予期せぬ再会
あのトンネルからおよそ10分ぐらいの間、私達は他愛も無いことをぽつりぽつりと話した。年齢(実は私と同い年だった)や地元、好きな物…。沈黙が怖くて、思いつくままに質問をしあった。
職業を聞いたら、彼は「演劇関係」なんて言ってたっけ。まあ、当時はまだそんなに売れてる方でもなかったから、芸能界に疎い私はきっと、翔の名前を聞いてもわからなかっただろうけど。
「私のうち、ここなんです。送っていただいて、ありがとうございました」
当時暮らしていたマンションは、駅から少し遠い代わりに家賃は安かった。古くて壁が薄いのが欠点だけど、管理人さんも優しくて特に不満はなかった。
「ああ、いえ…」
「あ、そうだ。傘、よかったらお貸ししましょうか。…って言っても、こんな可愛いのじゃ嫌ですよね。部屋から1つ取ってきます」
「ありがとう。助かります」
にこっと笑う彼をエントランスの軒下で待たせて、階段を駆け上がる。無地の傘が1本、あったはずだ。
306号室の前で、ちらりと地上を見ると…うん、まだ待っててくれてる。安心してバッグに手を入れ、鍵を探していると―――突然、目の前の扉が開いた。
そして、部屋の中から、私のよく知っている男性が顔を覗かせる…。
「待ってたよ、亜紀」
「……智之…」
*
「おはようございまーす!」
現場に入るとすぐ、役者スタッフ問わず元気よく挨拶するのが、新人の頃からの俺のポリシー。亜紀に話すと、「あたりまえでしょ」の一言だったけど。
「翔さん、おはようございます!今日もよろしくおねがいしますね♡」
スタッフと話していたら、月子役の森野莉子ちゃんがやって来た。彼女はなかなかのぶりっ子だけど、悪い子ではない(と、思う)。
「おはよう。今日の衣装、かわいいね」
俺のお世辞にも、大げさに喜ぶ彼女。うんうん、現場で可愛がってもらえないと生き残れないもんな。
実際、俺にも裏と表の顔があることは自覚している。「俳優・岡本翔」と「ただの23歳の男・岡本翔」。
芸能人としての俺は常に完璧を求められ、カメラが回っていなくてもクールな男を演じなければならない。けど、家に帰ったとたんにスイッチが切り替わって、亜紀にデレデレになっちゃう。ドット柄の可愛いエプロン着けて、鼻歌うたいながら料理なんてするし。こんな俺を、亜紀はどう思っているんだろうか…。
スタジオの隅でぼんやりしてたら、入口の方が俄かにざわついた。
「おはようございます!」
そして、ある女性が踵を鳴らしながら悠々と入ってくる。大きなサングラスをかけているけど…、一目見ただけで、未だに誰だかわかってしまう自分に苦笑。
その女性はまっすぐ俺の方へ歩いてきた。
「久しぶりね、翔!」
「唯子……」
サングラスを外し、にっこりと女優スマイルを見せる彼女。なぜ、彼女がここに…?
「なあに、驚いた顔して。聞いてなかった?私、第8話のゲストなのよ」
「……ああ、そうなんだ」
正直、彼女とはもう関わりたくない。そんな俺の心中を知ってか知らずか、彼女は俺の顔を覗きこんできた。
「あ、そうだ。ちなみに私、来期の『不自然なアキ』のヒロインに決まったのよ」
「えっ…!?」
『不自然なアキ』は、次のクールで放送される予定のドラマ。俺は主人公の友人役での出演が決まっている。アキはヒロインの名前だから、練習つきあってねって亜紀にお願いしたっけ…(もちろん、すぐに断られたけど)。
そのアキが、唯子だなんて。
呆然とする俺を見てくすっと笑い、唯子はプロデューサーのもとへ颯爽と歩いて行った。




