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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第5楽章 それぞれの休息

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01

 ウィンリア最上部にそびえ立つ王宮の大広間の壁には、盾を模したエンブレムが飾られ、その前に玉座が置かれる。その玉座に座る初老の男と、傍らに立つ白い王立騎士団の制服を着た男は、その銀髪の女性が微笑む姿になんとも言えない表情をしていた。


「いつも言っておることだが、公の見物ではいかんのか?」

「それでは、普段の様子ではありません。心配なさらないで。お父様。いつものようにフレイと共に行ってまいりますから」


 確かにいつも無事に帰ってきているが、やはり心配なものは心配なのだ。

 しかし、これ以上止めようにも、頑固でありその行動力は計り知れない娘に、結局折れるのはいつも王である父だった。


「いつものことではあるけど、相変わらずすごいですねぇ……」


 部屋で許可がおりたことを聞いたフレイは、言葉とは裏腹に笑顔で服を取り出している。


「こっちにします? それとも、こっち? スカートか、パンツかも」


 フレイヤの持ち上げる服を鏡で合わせながら、出かけるために服をあれこれ悩みながら決めていった。


***


 フィーネとミスズはよく来る喫茶店に入ると、カルラも珍しそうに店内を見渡していた。


「いらっしゃい。今日はずいぶんと多いね」


 今日はフィーネとミスズ、カルラの三人に加え、ユーリとズルダもいた。普段の二倍。店長もさすがに驚いたらしい。


「なんで俺らまで……」

「フィーネに見つかった時点で諦めろ」

「せっかく休みだってのに……」


 文句を言いながらもついてくるズルダに、カルラとフィーネは素直じゃないねと話し、それが耳に入ってしまったズルダが怒鳴るが、店長に注意され大人しくなった。


「もーズルダのせいで怒られた!」

「元はといえばテメェのせいだろ!」

「人のせいにするのはいけないんだよ!」

「こういう人になってはいけませんからね」

「おい! ユーリ!」

「また怒られるよ?」


 ミスズがそういうと、ズルダは言葉を詰まらせ振り返れば、こちらを見て微笑む店長がいた。


「あの人も共鳴者かな?」


 カルラが店長を見ながら首をかしげるが、フィーネも同じように首をかしげる。おそらく、カルラがそう思うくらいなのだから、共鳴者としての素質はあるのだろう。

 しかし、実際に共鳴者として訓練を受けたかどうかは別の話だ。元々ウィンリアに住んでいれば、訓練を受けていないこともあるだろう。


「教育課程を終了してから、別の仕事に移る人は少なくないからな」

「でも、その場合でも緊急時は戦闘に駆り出されるんだよね?」


 ミスズたちは全員、軍人として残ることを決め、警備任務を行なっているが、それを始める前に確かにやめるという選択肢は出されていた。最低条件として、ウィンリアが危険な状況となった場合は、強制的に召集される。

 教育課程で一緒に過ごした半数は、それを条件にやめていった。


「だったら受けなきゃいいのにな」


 訓練だって簡単なものではない。ズルダがそんな事をいうが、ミスズとユーリにじっと見られ少したじろぐ。


「な、なんだよ……」

「いや、お前みたいにウィンリアに元から住んでいた人はわからないかもしれないが、ここは他と比べ物にならないくらい安全なんだ。それが、一人が共鳴者というだけで、家族全員がこの安全なウィンリアに住めるというならするだろ。ミスズもそうじゃないのか?」


 ユーリが同じくウィンリア出身ではないミスズに聞けば、驚いたあと困ったように頬をかいた。


「私は、別にそういう理由じゃないかな……ジー君とかからここの話は聞いて、ちょっと来てみたいとは思ってたからってのが大きいかな? 共鳴者は、正直、家を出てくるための口実だったような……」

「ミスズのママ、厳しいのか?」

「ううん。厳しくはないんだけど、家から出るってなんか大きな理由がないと出れないっていうか……」


 別に共鳴者になりたいと思って志願したわけではなかった。ただ、外の世界を見てみたかった。それだけだった。それが、ウィンリアに来た今、何かやりたいと思うこともなく、なんとなく続けてしまっているというのが本音だ。


「あ、ねぇねぇ! 次はどこに行く? 今のうちに決めておこうよ」


 フィーネの提案に、ズルダはめんどくさそうにするのが見え、カルラに服屋を見て回るかとミスズが提案すると慌てて止めてきた。さすがにユーリもそれはいやらしく、積極的に話に参加してきた。


