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ホワイトノイズ  作者: 廿楽 亜久
第3楽章 正義と過去と愛と友情
11/36

01

 軍人は一般人に手を挙げてはいけない。それは規則ではあるが、道徳的なもの。とはいえ、わざわざ好んで行うような共鳴者はいない。

 しかし、それを悪用しようとする人間は、ここ、ウィンリアにはいた。


「ぶつかっといて、謝れば済むと思ってんのか?」


 軽く肩が擦った程度だというのに、それ以上何があるのか不思議でならないが、こういう言いがかりをつけてくる相手は自分で刺激せずに、第三者の仲裁が一番手っ取り早くて、確実だ。

 周りを見るが、こういった人同士の揉め事の対処をするはずの警備隊がいない。


(常習犯ってこと……)


 人通りのある場所からひとつ路地に入っただけの警備の穴場を、よく調べるなと心の中だけで呆れていれば、正義感の強い優しい自分の親友はこの状況が許せなかったらしい。


「謝ったじゃないですか!」

「謝って済むなら、警備隊も何もいらねぇんだよ。大人の対応ってわかる?」


 いやらしく笑う連れの男は、フィーネの体をじっと見ると、その笑みをもっと深めた。


「ちょっと、俺たちの相手してくれねぇ?」


 その意味は鈍いフィーネだってわかる。あまりのことに、フィーネが拳を作れば、一人は慌てて一歩下がり、もう一人はニヤニヤと笑いながら、


「軍人が一般人を殴るなんて、ありえねぇよなぁ? 守るのがお仕事だもんな」

「ッ」

「ちょっとくらい問題ねぇだろ。“役たたず”の共鳴者なんだからよ」


 制止は間に合わなかった。

 男の体はミスズの前に転がった。共鳴者は、二年間の教育課程さえ終えてしまえば、ほぼ無条件に安全なウィンリアに永住することを許可される。もちろん、地を這う者(レジスター)と戦う人が多いが、中には早々に軍をやめウィンリアで暮らしている人もいる。

 そして、地を這う者の襲撃という恐怖がないのが当たり前のウィンリアに住む人々は、時々、共鳴者のことを役たたずと呼ぶ人もいた。


「何が役たたずだ!! 共鳴者がみんな、頑張ってるのも知らないで……!!」

「なにしやがる!! このアマ!!!」


 フィーネの行為に男は立ち上がると、フィーネに向かって拳を振り上げ、力任せに振り下ろした。

 しかし、その拳が殴ったのは、ミスズだった。


「ミスズ……?」

「フィーネは落ち着いて」


 さすがに訓練を受けているだけあり、割って入ってもしっかりと腕で防いでいた。


「邪魔すんな!!」


 しかし、殴られた男はもはや言葉は通じず、またミスズとフィーネに殴りかかろうとするが、その拳は第三者の手によって止められた。


「なっ……」


 渾身の力を込めたはずの腕は軽々と抑えられ、びくともしない。


「なんの騒ぎだ。こりゃ」


 呆れた様子のスレイは、男二人とミスズたちを見ると、察したようにため息をついた。

 どれだけ腕を引いても動かないことに、男がスレイを睨みつければ、目に入ったのは黒と赤の軍服。軍人だと察すると、男は多少冷静になった頭でスレイに訴えかける。


「てめぇも軍人か? それなら、そいつ牢屋にぶち込めよ! 俺を殴ったんだぞ!」

「そ、そうだ! 俺が見てたんだから間違いねぇよ! そいつのアザを見てみろよ!」


 ちらりと一度男を確認すると、スレイは男の腕を離し、寸分の狂いもなく先程、フィーネが殴った場所をもう一度殴った。しかし、フィーネの時よりも飛んでいった。

 予想外すぎる行為に全員が、唖然と口を開けていればスレイは一人、路地から出て警備隊を呼んだ。


***


 警備隊も困ったようにその三組を見ていた。軍人が絡むケンカは数が少ないし、あったとしてもほとんどが酔っているなどの理由がある。しかも、スレイの制服を見てなお一層、顔色を悪くさせていた。

 加えて、困ったことに路地の先で野次馬が集まり出していた。その野次馬に軍人が俺たちを殴ったのだと、聞こえるように大声で話す男たちをなだめつつも、どうするか迷っていた。


「スレイさん……すみません……」


 フィーネは目を伏せながらいうが、言われたスレイは全く気にした様子もない。


「別に構わねぇよ。それより、そっちの嬢ちゃん腕痛むのか?」


 静かに腕を抑えていたミスズに目を向ければ、慌てて首を横に振るが、まだ腕を抑えていた。


「騒がしい」


 男たちが騒ぐ中、その言葉を発した人は、野次馬が本能的に踏み込んではいけないと感じた一線を軽々と超えて、こちらに向かって歩いてきた。

 予想外の言葉が、自分たちを否定する声だと理解すると、男たちはその声の主を睨めば、その女はスレイと似た黒と赤の軍服。少し装飾がされているようだが、おそらく同じ部署だろうと理解するとニヤリと笑う。


