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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第6楽章 ホワイトノイズ
25/36

03

 フィーネたちはリンネの森の中にいた。


「…………どこここ!?」


 見事に道に迷っていた。辛うじて、目指している先には音を発しているリンネの木があるため、感覚だけ進んでいた。

 とにかく音がする場所に向かえば、リンネの気があると信じて。


「水の音?」


 二人の鼓膜に、反響している以外の音が響く。水の音だ。

 目指している場所に水は無いが、流れるというよりも、誰かが水で遊んでいるような音にフィーネはその音の方に向かって歩きだす。

 森の中に底まで透き通ったきれいな池があった。しかも、その中には薄手の服を着たまま水に入っているヒスイの姿まで。


「また来たの」


 ヒスイは二人の姿を捉えると、淡々と言うが、薄手の服は肌に張り付き透け、子供の体とはいえあまり凝視はしてはいけないものに見え、フィーネは目を手で覆うと謝りだした。


「み、見る気はなかったの! ごめん!」

「服も着てるし……セーフじゃない?」

「それはわかっててもなんか悪いことしてる気分になるの……!!」

「実際、悪いことしてるでしょ」


 確かにここに来ること自体が悪いことではある。ミスズもそれには何も反論できなかった。


「何しにき――」

「そのままじゃ、風邪ひくよ! 着替えは?」


 池から出ながら聞けば、フィーネに勢いよく肩をつかまれ言葉が詰まってしまう。


「ぇ……神殿にあるけど……」

「じゃあ、とりあえずそこいこ!」


 濡れたままのヒスイの手を引いて歩き出そうとするが、


「そっちじゃない」


 道が分かっていないわけで、ヒスイに訂正されながらどうにか神殿についた。

 見た目は村にあった家とあまり変わらない。フィーネは人の家だということもお構いなしに入ると、ヒスイを着替えさせ、タオルで髪を拭いては、服が濡れないように髪をまとめあげた。


「なんなの……あの人」


 有無すら言えない一連の作業から解放されたヒスイが、ついこぼしてしまったその言葉に、ミスズも苦笑いをこぼした。そのフィーネはというと、部屋の隅に濡れていた服を干しているところだ。


