囲気はもう、信頼し合う艦長と筆頭騎士のものではなかった。


 少女と出会ったのは、数日前。見たことだけで言えば、その少女が生まれた時から、彼女のことは知っていた。だが、実際に会話をすることは一度もなかった。


「ムリ、しないで。お願いだから……」


 そっと手を包み込んだ少女は自分よりも悲しげな表情で、どうして彼女がそんな表情をしているのか、私にはわからなかった。


「なにもできないかもしれないけど、アタシで何かできることがあるなら……!」

「……暖かい、ですね」


 それに、とても鼓膜を揺らす音が優しい。

 少女は抜け出すのだって大変だろうに、毎日のようにやってくる。いつしか、この路地裏は逃げるために来る場所ではなく、あの子と隠れて会うためにくる場所になっていた。


「外に出てきても平気なんですか? 警備もつけないで」

「別にいいでしょ! 逆に、みんなどうして外に出ないの? お姉ちゃんも……外に行っちゃいけないなんて言ってるし」

「外は怖いですから」

「怖いと行っちゃいけないは違うでしょ」

「いいえ。王族にもなれば、自分の体は自分だけのものではありませんから。姫君がいなくなってはウィンリアだって危ぶまれます。護るためなんですよ」


 目を伏せた少女は、ゆっくりと顔を上げる。その目は純粋すぎるほど澄んでいて、つい目を細めたくなる。


「でも、アタシは外に出てきて、すごくきれいな人とか楽しそうな人とか、いっぱい見たよ。お姉ちゃんはそういう人たちだって見ないで、それで護るって言われても、わからないもん……」


 少女は初めて会った時のように手を包み込むと、


「アタシはウィンリアもランスロットのことも好きだよ。もっといっぱいの人に会いたいし、話もしたい! それもダメなの?」


 手に伝わる震え。彼女もきっと怖いんだ。それでも、外への興味、それが優ったから真っ直ぐ前を見つめていられる。

 そっか。昔は同じだったかもしれない。友とか興味とか、それが戦いの恐怖よりも重く、強かったから立っていられた。 


「自分で自分のことはよくわかってます。私はもう艦長としてはやれません。いえ、もはや軍人として戦えるかもわかりません。ここらが潮時です」


 失ったものは取り戻せない。いつかは、目の前にいる男だって姿を消すだろう。

 だから、崩れた均衡を取り戻すのは、新しい願い。


「せめて、あの哀れな妹君の願いくらい叶えてあげようかと思いまして」


 久々に、自然に笑ったような気がした。


 数日後、ウィンリア始まって以来の大事件は起こった。王宮は珍しく大騒ぎとなり、姫であるシルヴィアとシリカは部屋へ逃げようとする中、妹のシリカが反対方向には走る姿に慌てて声を上げた。

 叫びにも似た呼び声にシリカは足を少しだけ止め振り返ると、


「お姉ちゃんのいってること全然わかんないもん。アタシだってやりたいことくらいあるの!!」

「ダメ! シリカ! 私たちはここにいなきゃ――」

「アタシは外を見たいの!! ――ッさよなら」

「シリカ……!!!」


 何度シルヴィアが必死に呼び止めても、シリカはもう足を止めることはなかった。

 シリカの捜索は行われたが、その姿は発見されることなく、軍はランスロットによって殺害されたものと断定した。元々王宮から勝手に一人で抜け出すことがあったことは知られていたため、その際の不運な事件であったと処理された。

 しかし、シリカが自分の意思でランスロットについていったことも、その二人が今だに健在であることも事件に関わっていた人物であれば知っていた。


「妹君はいまだ健在だというのに、このまま放っておくのですか? 彼にない罪を被せて」

「妹君をそそのかし、連れ出したのは事実だ」

「それは、確かにそうですが……」

「それに彼らの詳しい事情を知っているであろう男も、関わっていないと、何を聞かれても答えられないと言っている。証明はできず、証拠もないのにすでに発表したことを覆すことはできない。それに、彼もすべて分かった上でやったことだ」


