君を守りたい
今日の夕飯なに?ん、カレーだよ。みたいな感じで何の気なしに言うから、ぼうっとしてたら聞き逃してしまいそうだった。
「亜紀」
「ん?」
「俺たち、距離を置こう」
「…え?」
楽しかった水族館デートも終わって、マンションへ向かって歩いていたとき。翔は突然言った。
私は頭が真っ白になって、立ち止まった。それに合わせて翔も止まり、繋いだ手に視線を落とす。
一緒に頑張っていくんだって、決めたばっかりなのに……。
「どう、して…?」
「…俺は、どう言われても構わない。けど、亜紀まで好奇の目に晒されるのが嫌なんだ。俺があの部屋からいなくなれば、きっと嫌がらせもなくなっていくよ」
「気づいてたの…?ポストに入れられてたこと…」
声の震えを止められないし、怖くて顔も上げられない…――。そんな私を、翔は優しく抱き寄せた。
「俺のせいで嫌な思いさせて…、本当にごめんね。今日だって、俺といたら落ち着かなかったろ」
「そんなことない…!私…、翔と一緒にいられるなら、何言われても平気だよ。だから、離れるなんて言わないで…っ」
「あの報道があってからここ何日か、ずっと考えてた。…でも俺はまだ、不安定な立場なんだ。芸能界での自分の立ち位置とか、はっきりした目標も定かでない。俺…、こんな状態で、亜紀と胸張って一緒にいられないよ」
いつの間にか涙まで零していた私を見て、翔は静かに微笑むだけだった…。
翔は私を“守る”ために、離れることを選んだのだと思う。
「すぐに決断を出さないで、もう一度ちゃんと話し合おう」と説得して、私は翌朝も仕事に行った。体を動かしていると、モヤモヤも吹き飛ぶような気がする。
あのとき、翔が私を引き留めてくれたように、今度は私が彼を…。
最初はそう強く思っていたけれど、来てくれるはずの時間になっても彼はお店に現われず、私は徐々に不安に駆られていった。
どうして、来てくれないんだろう。翔のいつもの席、まだ空いてるよ。きっと、仕事が押してるだけだよね…?
タイムカードを押すのも、着替えるのももどかしくて手が震え、逆に時間がかかってしまった。
明らかな挙動不審な私に、一緒にシフトに入っていた人たちは一体何事かという目で見ていたけれど、気にしている余裕はなかった。早く翔の姿を確かめたくて、とにかく家路を急いだ。
「翔!!」
バタン!と大きな音を立ててドアを開けた。リビングダイニングの照明はついていたけれど、そこに翔はいない。寝室にも物置部屋にもいない…。私の背中を嫌な汗が伝った時、ふとテーブルの上に目がいった。
『亜紀へ』とだけ書かれた、薄い水色の封筒が静かに置かれている。なに、これ…。
震える手で中身を取り出し、恐る恐る紙を開いた。
――亜紀へ
突然、こんな形でいなくなることを、どうか許してください。
自分に胸を張れるまで…、亜紀をちゃんと守れる男になるまで、待っていてください。
離れていても、俺は変わらず亜紀のことを思っています。
愛しています。
岡本 翔
私はしばらく、その場を動けなかった。はっと気づいて翔の番号に電話をかけたけれど…、すでに番号まで変えてしまったのか、温かみのない機械音声が流れるだけだった。




