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 智之がしっぽを巻いて逃げて行ったあとも、彼は震える私を抱きしめ、背中を撫で続けてくれた。出会って、まだほとんど時間も経っていないというのに…、彼は不思議と安心感を与えた。

「ごめんなさい、巻きこんでしまって…。指輪も、探さないといけないのに……」

「いや…。俺のことは気にしないで。それより、大丈夫…?さっきの人は、知り合い?」

「…半年ぐらい前まで、つきあってたの。恥ずかしいけど、不倫……。奥さんにばれて、あの人は家族のところに戻った。…それなのに」

再び涙がこみあげてきて、言葉を詰まらせる私を……今度は、強く抱き寄せてくれた。その胸のあたたかさが、心の傷に沁みるようだった。

私はいつのまにかうとうとしてしまっていて、目を覚ましたときには外が明るくなっていた。昨夜はたしかにこの部屋にいた彼の姿は、すでになかった。まるで、夢だったみたい…。

はっとして顔をあげたとたん、今日は休みだと気づいた。ああ、よかった。早番だったら大遅刻だ。

腰を上げようとしたとき、肩にかけられたままのジャケットに気づく。…これは、彼の……。

少ししわのついたジャケットをハンガーに掛けようとしたら――突然、玄関のドアが開いた。

「あっ、目が覚めた?」

昨夜の男性が笑顔で立っていて、手には何かの書類を持っている。…いや、それより……、この顔、どこかで見たことがある…。

「はい、これ」

「え…?」

目の前に差し出された書類を見ると、どこかの部屋の間取りのようなものが1枚、それから……

「賃貸借、契約書…?」

一体どういうことかと顔を上げると、彼はにこっと笑った。そして、耳を疑うようなことを言う。

「ここを引っ越して、俺と一緒に住もう」

                   *

 「なに、馬鹿なこと言ってんの?」

自分でも驚くぐらいの冷たい声だった。彼女の手を跳ね除け、俺は台本を膝に広げる。

「どうして…?翔、あんなに私にべったりだったのに…」

「俺、もうあの頃とは違うんだよ。唯子が妬ましかったけど、好きだからそばにいた。でも、離れてみて…、羨む暇があれば死ぬ気で頑張るべきだったんだって、わかった。俺は、唯子と別れてよかったと思ってるよ」

そう言い放って席を立つ俺を、唯子はじっと見ていた。

当時、年上の唯子に頼り切っていた俺が言えたセリフじゃないことはわかってる。でも、本心からの言葉だった。

「ふーん…。うちから追い出したときは、もう生きていけないみたいな顔してたのにね。今はよっぽどいい毎日を送ってるってわけ」

「そうだよ。…あの頃、全然ダメだった俺を支えてくれたことにはもちろん感謝してる。けど、もう唯子と元の関係に戻ることは出来ない」

ばっさりと言って、ちょうどスタッフに呼ばれたのをきっかけに唯子のもとを離れた。

そのとき、彼女がどんな顔で俺を見ていたかも知らずに…――。

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