02
首都ウィンリアは、大きく分けて三層に別れている。最も下段にある下層は、商人などにより貿易が盛んであり、貧困街と呼ばれる場所もあるが、それは上層に比べての話で、名前ほど貧困というわけではない。
中層は主に軍事施設が多く揃っている。ミスズが普段暮らす家もそこに存在し、寮や教育施設、訓練場など人が行き交う場所が多いため、商業施設も最も多い層だ。
そして、上層は王族の住む王宮や貴族街がある。そこには、ミスズも入ったことなかった。
今日の任務は、下層での警備だった。警備とは言うが、街には人相手の警察が存在し、共鳴者の所属する軍は主に地を這う者の襲撃に備えるだけであり、呼び出しや出撃にすぐに応じられれば、基本的にどこにいても構わない。
とはいえ、さすがに新人であるミスズたちが大っぴらにサボることはできず、街の警備と称した散歩をしていた。
「相変わらず、フィーネは道迷わないよね」
パイプオルガンのような筒状の入り組んだ道は完全に把握している人は、ウィンリア生まれでも何人もいないと言われている。しかし、ウィンリア生まれのフィーネが、学生時代から迷ったところを見たことがなかった。
「まぁ、ちょっと詳しいからね~」
フィーネが言うには、フィーネの姉に連れ回されたり、姉の捜索などをしていた結果、自然と覚えてしまったらしい。ミスズは今だに、よく使う道しか覚えられていなかった。
いつもと変わらない道を歩き、見晴らしのいい場所にでると、頭上に見覚えのある軍艦が飛んでいた。
「あ、グラジオラスだよ! ミスズ!」
「ホントだ……予定より早いね」
グラジオラス。軍艦であり、首都の警備ではなく遠征し地を這う者と戦ったり、救援要請を受けたりと、危険を伴う討伐部隊の一つである。
数ある軍艦の中でもグラジオラスは、特によく知っていた。
「ジーニアスさんに会いに行く?」
ミスズのいとこの兄であるジーニアスが、グラジオラスに参謀として乗っている。フィーネの言葉に、ミスズは首を横に振ると少しだけ驚かれた。
「予定より早いし、たぶん緊急の用で忙しいだろうから」
予定より早いということは、何かしらのトラブルが発生している場合が多く、昨日、ソフィアも討伐に向かうと言っていたため、おそらくそれが原因だろう。そうなれば、参謀であるジーニアスは忙しい。ミスズに構っている暇はないだろう。
「そっか……」
しばらくしてからグラジオラスの整備ドックに呼び出された。呼び出されたのは、フィーネやミスズ、そして討伐部隊に志願するつもりのあった数名。その中には、ミスズたちの班のリーダーもいた。
そして、言い渡された任務は、三日後グラジオラスに乗り、巣の討伐に参加せよというものだった。その言葉に、数名が青い顔をした。いつかはくることは分かっていたが、これほどすぐだとは思っていなかった。
それを見かねたのか、グラジオラスの艦長であるギリクは説明を付け足した。
「調査の結果、砂竜もいないし、お前らは今までの成績から遠征をしても問題ないと判断されたんだ。少しは自分の腕を信じろ。もちろん、断ってもいい」
しかし、断る人は誰もおらず、今日はここで警備任務を切り上げて、討伐の準備をしろだけいわれ、解散となった。
「二人は帰らないのか?」
人がまばらになる中、動かない二人にリーダーは不思議そうにこちらを見ていたが、フィーネが変わらない元気よさで返した。
「あ、ちょっとだけ!」
「邪魔にならないようにな」
「はーい。お疲れさまー」
バイバイと手を振るフィーネと、軽く会釈をするミスズに手を挙げてリーダーはドックを後にした。
ミスズとフィーネは、邪魔にならないように辺りを見渡していれば、
「よぉ」
「ギリクさん! お久しぶりでーす!」
「元気よさは姉貴と変わらねぇな……まぁ、元気なのはいいが」
呆れたように笑うギリクは、ミスズの方を見ると振り返ってその男を探したが見つからず、ミスズに振り返れば、相棒である男が既にそこに立っていた。
「ウォッ!? お前いつからいたんだよ!?」
「いつって、さっきだよ」
気にした様子もなく軽くそう返す男に、ギリクはため息をつくしかなかった。
