「普通の」デート
約束の水族館デートは、それから2週間後に叶った。
昨日は翔の帰りがとても遅かったから、「また今度でいいよ」って言ったけど、彼が「すごく楽しみだったから明日がいい!」と言い張っての実現だった。寝不足で倒れないか心配だ。
「うわー!建物も凝ってる!」
訪れたのは、最近オープンしたばかりの水族館。土曜日ということもあって、カップルや家族連れなどでごった返している。前売りのチケットを買ってはいるものの、入場制限で長蛇の列ができていた。
「亜紀、寒くない?大丈夫?」
「翔の方が、風邪ひいたら大変でしょ?はい、マフラー持ってきたよ」
バッグから一応持ってきていた翔のマフラーを取り出し、ぐるぐると巻いてあげる。
「ぐぇっ。亜紀、巻きすぎ…」
「あっ、ごめーん」
悪びれる様子なく言うと、翔は声をあげて笑う。それから「ありがと」と小さく言って、マフラーに顔半分を埋めた。
“堂々と”とは言っても、さすがにそのまんま出歩くわけにもいかず、帽子やメガネなど最低限の変装はするようにしていた。見つかったときのために、一応私も。
家を出てから、駅で切符を買うときとマフラーを巻くとき以外はずっと繋いでいた手。家でちょっと繋ぐことはあっても、こうやって手を繋いで外を歩くなんて…いつぶりだろう。
1時間ほど並んで、ようやく中に入れた。並んでいる間も退屈しなかったのは、翔がいろんな話をしてくれたから。この気の置けなさは、2年以上も耐え続けた賜物だと思う。
「あっ、見て。あの魚、翔みたいな顔してる」
「え、どれ?」
2人して水槽に張り付いて、魚を見ていると…私たちの目の前を、ひょろっとしてクネクネ泳ぐ魚が通りかかった。その魚を見た途端、私達は顔を見合わせて笑った。
「幸彦だ!」
「幸彦さん!」
珍しいクラゲに夢中になっている翔を置いて、1人で違う水槽を見に行った。
ラッコやカワウソなどの動物がいる部屋だった。こちらを見ているカワウソに手を振ったりして楽しんでいると、後ろからこんな声が聞こえてきた。
「ねえ!岡本翔が来てるんだって!」
「えー?嘘でしょ。あの翔が水族館なんて変だよ」
「でも、似た人を見たって、ツイッターに上げてる人いるよ?」
やっぱり、見つかってしまっている。こんなところで見つかったら大変なことになるし、もっとしっかり変装すべきだったんじゃ…。
急いで翔のところへ戻ると、ちょうど2、3人の女性に声をかけられているところだった。
「俳優の岡本翔さんですよね!?」
「えっ、俺が?いやー、似てるってよく言われるんですけど、まさかあんなイケメンと間違われるなんて。光栄です」
「…たしかに、テレビで見るのとは少し違うような…」
「でしょ?俺は田中達吉っていって、名前も全然違うし!あっ、彼女見つけたんで行きますね」
とっさにそんな出まかせが言えるなんて、さすがだなあ。“田中達吉”って、どこから出てきたんだろう。
私のところへ走って来る翔の後姿を、彼女たちはしばらく見ていたけど、「やっぱちがうかー」と別のところへ去って行った。
「亜紀、どこ行ってたの?探したよー」
「ん?カワウソ見てた」
「えっ、俺も見たいなー。どこ?」
再び翔が手を繋いでくる。あまりにもさりげなくて、無意識の行為なのかと思った。けど、さっきよりも少しだけ強く握られていて…、“探した”って言葉が本当だったんだということに気づく。
「あっちだよ」
私も彼の手をそっと握り返し、彼の楽しそうな表情を横から見上げた。