 すぐに箝口令が発され、妹君殺害の事件の真相を新たに知る者はいなくなった。


***


 そして六年経った今、死んだものとされていた妹君が目の前に現れたフィーネは頭の整理がつかず、ミスズも授業で聞いた妹君がシリカであったことに驚きを隠せていなかった。

 当の本人は困ったように二人を見たあと、内緒にしてと手を合わせている。二人はよくわかってはいなかったが半ば反射的に頷いた。


「なんかもう訳が分からない!! どういうこと!?」

「そう聞かれても……私も今、シリカが妹君だって聞いたんだし……って、あれ?」

「どうしたの?」

「……嘘。待って」


 昨日、呼び出され、作戦の最も重要な役割である、黒玉の破壊を任された。それは、共鳴者としての能力と奏者との相性を考えた結果だということも聞いていた。その際に混乱を招く原因になるとミスズの母が元王族であることは伏せられていた。

 代わりにランスロットが小声でミスズだけに、シリカとの相性が最もよいからだとも教えてくれた。もちろん、シリカが奏者であることは知っていたし、母からは親戚の子と言われたこともあった。ただ親戚と言われてもピンとこなかったため、あの時、ランスロットに耳打ちされるまで忘れていたくらいだ。

 しかし、シリカが妹君で母から聞かされた親戚の子という言葉。少しだけ、嫌な予感がした。


「ミスズ?」

「大丈夫? なんか、顔色悪いよ?」

「だ、大丈夫。ちょっと昨日からいろいろあったから」


 あとでジーニアスに確認しようと決めれば、心配そうに見つめる二人に大丈夫だと告げる。まだ心配そうな二人に、何か話題をそらそうと考えた時、電子音が響いた。


「私?」


 フィーネの通信端末からその音は発していた。フィーネはイヤホンを耳に付け、通信を開くとしばらく向こうの声を聞いた後、小さく頷き通信を切った。


「ごめん。ちょっと呼び出されちゃったから、行くね」


 ミスズたちには振り返らず、フィーネは階段を駆け下りていった。


「……選ばれてるのかな。フィーネも」


 作戦の内容は聞いていた。五人が触手を抑え、黒玉を露わにする。その役割の共鳴者は決めている段階で、今日に決定するということも。


「ミスズは、フィーネもいた方が心強い?」

「安心はするかもしれないけど、来て欲しくないってのもあるかな」


 今まで以上に危険な場所だというなら、親友がその危険な戦いに赴くというのはできることなら止めさせたかった。だが、フィーネがもし行くと決めたなら、絶対に止まらない。


「ねぇ、シリカ」

「何?」

「シリカが言ったとおり、ここはいいところだね」


 ウィンリアに来るまでの短い間ではあったが一緒に旅をして、一緒に戦ったこともあった。何度も話をして、ウィンリアについて特にシリカはいろいろな話をしてくれた。


「別にウィンリアにいかないで、一緒に旅しても良かったのに」


 頬を膨らませているシリカに、ミスズは苦笑すると謝った。ジーニアスに既に連絡をしていたため、一緒に旅をするというのはできなかったのだ。

 ふと、シリカは目を伏せると、


「ごめん。ミスズ」


 突然謝った。何かと驚いていれば、シリカは巻き込んでと続ける。


「アタシのわがままでまた、たくさんの人に迷惑かけて……ミスズにまで」

「そんなこと?」

「ぇ?」

「シリカのわがままなんかじゃないよ。私は、ここにいる人を護りたい。友達も先輩もいるここを護りたいって、今はちゃんとそう思ってるよ」


 ミスズの言葉に嘘は無かった。


「だから、一緒にがんばろう」

「うん!」


 差し出された手に、シリカは勢いよく手を取った。


***


 フィーネは会議室に来ると、作戦について伝えられ、触手を穿つための最後の一杭となってくれないかと頼まれていた。


「ミスズが……?」


 ミスズが作戦に参加することは聞いていなかったフィーネは、驚きながらコンナを見ればバツの悪そうな顔で目を逸らした。互いに親友が参加するとなれば、互いのためと自分の意思に背いてでも参加するだろう。

 ただの討伐であれば、気にすることもないのだが、今回は失敗できないのだ。少なくとも黒竜に恐怖心を抱いた心を騙せば、また黒竜が目の前に現れた時、自分の役目を果たさずに逃げ出してしまうかもしれない。例え、逃げ出さなくとも恐怖で力は半減するだろう。