***


 甘酸っぱいガレットを口に運びながら、コンナは渡されたそれを手の中で転がした。


「せっかくの休みなのに、こんなところで油売ってていいの? もっと寝るとか、休むとかあるでしょ」


 手でそれを遊ばせながら、目の前に座るライルに言えば、気にした様子もなく笑顔で返してきた。


「油を売るのも休みの醍醐味だろ?」

「確かに」


 グラジオラスは本格的に修理を行うため、船員は数日の間休暇をもらえることになった。おかげで、筆頭騎士であるライルもこうして久々の休日を過ごしている。ギリクとジーニアスも同じように今日は休みだという。

 代わりに、本来グラジオラスが警備している場所は、アネモネが警備をしていた。


「ギリクは今日は実家でのんびり過ごすらしい。なんでも、キャロに怒られたとかで、機嫌直してもらう代わりに買い物に付き合わされるとか言ってたな」

「なにそれ、おもしろそう。探してみようかな?」

「やめてやってくれ……」


 本当にやりかねないコンナに苦笑い混じりに頼めば、えーっと文句ありげな声を出していた。その様子にまた眉が下がってしまう。


「ギリクの父親のことを思えば当たり前、なのかも……いたっ!」


 顔を俯かせながら友人のことを思うライルの額に軽い音と痛みが走り、視界に転がり入ってきた小さな装飾の施された石。

 驚いて顔を上げれば、好物の甘いものを食べているはずのコンナが不機嫌そうにこちらを見ていた。


「そういう暗い話は、食事中はやめろ。ただでさえ、野菜食べてテンション下がってるんだ」


 いつもは頼まない小さなサラダが、今日はガレットの横に置かれていた。


「すまない……でも、野菜は食べたほうがいい。コンナは気を抜くとすぐに食事のバランスが崩れるからな」

「砂糖食ってれば生きていける。大丈夫」

「体壊すぞ……」


 今更言ったところで、意味はないかとため息をつくと、コンナの元に生クリームの沢山乗ったコーヒーが置かれ、ライルの元にもカフェオレが置かれた。


「艦長は体調管理も仕事ですよ。部下に体調のことを心配されていては、真の艦長とは言えませんね」

「こいつは別の船。それに真の艦長じゃなくていいし。っていうか、真の艦長ってなに?」


 そう聞いたところで、コーヒーを運んできた店長は微笑むだけで、その問いに答えることはなかった。


「なんなんだ……まったく」

「まぁ、全てを持ってみんなを支えられるってことじゃないか?」

「そんなの、無理だと思うけどねー?」


 スプーンで生クリームをすくい、口に運ぶと、不思議そうな表情でこちらを見つめるライルに眉をひそめた。


「だってそうだろ? 艦長は、まず第一に“捨てる”んだから、優しさとか気遣いとかそんなの持ってたらやってられない。ただ欠落してるだけ。そんなもんだよ艦長なんて。つまり、ライルは優しぃ~騎士さまだってこと。おめでとう!」


 スプーンでライルを指せば、また呆れてため息をつくのかと思えば、予想外にもライルは微笑んでいた。


「それでも、俺はコンナたちは秀でていると思っている。それを全て合わせて“強さ”と呼ぶのだろう?」


 当たり前のように気はずかしい言葉を放つライルに、コンナはまた一口生クリームを口に運ぶ。


「イケメンがそういうこと言うと、無駄にいい言葉に聞こえるのはやっぱりずるいよなぁ……」

「スプーンくわえたまましゃべらない」


 二杯目のカフェモカがやってくると、コンナはようやくライルが聞きたかったその話題を出した。


「で、これがどうしたの?」


 それは、前にコンナの住んでいた町で拾った石のお守りだった。


「いつの間にかポケットに入れていたらしくてな……俺が持っているのも悪いと思ったんだが」

「別に拾ったならもらっとけばいいのに。誰も咎めないよ?」

「それはそうだが……」

「それにほら、これ持ってたおかげで、弾に当たんなかったのかもよ?」


 あの時、狙いなど全くなく、とにかく砂竜の方向に飛ばすように撃っていただけだったのだ。もちろん、ライルにその弾が当たりかけていたのも報告で聞いていた。


「だが、これは俺ではない、誰かのためのお守りだろう? 俺ではお門違いだよ。できれば持ち主に返してやりたいんだが……」

「無理だね」


 その石のお守りは、コンナが今髪留めに使っているように、常に身に付けているもので、お守りだけがその場に落ちていたのであれば、そのお守りの持ち主はすでにこの世にはいない。

