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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第7楽章 大凶鳴

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03

 目を覚ますと、そこに大きな山がふたつ。


「……キャロか」


 寝起きからすごいものを見たと額を抑えながら起き上がれば、キャロルはうれしそうに笑顔を向ける。


「よかったぁ……!! 着いてすぐに倒れたから心配して……」

「ごめんごめん! だから、泣くな!」


 笑顔から泣き顔になりかけていたキャロルは、笑顔と泣き顔の中間のような、なんとも微妙な表情で固まった。昔から変わらない。ギリクだけではなく、誰かが怪我をすると必ず心配する。


「コンナさん?」


 心配そうに見つめるキャロルに大丈夫だと伝えながら、ふと触れた頭に巻かれたその感触。包帯だ。

 きっかけがあれば、すぐに思い出すもので、先程までの作戦のこととウィンリアに戻ってから、すぐに意識を失ったことが思い浮かぶ。


「じゃあ、医務室? ここ」

「いえ、病院です。頭に強い衝撃を受けたようでしたので、精密検査もする必要があるということなので、こちらに移されました」

「これから、その精密検査?」

「そうですね」


 思っていた以上にコンナの意識の回復が早かったため、まだ左腕の治療を終えたばかりだった。


「検査って聞いたら頭痛が……」

「痛くないですから」


 子供のようなことを言い出すコンナに苦笑いで返せば、後で検査は受けるからと言い始めるコンナ。そんなに嫌なのかと困ってしまうものの、検査は必要なのだとはっきりと告げた。


「さすがあいつの妹」

「もぅ……」

「じゃあ、せめて部下に連絡取らせて……いろいろ聞きたいことがあるから」

「でも、これから検査ですよ?」

「検査が終わる時間くらいに来いって言うから」


 それなら、と承諾してくれたキャロルは、誰に連絡をとればいいかと聞くと、すぐに参謀の名前を出そうとしたがその名を飲み込み、迷ったあとスレイの名を上げた。


 ドックはいつも以上にざわついていた。軍艦に混じり、一隻、商人が使うような船が止まっていた。しかも、そこから降りてきたのは、軍人であれば絶対に知っている人物。それも良い意味ではなく悪い意味で。この王国始まって以来の大犯罪者として有名な男だった。

 最初こそ捕らえようとしていたが、男がはっきりと「ここで捕らえるなら、ウィンリアはアレに食われるだけだ」と語り、数人の名前を出すと謁見を求めてきた。今は、その人物たちと謁見中だった。


「……」


 警戒を怠るなとは言われ、軍人がそれぞれじっと観察していたが、その船の船員の一人は補給くらいはさせてくれと近くの見張りに交渉し、一人は見晴らしのいい帆の上でのんびりとくつろぎながらドックを見下ろしていた。その手にもっている弓からして何かあれば撃つ気だろう。

 他にも乗っている人は全員くつろいでいる様子ではあったが、決定的な隙はなかった。こちらも警戒していれば、向こうも警戒しているのだ。


「隊長」

「なんだ?」

「コンナ艦長。意識戻ったそうです」


 その言葉にライルは嬉しそうに表情を綻ばせた。しかし、部下は表情を曇らせると、


「ソフィアの方はまだ意識は……しかし、例の症状は落ち着き、もう命に別状はないとのことです」

「そうか。よかった」


 二人の無事に安心していると、帆に座っていた男が入口の方に軽く手を挙げて軽く振っている。何かとその視線の先を見れば、入口の近くでミスズが軽く頭を下げていた。

 自然とミスズにその場にいた人の視線が集まり、その船に乗る他の船員たちもミスズに気がつくと手を振っている。そんな中、上にいた男は何かに気がついたように表情を微かに歪めると、帆の上から飛び降りた。


「?」


 ライルが不思議そうに見つめていれば、ミスズも気になったのか船に近づく。すると、先程の男が顔を出し、今度は下に降りてきた。


「危ねェ危ねェ」

「なにかあったんですか?」

「あ、いや、こっちに話。サプライズ的なやつっすよ。気にしないでください」


 なんとなく察せなくはないため、ミスズも曖昧に頷いた。


「そんなわけで、ひさしぶり……って程じゃないっすね」

「そうですね。リンネで会いましたし、あの時はありがとうございました」


 弓で援護していたのはこの男だ。男はバレてたかと頭をかいていたが、気づかない方がおかしい。少しの間ではあるが、一緒に旅をして、地を這う者(レジスター)と戦ったことだってあるのだ。その弓の腕は知っていた。