「フィーネ。無理なら無理で構わない。お前にはまだ早いかもしれない」


 ギリクがだいたいの事情を察すると、フィーネに逃げ道を作った。それにはクラウドが眉をひそめていたが、無理強いして失敗する方が遥かに損害が大きいため、自然とフィーネの答えを待つことになる。

 青い顔をして俯くフィーネには、最早言葉にする必要もないほど答えははっきりしていた。ギリクが口を開いた時、突然ドアが勢いよく開いた。


「王立騎士団シルヴィア第一王女、近衛兵のフレイヤです! 突然失礼いたします」


 元気の良すぎる声と笑顔にその場にいた全員が目を見開いてフレイヤを唖然と見つめた。

 そんな中、半開きだった口を動かし、怒鳴ったのはギリクだった。


「ノックしろ!」


 内容は少々見当違いのものではあったが。フレイヤは慌てて謝ると、もう一度外に出たほうがいいかと確認するが、それは止められ用件に入ると、またその場にいた全員を驚かせた。


「最後の一杭、私にやらせてはいただけませんか?」

「王立騎士団は今回関与しないと言っているぞ」

「姫君にはすでに許可はいただいております。もし、騎士団長に止められたら休暇届けを出してきます。それでもダメだと言われるなら、王立騎士団をやめて参加します」


 さすがのクロスも頬をひきつらせていた。部屋にいる人の表情など全く気にならないのか、相変わらず笑顔で、


「元々誰かを、みんなを守るために共鳴者になったんです。こんな時に戦わないなら、私は共鳴者になった意味はないんです」


 確かに数値としてはフィーネと同等、しかもミドナとの相性はすべての共鳴者の中でもトップであるため、杭を扱うことは十分にできる。ようやく状況整理が出来始めた艦長たちは目配らせをすると、頷いた。


「では、フレイヤ、頼めるね」

「はい!」


 王立騎士団特有の拳を胸に当てる敬礼を返すと、自らの妹に目を向け微笑んだ。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんが悪い奴みぃ~んなやっつけてくるからね」


 その笑顔は眩しすぎて、ただ涙が溢れてきそうなのを抑えるしかなかった。


 姉のように強くなりたかった。でも、やっぱり黒竜ともう一度対峙しろと言われた時、すぐに「はい」とは返せなかった。ミスズが同じように危険にさらされると分かっていても、無理だと言って逃げ出してしまいたかった。

 出来たのは、あの場で「できない」という言葉を押さえ込むだけ。

 だというのに、目指していた姉はいつもと変わらない笑顔で自らその役目を負うと、簡単に言ってしまった。


「やっぱり、私じゃ無理だよ……」


 涙が溢れそうになった瞬間、背中に強い衝撃を受けた。


「うじうじしてんじゃねェ!!」


 地面に手を付きながら振り返れば、そこにいたのは不機嫌まっただ中のズルダだった。


「いつもはムダにウザいハイテンションなクセに、こういう時だけうじうじすんな!」

「そ、そんなこと言っても……」

「あ゛――ッ!! もういい! めんどくせェ!! テメェはここで待ってりゃいーんだ!」


 頭を掻きむしりながら怒鳴ると、突然真剣な表情に変わった。先程の騒がしさもあってか、妙な静けさがあった。


「テメェの分も代わりに地を這う者(レジスター)狩ってくるからよ」


 それだけだと、言いたいことだけ言うとズルダは踵を返したが、フィーネが慌てて足をつかんで止めれば、驚いた顔で見下ろされる。


「ズルダ、参加するの……?」

「当たり前ェだろ。じゃなきゃ、あいつらに顔向けできねェ」


 迷いなくはっきり言い切ったズルダに、つい顔を伏せてしまった。それにズルダは困ったように頭をかくと、


「お前、いつも姉貴姉貴って言ってるけどよ……テメェはテメェだろ。テメェがやりたいことと姉貴がやりたいことは違うんじゃねェの? だから……その……なんでもかんでも比べるもんじゃねェよ」


 恥ずかしそうに言うと、「それだけだ!」と半ばやけくそに言い捨てて、足をつかむフィーネの腕を振り払うと早足で帰っていった。

 少し歩いた曲がり角を曲がろうとしたところで、


「ズルダーー!! ありがとーー!!」


 いつもと変わらないムダにハイテンションな礼が響いてきた。ズルダは、また恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頭をかいた。


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