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葛藤

 3年ぶりに見た亜紀の姿は、一言で言うと「脱皮したような」印象だった。幼さの残っていた顔つきはきりりとしていて、大人の女性という感じがする。ずっとボブだった髪型はロングになり、深みのある茶色に染まっている。休日スタイルなのか、ヘアクリップで緩く1つにまとめてあった。

 「…とりあえず、入って」

長い沈黙の後、亜紀が部屋へ招き入れてくれた。彼女が少し困ったような顔をしていて、胸が苦しくなる。

部屋の中はそれほど変わっていなくて、なんだか安心した。知らない家にお邪魔するんじゃなくて、「帰ってきた」と思わせてくれる雰囲気が残っている。青いチェストの上に俺の写真を見つけ、頬を緩めずにはいられなかった。

亜紀は、俺を忘れずにいてくれた。それだけで嬉しい。

「朝早くにごめん。あの…」

2人掛けのダイニングテーブルの席に着いて、さっそく切り出そうとしたら、亜紀は座らずにキッチンの方へ向かった。

「朝ごはん、何か食べた?」

「あ、ううん…。コーヒーだけ…」

朝食を作っていたところだったようで、フライパンの蓋を外して中身をお皿に取り分けている。味噌汁をよそったり、茶碗を出したりでせわしなく動く亜紀を見ていると、とても懐かしい気持になった。ここで一緒に暮らしてた頃は、毎朝こんな感じだったっけ…。

5分もしないうちに食卓が整えられ、2人で朝食をとる。ご飯に味噌汁、海苔の入った卵焼き、ほうれん草のお浸し。あの頃と同じ味で、胸が詰まる想いだった。亜紀の食べ方は相変わらず丁寧で、もぐもぐとよく噛んでいる姿がとても可愛い。なかなか笑顔は見せてくれないけれど、拒絶されてはいない様子にほっとした。

「ごちそうさまでした」

無言のまま食事を終え、食器をシンクのたらいに浸け込んだあと、再び彼女と向き直る。食事のおかげでいくらか気持ちが解れていて、自然と微笑むことができた。

「元気、だった?」

「うん…。翔こそ、体調崩してない?」

「俺は丈夫だから…。この前も、撮影で半日ぐらいプールに浸かってたけど平気だったし」

「半日も浸かってたら、ふやけちゃうよ」

亜紀が小さく笑ったのを、俺は見逃さなかった。すごく可愛くて、もっと見たい…ずっと見ていたいと思った。

その後も俺の撮影や亜紀の仕事のことなど、2人でたくさん話した。もとは話が弾んだところから発展した2人だから、話し出すとお互いに止まらなくて、時間はあっというまに過ぎた。けれど、まだ肝心なことを言えていない。

亜紀の方も、なるべく核心に触れないようにしているのがなんとなく伝わってきた。できるだけ和やかに、この場をやり過ごそうとしている。俺がここに来たことで、彼女に戸惑いを与えてしまったのかもしれない。もしここで俺が想いを伝えれば、ますます困らせてしまうだろう。もう、どうすればいいのかわからない。


――そして、ついにタイムリミットが迫ってきた。

「俺、そろそろ行かないと…。午後から、仕事が入ってるんだ」

「そっか…。お仕事、頑張ってね。…応援してる」

亜紀は最後に、とびきりの笑顔でにこっと微笑んだ。俺は、彼女のこの微笑みを一生忘れないだろう。なんとなくそう思った。

「ありがとう。…じゃあ、行くね」

「…うん……」

俺は結局、伝えたいことを何も言えないまま腰を上げ、度胸のない自分を恥じた。

亜紀と顔を合わせて、お互いの話をできただけでも前進じゃないか。そう自分に言い聞かせて。

 座ったままの亜紀にもう一度微笑みかけ、玄関に向かう。靴を履き、ドアノブに手を伸ばしかけたとき…――、

「行かないで…っ」

亜紀が突然、後ろから俺に抱きついた…。

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