「それにしても、随分と旦那は嫌われてるみたいっすね。いったい、なにやらかしたんだか……これじゃあ、居心地が悪すぎてしょうがない」


 わざとなのか、周りに聞こえるように言っていた男は、そこで声を小さくし、前にいるミスズだけに聞こえるボリュームに下げると、


「あと、姫さんが外に出たがってるんすけど、どうにかなりませんかね? ほら、お友達だからとかいって」

「どうでしょう……聞いては見ますけど……」


 ミスズも不思議そうな顔をしながらも、同じように声を小さくして答えれば、一瞬男は視線をミスズから外すと笑った。


「あぁ! 俺たちは最悪これ守らなきゃいけないんで、ここから離れられないし、お構いなく」


 笑っている男は、近づいてくるライルにミスズの前を開けた。それを訝しげに見ながらも、知り合いかと聞けば頷かれた。しかし、それ以上は困ったように男に目をやっている。


「あーいいんじゃないっすか? たぶん、旦那もあっちで色々バラしてるでしょうし」

「じゃあ……私がウィンリアに来る時に乗せてもらった旅商人の人たちです。この人はアーチさん」


 ウィンリアに着いた時、この船のことは秘密にしておいてと言われた手前、あまり言わないようにしていたが、その一人から構わないと言うなら言ってもいいかと、はっきりと言えば、アーチも驚きながらもライルに軽く挨拶をしていた。しかし、ライルはなんとも微妙な表情をしている。


「……マジで何やらかしたんすか? あの人」

「さァ?」


 アーチも肩を竦めれば、ミスズの視線は自然と知っているライルに向けられる。ただアーチはさして興味はなさそうだ。


「なにしてんだ?」

「スレイ殿……どうしてここに?」


 キャメリアは艦長が倒れたということもあり、筆頭騎士と参謀が会議に出席していたが、筆頭騎士まで不在になってしまったため、スレイがキャメリアの一時的なまとめ役となっていたはずだ。


「艦長に呼び出されたんだよ。情報全部持ってこいって。お前、代わりに行くか?」


 至極、めんどくさそうな表情で言うスレイにライルは首を横に振った。ライルも仕事はまだある。そう簡単に持ち場を離れるわけにはいかない。


「コンナさん、もう動いても大丈夫なんですか?」

「あぁ。念の為、検査は受けてから合流するらしいが、その前のとりあえず話を聞きたいらしい」

「しかし、意識が戻ったのはつい先ほどと……」


 検査を受けるならば、まだ時間が掛かりそうなものだ。


「だから、検査受けたらくるんだろ?」


 もう一度言ったスレイに、ミスズとアーチは首をかしげ、コンナをよく知るライルは表情を強ばらせた。


「んなわけで、あのバカ縛り付けてくる」

「よろしくお願いします」


 ライルが困ったように頼むと、スレイは後ろ手に手を振りながら病院へ向かった。ライルもすぐに部下に呼ばれてしまい、結局聞けず終いになってしまった。

 しかし、すぐにライルがミスズのことを呼んだ。


***


 軍服を着た男たちは苦い表情をし、たった一人この場では場違いのような服を着ていた男、旅商人一座の座長であるランスロットだけが微笑んでいた。


「――これで、私たちの持っているあの下にいる砂竜とも言えないモノの情報は終わりです。そうですね…いつまでもアレとかじゃわかりにくいですし、黒竜とでも呼びましょうか」


 世間話をするように話をするランスロットに、ようやく一人の初老の男が返した。


「なるほど……確かにこの情報は有意義だ。しかし、どうやって倒すというのだ? 言葉で言うのは容易いが、実際に行動に移すとなれば別だ」

「私の案に乗っていただけるのであれば、協力は惜しみません。ただ乗っていただけないようであれば、協力はしません」

「協力しなければ貴様たちも倒すことなどできないだろう」

「これでも私は前科者なので、奏者の一人や二人……いや、必要だというなら軍艦ごと盗んでしまえばいい話ですよ」


 その言葉に数人が息を呑むが、その中アネリアだけが目を細めた。しかし、この状況で口をはさむことはせず、ただ発言が許可されるまで口を閉ざした。


「ふむ……私は協力するのを推すが、他は?」

「しかし、王にどう説明するというのですか!? この男は、妹君を殺したのですよ!?」


 六年前、共鳴者であり、艦長でもあったランスロットは姫君の妹を殺害し、指名手配されている男だった。そんな男が突然戻ってきたと思えば、黒竜を倒す手伝いをしろと言い出すのだ。黙って頷く人間の方が少ない。