「フィーネは兄弟多いから……」

「それ説明になってる?」

「じゃあ、世話好き」


 今だに納得した様子ではないが、それ以上何も言わずにフィーネの方へ目をやった。


「それで、何しにきたの」

「そうだよ!」


 思い出したように服を干しながら勢いよく振り返るフィーネに、微かに目を開き驚いていたが、気にせずフィーネは持っていた袋を開くとそれを取り出した。

 それは、どんぐりでできた人形やコマだった。


「なにこれ」

「まぁ、大元はどんぐりなんだけどね……」

「どんぐり?」


 リンネの森の木は特殊であるため、どんぐりを見たことがなかった。ミスズもいくつか残っていた加工されていないどんぐりを持ち上げるが、知らないと首を横に振られた。


「どんぐりっていうのは……そういえばどんぐりって何?」


 フィーネが説明をしようとしたが、改めて考えてみると時期になると木の下に落ちているイメージがあるだけで、それが何かなのかはよくわかっていなかった。

 それはミスズも似たようなもので、二人は唸ると、


「木の実?」

「種?」

「ジー君に聞いておくよ」


 ごめんと謝るが、ヒスイは気にした様子もなくどんぐりで出来た人形を手にとっていた。少し不格好な顔をしている。


「変」

「いやー……実は作るのは初めてで……」

「おかしいの」


 フィーネが作った人形の顔が歪んでいるからか、おかしそうに笑うヒスイにフィーネも釣られて笑った。そして、一際丸いどんぐりの人形を手に取る。


「それは、ミスズが作ったやつだね」

「あなたが作ったよりずっと上手」

「う゛……で、でも! めんどくさがってコマにしたズルダたちよりマシだよ!? がんばったってところは褒めて欲しいな!」

「コマって?」

「これのことだよ。ここを持って回すの」


 ミスズが実際に回して見せれば、顔を輝かせて同じようにもうひとつのコマを回した。しかし、すぐに倒れてしまい、また回すがそれもすぐに倒れてしまった。


「それ、たぶんズルダのだよ……こっちの方がちゃんと作ってあるから」


 そういって、ユーリが作ったであろうコマを渡せば、今度はちゃんと回り、嬉しそうに表情をほころばせた。しかし、すぐに無表情に戻ってしまう。


「どうして、こんなことするの」


 突然来て、初めてどんぐりを見せられて、その遊び方も教えられて、でもその理由がわからなかった。


「私は、ここでリンネを守ってればいいんでしょ? 外に関わって穢れたら、また私も……前の神子みたいに厄介払いされる。それは、いや」


 はっきりといやと告げた言葉は、きっと嘘ではなくて、本当にヒスイの思っていることのような気がした。ヒスイが俯くと、一番不格好なそれが目に入る。


「カルラちゃん、覚えてる?」

「……」


 小さく頷いたヒスイに、ミスズはその不格好な人形を手に取り、ヒスイの手に乗せた。


「これはカルラちゃんが作ったんだよ。今度は絶対に友達になるって。……ヒスイちゃんはもっといろいろなこと知りたい?」


 静かに問いかければ、ヒスイは唇を小さく噛み締めると、首を横に振る。


「外の人に関わったから、前の神子は穢れた。だから、私が生まれた」

「違う」


 はっきりというミスズに、ヒスイがミスズを見れば、先程人形を作っている時にミドナから聞いた話をした。


「ミドナさんが言うには、ヒスイちゃんが生まれる時、リンネは大きな何かが蠢き出しているのを感じたから、世界を護るために新しく大きな力を生み出したんだって」


 だからこそ、ヒスイは髪だけではなく、その片目すらもリンネの木と同じく緑色をしているのだ。

 しかし、ヒスイの表情は曇ったままで、全てを悟ったように呟いた。


「結局、私はリンネを守らないといけないんだ……」


 そればかりは、ミスズにもフィーネにも否定はできなかった。リンネを守ることができるのは確かにヒスイだけであることは間違いなかった。


「でも! でもだよ!」


 そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすようにフィーネは大きな声を出して、精一杯笑って腕を広げた。


「私たちも守る! ヒスイちゃんだけじゃないんだよ! カルラちゃんだって一緒だし!」


 何も返さないヒスイに、フィーネは手を下ろすと人形をひとつ手に取ると、そのおかしな顔に自分で作ったとはいえ笑ってしまう。


「私、お姉ちゃんがいるんだ。それで、昔、お姉ちゃんが寮に入るからってしばらく一緒にいられない時期があって、私寂しくて兄弟の前で泣いちゃってね。そしたら、次の日お姉ちゃんが帰ってきて、この人形置いていったんだ。ひとりぼっちって思うかもしれないけど一人じゃないよって。お姉ちゃんが一緒にいるからって。

 なんでも人形には魂が宿るんだってさ。だからずっと一緒だよって……本当にそうなのかも、って思うんだ」


 恥ずかしそうに頬をかきながら笑うフィーネに、ヒスイはその手にもっていた人形を取ると、じっとそれを見ていた。

 やがて、


「これ、どう作るの?」


 その小さな声と共に、顔をあらぬ方向にそらせた。


***


 村から少し離れた場所でズルダは大きく息を吐き出した。朝起きてからというもの、フィーネにどんぐり拾いを手伝わされ、何に使うのかと思えばどんぐりの人形まで作り出す始末。

 途中で面倒になって、てきとうにどんぐりに枝を刺してコマだと言い張って逃げてきたのだ。


「あいつといると、戦ってもねェのに疲れる……」

「ちょっとした息抜きだと思えばいいじゃないか」

「息抜きすぎだろ。だいたい、どんぐりってなんなんだよ……」

「おそらくあの神子にあげるんだろうな」


 めんどくさそうに頭をかきながら、気に寄りかかって座るとまたため息をついた。


「あのガキがどんぐり程度でよろこぶか?」

「さぁな。でも、意外と喜ぶかもしれないぞ。子供は結構ああいうのを見せると喜ぶ」

「なんだよ。お前、ガキの相手とかしたことあんのか?」

「いや、弟だけだな。孤児院に入ってから軍に入るまでは、あまり人とは話さなかったし」


 弟や家族のことはズルダも聞いたことがあった。慌てて謝れば、気にしていないと首を振られ、ユーリもズルダの向かいの木に寄りかかった。


「この村はのどかだな」

「のんきで、マジで近くに巣があるってのが不思議だぜ……まったく」


 だが、巣があるのは事実だ。しかも巣に動きがあり、いつでも出撃できるように準備しておけとも連絡が来ているほどに。


「こんな村も襲われたら、人の考えはすぐに変わるのかもな」


 どういう意味かとユーリの方を見れば、ユーリは自嘲気味に笑っていた。


「俺の住んでいたところは、地を這う者(レジスター)に襲われた時、住人のほとんどが共鳴者じゃなかったからみんな隠れてどうにか全滅は免れたんだ。でも、それ以降、共鳴者は地を這う者を呼び寄せるっていわれて、共鳴者はみんな町を追われた」

