03
「うっひょぉぉおお! 山ばっかぁ!!」
イレンツの周りは岩山ばかりだった。試しに、ヤッホーとやまびこする時の定番文句を言ってみたものの、返ってくる音はない。
仕方なくじっと指示された方向に、変わった様子がないかと目をこらして見ていれば、砂埃が日光を反射したように一瞬だけ光を放ったが、すぐに砂嵐が吹き荒れ見えなくなった。予想通りのその光景に、腰に手をやりながら小さく息を吐いた。
「ん?」
一つ目の仕事を終え、暇そうに足元に目をやっていると、ふと見つけた少年が母親と手をつなぎながら、こちらを不思議そうに見上げていた。手を振ってみれば、少年も驚きながら振り返してくる。
子供の突然の行動に母親は、鳥でもいるのかと見上げたが、その先にあるのは軍の監視塔とその先に取り付けられたアンテナだ。確かに何かアンテナの上にいるが、それが何かまでは見えなかった。
「何かしら……あれ」
鳥のようには見えない。母親は不思議そうに首をかしげるのだった。
そして、同じように首をかしげている人が近くにいた。
「あれ、人だよね?」
「人だね」
「あぁ。人だ」
「なんであんなところにいるの?」
「さぁ……」
そればかりは、ミスズにもユーリわからない。しかし、答えを知っていたのは、すぐそばにいたナギとカシオだった。
「エリザさん、ですよね? あれ」
「そうですね。相変わらず、騒がしい……」
「どうしてあんなところに……」
「それはわかりません」
二人がそんな話をしていると、スレイがこちらに向かって歩いてきた。
「勢ぞろいだな」
挨拶も早々に、アンテナの方を見上げれば、エリザが上でスレイに向かって大きく腕で丸と作っていた。
「……めんどくせぇことになりそうだな。直に出航するだろうから、戻っておけ」
「じゃあ、場所が?」
ミスズが少しだけ嬉しそうに聞けば、スレイは微妙な表情で、
「グラジオラスの方はだいたいな。ただ、まだ巣の位置が見当がついてねぇらしい」
「では、グラジオラスの救助に向かいつつ、巣の捜索、討伐といった形になるのですか?」
ガイナスの疑問に、「多分な」とだけ答えると、ユーリたちはアネモネに乗るように指示された。
司令室にノックが響かせ、入ってきたのはジルだった。
「艦長。結構近いってさ」
「じゃあ、出航ね」
アネリアが立ち上がると、ほかの三人も立ち上がった。驚いたのは司令官だった。
「ほ、本当に一人が見ただけで、確定するんですか!?」
「するよ。エリザはウィンリアで一番の狙撃手だ。その目は誰も疑わないさ」
キャメリアとアネモネはすぐに出航した。ギリギリまでアンテナの上で信号弾の様子を見ていたエリザも、出航と同時に浮遊装置を起動させ、キャメリアの甲板へ降り立った。
そして、中に入ることなく、無線に入る方位に目を凝らした。
***
岩山の渓谷に強い風が音を立てて吹き荒れる。それは、聖なる音も地を這う者のノイズも一緒にかき消していた。もし、停泊所がない場合には、こうした自然が聖なる音をかき消してくれる場所で船を泊める。艦長や参謀なら教育課程の時に教わり、そうでなくても何年か軍艦に乗っていれば自然と身につく知識だ。
そんなグラジオラスが停泊する渓谷を見下ろすように腰掛け、その信号弾の光がかき消えるのを確認すると時計で時間を見ると、その時間を書き込む。
「やっぱり、向こう側かぁ……」
大きく迂回し、別の町を経由してウィンリアに戻ることはできるだろうが、生憎、最初の襲撃で船の浮遊するのに重要なスピーカー部分に大きく損傷を負っていた。
応急処置こそ行なっているが完全な修復は不可能。無茶な航行はもちろん、スピードも通常の半分も出ないだろう。
それでも、救援が来ないとなれば、自分で飛び、町にたどり着かなければならない。そのためにも、地を這う者の巣がどこにあるかのおおよそ目星をつける必要があった。
「ただいま戻りました。参謀」
「おかえり。ティファ。しばらくカルラの護衛をお願い」
「了解しました」
ティファは船に戻ると、すぐにカルラの元へ向かう。少しでも地を這う者にカルラの存在を気付かせないように、音の漏れにくい機関室にずっといるのだから、そろそろ気も滅入る頃だろう。
状況だってわかっていないわけではない。それこそ、最初は泣きそうになっているのを、ギリクになだめられていたのだ。