「私が説明する。今は、あの黒竜とやらをなんとかしなければ、この国は終わりだ」

「話が早くて助かります」

「あぁ。今は、君以上に厄介な部下を持ってしまっていてね。随分慣れたものだよ」


 口調は柔らかいが、その目は一切笑っていなかった。ランスロットはその迫力に一度、小さく深呼吸をすると話し始めた。


「先程も言った通り、黒竜は砂竜でいう逆鱗のようなもので体を覆われています」


 すでにその一片の解析が終わり、逆鱗よりも共鳴率は低いということが分かっている。厄介なところといえば、その鱗は飛ばしてくることができるということだろう。


「逆鱗は確かに共鳴率が低ければ貫けはしませんが、それよりも共鳴率が下がるというなら、武器次第で貫くことができるというわけです」

「それは、純度の高い聖音の共鳴率を上げるということですか?」


 ギリクが聞けば、ランスロットはすぐに頷いた。当たり前のことを聞いたギリクを数人が訝しげに見たが、純度が高い聖なる音となれば共鳴率を上げれば、体が耐え切れない共鳴者もいる。その音によって死んだ人間がいるとなればそれは重要な問題だ。まさか捨て駒にするのではないかと、厳しい表情でランスロットを見たが、ランスロットは微笑む。


「安心してください。捨て駒なんてするはずがありません。耐えられる人にその武器を使っていただければ問題ありません」

「しかし、そんな人間そう多くは……」

「五人いれば十分です」


 はっきりと言い切ったランスロットは、二つの写真を映した。それは、真っ暗な闇の写真だった。片方は真っ暗にも見えるが確かに何かが中心で光沢を放っていた。


「これは、触手が五本地上へ突き出した時に撮ったものです。どうやら、触手を伸ばすとこの……おそらく黒玉でしょう。が現れます。巣の討伐と同じく、黒玉を壊せば、黒竜も倒せるでしょう」

「黒竜自身が小規模な巣というわけか……なるほど。巣を攻撃しようと近づけば、地を這う者が現れる…か。全くその通りだな」


 クロスが珍しく控えめに笑えば、ランスロットは少し目を細めクロスを見たが、すぐに前に向き直ると、


「彼の言う通り、黒竜は一種の巣と考えるのがわかりやすいかもしれませんね。とにかく、この黒玉を出すために五本の触手を抑える必要があります。共鳴者の中で能力が高い方々を出してもらえますか?」


 おおよそ誰が選ばれるかは想像がついているが、一応聞けば初老の男は眉をひそめていた。


「今の話を聞く限り、黒玉の破壊はどうする気だ?」


 ノイズが強い黒竜の一番重要な部分である黒玉であれば、普通の武器では傷をつけるのも一苦労だ。それこそ、逆鱗をそのまま使って戦えるようなそんな共鳴者と武器が必要だ。

 しかし、そんなことができるのは王族くらいだ。それ以外がやれば、それこそ捨て駒だ。


「王族の誰かに手伝ってもらう気か?」

「そうですね。厳密にいえばそうなります」


 妙に引っかかる言い方に、数名を除き首をかしげた。ジーニアスもまた、固唾を飲んでランスロットの次の言葉を待った。そして、予想通りの名前をランスロットは上げた。


「ミスズ。彼女に手伝ってもらいます」

「ミスズ……? 確か、今はグラジオラスの……」


 自然と部屋にいる人の視線はギリクに向く。ギリクも確かに乗っていることを告げれば、ランスロットは後ろにいるジーニアスに笑みを向けた。


「一応、ご存知なのでしょう? ジーニアスさん」

「…………えぇ。話には聞いています」


 ギリクが不安そうに見つめる中、ジーニアスは隠せないかと正直に話した。


「ミスズは、現王妃の妹であるミカ元第二王女の子です」


 その場にいたほぼ全員の表情が引きつった。ミカ第二王女と言えば、どうせ王位を継ぐのは姉なのだからと、共鳴者として戦いたいと言い出し、勝手に軍に潜り込もうとする癖があった。それなりの腕前を持っていたのがなおさら厄介だった。