 親戚や知り合いであれば、数少ない生き残りにいるかもしれないが、共鳴者で生き残ったのはコンナだけだ。他は皆、共鳴者としての素質はなく、首都ウィンリアとはいえ、全ての難民を受け入れることはできず、共鳴者としての素質が無ければウィンリアの近くの町に移住させられる。

 探そうと思えば探せないことはないが、正直絶望的だ。


「……どうしても返すの?」

「あぁ」


 そのへんに捨ててしまえばいいのにとも思うが、こういったところで律儀なのがライルだ。ため息と一緒に諦め、別の方法を探す。


「じゃあ、慰霊碑に供えてあげたら?」


 慰霊碑は地を這う者(レジスター)に襲われた人を弔う場所でもあった。ただ、軍人と違い名前は書き込まれることはない。ライルも、それが一番かと頷いた。


***


 カルラはフィーネの真似をしているのか、ズルダのことをからかっては、ズルダに怒鳴られ、そのたびにフィーネから大人げないと笑われていた。

 そんな三人の様子を後ろから見ていたミスズは、隣を歩くユーリを盗み見れば、すぐ気付かれ視線が合う。


「なんだ?」

「あ、いや……そういえば、リーダーも地方から出てきたんだよな……って思って」

「あぁ」

「家族は? 確か、寮に住んでるんだよね?」


 ミスズと同じように、両親にいかないと言われてしまっていればそれまでのことだが、ユーリはたった一言だけ、


「死んだ」


 そう答えた。驚いてユーリのことを見るが、ユーリは先ほどと全く変わらない表情でカルラたちの様子を見ている。


「地を這う者に襲われてな。別に変わったことじゃないだろ。軍人へ志願した人にはそういった人は多い」

「……ごめん」

「平気だ。ありがとう。ん……? ギリク艦長か……」


 ギリクという名前にフィーネの方を見れば、カルラと一緒に手を振っている先に、ギリクとキャロルがいた。


「ギリクさん、デート?」

「お前知ってて言ってんだろ」


 兄妹だと知っていても、とりあえず言ってくるフィーネの頭にギリクが手刀が落ちた。


「今日は、買い物に付き合ってもらってるの。カルラちゃんも?」

「うん!」

「じゃあ、一緒にあのお店見ない? お兄ちゃんってば、服屋には絶対についてきてくれないの」


 平然と女性服の売ってる店に入れる男性はそうはいないだろう。ギリクもさすがにそればかりは断っていた。しかし、カルラはキャロルの誘いに頷くと、ギリクの腕をつかんだ。


「いや、俺は行かねぇからな」

「え!?」

「別に普通のお店なのに……」

「普通じゃねぇところに、男連れ込むな」

「はぁい。カルラちゃん、ダメみたいだから、私だけで我慢してねー」


 ギリクの腕からカルラの手を離し、手をつなぐとカルラも頷いた。


「よし! ズルダ! 次はあの店だよ!」

「ぜってェいかねぇからな!!」

「恥ずかしがらないで! 目のやり場に困るようなもの売ってないから!」

「いいから、女だけで行ってこい!!」


 本日二度目の手刀がフィーネの頭に落ちた。結局、ミスズに諦めなよとたしなめられ、キャロルとカルラを追って店の中に入っていった。


「助かりました。ありがとうございます」

「別に構わねぇ」


 店の中で楽しげに服を見ているキャロルたちを見ながら、少し疲れたのか壁に寄りかかった。


「仲がいいんですね」

「ん? さぁな。まぁ、今日は特別だ。前のこともあるしな」


 あの救難信号のことは、ギリクやキャロルには嫌な思い出しかなかった。二人の父も共鳴者であり、軍人だった。その父も、ギリクと同じように帰還予定日時が過ぎても帰ってくることはなく、救難信号も出されたが、間に合わなかった。

 そんなことがあったからか、キャロルはグラジオラスが帰ってくるとすぐにギリクの無事を確認すると、ひと目もはばからず泣いていた。その光景は、ユーリたちを含め、あの時あの場所にいた人たちのほとんどが見ていた。


「お前も兄弟いるのか?」

「弟がいました」


 過去形の言葉が何を意味するのかを察すると、それ以上は何も聞かず短く相槌を打つだけだった。

 ようやく買い物が終わったのか、キャロルたちが店から出てくると、キャロルの持っていた荷物を手に取ると、


「じゃあ、あんまはしゃぎすぎるなよ。フィーネ」

「名指し!?」

「この中で問題起こしそうなのは、フィーネよねぇ。なんたって、フレイの妹だもんねー」


 自らの姉のことはよく知っているからこそ、それを言われると否定はできなかった。

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