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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第6楽章 ホワイトノイズ
24/36

02

 アネモネの食堂に、アネモネ、キャメリア、グラジオラスのそれぞれの船の奏者がいた。明らかに元気のないカルラに、ミドナも困ったように眉を下げる。


「そう気を落とすな。ヒスイも悪気があったわけじゃないんだ」

「でも……ミドナは神子なのに外にいるし……」


 そう言われるとミドナも困ったように頬をかいた。


「私は特別……というよりも、もう神子じゃないんだ」

「でも、前の神子ってことは神子ではあったってことですよね?」


 考えるように顎に手をやるミドナは、ゆっくりと口を開いた。


「私も詳しい話は人伝にしか聞いていないんだが」


 神子として生まれたミドナは、生まれてから祭司と乳母以外の人にはあったことはなく、ほとんどの時間を神殿と呼ばれる場所で過ごしていた。

 リンネと共に在らなければならない。リンネを守らなければならない。ただそれだけのために神子は存在していた。リンネの木が奏でる謡を謡うだけで、それが幸福とも不幸とも考えたことすらなかった。


「神殿と聞いていたが、随分ショボイ小屋だな。名前負けも甚だしい」


 聞き慣れない声に、開いていた窓からそっとのぞき込めば、自分よりもずっと小さな少年が立っていた。


「ん? あぁ。お前が神子とかいうやつか」


 自分よりもずっと年下に見えるが、顔に似合わない変に大人びた仕草と言動にミドナは顔をしかめていると、少年は腕を組み首をかしげ、


「神子は言葉を話せないのか?」

「……話せる。誰? あなた」

「なら、あいさつくらいしたらどうだ? 基本だろ」

「あなたもしてない」

「そうだったな。珍しい動物にあったような気になって、すっかり挨拶を忘れていた。初めまして。神子様。私はリンネに住むクロスというものです。祭司たちが言う下等な人間だ」


 祭司たちもさすがにそこまでは言っていないが、この聖域に入ることを禁止はしている。


「初めまして。クロス。ここは祭司たち以外立ち入り禁止のはずだ」

「迷い込んだ」


 絶対嘘だと、初対面ながらもわかるほどの明らかな嘘だった。

 しかし、ミドナのしかめっ面など気にしないのか、クロスは窓枠に手をかけると部屋の中の様子を見て、本棚の方を指した。


「あの本を貸してもらえるか? それとも家から出すのは禁止されているか?」

「いや……禁止はされてない」


 そもそも神子以外がここに来ることが想定されていないのだから、貸し出しなんて概念が存在していない。ただ朝昼晩とやってくるトーンに本が無くなっているのが見つかったら、さすがに気づかれるだろう。


