異世界人の反応
冬の季節が近づき帝都も肌寒くなってきた頃、ある劇団の取材を終えて借宿の一室で原稿の作成が一段落を終えた私はふと昼食を食べていない事を思いだし外套を羽織り外に出た。
大陸文化の中心たる帝都において美味い料理屋と言ったら枚挙にいとまがないが、恥ずかしながら安月給である私の懐を考慮するに、上から七割のお店はとても手が出せないのではないだろうか。
願わくばこの原稿を見る編集長が私の給料に関して口添えしてくれる事に一抹の期待を抱きここに記しておく。
さて、安くて美味い飯屋と言えば交易都市トレーダが代名詞と言えるだろうが、帝都どころかこの大陸においてここ数年世界を騒がせている安くて美味い冒険宿が存在する事についてはもはや語る必要もないだろう。
冒険宿『ジャパンのニッポン』
いつ見ても名前の意味が全く分からないが、聞く所によると重大な意味があるらしい。が、その理由を知る者はこの店の店主だけのようだ。
その冒険宿は帝都の西区である繁華街から少し離れた路地に立っており外装からは世界を騒がせるような店には思えない。
あえて目立つ所を上げるとするならば看板だろうか。
他の冒険宿が大鷲や獅子、狼と言った何らかの象徴を基本とした店の紋章を看板に使っているのだが、その冒険宿『ジャポンのニッポン』の看板は看板一杯の白色と看板の中心に赤い丸があるだけのシンプルな造りだ。あまりにシンプルであるが故にむしろ目立っているのは一種の盲点と言えるだろう。
まだ日も沈まない時間なので店内にも人が少ないようなので、すぐにご飯を食べられると一安心しながら店内に入る。
造りとしては一般的な冒険宿より二回りは大きいだろうか、帝都において中堅所の冒険宿ではあるが立派な造りをしている。一階が飲食スペース。二階と三階が宿泊スペースとなっている。
掃除が行き届いており、清潔感の漂う店内は冒険者達が毎日酒を飲んで騒ぐ場所と聞いても信じ難い所がある。
店内に入った私を一番に迎えてくれたのは二人の犬人族の可愛らしいお嬢さんだった。
やはり店内だけでなく従業員である彼女達も身なり・清潔が行き届いており、ふんわりとした石鹸の匂いに無意識に匂いを堪能しそうになって慌てて気を引き締める。
彼女達の給仕服は白と黒で作られた清楚な服で彼女達の魅力を何倍にも引き出している事は確定的に明らかだろう。あやうく鼻の下をのばしそうになり、慌てて気を引き締める。
満面の笑みと元気一杯の挨拶で迎えてくれた事に気持ちよさを感じつつ、空いている席へ案内を受ける。
私がいつもこの店で注文するのは『オーク丼』『レッドプラントサラダ』『ミソスープ』の三つだ。私はこのセットを三柱の神にあやかりトリニティランチと独自によんでいる。
もしこの三つを食べる機会があるならば是非試して欲しい。そして君の隣に座る人にも勧めてほしい。それほどまでにこの三つの組み合わせは完成されているのだ。
トリニティランチについて語ろうと思えばそれこそ今号の『帝国グルメ』だけでは足りず、それこそ向こう五号は使ってしまうので、大変惜しい事だが語るのは辞めておこう。
「食えばわかる。」
この一言のみを記しておくとする。
さて今号の帝国グルメにおいて私に与えられた仕事は『魔物食材』の紹介である。
冒険宿『ジャパンのニッポン』の店主がエルフの少年である事はこの大陸の者なら知らぬ者はいないだろう。
最もエルフというのは成長が人間のそれとはまったく違うらしく十代前半に見えるここの店主も実は四十代らしいので少年と呼んでいいか迷う所ではあるが…。
『ミソ』『ショーユ』『ソース』等の作成のみならず、今や同じ重さの銀と取引される事もある各調味料の発見等この大陸において小国の王より有名になっている彼は、来年には神殿からの聖人認定確実と言われており、まだ確定はしていないが帝国からも彼の為に新設される勲章を得るとされている。
まだ年若い彼にこれほどまでの栄誉が与えられる理由こそが『魔物食材』である事は誰もが知っている事であろう。
今まで、農場や家畜を荒すだけ荒らす魔物だが、瘴気払いの結界を利用する事で食用に転嫁出来る事を発見した彼の功績は過去、現在、未来において比類なき功績であると言う者も少なくない。