「ジー君……」
「ただいま。ミスズ」
柔らかい笑みを浮かべるジーニアスは、フィーネとも挨拶を交わす。
「一応、おめでとうでいいのかな? 討伐組エントリー」
「おめでたいのかな……?」
「まぁ、詳しい話はまだ聞いてないけど、新人を連れていくくらいだから、あんまり危険が多くないところにするとは思うよ。まぁ、それでも初任務って一番死亡率高いんだけどねー」
「!!」
「怖がらせてどうすんだよ……」
笑顔で恐ろしいことをいうジーニアスに、フィーネが青い顔をしたが、ギリクが安心させるよう頭を撫でる。
「本当のことだよ。統計データだってあるし、なんなら具体的な数字を教えようか?」
「やめろ」
その数字を簡単に予想できるギリクが止めれば、ジーニアスも分かっていたように肩をすくめた。
「突然だけど、夕飯の用意とか大丈夫?」
「え? あ、うん。帰りにスーパーに寄るし大丈夫だよ」
「そっか。よかった。じゃあ、僕はまだ仕事あるからいくね。気を付けて帰るんだよ」
「うん。がんばってね」
ギリクもジーニアスも忙しい身だ。足早に奥に向かってしまった。用も終わり、ドックから出るとフィーネに呼び止められた。
「明日と明後日さ、稽古に付き合ってくれない?」
先程のジーニアスの言葉もあったのだろう。しかし、それにはミスズも同意見だった。何も準備をせずに行くよりも、少しでも体を慣らしておくほうがいいはずだ。
「もちろん」
「よかった。それじゃあ、武器の貸し出し予約をしていこ!」
訓練場は好きに使えるが、武器は貸し出しの予約をしなければならない。予約といっても、名前と日時を書くだけの簡単なものだ。二人は予約を終えると、ようやく帰路についた。
***
翌朝、欠伸をしながらリビングに出ると、いつもは開いているドアが閉まっていた。別に不思議なことはなく、そこはジーニアスの部屋で普段はいないからドアを開けたままにしているだけだ。家にいれば閉まっている。
ミスズは首都に家はなく、必然的に寮に入ることになるのだが、ジーニアスがミスズもくるならとマンションを一部屋借り、一緒に暮らしていた。やはり、参謀はそれなりに給料もよくミスズは生活費を払う必要が全くない。
食後のコーヒーを飲んでいると、眠そうに欠伸をしながら起きてきたジーニアスに、熱々の眠気が覚めそうなコーヒーをいれれば、さすがに気がついたらしくしっかりと冷ましていた。
「昨日遅かったね」
寝ぼけてはいたが、確か深夜1時頃だったはずだ。
「意外に大きな作戦みたいでね。今日もこれから会議だよ。ミスズは? 制服だけど、今日も警備?」
「ううん。これからフィーネと訓練所」
警備はこの三日間は休みとなっていた。一応、書類上はグラジオラスの船員となっているため、この期間は補給・休息となっていた。そのため、休んだところで誰も何も言わないが、フィーネとの約束がある。
「あんまり、こんつめすぎないようにね」
「うん」
共鳴者が使う武器は、“共鳴武器”というもので、名のとおり奏者が奏でる音を共鳴させる武器だ。地を這う者にとって大事なのは、その音であり、それを響かせられるものであればなんでもいいため、共鳴武器は人それぞれだ。
それこそ、種類は形も自由。基本形として、何かしらの武器を型どっているものが多い。ミスズとフィーネは、その中でも最もオーソドックスな剣を選んでいた。ほとんどの共鳴者が剣を選んではいるが、その長さや形は人それぞれに好みがある。
フィーネであれば、細身のレイピアのようなの剣で、ミスズはそれよりも少し刃の幅の広いパワーとスピードが平均的な剣だ。人によって、この武器に装飾を施し、独自のものとする者もいる。実力のある人のほとんどがそれを行なっていることが多く、オリジナルの武器を持っていることは、一種の実力者の証でもあった。
二人で稽古をしていると、なにやら入口の方が騒がしくなる。何事かとそちらを見てみれば、一人の男と目があう。
「ミスズにフィーネ! 訓練か?」
男の抱える槍は装飾が施され、深緑と白の独特な色をしていた。