「入りますよ」
中にいたのはライルとカルラで、カルラの目元は少しだけ赤くなっていた。
「交代か」
「はい」
ライルは立ち上がると、ティファと交代で外に出ていった。
「ほら、カルラちゃん。ココア持ってきたの。一緒に飲みましょう?」
「うん……」
「大丈夫よ。艦長も、私たちもみんなあなたのことを守るから」
「でも……みんなは」
「カルラちゃんは優しいわね。じゃあ、みんなで帰らなきゃね。私だって、艦長を落とすテクニック磨かないといけないんだし、カルラちゃんもあの二人とショッピングする約束してるんでしょ?」
コクンと頷くカルラに、ココアを差し出せばようやく受け取り、小さな笑顔を見せた。
ライルは艦橋に向かうと、ギリクが疲れた様子で椅子の背もたれに体を預けていた。
「通信は戻りそうか?」
「ノイズがひどすぎる。ジニーの話だと、巣が近いらしいし、ここにうまく逃げ込めたのは幸運だった」
背もたれから体を起こし、ライルの方を向くと、
「もうお前の番か」
「あぁ」
次に信号弾を打ち上げる場所は、ジーニアスが予測した巣の範囲に最も近い位置だ。つまり、最も危険な場所だ。
打ち上げる前に危険だと判断できる状況であれば、一旦引き上げて来いとまで言われている場所だ。そんな場所だからこそ、最も実力のあるライルのチームが向かうのだが、同時にギリクもある決断をする必要があるかもしれなかった。
「危険だと思ったら引き返してこい」
「わかってる。艦長。最悪の場合、俺たちのことは見捨てて奏者の保護を――」
「わかってる。んなこと……」
もし、ライルの反応が消えるようなことがあれば、もしくはここが地を這う者にバレたとしたら、奏者の保護を最優先とするべく、ライルたちを見捨てる決断が必要になるかもしれない。
今も、すぐにここから離脱ができるように、ギリクはこの艦橋から離れることはできなかった。
軍艦グラジオラスを機動させるためには、艦長であるギリクの腕に付けられたプレートに『Gladiolus』の文字が彫られたシルバーのブレスレットを共鳴させ、機関部のコアである緑の宝石を振動させなければならない。
そこから先のことは、参謀であるジーニアスでもできるが、最初のそのコアを振動させることはギリクにしかできない。
そのコアは特殊なもので、一度震え出せば、意図して止めない限り弱い振動を繰り返し、その振動は微弱な聖なる音を生み出す。その音のおかげで、戦闘でもない限り奏者は機関部にいなくても航行ができ、町などに奏者がいなくても多少の防衛が可能になったのだ。
「それが、俺の役割だ」
艦長として重大な決断を迫られることはわかっていた。何かを捨てて、何かを守る。それは、時として自分の友人であっても、見捨てなければならない時がくるかもしれない。
「実は、さっきカルラに約束させられたことがあるんだ」
ギリクが不思議そうにライルを見れば、ライルはいつも通り微笑みながら
「なんでも約束を守らないと、針を千本飲まされたあげく、ゲンコツを一万回されるそうだ」
「物騒だな……どんな約束したんだよ……」
「それは秘密だ」
イタズラするように笑うライルに、ギリクはため息をつきながらまた背もたれに体を預ける。
「そういうところ、あいつに似てきたな……」
それが誰かを察すると、ライルは苦笑いをするだけだった。
***
「あー! もうやだーーー!!」
キャメリアの甲板で文句を言っているのは、エリザだった。
「暑いし! つまんないし! 砂だらけだし!」
「砂だらけなのはいつものことだろ」
今にも噛み付きそうな勢いで、振り返ると、同じように辺りの警戒をするため、甲板に座り外の様子を見ているスレイを睨みつける。
「なんだよ」
少しだけ振り返り、横目でエリザが片手を武器の方にやっているのを確認すると、めんどくさそうに眉をひそめた。
「暇潰しに付き合ってくれてもいいと思わない?」
「お前は仕事があんだろーが」
「次までまだ時間あるよ」
「……やらねーよ」
スレイが興味をなくしたように、エリザから視線を外せば、エリザは一瞬眉をひそめたが、静かにボウガンをスレイに向けた。
「槍の騎士は、戦いを前にして逃げちゃうんだ」
わかりやすい挑発だった。
「引き金引くまで待ったとしても、この距離じゃ負けねぇよ」