何せ魔物は瘴気が生まれる所から自然発生するのだから、その魔物を食用に転嫁出来るとなって全世界の食糧問題の全てを解決したとさえ言われている。
最もランクが低ければ低いほど味も下がってくるのだが、飢饉の時に味に文句を言うような奴はいないので些細な問題だろう。
先ほどのメニューの注文から二分程だろうか。
私の目の前にはトリニティランチが運ばれてきた。たった二分で運ばれてくる早さも驚くべき事だが、もちろん味も驚くべき物だ。
重ねて言おう。
「食えばわかる」
本来なら魔物食材の紹介として私の大好物である『オーク丼』と『レッドプラントサラダ』を例にした原稿を作成していたのだが、ある事情によりそれは出来なくなってしまった。
『魔物食材』よりもビッグニュースと遭遇してしまったので編集長と相談した結果、急遽取りやめとなったのだ。(私の給料の件は残念ながら却下された)
私がオーク丼の最初の一口を口に運んだ瞬間、店の入口から四人の女性達が入ってきた。
鎧やローブを身に纏う彼女達は冒険者のチームであったが、面子が問題だった。
『黄金の牙』、その人達の帰還に私は運よく遭遇したのだ。
冒険者のチームの名前はチームのメンバーが自由に決めるものだが、たった一つの絶対的なルールが存在する。
【『黄金』と言う名称を使用してはいけない。】
黄金色は始まりの勇者が纏った色とされており、彼への感謝と敬意からチーム名に黄金を使う事はどこの国の法律でも禁止されている。
王族であろうとその色を纏う事は王冠以外には許されていないのだ。
だが、何事にも例外は存在する。
各国が自国に存在する冒険者チームの一つだけに『黄金』を授ける事を許されている。
『黄金の牙』、彼女達は帝国に黄金を名乗る事を許された冒険者達と言う訳だ。
折角なので彼女達について書いておく。
リーダーのリリア・スティレットさん。スティレット村出身のCランク冒険者。長剣と盾を装備した前衛タイプ。燃える様な赤い髪と勝気そうな顔つきをしている快活と言う印象を抱く少女。
サブリーダーのアリア・スティレットさん。Cランク冒険者。リリアの姉であり、リリアと同じく長剣と盾を装備した前衛タイプ。この二人はスティレット村独自の剣術を習得しており帝都の武道会で入賞を果たす腕前を持っている。リリアと同じく燃える様な赤い髪だが彼女は髪を長く伸ばしており顔つきも優しげな落ち着いた女性と言う印象を抱く。
クレア・ソーサラーさん。Cランク冒険者。魔法を主体とする後衛タイプ。深い青色の髪と勝気そうな顔つきをしている少女。よくリリアと口喧嘩をしているのを帝都の人達が目撃しているらしいが、何だかんだで仲は良いらしい。
セシリア・メイガス様。冒険者ではないがランク付けを行うならばSSSランクと言った所。500年前より帝国に仕える魔術師であり400年前の魔王との戦いにも勇者パーティーとして参加した有史以来最強の魔術師。恐ろしいほど整った容貌の銀髪の少女。幼い頃より魔術に対して神掛かった才能を発揮し、十歳の頃に肉体の時間を止める魔法にまで到達し、現在に至るまで姿は変わっていないらしい。
彼女達の帰還を迎える様に厨房からエルフの少年が出てきた。
冒険宿『ジャパンのニッポン』の店主であるノア君。私よりも年上であるのだが、彼に関しては君付けが似合っているので君付けで呼ばせてもらおう。
ノア君が黄金の牙の面々に声を掛けている中、一段落した所でセシリア様が意を決した様にノア君に話かけた。
その様子を例えるならば、大好きな女の子に必死に話しかける少年と言えば私が見た光景を想像出来るだろう。
大体間違っていない。
なんと、セシリア様はノア君に好意を抱いているらしい。
噂によると彼の料理にガッツリ胃袋を掴まれてしまったのが原因だとか。
…普通逆ではないだろうか。
とはいえ初恋拗らせた500年物の乙女の恋に関しては、帝都では応援ムードなのでコレを呼んだ皆さんも是非応援して上げてほしい。
あんまりセシリア様の事について書くと、「400年前に魔王を倒したのは実はセシリア様じゃ?」と言われる原因になった流星魔法を本社に落とされて私が職を失ってしまうのでここまでにしておこう。