「はい! 今度、実戦もありますし……少しでも強くならないと」
少しだけ瞳を揺らがせたフィーネの代わりに、ミスズが続ける。
「ライルさんも自主訓練ですか?」
「あぁ。大丈夫だ。俺がお前たちを守る。それに、ギリクたちだって無理な作戦は作らない」
グラジオラスの共鳴者の中でも、最も強い筆頭騎士であるライルの言葉は、心の底からミスズやフィーネを心配し、気がかりにしてくれているのだろう。別にジーニアスのいとこだからとか、そういう理由からではなく、誰にでも優しい男なのだ。このライルという男は。
「そうだ。俺と今日と明日、稽古するか?俺もちょうど相手が欲しかったしな」
これだけの実力者であれば、フィーネやミスズでなくても、相手などすぐに見つかるが、それでもライルは二人に聞いた。
「いいんですか?」
「もちろんだ」
筆頭騎士が稽古をつけてくれるのに断る人など、そうはいない。二人は喜んで、礼を言った。
***
二日間の稽古が終わり、タオルで汗を拭きながら、嬉しそうな笑顔でライルが言う。
「二人共、ずいぶん強くなったな」
「……それでも、勝てないんですけどね」
「というか、強すぎですよ!? どんだけですか!?」
この二日間、二人で一斉に襲いかかったものの、決定打というものは全く入らなかった。学生時代は、もはや汗すらかいていなかったのだから、少しは成長したのだとはわかるが、それでも勝ててはいなかった。
「だってだって、イケメンでー優しくてー強いんだよ!? そりゃモテるよ! モテますよ!!」
フィーネが疲れて倒れ込みながらも、バタバタと動いている。実はまだ元気なのではないかとも思うが、そんな元気がないことは、ミスズが一番よくわかっていた。横にこそなっていないが、座っていたい。
「はは……」
フィーネの言った通り、ライルは女性に絶大な人気があり、町中で声をかけられたり、軍内部でも声をかけられたりしている。
「なのに、一番振り向いて欲しい人には振り向いてもらえなかったり?」
「!!!」
突然の声にライルがビクリと体を震わせると、いつの間にかジーニアスが立っていた。相変わらず笑顔で手を振っている。
「おつかれー三人とも」
「ジー君……いつの間に」
「二人が終わりって言われて、座り込んだところからかな?」
どうやら最初から会話を聞かれていたらしい。いとこの神出鬼没さにため息をついていると、フィーネが起き上がり目をキラキラと光らせていた。
「ライルさん好きな人いるんですか!?」
年頃な女の子なだけあって、この手の話は大好きらしい。その言葉に、ライルは少しだけ頬を染めた。その反応だけでいることははっきりとわかる。そこまでいけば、誰かというのは気になるところだが、なかなか口を割らない。
「ジーニアスさん!!」
フィーネがジーニアスの方に向けば、素早い動きでライルがジーニアスの口を塞いだ。
「あー! ずるい! 反則ですよ!」
「何が反則だ!?」
「んーまぁ、教えてあげてもいいんだけどさ」
一歩下がり、その手から逃れるとジーニアスは周りを見た。そこには、遠目にこちらを見ている人たち。
「あー……公開処刑ですね。これは」
「公開処刑どころから、色々と大変になるよ?」
「確かに……」
その中には女性も混じっている。こんなところで、好きな人を公開されたら、その人に何が起きるか…想像もしたくなかった。
「じゃあじゃあじゃあ! 今度、絶対教えてくださいよ!? ミスズも聞きたいよね?」
「うーん……でも、多分」
聞きたいか、聞きたくないかと言われれば聞きたいが、
「教えなくてもわかると思うよ?」
「だよね? ライルさん、結構顔にでますから」
「こういう時だけは、二人共似てるな……」
息ピッタリのジーニアスとミスズに、苦笑いになるライルだった。
「それより、お前も稽古か? それなら、付き合うが」
「え? ないない。僕、参謀だし戦いには出るような状況になったら大変だし。僕はただミスズを迎えに来ただけだよ」
ここまではっきり言い切れるジーニアスに、その場にいた全員がもはや呆れや驚きを通り越して、笑ってしまうのだった。