「なら、ここで読む。帰る時に返す。これで問題ないだろ?」

「まぁ……それなら」


 暇な時に読んでいたが、もうすっかり覚えてしまっていて開こうとも思わない本だ。素直にクロスに渡せば、窓枠の下で座り込むとすぐにそれを開き読み出した。


「……本、好きなの?」

「多少な。だが、村の本は少なすぎてもう全部読み終わったし、覚えた」

「読んだって……あなた何歳……?」

「5」


 世間知らずとはいえ、さすがに五歳で村の本を読み終え、覚えるのが異常なことくらいわかる。


「世間で言う天才とか言う奴だからな。俺は」

「……それって自分で言うのか?」

「否定する要素もなければ、必要もない」


 数分もしない内に、本は閉じられ返された。


「つまらないな。これなら、ヘンゼルとグレーテルの方がおもしろい」

「ヘンゼルとグレーテル?」

「森で鳥がパンを食べることに気づかずに、パンで目印をつけながら家に帰ろうととして、鳥達に目印のパンを食べられ道に迷う、頭が少し足りない哀れな姉弟の話だ」

「……その話は知らないけど、多分違う」


 読んだことはないがおそらく違う。そんな気がした。


「そんな本を読むなら、こっちの方がずっとおもしろい。明日にでも持ってこよう」


 クロスが毎日来るたびに持ってくる本は、確かにここにある本よりもずっとおもしろかった。

 そんなクロスとの日々がしばらく続いていた。正直、トーンにはバレていたが、祭司たちには内緒にしてくれていた。


「ミドナ様?」


 微かにだが、耳に入る音が大きなような気がして、ミドナを見れば、ミドナはリンネの木に額をつけながら、少しだけ寂しげに微笑んでいた。


「……ありがとう。大丈夫、世界は、大切だからな」


 リンネの木と対話しているのか、トーンは何も言わず静かに待っていれば、ゆっくりと目を開けたミドナは、トーンに目をやる。


「もうじき新しい子供が産まれるんだろ? いつごろだっけ?」

「さて、正確にはわかりませんが、もういつ産まれてもおかしくはないですよ」

「そっか……それはいいことだ」


 それから数日、妊娠した村の女性が産みそうだからと、トーンは手伝いに向かい、取り上げた子供を見て、喜びよりも驚きの方が勝った。

 その赤ん坊は、緑の髪と緑の片目を持っていたのだから。


「これは一体……」


 祭司たちも驚きを隠せてはいなかった。神子が二人など聞いたこともなかった。


「なにかの厄の前触れでしょうか……」


 トーンが震えながら祭司に問うが、祭司は首を横に振った。


「現神子様が神子様ではなくなられた」

「ぇ……」

「禊ですら祓えぬ穢れを負われてしまわれたのだろう。故に、リンネは新たな神子を産みなさった」


 ならば、今の神子はどうなるのかと聞いた時、祭司たちは淡々と穢れを背負って消えてもらうと答えた。

 もちろん、そんな村にとっての大事件はクロスの耳にもすぐに入っていた。


「やはり、石頭のバカばかりか」

「子は黙っていろ。これは、村ばかりではない、世界の問題だ。神子様がこれ以上穢れた音をリンネに響かせれば、その影響は世界に及ぶ」


 言い返そうとしたその時、頭に力が加わり無理矢理、顔が下にむく。

 その手は、トーンのものだった。祭司たちに謝り、そしてどうか少しだけ時間を、と最後の情として5日だけ猶予を貰った。


「あなたは頭がいい。でもね、今は私に任せて、あなたは何もしちゃいけないよ」

「……何をする気だ?」

「ミドナ様をウィンリアに引き渡す。ミドナ様は十。ウィンリアに奏者として保護されるお歳になられている。この村が守ってくれないなら、ウィンリアに守ってもらう他ないんだよ。あなたはミドナ様と仲良くされていたようだから、辛いかもしれないけどね……十四になればウィンリアにいける。だから、そこまで待っておくれ」


 トーンの思惑通り、ミドナは奏者としての保護を受けた。ウィンリアに行ってしまえば、ミドナはリンネの木に音を響かせることはもうないと半ば無理やりに納得させられ、ウィンリアに連れて行かれた。ウィンリアも奏者として高い能力を持つ元神子を見殺しにするなんて選択、ありえなかったのだろう。

 その後、ミドナはリンネに近づくことすら無く、田舎であるリンネの噂は何も聞いていない。

 ただミドナの穢れの話が出てからというもの、禊の時は祭司も乳母も近づかないようにしているという。


「じゃあ、本当にひとりぼっちなの? ヒスイは」

「……そうだな。あの場所は、庭園に似ているけど、もっとずっと何もない。なのに、神子は神子になった時点でリンネから離れることは許されないんだ」

「なんで? 私たちは普通に外にでられてるよ!? 奏者と神子って何が違うの!? ねぇ!!」

「ぼ、僕に聞かれても……」


 カシオに八つ当たりするが、答えられるはずも無くうろたえるだけ。


「そういうものなんだって、諦めるしかないな」


 頬をふくらませるカルラにミドナが苦笑しながら頭を撫でるが、機嫌は直してくれないらしい。

 しかし、そんな陰気臭い雰囲気を全く感じさせない元気な声がアネモネの食堂に響きわたった。


***


ギリクは一向に話が進まない中、部下に呼ばれ一度退席したものの、どうにも戻る足は重くなっていた。


「なんだった?」

「なんでお前がいんだよ……」


 戻る途中、一件の家の外で階段に腰掛けながら何かを飲んでいるコンナの隣には見たことのない少年。おそらく村の子供だろう。


「いやー話がめんどくさくて。ちょっと外の空気吸うついでに、遠巻きに見てたこいつ捕まえてちょっと話をしてた」


 少年の母親から家にお茶でも、と家に招き入れられそうになったが、それは断ると少年の分とコンナの分のハーブティーを置いて、今に至っていた。


「おじさんたち、騎士さまみたいな人なんだろ?」

「騎士さま?」


 おじさんと呼ばれたことになにも反応しないギリクに、一瞬つまらなそうにしたコンナだったが、すぐに切り替えた。


「なんでも昔は、神子様と五人の騎士がリンネを守っていたんだと」

「うん。でも、騎士さまはもういなくなっちゃったんだって」

「いなくなったって、死んだのか?」

「そうなんじゃない? 騎士さまは神子さまを守っていなくなったって、ばあちゃんから聞いたよ」


 ギリクの脳裏に騎士の家系と呼ばれる人たちがかすめるが、あれは四つだ。五つではない。ウィンリアの創設以来、欠けたという話をも聞かない。


「それで、ギリクの方はなんだったんだ?」


 一瞬、少年の方を見ると、はっきりとそれを答えた。


「巣の動向がおかしいらしい」

「時間はない、か。ま、お前が言ったとおりこの村の人が避難しないっていうなら、早くても遅くても関係ないか」


 昨日、ユーリからの報告を聞いて、神子を含め村人たちが避難をすることがないであろうことはわかっていた。アネリアやコンナにもそのことを伝えたが、アネリアはギリギリまで説得すると今もこうして話を続けていた。