 それをどうにか抑えていたものの、正式に姉である現王妃が王位を継承すると、私はもうここにいなくてもいいわね! などと言って、自由奔放にどこかに行き、いなくなってしまったのだ。

 当時から軍人をやっていた者であれば、あの行動力に驚かされ、苦労も多かっただろう。高齢の人ほど、より表情が引きつっていた。


「既に王族としての権力も剥奪されていると聞いていますし、今更ミスズを王族として迎え入れることもしないでしょう?」


 そもそも、ミスズは確かに共鳴者としての能力は高いが、奏者としては今一歩足りない。もちろん、血の繋がりを大事にするならば話は別だが、今戦うことのできる共鳴者が必要な中で、わざわざ人を減らすようなことをするはずがなかった。それが新兵だというならば、なおさら上としても勝手がいい。


「では、五人だな。しばらく時間をくれ」


 沈黙を肯定と受け取った一人が、そうまとめれば会議は一時的な休憩に入った。無論、ランスロットが自由に出入りすることはできないが、別にそれを気にしている様子もない。


「少し外の空気吸ってくるね」

「俺も行く」


 ギリクとジーニアスは自販機でコーヒーを買うと、ようやく口を開いた。


「お前、なんかしたか?」

「何も」

「そうか」

「僕は、ね」


 いくら相手の共鳴者としての能力が低いとはいえ、王族のしかも直系の娘ならば奏者となれないほどまで落ちることはまずないだろう。だが、事実ミスズは共鳴者としてのとても高い能力程度で収まっている。

 意図して能力の診断の際に改ざんを行なった可能性があった。そうなれば、疑いの目はまず血縁者に向けられる。今は、都合がいいという理由のおかげで追求されることはないだろうが。

 ジーニアスの言葉や表情で、それがどういう意味なのかはすぐに検討が付いた。


「ジニー、そういうとこあるよな」


 疑問は抱いてもその答えがおおよそわかったとしても、はっきりさせなければ気付かなかったと言い張れる。


「砂竜がいそうな穴に、わざわざ弾打ち込まないでしょ」


 蛇がいると予想がつく、自分に被害が及ぶとわかっていながらわざわざ藪をつついて蛇を出すことは、ジーニアスは絶対にしない。


「ミスズを守るためってわけでもなさそうだが……」


 命を守るなら王族として保護されたほうがいいかもしれないが、今まで聞いたミスズの話やフィーネたちといるところを見ると、なんとなくではあるもののどうして改ざんを行なったのか、分かったような気がした。


「ごめんね」


 謝るジーニアスに、ギリクはそれ以上聞くことはなかった。代わりに、会議室の方から、よく知った声が響いてきた。しかし、その声は聞いたこともないような怒鳴り声。

 ギリクとジーニアスが慌てて戻れば、珍しく怒った表情でランスロットに掴みかかっているアネリアがいた。二人の間でジルがどうにか取り持とうとしてはいるものの、あまり効果はなさそうだ。


「アンタ、何度人に迷惑をかければ気が済むの!?」

「迷惑も何も、やらなければこちらがやられるという話です」

「――ッ」

「元神子とはいえ、廻リ謡を謡えるのはミドナさんだけです。護リ謡と廻リ謡は本来ひとつであり、その謡が同時に奏でられてこそ、本来の力を発揮する。黒竜を倒すためには、ミドナさんは必要な戦力です」


 はっきりというランスロットにアネリアは拳を握り締めたが、ランスロットを掴んでいた手は離した。必要な存在であることは分かっていた。ミドナはそれだけの存在だ。だが、それでもこの身勝手な男にただ必要だからと、たったそれだけの言葉でミドナを死地に赴けと言われるのは簡単に頷けなかった。


「なんの騒ぎだ」


 戻ってきた上司にアネリアは謝ると、席に着いた。それから、ミスズにも同様の話をすると呼び出された。

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