「ずいぶんひでェ話だな」

「まぁ、それでも町で一番早い乗り物と受け入れてくれる町と約束は取り付けてくれただけ、まだ温情はあったさ。本当に捨てられるって場所もあるくらいだ。ただ、そこに向かう途中で襲われた。襲われてすぐに気絶したから、何も覚えてないけどな」


 ズルダは何も言えず、ユーリから視線を逸らせたが、すぐにあることに思い至るとまたユーリに視線を向けた。


「襲われたなら、なんでお前生きてんだ?」


 共鳴者であれば、地を這う者は執拗に狙ってくるはずだ。いくら気絶していても、それは同じ。

 だからこそ、地を這う者に襲われた町や村で生存者がいたとしても共鳴者の生き残りはほとんどいない。


「たぶん瓦礫に埋もれていたからだろう。共鳴者の生存例には何かしらの物に自分の周りが囲まれていたという」

「だからって、そこから町まで来れるか? 襲われる危険もあんだろ」

「それは、壊れた船を見てなにか使えるものはないかと探しに来た商人たちに助けられたからだ。ただ俺が声を発することは禁止されたが」


 それで生き残れると言うのなら、誰だって従う。話を聞いていたズルダは、見事に眉をひそめていた。

 ウィンリアで育ったズルダには、そんな危険は理解ができない。この村の住人と同じく、地を這う者を間近で見たことなどなかった。そもそも襲われ、死ぬかもしれないという危険を肌で感じたのは、グラジオラスに初めて乗って向かった討伐の時くらいだ。


「じゃあ、なんで戦うんだよ。もう顔も見たくねェだろ。普通」

「そのまま返すよ。ズルダだって、前に死にかけていただろ」

「なに言ってんだよ。やられたらやり返さねェと気が済まねェだろ! 三倍だ! 三倍!」

「単純だな」


 少し表情を緩めるユーリに馬鹿にされたのかと、言い返しそうと口を開いたが、


「でも、俺も似たようなものだ」


 その一言で口を開けたままのマヌケ面になってしまった。


「人?」


 森の奥に目を凝らしてみれば、確かに人が一人、立って空を見ていた。村の人間ならば出入りした時に見過ごすはずがない。だとすれば、残りは商人となるが、ここにそんな金になるようなものがあるとは思えない。

 しかし、放っておくわけにもいかず、二人はその人に近づけば中年位の男だった。


「おや、こんなところで軍の方にお会いするとは。お若いというのに、お務めご苦労様です」

「貴方は?」

「私はこの旅商人一座の座長をしております。どうぞ、首都で見かけた時が御贔屓に」


 旅商人の座長だからか、その仕草はとても礼儀正しく、それをまるで当たり前かのようにこなしていた。


「いやぁ……それにしても、ここの近くを通った時に砂竜が見えたと言うものがおりまして、このリンネはなんでも地を這う者に襲われたことがないという噂があるものでして。安全な航路が確保できるまで、しばらくお邪魔させていただこうかと思っていたところなんですよ。軍の方がいらっしゃるということは、どうやら本当だったようですね。いやー! 安全を期してよかった! あ、そうだ。ついでに、軍人さんらもなにか買いませんかね?」

「いえ、結構です」

「このオッサン、一人でずいぶんしゃべってたな……」


 息をつく間もなく笑顔で話し続けた座長に、ズルダが引きつった表情を見せていると、ユーリが付近に巣があるからその方向にいかないように、そして動きがおかしいから移動をするなら細心の注意を払うように説明していた。


「それなら、しばらくここにいるとしますよ。仕入れもできますし」

「仕入れ? 何もねェぞ? ここ」

「いやいや、木があるじゃないですか。木はウィンリアの方じゃ自生していないですし、リンネの周りの木は生命力が強いですからね。売るにしても、ここの木は取引価格が高くてですね」

「わかったわかった! もういい!」


 まだまだ続きそうな話に、本気で嫌そうに止めれば残念そうに座長は本当に聞かないのかと聞いてきたが、はっきりと断っておいた。


「他の仲間の方はもっと向こう側にいるんですか?」

「えぇ。会います?」


 ユーリが断れば、突然警笛が響きわたった。緊急事態の警笛だ。ほぼ同時に無線で地を這う者がリンネに向かって移動してきているため、直ちに迎撃に入るという連絡が入ってきた。


「なにかありましたか?」

「地を這う者がこちらに向かってきているそうです。私たちも迎撃に努めますが、あなた方はもっとリンネに近づくようにしてください」

「わかりました。では、そのように伝えてきましょう」

「では、失礼します」

「はいはい。みなさんこそ、お気を付けて」


 二人が船に向かうのを見届けると、軍艦が動き出す音を感じながら空を見上げた。遠い空に、小さな砂嵐のようなものが蠢いていた。

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