ノア君が笑みを浮かべて彼女達に声を掛けたのは新しい料理が完成したかららしい。
しかも店内にいた我々にも無料で振舞ってくれるとの事で私はこの幸運を神に感謝しながら、テーブルで新しい料理を待った。
しばらくして出てきた料理は、ノア君の説明によれば普通の魚料理らしい。
少し拍子抜けをしてしまったのは私だけではないだろう。
『ジャパンのニッポン』と言えば新しい魔物料理や美味しい料理方法を常に大陸に発表するグルメの最先端だ。
何せセシリア様も新しい料理を楽しみにし過ぎて、新種の魔物を発見した時は帝国の研究所にサンプルを持っていく必要があるのをすっぽかしてノア君に調理させ、それが原因で数百年ぶりに皇帝にお叱りを受けたと言う逸話があるくらいだ。
それくらい皆がノア君の新しい魔物料理を楽しみにしている。
なのに今回の料理は普通の魚料理とあって、私は少し拍子抜けしてしまったのだが、私の不見識はすぐさま覆される事になる。
運ばれてきた料理は見た事もないような美しい料理だった。
大皿に大輪の花が開くかのように盛り付けられたのは、やはりノア君が考案した刺身と言う料理だろうか。
「ポンズで食べて下さい」と言うノア君の言葉に従いポンズにつけて食べてみる。
その時の私の驚きを何と称したものだろうか。あまりの美味しさと感動でコレを表現するものは無いとさえ思ったほどである。
グルメレポートの限界と言う物がそこにあった。
ノア君の話によると『てっさ』と名付けたらしい。
例によって由来は教えてくれなかった。
この『てっさ』だけでも十分な満足感があったのに、なんとノア君はさらにその上があると宣言した。
次に運ばれてきたのは『肝』のようだった。
やはり料理としては普通の魚料理と言えるだろう。
先ほどの『てっさ』も信じられないほど美味しかったが、料理としては刺身である事は間違いない。
そして肝と言うのも、人によっては好き嫌いはあるが往々にして好きな人が多い部分ではある。かく言う私も大好物だ。
この『肝』であるが、ノア君はどうやら黄金の牙の面々に一番に食べてほしいらしく、私たちはお預けを食らう事になった。
羨ましい。妬ましい。もしかしてその時の私は目が充血し、涙を流していたかもしれない。
黄金の牙のメンバーが我々外野の嫉妬を一身に受ける中、いざ口に運ぼうとした瞬間にふとノア君が口を開いた。
「そういえば、フグの毒って肝にあるらしいですよ」
あの瞬間、間違いなく空気も時間も凍ったと私は思っている。
え?フグ?あの貴族殺し?帝国法で食べる事を禁じられてるフグ?
先ほど『てっさ』を食べた我々も混乱に突き落とされる一言だった。どんな混乱魔法よりも効果があったのではないだろうか。
いち早く混乱から回復した黄金の牙の面々、そのリーダーであるリリアさんがノア君に言葉で噛み付く中、ノア君は気にした風もなく彼女達に『肝』を勧めている。
そう、黄金の牙はノア君が勧める料理を一番に食べ、その安全を大陸に知らせる事を皇帝から命令されているのだ。
リリアさんもそれが分かっているのだろう、しばらくしてテーブルにつき、ジッと肝を睨みつけていた。
そんな中、やはり一番に動いたのはこの人セシリア様だった。
とはいえ、不老ではあっても不死ではないセシリア様、最強の毒魔法に匹敵すると言われるフグの肝相手に逡巡が見らr行ったーーーー!!!!
意を決した一口目から流れる様な二口目。
あ、美味しかったんですね。
種明かしをすると、フグに解毒魔法を掛けてから調理しているらしい。
解毒魔法!そういう使い方も有ったのか!とまたしても大陸に新たな調理方法を提案したノア君がセシリア様に初々しいアタックを受けている傍ら、私の近くで死んだ魚の様な目をしているリリアさんに話を聞いてみた。
「結局のところ私達って、国を挙げた壮大な毒見役って事ですよね?」
黄金の牙と呼ばれる彼女達だが、実は『黄金の胃袋』だとか『黄金の食器』だとか言う名前が付きそうだったと言う噂がある彼女達に対し、私は何も言ってあげる事が出来なかった。
だがこれだけは言えるだろう。
『黄金の牙』が『フグの肝』を食べる事が出来るこの時代において、『魔物食材』の何を恐れる事があるだろうか、と私はここに記しておく。