「お前らの仲間が、俺たち善良な一般人を殴ったんだよ」

「なんだ、警備隊はもう来てるのか。状況を聞かせてもらえますか?」


 男たちの言葉を無視して、警備隊に近づき聞けば、警備隊は慌てて敬礼し、状況を説明しようとしたが、男が大声で、


「だから、こいつらが俺を殴ったんだよ! 耳ついてねぇのか? てめぇ」

「当事者は感情論が混ざりますから、気にせずに説明をお願いします」

「は、はい」


 さすがの男たちもここまで見事に無視されては、頭に血は上る。しかし、ここで殴りかかろうものなら、それこそ捕まるのは自分たちだ。静かに説明を聞いていた。

 説明を聞き終えると、女はスレイを見た。


「さて……どうしたものかね?」

「どうにでもしろよ。アンタの命令には、逆らえねぇしな」

「いい度胸だ。だ、そうだが、お前たちの怒りを収めるためには、こいつに何をさせればいい? 街の掃除か? ボランティアか? それとも、その殴った傷の治療費か? 男なら、つばつけとけば治る」


 最後に少しだけ素が混じるが、男たちがなにか声を出す前に、言葉は続けられる。


「私の知り合いに、とてもいい腕を持ってる医師がいる。少しばかり、ゴツイ体格してる奴らが、丁寧に湿布を貼ってくれるぞ?」

「こ、こいつを牢にぶち込め!」


 ようやくそんな言葉を発し、フィーネが慌ててそれを止めようとするが、ミスズが腕を捕まえる。


「そうか。それなら、それも検討しよう。ただ、こいつは我がキャメリアの大きな戦力だ。お前たちが、餌になっても有り余るほどの成果を出せるやつだが、そいつを解雇しろというなら、国防に影響がでかねる。それについて、お前たちがなにか意見を持ってるのなら、検討しようものもあるが?」

「キャメリア……?」


 ウィンリア屈指の軍艦の名前に、上った血が勢いよく下る音がした。


「おや、喧嘩を売った相手すら知らないでいたのか? 驚いた。制服で気づくだろ。普通」


 軍艦にはそれぞれ制服が存在する。キャメリアであれば黒いワンピースの制服に赤い線が入っている。男女で多少の形の差はあるが、色や模様はほとんど一緒であるため、制服でその共鳴者の所属する船を見分けることは簡単だ。


「自己紹介、しておくか?」

「必要ねぇだろ」

「で、でも! 俺のことを殴ったことは、本当で……!」


 最早引くに引けないと思ったのか、男は自分の主張を繰り返しだした。


「聞いた話だと、スレイは彼女が殴られそうなのを止め、まだ戦いの意思が確認できたため、行為に出たと聞いたが」

「それがなんだよ。軍人が一般人に手を出す行為は――」

「許されない。確かに許されないが、それは時と場合によるもので、公務に支障が出る、もしくはその身に危険が及ぶ場合、手をだしても問題はない。今回の場合、彼女に危害が及びそうだと判断したと考えられるが……それでも、まぁ制裁が必要だって言うなら構わないが」


 その言葉には、さすがにスレイも心底嫌そうな目を向けるが、コンナはどこ吹く風だ。


「じゃあ、このクソアマはどうすんだよ!? こいつも、俺をなぐ――」

「証拠は?」

「は……?」


 ワントーン下がったコンナの声に、男たちもひょんとこな声が出た。


「彼女がお前を殴ったっていう、証拠だよ」

「ここに傷が……」

「それはこいつが殴ったんだろ?」


 先程までとは威圧感が全く違った。有無を言わせない、否定の言葉を発することが、はばかられるような声と言葉。


「ちがっ……!」

「お、俺が見た!」


 それでもなんとか搾り出した言葉に、コンナは小さく笑みを作ると、


「身内の意見はなぁ……共謀してる可能性もあるからな。ここに第三者の目でもあればよかったんだが」


 全く残念そうではない、残念がり方をすると、笑顔を向け、


「お前がもし清らかで善良な市民だっていうなら、訴訟でもなんでも起こせばいい。本当に後ろめたいことがないならな。そうじゃないなら、今回“も”何事もなかった。内輪で解決したということにしよう」


 そう言えば、男たちは青い顔で目配らせし、逃げるように去っていった。それを見送ってから、コンナは警備隊に頭を下げた。


「申し訳ない。騒ぎを大きくしてしまって」

「いえ! こちらこそ、そちらに任せてしまい申し訳ない」

「彼らは常習犯でしょうから、気を付けたほうがいい」

「はい。では、失礼いたします」


 警備隊もいなくなり、路地には四人だけになった。次の瞬間、


「い゛っ」


 スレイの脇腹に、コンナの拳が突き刺さった。


「めんどう起こしやがって」

「悪かったよ……」

「そもそも、一発で仕留めてれば、こんなことにならなかったんだ」


 この中で最も恐ろしいことを言い出すコンナに、全員が苦笑いをこぼしてしまう。


「あの……本当にすみません……私のせいで」

「別にいいよ」


 フィーネが頭を下げると、コンナは笑ってそれを許す。


「どうせあれ以上、事を荒立てたところで、私にあしらわれるくらいの奴らが、天才二人に勝てるわけないんだからさ。お互い、傷が少なくてよかったってことで」


 それがジーニアスとクロスを指していることなど、誰にでもわかった。


「とりあえず、ミスズは湿布でももらいにいったら?」

「あ! そうだよ!」

「じゃあ、フィーネ。ちゃんとミスズを医務室に連れていくこと」

「はい!」


 フィーネはミスズの手を引いて歩いていった。

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