淡々と答えたスレイの言葉は、自分を過大評価しているわけではない。ただ単純に、ここが槍の間合いであっただけだ。
エリザも最初から本気ではなかったのか、ボウガンを下ろすと指定された方向に目をやった。
その頃、船内ではアネモネと通信が繋がっていた。
≪ グラジオラスは、航行できるの可能性は低いってことね…… ≫
「航行可能であれば、どうにかして逃げられるだけの戦力はあるだろうしな。それに、迂回だってできるはずだ。そんなことも考えられない艦長と参謀だったら、ここまで生き残ってはいないだろ」
本来、討伐をする予定もないのだから、逃げて報告すれば十分だ。だというのに、それすらできないような状態。
≪ 加えて、この信号弾の撃ち方も特徴的です ≫
円を描くように撃たれている信号弾は、位置を知らせるためでもあり、周囲の危険度を調べてもいる。
「次だ」
≪ 次? ≫
「次が最も巣の予測範囲に近い」
人が移動しているのであれば、絶対的な座標とはいえないが、その付近であることには違いない。
「移動時間を含めれば、すでに出発しているだろうな」
コンナはじっとその座標を見ていた。
「どうしたんだい? そんな難しい顔して……」
ジルが驚きながらそう聞けば、コンナはすぐに首を横に振った。
「いや、ここからなら、次の信号とほぼ同時くらいにそのポイントにつけるな」
≪ そうね。まずは、その部隊を回収、その後グラジオラスを―― ≫
「別行動にしよう」
コンナの言葉に、アネリアが驚いた様子で画面越しにコンナを見ていた。
「キャメリアは、信号の撃たれる円の外側を沿うように、アネモネは、グラジオラスがいるであろう場所に移動して、それぞれの救助を行ったほうがいい」
≪ でも、それじゃあ、キャメリアが危険よ。どれだけ巣が大きいかもわかってないのよ? ≫
「なんとかする。それに、ミドナの方がカルラのいる場所を見つけるのが早いだろ」
確かに、奏者としての能力が高い方が地を這う者や共鳴者の存在を感じやすい。ミドナとカシオでは、絶対的にミドナの方が能力は上だ。
≪ それは巣に関しても同じよ! できるかぎり遠くから見つけたほうが、逃げるも戦うも選択肢が多いわよ ≫
一緒でも、別でも付き纏う危険は同じ。しかし、戦力が減っては、危険度は増してしまう。
≪ ……逃げるのは、ダメだと思う ≫
その言葉を発したのは、予想外の人物だった。アネモネ、キャメリアの両艦長と参謀は驚いてミドナを見た。
「いるのか」
クロスだけが理解したようにそう聞いた。ミドナは小さく頷いただけ。
「どういうこと?」
「お前ならでかい城を落とすなら、まずどこから叩く?」
「頭」
即答するコンナにクロスが眉をひそめたが、その意味が分からずコンナまで眉をひそめると、ジルがポンポンと子供をなだめるように頭を撫でる。
≪ あまりにも戦力差があるようなら、まずは城から出てきた兵を少しずつ削っていくわね ≫
咳払いをしてからアネリアが答えれば、クロスが頷き、そしてコンナの方を見ると、
「脳筋」
「クソ生意気なガキを落とすには頭を落とせばいいんだろ?」
「まぁまぁ……落ち着きなよ」
「ぼ、僕もわかりませんでしたから……!」
ジルとカシオがコンナをなだめているというのに、まるでそれが聞こえていないかのように、画面に向き直り話を続けるクロスには、さすがのアネリアも苦笑いになるしかなかった。
「グラジオラスは行きと帰りで、この付近を航行している。しかし、行きではなく帰りに襲った」
≪ そんなことを地を這う者が考えられる訳がない! たまたま――――艦長? ≫
≪ 話を続けて ≫
クラウドを手で制すると、アネリアはクロスに話の続きを促す。その表情は真剣そのもので、クラウドも反対できなかった。
「帰りは油断しやすいタイミングだ。それに、疲労も戦闘を行なっていれば怪我人もいる。そうなれば、襲撃の成功率は上がるだろう」
≪ 実際に、それを狙った可能性はどれくらいあるの? ≫
「半々といったところだ。ただ、巣が見つからないのは、奴らが巧妙に隠しているからだとしたら、奴らはいつもの地を這う者よりも頭、知能が発達している。少なくとも、隠密行動には長けている。だが、まぁ……そもそも船の見分けがつくのか、というところはあるな。ミドナ。数匹、付かず離れずの距離にずっといるんだろ?」