 もちろん、ここにいる女は最初から避難に関しては全てアネリアに任せてしまっている。


「お前たちだけでも、逃げる?」


 少年にそう聞くが、案の定首を横に振った。


「神子さまや騎士さまが守ってくれる。だから、逃げる必要なんてないよ? 地を這う者(レジスター)なんてみたことないもん」


 それはリンネの木が響かせる音のおかげだ。聖なる音のせいで地を這う者はリンネに近づけなかった。しかし、勢力を大きくした砂竜は今、ここを襲おうとしている。

 コンナは少年の頭を撫でると、


「じゃあ、近々初めて見れるかもな」


 まるで初めて流星を見るように笑っていった。


「神子様と騎士様が守ってくれるように祈って、口を閉じて何も音を発さないように謡を聞いてれば全て終わってる」


 そろそろ戻ると、ハーブティーの礼を言って、少年に手を振ってアネリアのいる小屋に向かった。


「なぁ、ギリク。さっきの騎士の話だけど…五人はそれぞれ剣、槍、斧、弓、盾を使っていたらしい」

「盾以外は騎士の家系にあるって言いたいのか?」

「うん。それから、盾もさウィンリアで見たことあるんだよね」


 騎士の家系は四つで間違いない。しかし、ギリクも確かに盾に模した何かを見たことがあった気がした。

 そして、すぐに思い至った。


「王宮」


 玉座の背後に盾の紋章が描かれていた。


***


 小さなため息が耳に入る。振り返ればベッドに座り、シルヴィアが神妙な表情で虚空を眺めていた。


「どうかしました? 姫君」


 白の王立騎士団の制服を纏ったフレイヤは、シルヴィアをのぞき込めば驚いたように目を開いた。


「お、驚かさないで……フレイ」

「すみません。驚かせるつもりはなかったんですけど……」


 あまり悪いとは思っていない様子で謝るフレイヤに、表情を少しだけ柔らかくすると、


「リンネの話を小耳に挟みました」


 王宮にはそれほど多くの軍に関しての話は入ってこないが、それでも大きな作戦などは艦長たちが出入りし、場合によっては王立騎士団から数人臨時で引き抜かれる関係で耳に入ることがある。

 今回も数人が呼ばれたという話はフレイヤも知っていた。とはいえ、さすがにシルヴィアの側近の近衛兵であるフレイヤまで引き抜かれることはそうないが。


「リンネだけは絶対に守らなければならないのです」


 シルヴィアは顔を上げると、フレイヤに隣に座るように言うと、フレイヤは不思議そうにしながらも命令に従い隣に座る。


「これからする話は、内緒にして」

「我が誇りにかけて。嘘をつくのは苦手だけど、隠すのは得意だから任せて! これでも妹達にドッキリするのでバレたことないから!」


 自分の胸を叩いて言えば、シルヴィアは小さく笑い、それは安心ね。といって、語りだした。


「それは遠い昔の話よ。まだ地を這う者が現れる前の話。リンネには神子と五人の騎士がいた。人々も豊かな自然の中、平和に暮らしていた。

 でもある時、突然地から這い出でてきた魔物は、人を食らい砂にしてしまった。神子と騎士は人々を護ったけど、地を這う者は倒しても、倒しても、何度も生き返っては襲ってくる。そして、騎士たちは地を這う者が自分たちの使う聖なる音を目指してきている事に気がつき、ある決断を下した。

 リンネからずっと遠い場所に地を這う者を引き寄せ続けようと」


 フレイヤはまさかと、シルヴィアの表情を見たが嘘を語っているようには見えなかった。


「騎士五人が大きく音を響かせ一緒にいれば、神子とリンネの木が音を出していない時よりも微かに音が大きくなるからか、地を這う者は騎士たちの方ばかりを狙うようになった。

 少しずつ騎士たちは神子と木を護るために遠くに地を這う者をおびき寄せていった。そして、拠点となる場所を決めると、五人の騎士の中で最も聖なる音を大きく出すことのできた盾の騎士を中心に町を作り上げていった」

「あ、あのそれって……」

「ウィンリアの発祥。そして、この王族の秘密」


 本来ならば次期国王にのみ口頭で伝えられる秘密だった。


「王なんていってるけど、本当はそんなものじゃなくて、リンネのために、神子を護るために私はここにいる。みんなにそれを隠しながら、私は戦うこともせず――」

「……そんなことないですよ」


 はっきりと言い切るフレイヤに顔を上げると、フレイヤは立ち上がると窓を開けた。


「ウィンリアはもう何百年ってある街なんですよ? 揉め事だっていろいろあって、それでも神子を護るためにずっとここにあり続けるなんて普通ならできないし、それは一種の戦いですよ」


 フレイヤは笑顔で手を差し出すと、シルヴィアをその窓辺に連れてきた。眼下にはウィンリアの街が見えた。


「こんな大きな街を守っているのは、今までの王様たちのおかげでもあって、シルヴィア様のおかげでもあるんですよ。おかげで、みんな平和に暮らせてる」

「でも、私では地を這う者は倒せない……」

「そこはこのフレイヤにお任せっ! 腕っ節には結構自信があるんだよ~?」


 自信満々な笑みを向けるフレイヤは、表情を柔らかくすると、


「アタシは誰かを護るために剣を振るう。だから、シルヴィアは誰かをその盾で護ってあげて」

「……フレイは本当に強いね」


 こんな彼女だから惹かれ、異例だと言われても近衛兵に誘ったのだ。

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