突然、話を振られ、言い淀んだがアネリアに優しく「そうなの?」ともう一度確認されれば、ゆっくりと頷いた。
≪ 結構離れてるし、いつも突然襲ってくるよりも少ないけど……イレンツに入る少し前から ≫
しかし、イレンツに入ってからは、それは消え、また出発してからは現れた。砂竜がいるとは聞いていたから、ただ地を這う者も多いのだと思っていた。
≪ でも、出発してから、妙にくっついてるっていうか……獲物狙ってるみたいだから≫
「えっ!? 僕ら狙われてるんですか?」
「今は普段と立場が逆なだけだよ。それに、よほどのことがない限り、まだ元気な船は襲ってこない」
カシオにそう言うと、コンナは珍しく苦笑いをこぼした。
「アネリア。これ、ギリクには言わないでよ?」
突然の事にアネリアは首をかしげると、コンナは苦笑いのまま、
「足手まとい」
クロスは分かっていたように、「そうだろうな」とだけこぼした。
≪ アンタ……! 足手まといって……!! ≫
「アネリアは私の戦い方知ってるでしょ?」
何度も一緒に討伐に出ているのだ。両艦の戦い方はよくわかっている。
コンナは多少の傷は無視してでも、大きな一撃で砂竜を倒し、アネリアは確実に数を減らし、少しでも被害の少ない方法を取る。普段の討伐であれば、その正反対の方法は互いが互いの弱い部分を埋める。
しかし、今回は砂竜を倒すだけの討伐ではないのだ。グラジオラスの救助が最優先にある。
「グラジオラスの救助中にもし砂竜、地を這う者に襲われたら、グラジオラスを守るのは無理だ。そういうことなら、アネリアの方が得意だろ?」
≪ ……要は、アンタが盾になるってことでしょ。そういって、沈んだ船、たくさん見てきたわ。アンタまで…… ≫
アネリアはコンナよりもずっと艦長歴は長い。それだけ沈んだ船も、死んでいった仲間たちも多い。
今度は自分よりもずっと若い女の子が、自ら盾になろうとしている。そんなことを見過ごすわけにはいかなかった。
「誰が盾だ!! 誰が!」
真剣に怒っていたアネリアに、まるでクロスたちにロリコンだと煽られた時のように、怒るコンナのあまりの温度差にアネリアが言葉を失っていると、コンナは腰に手を付きため息をついた。
「この船は、矛だ。誰かのための弾除けになるほど器用に振る舞えない。戦って、相手を叩き潰す。それだけしかできない船だよ。この軍艦 は」
はっきりとそう答えた。
「脳筋らしい答えだな」
「そもそも、矛っていうなら叩き潰すってよりも、貫くとかそういう風に言い変えたほうがしっくりくるね」
クロスとジルに言われ、なんとも言えない微妙な表情になると、カシオが慌てたように、別に褒めることがないかと考え、
「こ、攻撃は最大の防御……だったっけ? って言いますし!」
「カシオ。帰ったら、ケーキかクッキー買ってあげる」
カシオの頭を撫でていると、ジルがアドバイスしたのだからクッキー奢ってと、年上らしからぬ言葉を言っていた。
「まぁ、ロリコンがロリを助けに来て、会えずに沈めるわけないよな」
「そう――ロリコンじゃないって言ってるだろ! 女の子がかわいいのは世界共通だ!」
クロスがコンナをいじる中、アネリアはふと笑みをこぼした。
≪ わかったわよ。カルラちゃん助けられなかったら、アンタに地獄まで追い回されそう…… ≫
≪ コンナさん、どんな印象抱かれてるんだ…… ≫
ミドナだけが同情してくれているが、この場では少数派だ。
こうして、キャメリアは信号弾を打ち上げる部隊の回収、アネモネはグラジオラスの救助に向かうことになった。
≪ あ、そうだ。お願い聞いてあげたんだから、今度、アタシにもケーキ奢ってちょうだいね ≫
「ハッ!?」
≪ そうねぇ…カルツォーネのベリーパンケーキがいいわっ≫
「ちょっ……!? あれ、結構高――――!!」
アネリアの「じゃあ、よろしく~」なんて言葉を残して、通信が切られた。
通信が切れたアネモネでは、アネリアが音も無くため息をついていた。
「コンナが男で、もうちょっと筋肉あったら惚れてたのに……」
「いや、性別的には今でいいんじゃないか……?」
頬に手を当てながら、割りと本気で残念そうにしているアネリアに、ツッコミをいれたのはミドナだけだった。